とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

9 死は生

2015-01-30 23:02:43 | 日記



   著作者 Victoria Nevland

 その後、私は呼び続けました。鳥よ、鳥よ。鳥よ、あの日の鳥よ。教えておくれ。あの娘をどうして鳥にしてしまったのか。鳥よ、鳥よ、どうか、どうか、教えておくれ。
 私の声に応えて飛んできたのは、呼び続けてから数日後でした。翼の音が次第に近づいてきて、名も知らぬ大きな鳥が姿を現しました。鳥は電線に止まりました。

 
 「貴方はあの日の鳥・・・」

 「そうです。貴方はどうして私を・・・」

 「貴方は、お父さんに違いないと思ったからです」

 「そうです。病で死んだ父です」

 「鳥に転生されたのですね」

 「生きているとき、私は地獄を味わいました。ですから、自由になりたいと思ったからです」

 「そのことを奥さんや娘さんはご存じないかも・・・」

 「そうでしょう。きっとそうだと思います」

 「娘さん、さやかさんでしたね、さやかさんは長らく患っておられた・・・」

 「そうです。外へ出ることもできなかった・・・」

 「難病・・・」

 「そうです。」

 私は、その後その娘はどうなっているか気になりました。

 「で、あの日ですけれど、二羽の鳥が墓の辺りから飛び立つのを見ましたが・・・」

 「よくお気付きになりました。・・・その鳥は娘と私です」

 「えっ、ではさやかさんは鳥に・・・」

 「はい、その通りです。」

 「分からなくなりました。貴方が鳥に変えたのはどうしてですか」

 「・・・私と同じように死んでしまうと思ったからです」

 「えっ。・・・私にはよく分かりかねますが・・・」

 「貴方は電信柱に転生された。それで、も一度転生したいとは思いませんか」

 「思いません。この姿で満足しています」

 「ほほう、満足と仰いましたね」

 「ええ、満足しています。」

 「動けなくでも・・・。飛べなくても・・・」

 「もちろんです」

 鳥は、急に飛び立ち、私の上を旋回し始めました。

 「ははは、貴方はそれでいいのかも知れませんが、さやかはまだ若い、妻も将来を心配しています。ですから・・・」

 「えっ、・・・ですから、どうしたのですか」

 「死なせて、鳥に転生させました」

 「殺した !!」

 「ええ、そうです。・・・殺して生かしたのです」

 「えっ、元の人間にですか。」

 「ええ、生まれ変わった、いや、そう私がしたのです。不治の病から解放させるためのただ一つの手段でした。・・・私は、さやかが外に出る日を待ち続けていました」

 「そうすると、今は、お母さんのところに・・・」

 「その通りです。・・・でも、ですね、電信柱さん、娘は完全な昔の娘ではありません。似てはいます。心は別人の魂かもしれません」

 「・・・妻は、しかし、気づかないでしょう。」

 そう言うと、鳥はまた旋回して、森に帰っていきました。

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8 墓地での出来事

2015-01-25 23:02:53 | 日記


著作者 gusdiaz


 鳥が降りてきてから数分後、今度は山陰から二羽の鳥が飛び上がりました。私は、おやっと思いつつ飛んでいく方向を見つめていました。二羽の鳥は瞬く間に反対側の山陰に消えていきました。どうしたことだ。私は少し不安になりました。・・・もしかして。もしかして父親の鳥が娘を連れ去ったのかも知れない。娘を鳥に変えて、有無を言わせず・・・、というかその場のなりゆきというか、ともかく何かのきっかけで二人は意気投合したのかもしれない。父親の思いが娘に伝わり、そこで大変な出来事が起こったに違いない。
 私は、母親の姿を見ました。母親は娘がなかなか帰って来ないので、山に向かって駆け出しました。悲壮な顔つきでした。

 「さやか !! さやか !!」

 えっ、さやか。さやか、さやか。・・・私は何度も頭の中で反芻しました。母親は山陰に隠れても叫びつづけていました。私は念力を集中して、山陰を透視する準備をしました。体中が熱くなってきました。すると、手前の山が消えて、山の裏側が見えるようになりました。滝が見えました。周囲は美しく紅葉していました。
 母親は、滝つぼの前に佇んで、途方に暮れている様子でした。よく観ると、滝つぼの近くに小さなお堂があって、その中に墓らしきものが見えました。恐らく先祖代々のお墓が並んでいるに違いありません。私は、この母親が哀れに思えました。

 「なんとかできないものか」

 私は、しばらく思案していました。しかし、いい考えは浮かんできませんでした。

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7 降下した鳥

2015-01-25 00:18:35 | 日記


 娘が山陰に消えると、それを待っていたかのように上空に鳥が姿を現し、急降下してきました。鳥は山陰を目指していました。

 「お父さんだ !」

 私はすぐに気づきました。何故かというと、クウ、クウ、というくぐもった愛くるしい声を発していたからです。鳥に転生していた父親が娘に会いに行ったに違いないと私は感じました。
そうです、確かにそう感じたのです。再会の場面を見たい。続いてそういう思いになりました。父親は霊的な変身をして娘に前世の姿を現す・・・いや、ただ、病んでいる娘の姿を見て、勇気を与えたいのかも知れません。
 私は、ほの温かいものを感じながら風に吹かれていました。

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6 墓 参

2015-01-22 23:48:26 | 日記


著作者:Jun Takeuchi


おやっ。私は嵐の翌朝、母親と連れ立って玄関から出てきたあの女性を見つけました。外に出られるようになったのか。よかった。私は、二人の話をじっと聞いていました。


 「お父さんのお墓参りだなんて、・・・歩いて大丈夫なの」

 「大丈夫。お墓までくらいなら」

 「まだ無理だと思うけど・・・」
 
 「ついて来ないで。一人で行くから」

 「ほんとにまだ無理だよ。よした方がいいよ」

 「ゆうべ急に力が出てきた感じ。だから、大丈夫。ついて来ないで」

 「何だか別人になったみたい。・・・じゃ、お花とお線香・・・」

 「ありがとう」


 私は息を殺して二人の会話に聞き入っていました。娘は覚束ない足取りで裏山の入り口の坂道を登りはじめました。私の高さから姿が見えたのはほんの二三分でした。娘は曲がり角で母親を振り返って、ぶっと山の陰に消えてしまいました。母親が家の前でじっと行方を見守っていました。
 父親はいないのか。それから、あの娘は長らく家で病いと闘っていた。何の病気なのか。他にこの家には家族はいないのか。・・・私はその美しい娘の姿を日差しの中で見つめながらあれこれと想像していました。

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5 碍子と雷

2015-01-21 00:27:55 | 日記




 数年前のある時、碍子が私の命を守ってくれました。電線は気ままですから、何でも通します。よい電流でも悪い電流でも。雷は電信柱にとって大きな脅威です。夏の嵐の日、隣の電信柱に落雷しました。電信柱は裂けて燃え出し、電線が青光りを発していました。しかし、私のところの碍子は強い電流を私から遮断してくれました。しかし、かなりの衝撃がありました。私はそのため気絶してしまいました。
 ふと気づくと私に異変が起こっていました。遠くのものがよく見えるし、周りの気配がびんびんと伝わってくるようになりました。予知能力とまではいきませんが、少し先の気配も感じるようになりました。そこで、例の不思議な少女のことに話が戻りますが、私は菜の花畑に埋もれるようにして立っていたその姿を認めたとき、何故かしら胸騒ぎがしました。その感情は少し大人になって改めて見たときに繋がってしまいました。不幸な物語、とか言葉としては浮かんできましたが、私の中ではもう確かな思いとして傾斜していくのをどうすることも出来ませんでした。
 
 「風よ、鳥よ、電線よ、私に知る限りを教えておくれ」

 私はそう呟きました。すると、また、あの日のように空が掻き曇り、風が吹き始めました。そして、稲光もときどきキラッと突き刺さるように鋭い舌を伸ばし始めました。

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