とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

28 私が死んだ訳 5

2015-05-24 23:38:42 | 日記



 アア、ソウデシタ。オモイダシマシタ。ワタシノホウハ、スグニシンダノデハアリマセンデシタ。

「ここは、どこだ」

 私たちの車は、海の中の大きな岩の上に落ちていました。車体はぐちゃぐちゃになっていました。

 「血だ。血の臭いがする」

 私自身の体からその臭いは発していました。そして、強烈な痛みが襲い掛かりました。

 「いや、待てよ。この隣りの女からも強い臭いが・・・。誰だ、お前は」

 私は、懸命に思い出そうとしました。

 「ああっ、そうだ。綾野だ。・・・綾野、お前は死んだのか」

 綾野は、白いワンピースを赤く染めて、静かになっていました。

 「かわいい。すばらしくいい笑顔をしている」

 ワタシノイノチハ、イッセンマン。

 「おいおい、思い出すのは止めてくれ。それで、私は、二人の女に、・・・二人の女に対して、・・・ははっ、責任、いや、少しばかりの責任を果たしたのだ。しかし、三人目の女と一緒に死のうとして、・・・いや、私は、まだ、生きている。・・・ということは、私は、殺人を・・・。」

 私の、意識は、そう、考えつつ、朦朧としてきました。そして、力を振り絞って、花りんの顔を、思い描きました。

 「生き続けてくれ。ご免、こんなお父さんで・・・」

 おおっ、大きな波だ。沖の方から、迫ってくる。あの波を被れば、私は、死んでいく。綾野と一緒に死ねる。・・・綾野は、天使になったに違いない。あの笑顔だ。そうに違いない。
波は、車全体に襲い掛かりました。すべて水中に没しました。

 「花りん、花りん、さようなら、京子、冴子、・・・お父さん、お母さん、お祖父さん、お祖母さん、さようなら。みんな、ありがとう。ありがとう」

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27 私が死んだ訳4

2015-05-19 00:01:40 | 日記



 いよいよ約束の日。私は妻に500万円を渡しました。こんな大金どうしたの ? 妻は疑うような顔つきで私を見つめました。これからの生活費にと思ってある人から借りた。誰なの ? 妻は紙包みを抱きしめながら、女の人でしょう、と言いました。いや、変な心配しなくてもいい。私はそう言い残して家を出ました。
 私は、何が起こるか分からないので、身構えて綾野のアパートに車で出かけました。駐車場に車を止めて、アパートの階段を恐る恐る登っていきました。部屋に入ると、綾野はすっきりした白いワンピースを着ていました。私を乗せてって、車お願いね、下で待ってます。そう言うので、私は駐車場まで駆けて行きました。
 アパートの下に車を止め、出ると、階段の下で綾野が横たわっていました。抱き起こすと、顔に血が付いていました。

 「どうしたんだ」

 「あいつにいきなり殴られた」

 「あいつ ?」

 「私のところにたまに来る嫌な男だわ」

 「旦那 ?」

「いや、嫌な男」

 「で、その男・・・」

 「逃げたい。早く逃げたい。早く車に乗せてちょうだい」

 私は、抱き抱えて車に乗せました。綾野はしきりに、ヤクソク、ヤクソク、と言いました。

 「ヤクソクを果たしてちょうだい」

 「ど、どうすればいいんだ」

 「とにかく車を出して」

 「どこへ行く ?」

 「海岸。海が見たい」

 「分かった」

 私は、近くの岬に向かって車を走らせました。走っているうちに、私は、異常に興奮している自分に気づきました。このまま海へ突っ込みたい。そんな衝動が湧き上がってきました。

 「ああっ、海が見える。海が見える」

 「綺麗だ」

 「天使になりたい」

 「なに。天使 ?」

 「そう、天使」

 「どういうことだ」

 「あの岬からこのまま空へ・・・」

 「・・・」

 私は、やっと意味が分かりました。納得すると、急に莫大なエネルギーが満ちてくるのを感じました。アクセルをいっぱいに踏むと、恍惚感に満ち満ちてきました。・・・車は、岬のガードレールの隙間から飛び出して宙に浮かびました。

 「ああ、私に、羽根が生える、羽根が・・・」

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26 私が死んだ訳 3

2015-05-12 23:47:18 | 日記



お金欲しさに・・・。それとも、また、ほんとに好きになってしまったのか。私は、その女のところへ通うようになっていました。貸せてもらった500万は花りんの病気治療費として冴子に渡してしまいました。こんな大金、どうしたの ? と冴子は言いましたが、なんにも答えませんでした。

 「あれでは足りないみたいね」

 「・・・」

 「じゃ、もう500万・・・」

 「・・・」

 女は、また、紙袋を私の前にどさっと投げました。

 「ありがと、・・・いずれ返すから」

 「ははっ、どうやって返すの ?」

 「・・・なんとか工面するから」

 「えっ、どこで ?・・・はははっ、聞くだけやぼね」

 「・・・」

 「じゃ、約束を実行してくれますね」

 「その、約束って・・・」

 「だから、天使にしてくれるということ」

 「また、天使か」

 「冴子とか京子とかいう人、私に会わせてくれる ?」

「それはできない」

 「ははっ、冗談だよ。・・・貴方は正直だね」

 「もう一つ聞きたいことがある。・・・旦那と子どもはどうしてる ?」

「正直だね。そんなものいないよ」

 「嘘だろ ?」

「嘘かほんとか、・・・まあ、どっちでもいい、ということにしておきましょう」

 「不思議な人だね」

 「あら、貴方も不思議だらけだよ。ははっ、リアルな話は苦手・・・」

 「・・・」

 「こんど貴方が来た時は、私の言うことをすべて実行していただきます」

 「どういうこと ?」

 彼女は、私を見つめているだけでした。
 
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25 私が死んだ訳 2

2015-05-08 17:31:08 | 日記


 私は、お金と言われ、ぐらぐらっとしたのです。私に理性というものがもともとあったのか、なかったのか。いや、そんなことではなく、素直にぐっときたのです。ヤクソクしてくれたらいくらでも貸せてあげる。その人は言いました。相当酔っ払っている感じでした。

 「約束・・・?」

「そう、ヤクソクよ」

 「どういう ?」

 「今は言わない」

 「わからないことを約束できない」

 「分からなくても、約束はできるわ」

 「そんな・・・」

 「ははっ、怖いんだ」

 「私を試している・・・」

 「そうかも」

 彼女は、通りかかったタクシーを呼び止めました。そして、私の手を引っ張って乗せました。北町の山根アパート。そう運転手に告げました。まもなくタクシーがアパートに着きました。また、手を引っ張って階段を上がりました。ここが私の部屋。そう言って、私を中に押し込みました。卓袱台の前に座ると、また酒が出てきました。

 「お茶がよかったかしら」

 「もう、止めなさい。これ以上飲んだら・・・」

 「ははっ、死ぬかもね」

 薄笑いを浮かべて私を見つめました。

 「約束って、・・・どういう・・・」

 「だから言えない」

 彼女は、コップの酒を一口飲んで立ち上がり、隣の部屋に入りました。しばらくすると紙袋を持って出てきました。いくら欲しいの ? 私はじっとその包を見つめていました。

 「いくらでも欲しい・・・。そんな顔をしている」

 彼女は、どさっと袋を私の前に投げました。

 「500万。・・・足らないの ?」

「・・・」

 「足らなかったら、また来てちょうだい」

 「どうして私に・・・」

 「直感。顔に書いてある」

 「・・・」

 「あのね。・・・ははっ。私は天使になりたいの」

 「どういうこと ?」

 「天使にしてくれる ?」

 彼女は、急に真顔になりました。

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24 私が死んだ訳

2015-05-05 00:50:17 | 日記



 花りんに助けて貰って、やっと将来の道がかすかに見えてきました。私の根は花りんから離れて独立して伸びていくような感覚が足許から伝わってきました。体にも異変が起こりつつありました。皮膚、いや樹皮のようなものが生じはじめたのです。このまま変化すればいずれ葉が出てくるかもしれません。ははっ、葉をまとった電信柱ですか。いずれ枝も出てくる。滑稽だと思われますか。ははっ、これも自然、ジネンですね。花りんとともにここで生きていく。生きる ? 私には眩しすぎる言葉ですね。
 ははっ、ええっ、そうですか、・・・私がどうして死んだのか知りたい ? まあ、当然でしょうね。私に思い出させたい ? そうですか。
 恥ずかしいかぎりです。いや、私は、まっとうに仕事して、妻と、それから花りん親子も養って、・・・いや、正直、苦しかった。金をなんとかしなければ・・・、いつもそんなことを考えていました。ある夜、屋台で酒を飲んでいると、ふらっと、中年の女性が隣に座ったんですね。そして、私に絡んできました。あんたには分からない、なんて言い出すんです。黙って聞いていました。旦那に愛想が尽きて、家を出てから、もう随分経っているという話をしました。

 「男はみんな自分のことばかり考えて・・・、ふん、あんたもでしょう」

 私は、そう言われて、気分がよけいに滅入ってきました。

 「私は、私で、苦しい」

 「苦しい ? ああ、そう」

 「苦しいですよ」

 「ああ、分かった。女のこと、・・・そうだ、そうに違いない」

 「・・・」

 「そうなんだ。・・・それで、お金で苦しんでいる・・・、ああ、そうなんだ」

 「勝手に決めないでください」

 「図星だね、うん、分かる、顔に書いてある」

 「・・・」

 「金だったらいくらでも貸してあげる」

 「えっ !」

 私は、その話を聞いて、体全体がぐらっと揺れるような気持ちになりました。救いの神に見えてきました。

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