とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

空き家からの再生

2012-01-30 22:07:54 | 日記
空き家からの再生


 
 モネ「ヴェトイユの庭」(1880年)(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

佐山さんと京子さん、そして子ども。
 私は再出発してくれることを期待して、しばらくあの空き家には近寄らないことにしました。振り返って考えますと、再生したかったのは私自身だったのかも知れません。死んだ母、そして育ててくれた母。私の今までの人生の根幹はこの問題と深く関わっていました。繭籠りして、そして、羽化する。空き家・廃屋に憑かれる気持ちの深層にそういう目的があったと思います。しかし、3人が私の代わりになってくれました。・・・それでいいのです。どういう絵が生まれるか、生まれないのか。私には想像することはできません。ただ、少し距離をおいてしばらくはそっとして置きたく思っています。
 ここで御礼とお詫びをいつものように申し添えなければなりません。それはお気づきのようにたくさんの名画を拝借したことです。著作権、所有権等の高いハードルがあります。しかし、私はそれを簡単に越えてしまいました。
 私が感動したサイトをここでご紹介します。画像はすべてここから拝借しています。お詫びと感謝の気持ちを込めて・・・下記にリンクさせていただきます。

 
 ヴァーチャル絵画館



東北関東大震災 緊急支援クリック募金



帰ってきた!!

2012-01-29 22:54:46 | 日記
帰ってきた!!





小椅子の聖母 (ラファエロ 1514年作  ピッティ美術館 フィレンツェ)

 私にとって一番落ち着いて見られる聖母子像である。この絵はワインか何かの樽の蓋に描いたと言われる。ふくよかだ。迫りくる、抱き、抱かれる母子の温かさを感じる。ラファエロは偉大だ。いや、絵の力は偉大だ。この絵の前では誰でもしばし無言になり、ただ佇んでいるだろう。

 畝本さん、帰ってきました!! 長柄さんは車から降りるやそう言いました。

 親子で・・・。

 そうです。二人です。・・・いずれ佐山さんも帰ってきます。

 ああ、よかった。心配してました。

 でも、大変なのはこれからです。

 そうですね。しかし、一歩踏み出しました。

 ええっ。

 そっとしておきましょう。これからしばらくは・・・。

 そうですね。作品が出来なくてもいいです。二人でこれからのことは相談するでしょう。

 ええ、ええ。

 畝本さん、ごめんなさい。今まであれこれ付き合って貰って・・・。私が出来なかったことをちゃんとしていただいた・・・。

 いや、何だか他人のような気がしなかったので・・・。一つ気にかかるのはご両親です。このことを知ってどうされるのか・・・。

 帰ってこないと思います。その方がいいかも知れません。

 ただ、私としては・・・会ってきちんと謝りたいです。

 畝本さん、謝ることはないでしょう。

 いや、私は、・・・余計なことをしてしまったのですから。

 そりゃ、私もです。

 貴方は親戚、私は他人です。

 ・・・そう言われると、私も反省することがたくさんあります。

 自分のしたことをネガティブに考えるのは止めましょう。本当に私は大馬鹿です。

 そんな。

 いやね、空き家探しをしなかったらこんなことに巡り合うこともなかった・・・。

 畝本さん、この家の祖先が貴方を呼んだのです。

 祖先ですか・・・。私はそう言いながらまた私の過去を思い出していました。


東北関東大震災 緊急支援クリック募金



 

 

 

一枚の写真

2012-01-28 23:33:50 | 日記
一枚の写真




ジョヴァンニ・ベッリーニ (1433-1515) (イタリアルネサンス、ヴェネツィア派)
「牧場の聖母子」(1505年)  (Transferred from panel  ロンドン・ナショナル・ギャラリー)

 もちろんこれは写真ではありません。写真のことについては後で記します。このベッリーニの作品の聖母は台座に座ってはいません。地面に座っています。この聖母子像そのものの特色は産まれたキリストが静かに眠っていて、聖母マリアが合掌していて、衣装は青と赤が基調となっていて、構図的には二等辺三角形だという点にあります。そして、画面左側に悲惨な死と争いの世界が、右側に穏やかな日常が描かれています。鑑賞者の視線は自ずと聖母の穏やかな表情に注がれるような位置に描かれています。

 さて、私は母に抱かれて写っている一枚の写真を京子さんに送ることになりました。
 電話では心証を害した京子さんでしたが、あの後で佐山さんに電話して、私が言った写真をぜひ見たいとのことでしたので、佐山さんを介して送りました。そして、私は、京子さんの返事を待ち続けました。数日後、佐山さんが私に電話してきました。

 京子さん、貴方の写真を見て随分心を動かされたようでした。

 と言うと・・・。

 ええ、ほんとにありがとうございます。こちらに来る決心をしたようです。

 と言うと、子どもと二人で・・・。

 そうです。

 そりゃよかった。

 よかったです。

 京子さんは、別れた母親のことを忘れることができないと言っていました。

 別れた・・・。

 ええ、実の母親は離婚して実家に帰ってしまいました。彼女が小さいころです。

 ええっ、離婚・・・。

 そうです。

 ・・・。

 写真を見ていて、いろいろと思い出したようです。

 で、そのお母さんはどこにいらっしゃるんですか。

 京子さんは何度か会ったとは言ってましたけれど、どこにいるのかはっきり言ったことはありません。

 そう・・・。

 でも、ほんとによかったです。あの家でまた二人、いや、三人が会えるんですから。

 モデルに・・・。

 それは分かりません。でも、私から改めて頼みます。・・・引き受けてくれそうな感じがします。

 そうだといいのだけれど。かたくななところがあるからね、彼女。

 ええ、でも、子どもが出来てから、随分よくなりました。二人で活動しているときはしょっちゅう喧嘩してました。

 そう。

 描きます。描きます。私は一から出直します。

 きっといい作品が描けると思う。実の家族なんだから。

 ええ、でも、聖母子像としては・・・。

 うん、母子像でもいい。

 そうですね。精魂込めて描きます。

東北関東大震災 緊急支援クリック募金

 

電話

2012-01-25 23:08:51 | 日記




【バルトロメ・エステバン・ムリーリヨ(1617年-1682年)】【聖母子像・1650年~1655年ごろ制作】

この作品と前回の作品が同一画家の作品とは思われないほど雰囲気が違う。この作品の聖母子はまことに人間らしい感覚がある。わずかに子どもの頭の周囲に光の環が認められる。私はこの作品の方に好感を持つ。


 私は佐山さんに京子さんの電話番号を聞いて掛けてみました。相当の勇気が要りましたが、とにかく直接でないと話は進まないと思ったからです。


 ・・・ですから、彼の再出発には貴方がいないとだめなんです。

 貴方はとことん余計なことをなさるんですね。あの時、もうあそこには帰らないときちんと言ったと思います。

 そのことはよくよく分かっています。

 もう電話切らせてください。

 ちょ、ちょっと待ってください。子どもさんは近くに・・・。

 ええ、ここにいます。

 何歳ですか。

 十か月です。

 そうですか。大変ですね。

 余計なことを・・・、あなたには全く関係ありません。

 男の子ですか、それとも・・・。

 もう・・・。

 ・・・。

 男の子です。

 そうですか。かわいいでしょうね。

 もう、止めてください。

 いや、余計なことと思いながら、こうして電話したのには訳があります。

 訳、・・・訳なんか聞きたくありません。

 写真です。

 写真?

 ええ、私が大切にしている写真です。・・・私の母と私が写っているたった一枚しかない写真です。私の母はこの写真を撮った後で死にました。私が赤ん坊のころです。・・・ですから、その写真を大事にしています。私が生きてこられたのはその写真があったからです。

 それがどうしたんですか。

 ええ、一生の思い出に貴方たち二人の絵を描いて貰いませんか。・・・あのー、その絵を描くのは佐山さんしかいないと思います。・・・母子像です。いや、聖母子像です。

 ・・・。

 貴方は神の御子をお産みになった。その証を終生残そうとは思いませんか。

 神の御子・・・。

 ええ、貴方はマリアです。

 勝手に話を作らないでください。

 作り話ではありません。事実貴方は佐山さんにそう仰っていた・・・。

 ・・・。

 だから、佐山さんは聖母子像を描かねば再出発はできません。

 大袈裟な・・・。

 ほんとです。彼を生きさせる唯一の道は絵です。絵の力が彼を再生させるのです。

 ・・・。

 ご両親もそのことを望んでおられるのでは・・・。

 ・・・。

 ご両親のためにも・・・。

 両親、ですか。母は実の母ではありません。母は後妻です。

 えっ!!

 なんにも知らないくせに他人の生活に土足で入り込んできて・・・。

 ええ、それは謝ります。でも、私は何かの縁を感じていて、他人だとは思えないのです。

 勝手な思い込みでしょ。

 思い込みでもいいです。一度帰ってきてほしいのです。

 あなたは気が変ではないですか。

 いや、真剣そのものです。

 もう、電話切ります。


東北関東大震災 緊急支援クリック募金





 



アトリエ開き

2012-01-23 22:46:28 | 日記
アトリエ開き






ムリーリョ  Bartolome Esteban Murillo (1617年-82年・スペイン)   
タイトル:Mary and Child with Angels Playing Music (1675年制作 Museum of Fine Arts, Budapest蔵)

 古賀画伯が一枚の絵を仕上げました。それは風景画でした。冬の大山を描いた作品でした。
 ここで描いていると調子がいいですね。家のアトリエよりずっといい。画伯はそう言いながら仕上げた作品を私に見せてくれました。

 そりゃ、いろいろ不便なことがあるけれど、何というか、ここの部屋にはすごい霊力が満ち満ちているんですね。二人の格闘の毎日が感じられるからかも知れませんね、長柄さん。

 いやー、そう言われると嬉しいです。

 しかし、二人をどうやってここに住まわせるんですか。何かいい方法でもあればいいのですが。

 先ず、佐山さんに私が連絡します。承知すれば、彼の方から京子を誘って貰います。

 挫折したこのアトリエに帰ってくるでしょうか。

 画壇に復帰したいという思いは強いと思います。・・・再出発の場所はここしかないと思います。

 私からもお願いをします。・・・私はそう言いながら自身を鼓舞していました。

 そうですか。それじゃ、後のことはお二人でよろしくお願いします。成功するといいですね。


 そういう相談をしてアトリエ開きの日は終わりました。それから数日後、長柄さんから電話がありました。


 畝本さん、彼、感謝してました。みんなによくして頂いて嬉しいと言ってました。

 ああ、それはよかったです。で、来るんですか。いや、帰るんですか。

 それがですね。彼自身は帰りたいと言っていますが、京子があまりいい返事をしないようです。生活の心配はしなくてもいいと伝えたようですが。

 そうでしょうね。いろいろあったし、二人の仲はしっくりいっていないようだし・・・。

 で、畝本さん貴方の方から・・・。

 えっ、説得するんですか。

 貴方の意見なら聞き入れそうな気がするんですが・・・。

 私の意見なら、ですか・・・。私は長柄さんの言葉が胸の奥深くで反響するような気がした。私は、私の母のことを思い出していたからです。母、私の母・・・。

 そうですか。何とか話をしてみます。

 お願いします。

 母子像を描いて貰います。

 えっ、何と仰ったんですか。

 ・・・母子像です。佐山さんがここで描けるのは母子像しかないと思います。

 えっ、誰と誰ですか。

 京子さんと幼い子どもさんです。

 母子像をここで描いて貰います。

 母子像・・・。

 ええ、母子像です。・・・聖母子像です。

 聖母子像!!

 ・・・京子さんの子どもは神の子ですから。



東北関東大震災 緊急支援クリック募金