とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

三姉妹

2013-06-28 23:35:19 | 日記
三姉妹




和田英作「野遊(野遊び)」

 三姉妹を描いた作品かよく分からない。しかし、表情のふくよかさが心を捉える。また、衣裳の描写が素晴らしい。優雅な動きも感じられる。


 長柄さんがある日の夕方突然私の家に来ました。私はこの前の件の余韻を整理しきれずにいましたので、少し警戒していました。しかし、この前とはちょっと様子が違うようで心を開いて話しました。

 この前はご免。酒が過ぎたようで・・・。

 いやいや、あんまり気にしてないよ。

 そうか、それを聞いて安心した。

 私は、善意の忠告だと受け取ったよ。

 そうか、心配させてご免。

 で、どういう・・・。

 いやね、最近の様子を見たり聞いたりしていて、不思議に思うことがありすぎなんだよ。

 不思議なこと・・・。

 そうだよ。・・・玉造での仙女さんのこと覚えているだろう。

 郁子さんをえらく心配してたけど・・・。

 そうだろう。新聞を読むと、市川翠園の劇団の倭歌子、いや、芸名は市川麗華、彼女を仙女劇団が引き抜いた、その裏では喜多川信夫が動いていた、とか書いてあった。

 ああ、それは私も読んだけど、それがどうかしたの。

 いやね、私は、千賀子さんが冴子さんのところで働いていることと繋げて考えているんだよ。つまり、千賀子さんが出雲へ来て、それから倭歌子さんがこちらへ来た。すると、三姉妹が期せずして出雲に揃ったということになる。喜多川さんが裏で動いていたということもあったかもしれない。しかし、もっと重要な働きをしたのは千賀子さんだという気がするんだ。

 そりゃどういうこと・・・。

 冴子さんから聞いたんだけど、千賀子さんは美術分野だけではなく、芸能界にも相当通じているらしい。それは、坂本学芸員も言っていた。

 坂本さんも芸能界に明るい人だと聞いているけど・・・。

 坂本さんは娘の郁子さんが可愛いはず、仙女さんとて同じこと。

 そりゃそうだ。すると、麗華という役者を引き抜いたということは、郁子さんの前に立ちはだかるライバルを仙女さんが態々出雲に呼んだことになる。麗華は大器だと言われているし。

 そうだよ。なかなか察しがいいね。それが不思議なんだよ。

 獅子が子どもを谷底に落とす・・・。

 そうかもしれないし、もっとすごいことを千賀子、喜多川、仙女は考えているかもしれない・・・。ああ、俺もお前と一緒になってしまった。下種の勘ぐりはもう止めよう。・・・長柄さんはそう言うと、ゴクリとお茶を飲みました。

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お忍び

2013-06-25 23:06:31 | 日記
お忍び



 業平舞(作者不明)


 倭歌子さんの舞いの美しさがいつの間にかご縁市場の関係者で評判となりました。そこで、古賀所長の主催で小規模の独演会がご縁劇場で開かれることになりました。関係者だけということだったので、ある夜数十人が集まりました。古賀所長が壇上で挨拶しました。


 今日は急な思い立ちにも関わらず多数お集まりいただいてありがとうございます。先ほど湖笛の松江さんから連絡があり、山陽方面での公演は大成功だったということでした。先ずそのことをお伝えします。えー、では、倭歌子さんの舞いをこれから特別に皆さんにご披露いたします。倭歌子さんは市川翠園の劇団に所属しておられ、今は休暇を貰ってお父さんの窯場で陶芸の勉強をなさっています。全く違う分野の勉強も舞台で役に立つと仰っています。今日演奏をしていただくのは氏神さんの若夫婦です。よろしくお願いします。前置きが長くなりました。えー、それでは倭歌子さんの登場です。今日の演目は業平舞です。皆さん盛大な拍手でお迎えください。・・・倭歌子さん演じる白拍子が業平に扮し、舞台中央に出るとどっと拍手の音が響きわたりました。舞う姿は凛々しく、細部の所作も細やかで、踊りの流れがなめらかでした。男装の倭歌子さんの涼やかな眼差しが力強さを感じさせました。私は冴子さんの隣で見ていました。

 もう、出来上がっていますね、と私。

 喜多川さんが目を付ける理由が私も分かりました。郁子さんにはない持ち味ですね。

 彼女が引き抜かれることを翠園さんはまさか知らないでしょうね。

 いや、喜多川さんはもう話をつけていると思います。

 えっ、もうそこまで・・・。

 そうだと思います。

 冴子さん、後ろ、後ろ、入り口の辺り、見てごらん。

 あっ、仙女さん。

 喜多川さんも来てますね。・・・二人は何か話してますね。

 みんな仙女さんには気づいていないみたい。

 お忍びですね。・・・私はこれから何が起ころうとしているか、想像もできませんでした。

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出雲画廊にて

2013-06-24 23:28:12 | 日記
出雲画廊にて



 銀座(フリー画像)

 
 冴子さんの電話が気になっていたので、久しぶりに出雲画廊に出かけました。養子の靖男君がすっかり店に馴染んで愛想よく出迎えてくれました。店内の作品を回って見ると、壮観でした。京さん夫婦の作品を中心に、笙子さんの巫女シリーズ、巨匠大島俊太郎の作品がずらりと並んでいました。それに、治子の作品も多数出ていました。

 靖男君、すごいね。見応え十分だよ。

 ご縁美術館にも数点買い上げていただきました。

 そりゃよかった。

 靖男君もセールスするの。

 ええ、地元は私の担当です。県外、主に銀座の画廊ですが、千賀子さんの担当で、やっと道がつきました。

 千賀子さんて、だれ。

 笙子さんのお姉さんです。

 えっ、あの美術雑誌の記者・・・。

 ええ、そうです。退職してこちらの店のセールスしていただいています。あちこち顔がきくので随分さばいていただきました。

 しかし、彼女、思い切ったことをしたね。

 ええ、義母も驚いています。・・・そこへ冴子さんが現れました。

 冴子さん、頼もしいね。二人も従業員が出来て。

 千賀子さんは予想外でした。急にお手伝いしたいと言い出したので・・・。京子さん夫婦を高く評価しているようだし、笙子さんを早く中央に出したいという気持ちもあって、それで決心したようです。

 鬼に金棒だね。冴子さん、貴方の仁徳だよ。

 そんなことはないでしょ。銀座と旨く繋げてくれたので助かりました。

 で、話は変わるけど、この前の話ね、もっと詳しく知りたいんだけど・・・。長柄さんからは随分こき下ろされました。でも、やはり、私は引っ込むことはできないと覚悟しました。

 長柄さん、私のところへも電話してきて、皮肉を言ってたわ。急に気持ちが変わったみたいですね。

 いや、そこがよく分からないんだけど・・・。私は善意の忠告だと受け取っています。

 善意・・・、あの人性格いいからね。

 それで、倭歌子さんのことだけど・・・。

 市川翠園の弟子だということは千賀子さんから聞いて驚きました。

 千賀子さんから・・・。

 ええ、あの人はときどき会ってたみたいです。

 素直に引き受けたんですか。

 喜多川さんの誘いだったので、修業のつもりで引き受けたらしいです。

 でも、郁子さんはどう受け取るか・・・。

 いや、その点も喜多川さんは見通していますよ。

 というと・・・。

 郁子さんも将来ある身、戦いますよ、立派に。

 受けて立つ・・・。

 そうです。それから・・・。

 それから、なにか・・・。

 ええ、これは私の予想ですけれど、・・・引き抜くことも考えているんじゃないかと・・・。

 引き抜く。

 ええ、喜多川さんならやりかねない。

 怖い男だね。

 二つの劇団を統合することも考えいるんじゃないですか。

 統合。

 そうです。そうなると集客力はすばらしいものになります。

 怖いね。ぞっとする。・・・私は喜多川さんが怪物に思えました。

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市川翠園という女優

2013-06-22 05:45:41 | 日記
市川翠園という女優




 「男舞」上村松園

 この絵には具体的な名前は記されていない。しかし、静御前、出雲阿国など男装をして舞う芸人が念頭にあったと思われる。舞いの中のある瞬間を巧みにとらえて描いていて、静かな表情が逆に漲る熱情を表現している。


 長柄さんの誘いを受けて、私は出雲市のある居酒屋に出かけました。長柄さんはいつもと違って少しきつい表情をしていました。酔いが回ると自然にお互い本音が飛び出してきました。

 笙子さんの妹が来てるらしいじゃないか、何者なんだその女は、と長柄さん。

 いや、私も初めて妹さんがいることが分かって驚いている。何者かと言われても・・・。ま、とにかく男舞がすごく旨い、京都で巫女をやってたらしい。

 それで、その舞いを吟味したというじゃないか。だいたい想像がつくよ、でれっとして見てたんだろう、お前たち。

 いや、それは想像に任せる。湖笛の次の舞台の構想を考えるための・・・。

 なに、構想を立てる、お前は何様だ。

 いや、私は古賀さんに呼ばれて行ったんだ。

 どうしてお前なんだ。

 どうしてと言われても。

 だいたいな、プロの世界にど素人が首突っ込んでどうする積りだ。

 いや、俺は口出しはしていない。ただ今まで関わってきた関係上、気にかかるじゃないか。

 ふん、お前は心配する資格はない。ぼつぼつ手をひけよ。

 そうか、今までずっとそう思ってたんだ。

 そうだよ。もういい。たくさん人が集まって、家の周りが賑やかになってきた、それでいいじゃないか。もうほっとけ。みんながやっていく。

 そうか、・・・それもそうだな。俺が心配してもなんにもならないな。

 そうだ。これからは自然に動いていく。

 そうか。そうかもしれないな。

 そうだよ。すごい人材が集まってきた。もうあちらで動いていく。

 そうか。・・・でも寂しいな。

 お前は未練がましいことを言う奴だな、いつまでもうじうじしていて・・・。

 そうか。・・・しかし、お前だってそうじゃないか。・・・今まで二人でやってきたんじゃないか。

 引き時だとおもってる。お互いいい年だ・・・。

 そうか。でも・・・。その時、私の携帯が鳴った。冴子さんからだった。

 あ、お楽しみ中ご免なさいね。・・・あのね、倭歌子さんのことだけど・・・、あの人、市川翠園のお弟子さんらしいわよ。相当の踊り手らしい。・・・そんな人を誰が呼んだの。

 市川翠園、・・・誰なんですか。

 仙女さんのライバル劇団の女優ですよ。だから、気にかかって電話しました。

 笙子さんが呼んだと聞いているけど・・・。

 喜多川さんじゃないですか。

 いや、そうかも知れない。いや、そうだとすると、どうして・・・。

 でしょ、私は意図が読めないんです。

 もしかして、郁子さんを刺激するという・・・。

 いい意味の刺激ということですね。

 そうとしか考えられないですね。

 おい、おい、また首突っ込んでやがる。もう止めろよ。・・・長柄さんの大きな声がしました。私は、じゃ、また後で、と言って電話を切りました。

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倭歌子の舞い

2013-06-16 15:51:17 | 日記
倭歌子の舞い


 上村松篁『祇王』

 白拍子の舞は、古く遡ると巫女による巫女舞が原点にあったとも言われている。神事において古くから男女の巫が舞を舞う事によって神を憑依させた際に、場合によっては一時的な異性への「変身」作用があると信じられていた。日本武尊が熊襲征伐において女装を行い、神功皇后が三韓征伐の際に男装を行ったという説話も彼らが巫として神を憑依させた事の象徴であったという。

 このうち、巫女が布教の行脚中において舞を披露していく中で、次第に芸能を主としていく遊女へと転化していき、そのうちに遊女が巫女以来の伝統の影響を受けて男装し、男舞に長けた者を一般に白拍子とも言うようになったという。

 白い直垂・水干に立烏帽子、白鞘巻の刀をさすという男装で歌や舞を披露した。時代が下ると色つきの衣装を着ることも多かった。伴奏には鼓、時には笛などを用いた。後に、猿楽などへと変貌していった。後に早歌(そうが)や曲舞(くせまい)などの起こる素地ともなった。また延年にも取り入れられ、室町時代初期まで残った。

 祇王は清盛の寵愛を一心に受けていた美しい白拍子だった。ある日、自分の芸に自身のある、野望に燃えた美少女の白拍子が、清盛に芸を見てほしいと邸に押しかける。取り合おうとしない清盛に、祇王が優しく口添えした。これがあだとなり・・・その美少女、仏御前の芸を見た清盛はたちまち魅了され、祇王を追い出してしまうことになる。

 そして世間の羨望を一心に集めていた祇王は、たちまちに奈落の底に落とされる。そればかりか、芸を見せに来いとの呼び出しがかかるようになる。母と妹の生活費のために、彼女はプライドを捨てて清盛の屋敷へ上がるようになった。(『Wiki』より)


 ある日の午後、私の携帯が鳴りました。古賀さんでした。ああ、畝本さん、今、笙子さんのお宮にいるんだけど、すぐ来てほしいんだけど・・・。どういうことですか。いやね、喜多川さんや坂本さん、それに笙子さんのご主人がこちらに揃っています。あのね、倭歌子さんが舞姿を披露することになているんです。だから、すぐに・・・。分かりました。そう言いながらこれは大変なことになったと思いました。倭歌子さんが試される。舞いの腕前の吟味が始まる。お宮に着いて、私はすぐに神楽殿に入りました。身重の笙子さんが鼓、ご主人が笛の役をするらしく、身構えていました。そこへ白拍子の衣装に身を包んだ倭歌子さんが現れました。私たちは固唾をのんで見守っていました。舞いが始まりました。

 きりっとしてて風格があり、隙がないですね。相当の腕ですよ、と古賀さん。喜多川さんは倭歌子さんの所作をじっと見守っていました。私は、古賀さんに近づいて息を殺して見守っていました。

 仏御前の心境ですね、彼女。古賀さんが呟きました。

 そんな・・・。私は返す言葉を見失っていました。

 笙子さんの体調が整うまで彼女を中心に稽古を始めましょう。・・・喜多川さんの言葉が私たちに重く被さってきました。続いて喜多川さんが言いました。大器です。いずれ仙女を超える力量を発揮すると思います。・・・笙子さんはその言葉が聞こえていないようでした。いや、自身分かっていたのかも知れません。
 
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