とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

ご神木

2012-11-26 23:36:52 | 日記
ご神木





 出雲市大社町命主神社のご神木・・・推定樹齢1000年の椋の木


 この社は出雲大社の摂社で、正式な名称は「神魂伊能知奴志神社(かみむすびいのちぬしのかみのやしろ)」で天地開闢の造化三神の一柱、神皇産霊神(かみむすびのかみ)が祀られている。命主という名前はここに由来している。
 またこの社には巨大なムクのご神木がある。推定樹齢1000年と言われていて、昭和51年に島根の名樹に指定された。
 そしてまた寛文5年(1665)の出雲大社御造営にあたり、命主社の裏の大石を石材として切り出したところ、下から銅戈と硬玉製勾玉が発見された。銅戈は北部九州産、硬玉製勾玉は新潟県糸魚川産の可能性が高く、この時代に北部九州、北陸と交流があったことを物語っていると言われている。二つの遺物は、天孫系三種の神器のうち、剣と玉にあたり、これが出雲大社の近くから出土したこともあって、昭和28年に重要文化財に指定された。


 私は学芸員の坂本龍太郎さんと大社の命主神社に出かけました。坂本さんは美術館が開館する前にどうしても命主神社にお参りしたいと思っていたそうです。出雲大社ではなくてどうして命主社なのかと尋ねましたが、何も答えてくれませんでした。坂本さんは社の椋の木を見上げながらため息のような大きな呼吸を一つしました。

 すごい樹ですね、と彼。

 あの小学校の近くにもありますよ。

 ええ、よく知っています。もう何度もお参りしました。たしか、健御名方の命が祀ってありますね。

 そうです。あそこの地域の氏神様です。健御名方の命というと、長野の諏訪神社を思い出しますが、こちらにも同名の社がいくつかあります。

 そうですね。私は神道の熱烈な信者ではないですが、出雲地方の神々に強い関心を持っています。この社の神様もその一つです。・・・命主ですか、すごいですね。あの巨木がずしりと私の中に入り込んだような気持ちになります。

 私も名前と歴史に引かれていました。

 万物の命を授けるわけですね。

 そうです。

 私も郁子も貴方もこの神から命を授かったのですね。

 ま、そういうことですね。・・・私は郁子さんの母親のことは決して口にはすまいと思っていました。だが・・・。

 実はですね。・・・ここにいますと何でも打ち明けたくなりますね、不思議です。いや、これは貴方の持ち前の雰囲気からそういう気持ちになるんでしょうか。いや、そういうことはどうでもいいです。貴方に言っておきたいことが・・・、いや、たいしたことではありません。・・・この前絵が送ってきましたね。

 ああ、出雲の阿国の舞台姿、・・・仙女さんですね。

 仙女、中村仙女、あの人は・・・あのですね、私の妻です。あの、だから、・・・みんな家族なんです。 

 えっ、そうですか。私は大袈裟にびっくりしたような顔をしました。

 私は、美術で飯を食ってきました。だから作品の良し悪しはよく分かります。しかし、舞台のことはよく分かりません。だから、娘に・・・。

 そうです、良い舞台をセットしていただきましょう。楽しみです。出雲の阿国が故郷に里帰りですね。

 不思議なご縁です。限りないご縁です。・・・坂本さんはしみじみとそう言いました。
  
 
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新作陶器「湖」

2012-11-24 22:47:54 | 日記
新作陶器「湖」




 夜光陶器「湖」

 笙子さんの新作陶器が完成しました。知らせを受けた私は胸躍らせて車を走らせました。慣れない夜道は私を極度に緊張させました。工房に着くと、父娘の姿が見えました。

 何とかできました。・・・では明かりを消します。お父さんがそう言いました。最初は夕焼け色に輝いていた器の表面から次第に模様のようなものが浮き出ました。

 これ以上の色は私にはもう無理です。と笙子さんは言いました。

 すばらしいですね。こんな器は見たことがありません。幻想的ですね、いや、神秘的と言いますか・・・。私はそれ以上の言葉が出てきませんでした。

 そうですか。ありがとうございます。笙子さんは少し微笑みました。

 お母さんが喜んでおられることでしょう。

 そうでしょうか。不満のような気もしてきます。

 いや、そんなことはないと思います。私がそう言うとお父さんが明かりを点けました。すると、また表面が夕焼け色に戻りました。

 畝本さん、こうなっては売れるか売れないかということは、どうでもいいような気持ちになりました。

 いや、きっと注目されると思います。

 親ばかですが、この作品は陶芸家の審美眼を超えた所にあると思います。分かってもらえないと思います。笙子の思いが結晶していますからとても、とても・・・。

 お父さん、私には分かるような気がします。じっと見ていて湖の底から響いてくる声を感じました。

 そうでしたね。貴方のお母さんも・・・。

 ・・・。

 畝本さん、この作品が出来ましたから、もう、私は陶芸から離れます。日本画家として仕事を続けます。そして、宍道湖を描き続けます。私は、笙子さんの姿が何かの光を放っているように感じました。

 
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出雲の阿国

2012-11-21 23:21:39 | 日記
出雲の阿国




 出雲の阿国像

 
 出雲市佐田町の念仏踊り

 旧暦七月十五日に行なわれる佐田町の念仏踊りは豊作を祈るものでもあり、また雨乞いの祈祷としても行なわれる。佐田町の神社旧記に「宝亀年中切明神事ヲ再度タテマツル、又、天徳元年大宮大念仏ヲヲコス」とあり、その宝亀、天徳年間には大早魃が襲ったという。『切明神事』とは念仏踊りの正式な呼び名である。『念仏踊り』の呼称はその歌唱の調子がまるで仏前でお念仏でも唱えているかのように「なむあみどうや」とどの合い間にも挟むので、そうなったものであるらしい。
 大中小の双盤が三つ、太鼓が一つ、鼕二つ、七孔の笛一つの七人を一組とする。他に大
花が七つ出る。これは二段に桜の花を吹いたもので、その頂上には旗をたてる。踊り子はすべて、頂上に五色、周囲に緑と赤の四垂を垂れた妻折の花笠を被り、浅葱地に亀甲、稲妻、四つ目模様の衣裳に青白だんだら地の三尺帯をつける。七人の者は輪になり、また、その排列をかえて色々に踊る。鐘を乱打して楽人を囲む。それから彼等は鐘に合わせて合唱する。「はいねんのうねん。のうおい」と唱えながら二つ拍子で合唱し、踊りながら定まった図形を描きつつさらに左に回転三回。踊りは体を前後に屈曲させて横ヘ一歩行って半歩戻り、また一歩行って、半歩戻り、それをくり返しつつ輪を描いて回転してもとの位置にもどり「はいなんもう、ひーいでんえーおい」と合唱するのである。
 出雲の阿国踊りは、慶長年間の初めに出雲大社の巫女であった阿国が京都北野天神で当時としては斬新な衣裳と振り付けで踊ったのが始まりで、瞬く間に全国にひろまり、やがて歌舞伎踊りへと発展していった。現在も各地にその流れが伝承されている。阿国の踊りの原形はややこ踊りや念仏踊りだという説がある。




 長柄さんが私の家に夕方電話してきました。

 古賀さんから連絡があって、早く見に来てくれと言われたので、小学校に駆けつけたらびっくり、大作が届いていたんだ。

 えっ、もしかして・・・。

 そうなんだ。仙女さんの大作が届いたんだよ。

 で、何が描いて・・・。

 出雲の阿国の舞台姿だよ。ほれぼれするような作品だったよ。

 で、あの、あの学芸員のあの人、・・・来てましたか。

 もちろん、彼も驚いていた。これでメインが出来たと言って喜んでいたよ。

  出雲の阿国を上演したことがあったんですね。

 ・・・したこと、じゃなくて、今、その舞台を東京でやっているらしい。

 へえー、すごいですね。

 仙女さん、出雲のあの小学校でも上演したいらしい。

 や、すごい、すごい。

 一度じゃくなくて、これから定期的に体育館でいろいろ演じたいらしい。

 定期的に・・・。

 そうだよ、そうだよ。

 ご縁劇場が出来るということですね。

 そうだよ、そうだよ。長柄さんも私も舞い上がっていました。

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そば祭り

2012-11-16 22:05:39 | 日記
そば祭り




 出雲そばはそば皮が粉に入っているので、ご覧のように色が黒っぽい。本場の出雲に住んでいるものはこれが当たり前で、白いそばにはちょっと馴染めない。個人的には熱い釜あげそばが好きである。

 
 岡田さんの農園のみなさんの提案で、ご縁市場に、ご縁食堂が開店する運びとなりました。その開店の日、岡田さんから電話がありました。そば祭りをするので長柄さんとぜひ食べに来てくださいというお誘いでした。500食は無料だということで、開店時刻より少し早めに二人で出かけました。しかし、市場にはもうたくさんの人が列を作って待っていました。私たちもその列に加わって、やっと無料のそばありつきました。入り口で岡田さんが大声で「十割そば」だということを宣伝していました。


 岡田さん、お言葉に甘えて来ました、すごい人気ですね、と私。

 前宣伝はあまりしていませんが、予想以上でした。この調子で営業したいですね。

 このテーブルのメニューにはたくさん出ていますが、これ、全部農園のお方が作られるんですか。

 そうです。農場が忙しいときは、地元のお方に手伝って貰いたいと思っています。農園の仲間は、こういうことが楽しいからやってますので、儲けは度外視ですよ。

 商売ですから、そういうことでは続かないじゃないですか、と長柄さんがいつもの突っ込みを入れました。

 いやいや、ここが地元の憩いの場になれば、私たちはそれで満足です。農園では少しばかり利益が上がっていますから、会員への分配分の残りはここにつぎ込みます。何より土地が有効利用されていくことで地元は元気が出てきます。

 ちょくちょく来させて貰います。この市場に食べ物の匂いが漂うと、家庭的ないい雰囲気になりますね。私は岡田さんの大きな心を感じて嬉しくなりました。

 郁子さんは厨房ですか。

 ああそうです。お話しするのが遅れましたが、お父さんがこちらに移られ、一緒に住んでおられます。

 えっ、坂本龍太郎さんが来ておられる・・・。

 ええ、美術館の開設ということで、こちらでその準備をしておられます。

 そうですか。

 もともと小学校ですから、改装するにしても随分制約があるそうで、苦労しておられます。

 本格的なものにするには新築が理想的ですね。

 畝本さん、ご縁市場は関係のところが一つにまとまっていた方が何かといいのじゃないかと・・・。

 それは言えますね。地域興しの拠点ですからね。私がそう言うと、当の本人が厨房から出て、こちらに近づいて来ました。

 長柄さん、畝本さん、お久しぶりです。

 岡田さんから伺いましだが、もうこちらでお住まいとか。

 ええ、こちらにいた方がいろいろ便利ですから。古賀所長と一緒にあちこちお願いに歩いています。

 美術館ですから空調などのいろいろな設備が必要だと思いますが。

 そこなんです。美術品、特に絵画は神経を使います。しかし、出来ることしかできません。不十分でも早くスタートさせたいと思っています。

 絵の方は集まりそうですか。

 ええ、それは大丈夫です。特に芸能人を主体に一応の数は準備出来ています。・・・しかし、メインを何にするか今思案しています。・・・私は、その話を聞きながら、しきりに中村仙女さんの作品のことを考えでいました。

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編集者

2012-11-10 22:37:32 | 日記
編集者




宍道湖の夕景

 この夕焼けは私たち出雲地方の住人にとっては心のふるさとを感じさせる風景である。生きるパワーの源である。

 
 あ、畝本さんですか、初めまして・・・だと思いますが、私、小室麻衣子と申します、ご存知ですか。夕方突然電話がかかってきました。

 いえ、どなたでしたっけ。

 美術雑誌の編集をしてます。

 美術雑誌。・・・ああ分かりました。いつか、冴子さんの店に来られた方ですね。それから京子さん夫婦の企画賞の・・・。

 ええそうです。覚えていただいていて光栄です。

 で、どうしてこちらに・・・。

 ええ、今度も取材です、独立展新人賞の。

 ああ、ほんとによかったです。安心しました。

 京子さんの家に昨日お邪魔して取材し、古賀さんのお話もいろいろ伺いました。

 ああ、仕事は終わったんですね。

 ええ、明日の朝東京に帰ります。

 あ、そうですか。

 それで、ですね、どうしてもお電話しておかなければと思いまして・・・。

 どういうことでしょう。

 笙子のことです。

 あっ、そうでした。分かりました。貴方はお姉さんですね。

 そうです。冴子さんからお聞きになったんですか、姉妹だということ。

 いえ、聞いたのは小室さんが笙子さんの実の父親だということです。ですから、私は自然に・・・。

 私が姉だと・・・。

 そうです、そうです。

 ありがとうございます。

 いえ、お礼を言われるような・・・。

 気づいていただいてすっかり気持ちが楽になりました。何でも話したくなりました。

 何でも・・・ですか。

 そうです、何でも。先ず、私の父の過去のことは・・・。

 ええ、多少は伺っています。

 因果応報、一時父はこれでお仕舞だと思ったことがあります。

 ・・・。

 その時救っていただいたのが小仲さんです。ご恩は一生忘れません。妹を養女に、というお話をいただいた時、父も、妹も素直に受け入れました。私はむしろ喜んでいました。何しろ父の命の恩人ですから。

 ・・・。

 ご縁というものは不思議なものですね。仕事の上で畝本さんと笙子が出会ったのですから。今度の仕事は全く地味ですが、きっと日の目を見る機会があると思います。不思議と言えば、今度そちらの美術館の学芸員として来られる坂本龍太郎さんは仕事の関係でよく存じ上げています。キャリアを生かして芸能人の作品をメインにされるとか。適任です・・・。

 ちょっと・・・、一つだけ聞いてもいいですか。

 ええ、どうぞ。

 あのー、お二人のお母さんの話が出てこなかったと・・・。

 ああ、母ですが、死にました。もう随分前です。・・・死体はある湖から見つかりました。

 と言いますと・・・。

 いえ、死因は分かりません。

 道理で・・・。

 何でしょう・・・。

 いえ、何でもありません。

 そのことは忘れたいです。・・・あ、どこまで話していましたっけ。

 坂本さんのことを・・・。
 
 ああ、そうでした。・・・それからもう一つ、中村仙女さんともときどきお会いします。

 えっ、仙女さんと・・・。

 そうです。仕事の関係でときどき・・・。で、最近お邪魔しましたが、何か大作を描いておられました。絵柄は・・・、ああ、これはお話ししない方が・・・。

 そうですか。

 ご免なさい。長話になってしまって・・・。

 いえ、構いません。

 あっ、もうこんな時間、・・・ほんとに失礼しました。いずれお会いして・・・。今夜はこれで失礼します。お疲れのところ本当にごめんなさい。・・・話はそれで途切れました。私はしばらく呆然としていました。

 
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