とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

朗報至る

2012-10-30 21:58:57 | 日記
朗報至る




 宍道湖の朝日

 私は十年前弟を亡くした。弟は宍道湖の朝日を死ぬ直前まで撮り続けていた。私は「宍道湖の朝日」と題する写真集を仏前に供えた。あとがきには次のように書いた。

 弟が入院しているときに、「ホームページに載せたいので、少しばかり写真をフロッピーに入れてくれんだろうか」と頼んだ。それから数日後病院で5枚のフロッピーディスクを受け取った。平成13年11月ごろだったと思う。私は持ち帰って開いてみて、とてつもなく広く深い世界に誘い出された気持ちがした。弟がこういう写真を早朝宍道湖の西岸で撮りつづけていたことを私は知らなかったのである。
 いつだったか忘れたが、弟の家に行くと、額縁に入れた宍道湖の朝日の写真が表座敷にぎっしりと並んでいた。弟は個展を開きたかったようである。私はそういうことがあってから、どうして宍道湖の朝日に執着するようになったのか、その動機を考え始めていた。直接本人に聞けばよかったが、「どうして……」という言葉自体が写真の世界に比して非常に俗な言葉のように思えたので、とうとう聞き出すことはしなかった。ただ写真の世界に素直に入り込むことしか私には出来ない気持ちになった。
 亡くなってから預かった写真がさまざまなことを語りかけてきた。それは、そのときどきによって内容が違っていた。日々弟の姿が遠いところへ昇っていく実感の中で、遺された写真の重みが私の中で増してきたのである。今しかない。そうだ。早く出そう。そんな気持ちが私をせきたてた……。


 宍道湖の夕焼け色を陶器の中で出せないものかと笙子さんは言っていました。その言葉がずっと心に残っていたので、数日後、電話しました。


 宍道湖の朝日の色もすばらしいですよ。死んだ弟が写真を撮り続けました。その写真集をまたお持ちします。

 へえー、朝日ですか。・・・宍道湖の朝日。ぜひ拝見したいですね。

 ええ、近日中に・・・。

 やっと納得のいく形が出来ました。こんどは色です。朝日の色も参考にしたいです。できたら朝湖岸に出かけて直接見たいです。

 その方がいいですね。

 いや、写真集も見せてください。

 分かりました。・・・そう言って電話を切ると、別の電話がかかってきました。京子さんのお母さんからでした。

 畝本さん、入賞しました。

 えっ、独立展ですか。

 ええ、新人賞です。

 二人とも・・・。

 そうです。二人とも・・・。

 うわー、それはおめでとうございます。

 古賀さんから連絡がありました。夫婦そろっての受賞ということで、新聞社から取材の依頼がありました。

 そーですか。で、やはりモデルはお母さんとお孫さん、それに郁子さんですね。

 そうです、そうです。郁子さんにはお世話になりました。途中京子と郁子さんが喧嘩してたこともありましたが・・・。

 へえー、そんなことも・・・。

 これで私も吹っ切れました。京子がモデルの作品は絶対人に渡すまいと思っていましたが、冴子さんに渡しました。

 そうですか。で、冴子さんは・・・。

 喜んでいました。美術館が出来るのでそこに出したいと言ってました。

 古賀さんも喜ばれると思います。よかったですね、お母さん。

 ええ、お世話になりました。長柄の方にも連絡しました。

 よかった。・・・私は落選はしないだろうと思っていましたが、お母さんから知らせていただいて余計に嬉しくなりました。


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小室さんの工房にて

2012-10-27 17:15:44 | 日記
小室さんの工房にて




公益財団法人 滋賀県陶芸の森のHPからの引用画像。

 滋賀県では、Wall light(信楽透器)と呼ばれる光を通す焼き物が作られているという。「自由な組み合わせにより、大きな壁から小さな壁まで、空間をしきることができるパーテーション」だと説明されている。「信楽透器の泥漿を石膏型に流し込み、鋳込み成形」するという。「顔料を練り込むことで、砂糖菓子のような甘くて柔らかい色のあかり」が表現できるメリットがあるとも説明されている。従来の焼き物の概念を打破していて斬新である。



私は相談することがあって、久しぶりに小室新之助さんの窯場に出かけました。数人のお弟子さんと一緒に窯焚きをしておられました。私の姿を見つけると、手を休め、ほかのお弟子さんに仕事の段取りを指示して私のためにしばらく時間を作っていただきました。


 大事なお仕事の最中に押しかけまして申し訳ありません。

 いやいや、私がずっとついていなくても窯は動いてくれます。

 それでは、貴重なお時間ですので、端的に用件を・・・。

 いやいや、そう慌てなくても結構です。

 これから申し上げること、まことに子供じみていて笑われると思いますが・・・。

 何でしょう。

 実は、ご縁市場の新しい商品のことなんです。

 新しい商品。・・・ああ、古賀さんから伺っています。変身なんとかという商品ですか。

 えっ、もうご存知でしたか。

 話を伺って、私は、これはいけると思いました。

 ほんとうですか。

 ええ、貴方の発想は面白いと思いました。私が手がけた観音さんの像は佐山先生のプランがベースになっています。最初は、実のところ作りたくなかったんですよ。しかし、時には冒険も必要だと思って、冴子さんのご主人と協力して作り上げました。ニケに変身する発想は、蓄光パウダーがあったからこそ出来た仕事です。・・・しかしですね。それを商品化することはた易いことではありません。・・・子ども騙しのようなものは作れません。ですから、今、信楽透器を参考にして、その商品のモデルを作っているところです。私の場合はあくまで焼き物自体が発光するという発想です。

 モデルをいくつか作っていらっしゃる・・・。

 そうです。しかし、私には本来の仕事がありますので、ある方に試作品をお願いして、今、工房で作って貰っています。

 ある人とは・・・。

 小仲笙子さんというお方です。

 えっ、笙子さん。

 ご存知ですか。

 ええ、古賀所長から先日そのお方の話を伺いました。ぜひ仕事場を拝見したいです。

 そうですか。では・・・。そう言うと小室さんは、奥の方の工房に私を案内してくれました。その部屋には小さい試作品がたんさん並べてあり、その真ん中でろくろを回している笙子さんがいました。驚いたような顔をして私の顔を見上げました。

 この方が畝本さんです。もうすでに私のことは古賀さんから聞いているような風で、あっ、初めまして・・・、と言いながら頭を軽く下げました。束ねた長い髪が少し揺れました。

 陶芸もなさるんですか。

 絵付けをしているときに、小室さんに教わりました。

 そうですか。

 お父さんには随分お世話になりました。命の恩人です。

 渓川さんですか。

 そうです。私が破門になって陶芸を始めたときに、私の作品に絵付けをして、たくさん売りさばいていただきました。

 そうですか。いや、ほんとに不思議なご縁です。・・・それで、笙子さんはこちらで仕事をなさるとか聞いていますが・・・。

 両親も小室さんが近くにおられるので、むしろ賛成してくれました。出雲でずっと仕事をする積りです。

 京子さんとか郁子さんのこともご存知ですか。

 ええ、何回かお会いしました。

 そうですか。

 畝本さんの発想は大切にしたいと思っています。・・・いいものを作りたいと思います。今、宍道湖の夕焼けの色が出ないものかと思って苦心しています。

 ・・・そのとき、私は、また、諏訪という地名が頭に蘇ってくるのを感じていました。

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新たな支援者

2012-10-23 22:37:09 | 日記
新たな支援者



ボッティチェッリ「春」の中の三美神

 三美神とはローマ神話に登場する女神で、それぞれ愛(amor)、慎み(castitas)、美(pulchritude)を司っている。ラファエロ・サンティの作品にも描かれている。また、日本の画家も幾人かこの像を描いていて、それぞれ個性が表れていて興味深い。私はこのボッティチェッリの作品が好きである。


 小学校にご縁美術館が出来るという話は合同会議を開くこともなく、自然に進展していきました。古賀所長の働きかけで地元の商工会等の関係者の協力も取り付けました。そしてその上に積極的な支援者が現れました。その人は佐山医師の奥さんのイラストレーター仲間の娘さんです。名前は小仲笙子。小学校の大型額絵に感動して、出来ることなら何でもしますと奥さんに言っていたそうで、美術館の開館の計画を知って、自分の作品も提供したいという具体的な申し出があったそうです。日本画の画家としてすでに相当の評価を得ている人です。・・・そこで、私はご縁市場に出向き、古賀さんと情報交換をしました。

 畝本さん、作品収集でも見通しが明るくなりました。中村仙女さんが芸能人仲間に働きかけてくださって、相当数集まりそうです。美術館の看板として坂本龍太郎さんを選んだことも大変効果があったようです。それから寄付の額も相当増えました。これなら市の援助をあてにしなくても当面は運営していけそうです。 
 
 それはよかったです。それで、その、小仲笙子さんというお方ですが、ご存知ですか。

 いえ、私は洋画ですからそのお方の知識はありません。でも、いずれこちらに来られるとか聞いていますので、お気持ちを確かめたいと思います。貴方にもまた連絡します。お母さんがイラスト方面で、お父さんが著名な日本画家だそうです。

 お名前は・・・。

 小仲・・・、小仲渓川というお方です。

 渓川。

 そうです。

 多士済済、・・・楽しみですね。

 私は女性の力ということをすごく感じています。

 と言いますと・・・。

 三美神です。これで揃いました。

 三美神・・・。

 そうです。・・・冴子さん、仙女さん、・・・ああ、いやいや、ご免なさい、京子さんと郁子さんと笙子さん・・・。

 なるほど、そうですね。

 でも、私は坂本龍太郎さんの手腕に期待しています。彼はやってくれます。

 出雲のブランドとして美術館は機能するでしょうか。

 それはこれからの戦略にかかっています。新人を育てる美術館の機能も保有させねばと思っています。

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芸能人画家

2012-10-20 23:37:19 | 日記
芸能人画家




ピカソ「腕を組んですわるサルタンバンク」(1923年)

 ピカソ作品の中に芸人を描いたものがいくつかある。この作品もそうである。がっしりした体躯の男性像が赤の衣装をまとっている。表情からして人なれがしている感じがする。いかにもスターだという雰囲気が漂っている。


 古賀所長から夜電話があった。妻が最初に出た。古賀さんです、何か慌てていらしゃるみたい、と妻は言いました。すぐに私は電話の子機を取りました。

 ああ、畝本さん、夜分ごめんなさい。実はこの前の美術館の件、独断で企画書を市に出したところ大変好意的な返事が貰えたんですよ。

 へえー、そりゃよかったですね。

 ええ、それでね、あの学芸員の話、坂本龍太郎さんの話、OKでしたよ。私が電話したんです。市から予算がつくと言っても微々たるものだと思います。ですから、専任の学芸員を置くというとご破算でしょう。私の考えでは坂本さんへの手当は別の方法で考えようと思っていました。ところが今日ある方から多額の寄付が私のところへ送ってきました。

 ある方、ですか。

 そうです。名前を貴方に知らせていいかどうか・・・。

 その方、・・・中村さん、中村仙女さんではないですか。

 えっ、ご存知でしたか。

 いや、何だかそういう気がしただけです。

 中村さんとはどういう・・・。

 いや、何にも関係はありません。著名な舞台俳優ですから、ただお名前だけはよく知っていました。・・・絵を描いておられますね。

 そうです。私もその方の絵は何度も拝見したことがあります。芸能人の趣味というレベルではなく、一流ですね。しっかりした画風を持っておられる。人気も相当あるようですね。個展ではすぐ完売だそうです。それから坂本さんは画商ですが、芸能人に幅広い人脈があります。芸能人の作品のほとんどを手掛けていらっしゃると言ってもいいです。ですから、美術館としてはあるカラーを出しやすいと思います。合同の会議でもその点を強調します。

 そうすると、中村仙女美術館ということになりますね。

 いや、私はご縁美術館の方がいいと思います。できるだけ肩の凝らない雰囲気を作りたいと思います。ですから、入場料はできる限り安くしたいと思っています。会議で決まればいろいろな手続きを進めたいと思います。改装の費用、作品の収集等、まだまだ解決しないといけない問題が山積していますが、頂いた浄財を生かしてできるだけ早く実現させて、出雲の大きなブランドにしたいと思います。

 私からも坂本さんに電話していいでしょうか。

 えっ、何と仰るんですか。 

 いや、お願いです。

 ええ、どうぞ、どうぞ。私は古賀さんにそう言われましたが、その実、何をどう話していいのか言葉が浮かんできませんでした。

  
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学芸員

2012-10-17 23:17:44 | 日記
学芸員




高島野十郎「林経秋色」(1961)

 こういう写実は地味だが、作者の心の深さを感じさせて、見ていると素直に画面の内部に吸い込まれていく。作者はよく林を描く。描かれた世界は常に安らかである。


 私は頭の中を整理したくなりました。様々なことが身辺で起こったり、アイディアとか提言したいこと等が渦巻いていたりで、どうにもならなくなっていました。
 そこで、長柄さんに述べたり佐山医師に会って述べたり冴子さんに述べたりして、最後にご縁市場の所長の古賀画伯に相談しました。長柄さんと一緒に行きました。道すがら、長柄さんが、この前諏訪という地名を私が言ったことについてしつこく聞いてきましたが、その点については私は黙秘権を行使していました。画伯の家の裏山に秋の気配が感じられて、私は何か余計に焦りを感じていました。

 ごめんなさい。突然お邪魔しまして。長柄さんと私が先ず画伯のアトリエでそんな挨拶をし、早速本題に入りました。

 地域ブランドの件ですが、出雲ですから岡田さんの農園を生かして出雲そばの出店とか、市場のシンボルに因んだ陶器製の変身キャラとか、出雲神話に因んだ商品とか・・・。

 畝本さん、思いつきではいけませんよ。持続性のある商品でないと・・・。

 そうですか。でも・・・。じゃ、画伯ならどんなものを・・・。

 平凡なものでもいいものはたくさんあります。それから、付加価値の高いものでしょう。

 具体的に仰ってください。

 今までの客層を考えたり、地域性を考えたりして、・・・そうですね、今度の合同会議でアイディアを出していただきましょう。

 そうですか。そりゃ、それがいいと思います。でも、案を持って出ないといけないのでは・・・。

 私はやはり生活に密着しているという観点から食品だと思います。出雲は食材が豊富ですから。長柄さんが意見を述べると、古賀画伯は、そうですね、それが現実的ですね、といたく感心した様子でした。私はそこで話題を変えました。

 それからですね。二階の部屋がほとんど空いてしますが、二階を美術館にしてはいかがでしょう。陶芸も含めて・・・。

 出ましたね。私も考えていました。この市場に関係した画家などがたくさんいます。相当な作品が集まります。

 唐突ですが、美術館と言えば専任の学芸員が・・・。

 そうですね。いずれは必要ですね。

 いるんです。適当なお方が・・・。

 えっ、どなたですか。

 坂本龍太郎さんです。

 さ か も と・・・。どんなお方ですか。

 郁子さんのお父さんです。

 ああ、分かりました。・・・でも資格をお持ちでしょうか。

 ちゃんと調べています。

 でも、東京のお方でしょう。仕事もあちらで・・・。

 いや、こちらで住みたいと仰っています。

 私は反対しませんが、これも会議に・・・。

 所長が強力に推薦してほしいのです。

 でも、まだ美術館を開くこと自体が・・・。

 強力に推し進めてください。お願いします。私はあの親子を一緒に住まわせたい一心で力を込めて訴えました。
 
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