とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

出雲地方で過去に起きた地震

2011-03-26 23:34:11 | 日記
出雲地方で過去に起きた地震



 昔から島根県出雲地方は地震が少ないと言われてきた。しかし、私は「出雲地震」という言葉をずっと以前聞いたことがある。 880年11月23日に起きた島根県北部を震源とするマグニチュード7.0の大地震である。最近でも平成12年に起きた鳥取県西部を震源とするマグニチュード7.3の大地震の影響を受けた。
 疑心暗鬼になってはいけない。これはよく分かっている。しかし、私は終戦直後に起きた地震のことを忘れることが出来ないのである。父に抱かれて母と一緒に屋外に避難した。私と父は毛布を被っていた。何歳のころだか分からない。2歳か3歳のころだったか。記憶の一番奥にある恐ろしい体験だった。どの程度揺れたか説明できない。父が慌てて私に毛布を掛けて、私を抱えて2階から降りた。その時の父の腕からずり落ちそうになった感覚が今でも記憶の奥底に残っている。その時外に出てどこへ行ったか記憶にない。
 そういう体験を思い出したので、調べてみた。次の二つの史料が参考になった。私のその体験は、昭和21年の南海地震だったかもしれない。


島根県で過去に発生若しくは影響を及ぼした地震及び津波(資料:松江地方気象台)

国立国会図書館レファレンス事例

 繰り返すが、出雲地方は地震があまり起きないということが言われている。だが、こういう史料から考えて、私は日ごろの準備の大切さをつくづく感じている。

 お亡くなりになったお方のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。





(付記)

 その後新しく出来たポータルサイト

東北地方太平洋沖地震ポータルサイト・YAHOO

被災地のあなたへ

2011-03-24 22:22:24 | 日記
被災地のあなたへ



 私に何が今出来るのか。
 貧者の一灯としてのささやかな寄付。物資の買いだめをやめること。節電。放射能などの風評被害に惑わされないこと。じっと見守ること。・・・私はこれくらいしか実行出来ていません。ごめんなさい。あれこれ思っていても出来ないのです。申し訳ありません。
 日に日に避難所の状況が厳しくなっていく中、私にこれ以上何が出来るのでしょう。そう思うともどかしくなります。居ても立ってもいられなくなります。
 だから、せめて、次のような画像と歌をお贈り致しましょう。ごめんなさい。
 まず、メッセージです。

デジブック 『被災地のあなたへ』


 そして、今、卒業式のシーズンなのでこの名場面をお贈りいたします。

♪仰げば尊し♪

海外の復興救援支援サイト

2011-03-23 15:00:23 | 日記
海外の復興救援支援サイト


 海外からのメールで次のような支援サイトが立ち上げられ、日本の復興を支えようというありがたい動きがあちこちで起こっていることを知りました。私は、世界中の人々が温かく見守っていること、支援のための行動を起していることに改めて感動しました。

 ありがとう!! ありがとう!! ありがとう!!

nycaresforjapan.com

savejapanbenefits.org

onethousandcranesforjapan.com


 

「日本の救世主・・・」という言葉

2011-03-21 21:50:12 | 日記
「日本の救世主・・・」という言葉


 震災関連の報道・記事を毎日見ている。
 避難所の被災者、奇跡的に救出された人、原発で放水活動をしている人、物資を輸送している人、ボランティア活動をしている人、被災地区の行政の立場の人、政府関係者、ニュース解説員、災害に関連した分野の学者・評論家、ニュース・キャスター、レポーター、そして新聞記者の言葉。私は、震災後、いろいろな立場でのいろいろな発言をずっと聞いたり、読んだりしていた。一つひとつ納得して聞いていた。涙を流しながら聞いていた。ときには義憤も感じていた。
 私は、専門家でも評論家でもない。ただの非被災者にすぎない。だから一線を越えた発言は慎みたい。しかし、これらのお方の発言が被災者にビンビン響いて、時には勇気付けることもあろうし、時には不安に陥れることもあるだろうと思った。現実を正確に伝えることが大切だから、飾って言って慰めたり、包み隠したり、筋違いのずれたことを言えば、被災の現場だけではなく、国民は直ちに混乱する。こういう国家の非常時に、誰がどこで何を言ったか、ということはきちんと記録され、後世に残っていく。そういう意味で、私はじっと耳を傾けている。
 私はそういう中で次のような言葉に出会った。

 
<厳しい任務(筆者注:原発への放水作業)が終わった19日深夜、東京・大手町で行われた記者会見。同隊(筆者注:東京消防庁緊急消防援助隊)の佐藤康雄総隊長(58)は「これから出動してくるよとメールしたところ、妻から『日本の救世主になってください』と1行の返事が来ました」と明かした。冨岡豊彦隊長(47)は、心配をかけた隊員の家族のことを気遣い、「本当に申し訳ない。おわびとお礼を申し上げたい」と目を赤くして語った。>(3月21日 読売新聞)


 何と、すばらしい言葉ではないか。「日本の救世主」!!!  そうだ、貴方たちはそう呼んでもいいお方だ!!! 私は記者会見に臨んだお方、隊員のすべてのお方が「日本の救世主」だ、と思った。
 そうだ、他にもたくさんの有名無名の「救世主」はいらっしゃる。被災地・被災者を陰に陽に支援しているたくさんのお方も「救世主」である。私は、素晴らしくいい気持ちになったのである。日本は必ず復興する。硬く信じている。
 次のような情報を逐次流しているお方も「救世主」である。

 救援物資受付窓口(鳥取県)
 (1)期間
   平成23年3月18日(金)~3月25日(金)当面8日間(土日祝日も受け付けます。)
 (2)時間
   午前9時から午後3時まで(18日は午後1時から。)
(3)受入れ品目
   救援物資の受付けは鳥取県内からのものに限ります。

  ■品目を限定して受け付けます。1~7以外の品目は受付できませんので、御注意ください。
  ■使用済のもの、使用期限が1か月以内のもの及びなまものは御遠慮ください。
  ■いずれも搬送に便利なように、可能であれば、箱単位でお持ちください。
  ■可能であれば、品目リストを添付してください。

  1. 保存食(カップ麺、インスタント麺、乾パン)
  2. 水(ペットボトル(500ミリリットル、2リットル))
  3. その他飲料(ペットボトル(500ミリリットル、2リットル))
  4. 生理用品
  5. 粉ミルク
  6. 紙おむつ(幼児用、大人用)
  7. 毛布(新品、又は、クリーニング済のもの。布団は不可。)
 (参考になるサイト)
 2011年東北地方太平洋沖地震の情報サイト・YAHOO