とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

女神の村

2014-06-12 23:00:00 | 日記
女神の村




フランツ・ヴィンターハルター作「春」


 車を降りると、私は滝の裏に回りました。裏から見る滝は、轟音を立てて大きな水の帯が垂れ下がっているようなゾクッとするような眺めでした。隧道の中に私は一人で入って行きました。中は意外と明るく、遠くに出口がぽっかり浮かんでいました。・・・出口近くに行くと、誰かが私を呼んでいるような気持ちになりました。名前を呼んだのではなく、お帰りなさい、お疲れ様、というような声に聞こえました。やっと出口に出ました。村里の目がくらむような初夏の日差しが私を迎えてくれました。見たところどこにでもあるような田舎の田園風景でした。声はどこから・・・。私は声のする方向へ歩き始めました。暫くすると、藁葺きの小さな家が見えてきました。周りの家は瓦葺の立派な家ばかり。ここだ、確かにここから聞こえてくる。誰だ。誰なんだ。私は恐る恐る家の中に入って、小声でこんにちはといいました。すると、奥のほうからお帰りなさいという声。私はその声の主が考えていたイメージとは違って、若々しい女性の声だったので、一瞬電気に打たれたように体全体が硬直しました。現れた女性はどこかで見たことのある人でした。


 陶山さん、お帰りなさい。

 あっ !! 貴女は、れ、れんじょう、さ、さゆりさん !!

ああ、連城小百合さんですか。あのお方と私は何の関係もありません。他人の空似だと思います。小百合さんはまだ出雲でご活躍ですから転生はしていません。私は全く別の人間です。

 そ、そうですか、すみませんでした。で、ここは私の家ですか。

 そうですよ。

 えっ、じゃ、私と貴女の関係は。

 はは、別に関係はありません。

 でも、ここから、お帰りという声が確かに・・・。

 私が呼んだのです。

 ど、どうしてですか。

 どうしてと仰っても分かりやすく説明する自信はありません。強いて申し上げますと、貴方のお母さんがお生まれになった家です。双子の姉妹の一人が出雲に嫁いで、あなたをお産みになった。もう一人は占いの先生。・・・そのことはご存知だと思います。

 それで、貴女はどうしてここに・・・。

 また、どうして・・・、ですか。・・・そうですね。空き家になっていたので、私がお借りしただけです。

 じゃ、私はここで貴女と一緒にこれから生活することに・・・。

 いや、転生された貴方は今までもここで暮らしていらしたのです。

 貴女と一緒にですか。

 いや、そう言うと誤解を招きます。私はこの村の司祭です。村人たちは女王と言いますが、私はそういう言い方が好きではありません。ここの家の裏庭には代々受け継がれているヤサカトメの命の祠があります。・・・だから、私は祠の神の鎮護、そして、村人の幸せのためにここに通っています。

 じゃ、ここで一緒に暮らしてください。

 それは求婚の言葉ですか。

 そうです。

 御免なさい。司祭は結婚できません。いずれ、素晴らしいお方が現れると思います。私はそれを望んでいます。

 そうですか。・・・私はここでも宿善、・・・と言いますか、皆さんのために努力します。そして立派な・・・。

 ・・・村にしたいのですね。そのお気持ちは尊いと思います。立派です。しかし、この村では、何々のために努力する、精進する、という努力、そのための競争はしない掟になっています。自由にのびのびと暮らしていく、いや、決していい加減ということではなく、生きることを楽しむことがベストの生き方だと私は諭しています。ですから、この村には不満とか、対立とか、そういう醜いものは一切ありません。

 私には生きる目標が必要です。何のために生きるかということです。

 陶山さん、どうか、ご自分のために生きてください。お願いします。利自即利他です。

 今日はこれで失礼します。

 どこにお住まいですか。

 いずれお分かりになると思います。

 もう帰るんですか。

 そうです。・・・貴方は食事を作ることがお出来になるはずです。

 多少は・・・。

 食材は準備してあります。それでは失礼いたします。また、明日参ります。

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私の棲家は・・・

2014-06-09 11:17:31 | 日記
私の棲家は・・・





 奥入瀬の滝

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 空き家の管理人は、長柄さん、・・・ではない。誰だっけ。私は、最初は心地よかった空き家住まいに少しだけ違和感を持つようになっていました。ですから、早く我が家に帰りたくなりました。管理人、確かに貴方は私がずっとここ諏訪の人間だったと言っていた。けれど、私には全く記憶がない。だから、私の家はどこですか、とはっきり尋ねたい。ああ、そうだった。方丈さんに尋ねればよかった。などと考えながら二、三日そこで過ごしました。すると、ある朝、当の本人が訪ねて来ました。


 陶山さん、住み心地はいかがですか。・・・そうだ、忘れてた。食べ物はどうしていらっしゃいまかすか。

 ありがとうございます。近くのコンビニと百円ショップで何とか手に入れました。あのー、長柄さん、じゃなかった、あのー・・・。

 新田です。覚えておいてください。

 ああ、そうでした。新田さん、まさかここが私の家ではないでしょうね。

 それはこの前言った通りです。貴方はここが気に入って、借りたいと・・・。

 ああ、そうでした。新田さん、そうすると、私の家はどこにあるのでしょうか。それとも無いのでしょうか。教えてください。

 ふらっとやって来られたんで、どこのお方かよく分かりません。

 いや、貴方は私に諏訪の人間だと仰ったはず。

 あっ、そうでした。ええ、どう言ったらいいんでしょうか。誰かから聞いたんだと思います。空き家にやって来た人は、諏訪の裏滝の人だと・・・。その人は確かにそこで貴方を見たとか言ってました。

 裏滝ですか。

 そうです。

 どこにその町はあるんだすか。

 そうですね。ああ、ここから南を眺めますと、一際大きな山が聳えていますね。

 ええ、そうですね。

 500メートルくらいあると思います。あそこの谷を登っていくと、大きな滝があります。滝の正面から見ても見えないんですが、滝の裏には古い隧道があります。その奥に進みますと急に視界が開けてきます。のどかな村が広がっています。別天地ですね。浮世離れしている感じです。そこが裏滝の村です。

 桃花源記みたいな感じですね。

 そうです。桃源郷です。

 もしかして、そこに入ると出ることができないとか・・・。

 いや、そんなことはないと思います。現に貴方は出てこられた。

 面白い。行ってみたい。

 そうですか。じゃ、これから私の車で・・・。

 どうも・・・。

 断っておきますが、私は隧道には入りませんよ。

 ああ、やっぱり、何か怖いところなんだ。

 いや、村にはたくさん住んでいるので、そんな雰囲気ではないと思いますが・・・。

 新田さん、私の家があるところです。早く行きましょう。私はどうなっても構いません。

 分かりました。じゃ、すぐに・・・。・・・まもなく車が空き家の前に止まりました。新田さんがドアを開けてくれました。車はまっすぐに南の山に向かって走り出しました。私は次の章句を思い出していました。

「・・・初め極めて狹く, 纔かに人を通すのみ。 復た行くこと數十歩, 豁然として開。土地平曠として, 屋舍儼然たり, 良田美池桑竹の屬有り。 阡陌交も通じ, 鷄犬相ひ聞ゆ。 其の中に往來して種作するもの, 男女の衣著, 悉く外人の如し, 黄髮 髫を垂るも, 並に怡然として自ら樂しむ。・・・」

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