とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

一枚の写真から

2010-08-08 23:36:15 | 日記
一枚の写真から




 二年前のある蚤の市でふと手にした箱の中に映画俳優の古い写真が三十枚くらい入っていた。その中にサインの入った田中絹代の看護婦姿のものも混じっていた。映画好きの私はすぐに購入した。






 先日、久しぶりに出して眺めた。その写真だけは周囲の縁がぼろぼろになっていて、手垢で黒ずんでいた。しかし写っている姿は綺麗で愛くるしかった。「愛染かつら」(昭和十三年公開)出演時の扮装である。サインは左下がりに「田中絹」と書いてあり、「代」の字は右下にらせん状に崩して勢いよく他の字の三倍くらいの大きさで書いてあった。
 直筆かどうか判断がつかなかったので、近くの写真屋で見てもらった。「これは刷り込んだものではないですね」。主人はそう仰った。となると、これは大変な価値がある、それにしても元の持ち主はどういうお方だっただろうか、この傷みようから考えると肌身離さず持ち歩いていたに違いない、それほどの熱烈なファンであればこの持ち主は田中絹代と直接会っているかも知れない、などと想像をたくましくしていた。
 「画像で見るかぎり、サインは間違いないようですね」。出身地下関の田中絹代メモリアル協会事務局に画像送信すると、そういう返事が返ってきた。近く記念館を建てる計画があり、展示資料を全国から集めているとも仰っていた。
 私は心に決めた。記念館の資料としてすべて寄付することにしよう。そうすれば元の持ち主の思いが永久に保存されることになる。特にその一枚の写真を見て、記念館に入った人たちはさまざまな思いを膨らませるだろう。そう思うと、私の夢も大きく膨らむような気持ちになった。
                       (2005投稿)

黒と白

2010-08-08 23:16:45 | 日記
黒と白



 黒と白。これは我が家にいた黒猫と白猫のことである。
 『どうして猫が好きかっていうとね』(キム・レヴィン著・松本侑子訳)という本がある。表題の「どうして?」の答えが沢山の猫の写真付きでまとめてある。その中に、「九回生まれ変わるから」という答えが示してあった。猫が九回生まれ変わる。このことわざは古代エジプトの女神バステトの信仰に起源があるようだが、私は初めてこのことわざを知り、さもありなんと思った。
 我が家にいた最初の猫は全身真っ黒な雄猫であった。捨て猫で、家の周りを鳴きながらうろうろしていたので私は拾って飼いだした。ところが、雄猫は突然ある日失踪した。待てど暮らせど帰ってこなかった。
 諦めていたころ、今度は真っ白い仔猫が迷い込んだ。数年前のことである。私は何かしら因縁めいたものを感じた。黒猫が白猫に生まれ変わって訪れたのだと思った。
 黒猫は夜ひどい怪我をして帰ることがあった。雄猫同士が喧嘩をしたに違いなかった。家では大人しくしているかと思うと突如飛び掛ってくる時もあり、油断がならなかった。白猫はブルーの瞳を持つ美猫だった。冬のある日留守中にコタツの中で五匹の仔猫を出産した。そして、凛とした母猫としての風格が備わってきた。
 しかし、家庭事情があって止む無く仔猫も母猫もすべて「里親」に引き取って貰った。……私は、あの猫たちも家族だと思っていた。だから別れの悲しさは喩えようもなかった。出来れば今度は美しい三毛猫になって戻って貰いたいと思ってはいるが……。
                 (2004投稿)