とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

52 絶対真理

2015-10-29 01:27:33 | 日記


 私はどこにいるの ?
ばらばらの粉末となった私の魂はすべて地上へと昇っていきました。夥しい樹木の霊を地上に聳え立たせ、その実、地中の闇が私の存在を見えなくさせていました。また地上に戻れる ? 誰だ、そんなことを言ったのは。おお、荒神様だ。私を女にして魂をばらばらにして・・・。おーい、どこに居るんだ。帰してくれ。早く元の樹に帰してくれ。そうそう、山茶花さん、貴女の根元から私は地中に入り込んだ。この度の大仕事が成就すれば私は大樹になれる ? おいおい、ほんとかい。早く出してくれよ。・・・私に力が欲しい。女では地上に這い上がれない。男に返してほしい。そんな風に叫んでいると、私の頭上から大きな声が響いてきました。

 「はははっ、新樹。でかした。でかした。大きな森が出来たぞ。新しい森だ。これで今いるすべての微粉霊は樹木として生き返った。はははっ、よくやった。よくやった」

 「おおっ、荒神様ですか。それで私はどうなるのですか。闇の中はもういい加減嫌になりました。ここから出してください」

 「心配無用。今から出してさしあげる。ただ、その前に新樹に問いただしたいことがある」

 「何ですか。早く仰ってください」

 「お前を引き上げるためには莫大な力が必要だ。いやいや、他から力を貸す訳ではない。自分で力を蓄えて貰いたい。・・・そうだ。今、お前にとって最強の力が出てくるものは何だ。それを問いただしたい。それを力にして元の男の霊の姿を取り戻したい。何分数え切れないほどの微細な霊に分裂しているからなあ」

 「最強の力 ? 」

 私は内心に問うてみました。悟りの力、菩提心、信仰の力。・・・違う、私はこの度の苦行でも悟りを開くことは叶わなんだ。おおっ、この胸の底から沸き上がるものは何だ。これだ。あらゆる欲望だ。却って私は抑圧したものを増強させた気がする。これだ、私を支えている根源の力は欲望だ。生きたいという欲望。樹に戻りたいという欲望。花りんに会いたいという欲望。そしてさやかにも・・・。まだまだある。かつての家族にも会いたい。そして、そして・・・、いや、いや、申し訳ないことだが、あの山茶花にも会いたい。・・・そうだ、山茶花だ !!

 「山茶花に会わせてください」

 「おお、おお、これは困った。・・・うん、はっきり言おう。花りんはもういない。新しい森が出来ると、消えてしまった。いや、居る、居る。確かに居る。しかし、おおっ、いみじくもお前が言ったその山茶花の中にいる」

 「何という・・・。花りんが消えて山茶花の中にいる ?」

 「お前は、今、欲望と言ったな。ははっ、そうかもしれない。絶対真理はお前にとってあらゆる欲望か」

 「会えば分かる。会わせてくれ !!」

 「山茶花と花りんの複合霊に会うことは、ははっ、禁忌だ。それは分かるだろう。娘がどう思うか」

 「どうしてそんなことに・・・」

 「いや、私にもわからぬ。地中で莫大な動きがあったので、いや、はっきり言おう。新しい森の奥に霊山が出来た。そこの新しい山神様の思し召しだ。つまり、二人の複合神は山神様にお仕えすることになったのだ。いずれは次期の山神様になることになる」

 「山神様 ?」

 「そうだ。夥しい樹霊を導く大役を担っておられる。ということはお前は畏れ多くも山神様の父親。いずれ花咲く恵みがもたらされる」

 「それでは会えない・・・?」

 「いやいや、ここで待つがよい。ある出来事が起こる」

 荒神様はそう言うと消えてしまいました。

 



 「新樹様。新樹様」

 「おおっ、その声は山茶花、いや、山神様」

 「この度の大義、感謝いたしております。さあ、糸を垂らしますから、昇ってきてください。・・・貴方の樹は大樹に生長しました。これから力を合わせて森の霊たちを導きましょう」

 するすると透明な太い糸が地の底に下りてきました。力をいれくなても私は昇っていくことができました。

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51 微粉霊

2015-10-09 03:46:58 | 日記


 新樹さん、次の大修行だ・・・、いや、私を手伝ってくれ。私は御霊屋の仕事の帰りに荒神様のところへ行くのが日課となっていましたが、何が課されるかいつもいつもびくびくしていました。今度はお手伝いですか ? 今度の仕事は私にとっても畢生の大事業。今まで準備を重ねてきたが、いよいよ実行に移す。よく見てくれ、私の前の山茶花の老樹。この樹は直根なので根が地中深く伸びている。だからお願いしてたくさんの地中の霊に信号を送っていただいた。そう、勿論根からだ。根から地中に信号を送り、さ迷える霊たちを目覚めさせた。今、根の周りに微細な、というか、粉々になった霊の大群が集まっている。すべて罪びとだ。人間になることを諦め、さ迷っているうちに粉々になって地中深く沈んでしまった。・・・ははっ、それをお迎えしなければならない。
 そんな遣り取りを私としていると、山茶花さんが私を呼びました。

 「私の話を聞いてください。私は悪いことは何一つしていません。しかし、男の人が私に近づいてくると、みんな心根が卑しくなりました。私をしつこく追いかけたり、迫ったりしました。振り切っていつも逃げていました。それが罪でしょうか ? 男たちを近づけなかったことが罪でしょうか ?」

 いきなりそんな話を始めますので、私はどぎまぎしました。美しい霊体でした。

 「罪。・・・貴女が美しすぎるからだと思います」

 「私はそうは思いませんが・・・。ただ、私に近づいてきた男たちが、私が寄せ付けなかったために不幸な結果になりました。でも、それは・・・、それは私の責任でしょうか ?」

 「おいおい、山茶花さん、この新樹さんに身の上話をしても分かって貰えない。これからの大仕事を完成させればすべて解決する」

 荒神様がそう話しかけると、山茶花さんは涙を流し始めました。私は、また急に過去世のことを思い出して頭の芯が痺れてきました。ああ、これだ。この霊体は大変な吸引力の持ち主だ。そう感じました。

 「新樹 !! ここでふらふらしていては仕事にならぬ。お前にはここでは女になって貰う。いいか。お前の性根のまま仕事をすれば途中で挫けてしまう。お前の仕事は山茶花さんの根元に入り込んで深い地中の微粉霊たちの核になってまとめることだ。これから霊分身の術をかける。いいいか、男のお前は一旦これから死ぬ」

 「ええっ !! 死ぬって、もう地中から帰られないということに・・・」

 「はははっ、心配するな。事成れば無事男として返す。ははっ、それからお前の新樹が大樹に生長する。私が約束する。信じなさい。・・・無数の核を得た微粉霊たちは樹木としてこの森に帰ってくる。すると、もう一つの森が隣に出来上がる。いいか、たくさんの新たな樹霊がここに蘇る。その使命をお前は背負っている。いいか、覚悟は出来たか」

 「は、はい」



 荒神様が「おーー !!」と唱えると、私の体は山茶花の幹の根のところに滑っていきました。そして、暗がりの中を光りながら落ちていきました。私は、かっと目を見開いてことの成り行きを見ていました。体が無数に分かれ、それぞれに青白い霊がまとわりつきました。そして次第に地上めがけて上昇し始めました。私は怖さを忘れて荘厳な雰囲気を感じていました。

 「地下の死せる微粉霊が蘇っていく。地上に昇れ。昇れ」

 地上を見上げると、光りの柱が見えました。それと同時にどーっという音がして、光りを遮るような大木の群が聳えたつのを見ることができました。壮観だ !! 荒神様、姫神様、マーガレット様、どうか、どうかよろしくお願いいたします。

 

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50 暗 転

2015-10-04 00:26:52 | 日記




 御霊屋での務めが終わり、私は今度は一人で荒神様の森へと急いでいました。森が近づくと急に辺りが暗くなりました。突然の暗夜。私は視力を失ったのか。私は戦きました。また何かが起こる !! 黒いバラ !! さやか !! お前はどうしたのか、病気なのか ? 私はいよいよ怯えました。すると、森の闇の向こうから野太い声が響いてきました。

 「新樹よ、お前の中には今父親の霊が宿っている。盲目だった父親が」

 「おおっ !! 荒神様 !!」

 「いいか、よく聞け。お前の視神経は委縮している。だから何もかも薄ぼんやりとしか見えない。いいか、お前もよく知っている父の眼はかような世界を見ていた。いや、漆黒の闇だったかもしれない。歩けるか ? ははっ、歩けないと思う。ではどうするか。父親はそれでも自分で歩いていた。仕事もしていた。実に偉大。お前はこの森を一人で歩けるか。最初の修行としてこれから試してみたい。森を歩ける。これが出来ればさやかを助けることも、森の樹々の真の声を聞くことができる。しかも、新樹が大きく育ち、成木となるだろう。さすれば、私の真の弟子として認める。この森で生き続けることができる。森の樹々の霊を助けることも・・・。姫神からもマーガレットからも一任された。新樹よ、悟れ !! 新樹よ !!」

 「荒神様、何ということを。私にはできません。父は偉大でした。しかし、私には出来ません」

 「自ら道を拓け。そして己の真の道を歩め。さあ、新樹よ」

 「何ということを・・・」

 「嘆いていては少しも進まぬ。悟れ、悟れ !!」

 そう言うと、その声は途絶えました。私は一歩も進むことが出来なくなりました。花りん、来ておくれ。父を助けておくれ。私はそう呟きました。聞こえているはずの花りんも事の次第を知っているらしく返事をしませんでした。しかたなく私はその場に座り込みました。そうするしか私にはできませんでした。
 しばらくして、私は気を取り直して辺りの空気の感触や森の匂いを確かめていました。心を鎮め、じっとしていると、衰えた視力を補償する力が・・・、いや、何かの力が沸き上がってきました。

 「感覚を研ぎ澄ます。研ぎ澄ます。これだ !! 父はこの力を身につけたのだ。そうだった。父は、声を聞くだけで誰だか分かった。空気の微妙な動きから相手の動作を想像できた。しかも胸の鼓動から相手の心の動きを察知していた」

 「タテ、タチアガレ、アルクノダ、アルクノダ」

 「おおっ !! お父さん」

 確かに父の声が森の奥から微かに響いてきました。私は残されたすべての感覚を最大限に研ぎ澄まして歩きはじめました。すると、森の空が光ったような感じがしました。その光の中にさやかが立っていました。

 「さやか、傷ついたさやか。見えたぞ。見えたぞ。すぐに助けるからな」

 私は藪の中に分け入って薬草を探して手で揉んで薬汁を草の葉に絞り出し、さやかに飲ませました。すると、さやかの姿に精気が蘇りました。と同時に森中の樹々の囁きが聞こえたような気がしました。

 「さやか、私に道を示してくれてありがとう。父は、・・・ごめん、愚か者でした。許しておくれ」

 私はさやかの手を取って、森を歩き始めました。すると、森は徐々に明るくなり始めました。漆黒のバラは見事に美しく咲きました。ああ、母だ、母だ。そうに違いない。バラの花全体が微かに揺れてキラキラ光る露をこぼしました。

 「父の境地に限りなく近づいた。しかし、まだまだ未熟。父親の助けを借りるようではまだまだ・・・。これからも修行は続ける。・・・おおっ、お前の樹が少し生長した。帰るがよい」

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