とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

見守り隊出発

2013-08-29 05:59:40 | 日記
デジブック 『神々の里 出雲』


 このデジブックで紹介されている風景は、宍道湖、松江市、出雲平野のいつもと変わらぬ姿である。私はこういう環境の中で生まれ育ったことを幸せに思っている。たくさんの人に見てもらいたい。デジブックの作者に感謝しています。


 長柄さんと私はふるさと「見守り隊」と自称して、活動を開始しました。その活動の概略を紹介したいと思います。当初農園の岡田さんも加わっていただこうと話していました。しかし、主として農家を訪問するのに、農業の専門家がいない方が却って話しやすいだろう、ということになって、結局二人で出かけました。
 最初は冴子さんの家に寄り、新婚の夫婦と話をしました。靖男君と綾乃さん夫婦は地元の氏神様で結婚式を行いましたが、身内ばかりの質素な式だったということでした。笙子さん夫妻が式を執り行ったそうです。それからすぐに冴子さんの店の離れで新居を構え、二人とも店の仕事を手伝っているということでした。綾乃さんはときどき京子さんのアトリエに出かけて一緒に絵の制作をしているそうです。
 それからお世話になっている農家を一軒ずつ訪ね歩きました。昼ですからほとんど田んぼや畑で研修生と話をしました。話はほとんど長柄さんのペースで進められたので、私は付添人という感じでした。長柄さんのさりげない話術にひたすら聞き入っていました。彼は仕事の話は一切しませんでした。過去に探りを入れることもありませんでした。そのきさくな雰囲気につい本音を出す人もいました。・・・旨い、見直した。私は心の中で呟いていました。
 かくしていよいよ近本さんの家にいる凰佐久良さんに会う機会が訪れました。ちょうど稲刈りの時期でしたので、家族と一緒に稲田で作業をしていました。なんと、彼女はコンバインの運転をしていました。声をかけるのも悪いくらい忙しそうでした。しかし、近本さんらしい半白頭の人が私たちを見つけて、どなたですか、と近寄って話しかけました。研修生の見回りをしている者ですと告げると、ああ、では・・・、と言ってコンバインの運転を変わってくれました。作業服姿の長身の女性が畦道を歩いて近づいてきました。間近で見ると、美しいほっそりした顔立ちでしたが、地元の農家の娘という雰囲気が漂っていて、親しみやすい印象でした。


 凰さんですね、初めまして、長柄と申します。ああ、この男は畝本です。

 凰です。お世話になっています。そう言うと、道端の草地に座り、どうぞ、と私たちにも勧めました。私たちも隣に座りました。

 ご免なさい、お仕事中に押しかけて。

 いえ、ちょうど休憩したいと思ってましたから。

 コンバインとは・・・、いや、びっくりしました。

 その気になれば何でもできます。

 すっかり農業者という感じですね。

 以前からやってみたいと思っていました。

 湖笛の方とは・・・。

 ええ、みんな名前を憶えました。

 あ、そうですか。

 ときどき京都の新阿国座の方が来られます。ああ、喜多川さんにもお世話になっています。

 喜多川さんにも・・・。

 ええ、あの方はすごいと思いました。

 そうですか。

 今までミュージカル一本だったので、一から出直しです。

 ご縁劇場で稽古をなさるんですか。

 ほとんどそうですね。

 ほとんど、と言いますと・・・。

 新しく出来た新阿国座の稽古場にも行きます。

 ああ、出来たんですか。

 そうです。いい設備が整っています。

 こんなことを言ってご免なさい。・・・何も農業しなくても・・・。

 みんなそう仰います。・・・私にとって農業も必要です。

 ・・・。

 稲の香りを嗅いでいると・・・。

 ええ、ええ。

 生き返ったような、・・・そうですね、羽が生えて飛んでいくような・・・。

 ええ、ええ。

 空を飛びたい・・・。

 空を・・・。

 ははっ、そんな気分ですね。・・・嬉しいです。こんな気持ちを味わわせていただいて。・・・私は聞いていて、この女性のすべてが分かったような気持ちになりました。

東日本大震災へのクリック募金←クリック募金にご協力ください。

逃げるのは今だ

2013-08-24 22:31:37 | 日記
逃げるのは今だ




 「女性の頭部の習作」ウィリアム・アドルフ・ブグロー作(1898年)

 ブグロー作の数多の女性像の中で「習作」という言葉がつく作品はこれだけだと思うが・・・。それにしても拡大画像を見ると、極めて細密に描かれている。完成度の高い作品である。モデルが素晴らしいのか、描く技法が優れているのか、ぐっと引き込まれる。ブログ連載500回を飾るにふさわしい名作である。これもご縁というものである。

 
 私は春子さんという「母」に出会ってからしばらく何もできくななっていました。私は過去から抜け出たはずだったが、また過去に引き戻されたような気持ちになり、これからどうしていいか分からなくなっていました。「見守る」。何をどうすればいいのだ。無為、無作。それはどういうことか。何もしないでいいということか。いや、どうも違うようだ。どうやら私はいろんなことを抱え込みすぎたようだ。長柄さんとの出会いから予想もつかない世界に引っ張られて出てしまった。絵画、演劇、陶芸。私はちっとも得意ではない。そういう男があれこれ口を出していた。私は特定の女性に関心を持っていたのかもしれない。そういうやましい心が根底にあったからこういう風に悩んでいるのかも知れない。
 そうだ。何事もご縁だと考えていた。ご縁が新たなご縁を生み、人間関係が莫大広がってきた。これからそういう一芸に秀でた逸材と無能な私はどう関わっていけばいいのか。そうだ。ご縁というものは人を拘束する力が潜んでいる。ご縁だからとすべてを喜んで受け容れていた。どんどんそのご縁の縄が私にからまって身動きがとれなくなっている。やっと私は気がついた。また、新たな若い人材がここ出雲に集まってきた。そういう若者たちの将来を素人の私はどう保証するのか。全く分からない。・・・そうだ、逃げよう。逃げるのなら今だ。今しかない。・・・そうだ。逃げよう。今しかない。夜中、うなされるようにそう呟いていると、携帯の呼び出し音が鳴った。私は最近着メロは「ジュピター」にしている。特に理由はない。夜中の「ジュピター」はこの世のものではないような音色に聞こえました。

 もし、もし、畝本ですが・・・。 

 ああ、俺だ、俺だ。ご免、こんな夜更けに。・・・長柄さんだった。

 何ですか。

 いや、何だか変な夢を見てね。

 どんな・・・。

 お前がどこかへ行ってしまうのではと思ったんだ。

 えっ、まさか。

 そうか、それで安心した。お前、この前お母さんの妹に会ったんだって。

 ええ。誰が喋ったんですか。

 誰でもいい。・・・おい、お前は、今度農家にやってきた若者たちを見捨てはしないだろうな。

 まさか。
 
 そうか。それならいいが・・・。

 で、何の用事ですか。

 若者見守り隊を作ろう。

 見守り隊ですか。

 そうだ。いろいろ口に出せない悩みや不安を抱えていると思う。なに、難しく考える必要はない。農家に出向いて雑談の相手をしてやれば気持ちがほぐれるかもしれない。

 ほぐれる。

 そうだ。それが出来るのはお前と私しかいない。当事者同士は気を使うからな。

 ええ、ええ、それはいいですね。・・・私はそれまで考えていたこととは全く違う返事をしていました。

東日本大震災へのクリック募金
 

 


  

「母」からの依頼

2013-08-18 22:17:09 | 日記

藤田嗣治「三美神」

 この作品は作者の中でかなりな解釈が行われている。日本人風に描いているし、ボッティチェリのビーナス誕生をアレンジしていると思われる。それにしても確かな描写力である。


 治子からの電話の話を聞いて私は驚きました。私の母の妹が松江温泉まで来ているというのです。急にまたどうして、と聞いたのですが、とにかく私と一緒に行こうというのです。私は胸騒ぎを感じながら夕方治子の車に乗りました。車中、治子も興奮気味であまり語ろうとしませんでした。ホテルに着いて、フロントに問い合わせると、しばらくしてから中年の立派な紳士が現れました。畝本様ですね。まもなく先生をお連れします。このホールの奥の喫茶店でお待ちください。紳士は、そういう風に言うので、私たちは言われるまま喫茶店の一番奥の席で待っていました。すると間もなく紳士に手を引かれるようにして白髪の老婆が姿を現しました。見るとすぐに私の母の写真に似ていることが分かりました。間違いない。私の母の妹だ。私はそう思いました。母の妹を私の前の席に座らせると、紳士は隣のテーブルの椅子に腰かけ、ウエイトレスを呼んでコーヒーを注文しました。コーヒーが来ると、さ、遠慮なくどうぞ、何か食べ物も注文しましょうか、と言うので私はいや結構です、と言いました。白髪の老婆はじっと私を見つめていました。


 新宮春子でございます。態々お呼び立てして申し訳ございません。どうしてもお伝えしたいことがありまして・・・。

 初めまして、畝本と申します。あ、それから上の娘の治子です。

 お子さんは確か二人、下の娘さんはスポーツでご活躍のはず。いや、私はすべて空に住んでいる姉から聞いて知っております。

 母といつも話していらっしゃるんですか。

 ああ、そうです。小さいころは姉がいるとはちっとも知りませんでした。物心ついたころ自然に姉がいると気づきました。二人とも諏訪の貧乏な家に生まれました。それから二人は別れて・・・、そうでしたね、姉は貴方を生んでまもなく死にました。それから、空から話しかけてくる姉の声を聞くようになりました。双子というのは不思議な力で結ばれています。・・・ええ、今ではいろいろなお方の声が姉の声で聞こえてきます。私は、そのため大袈裟な言い方ですが、たくさんのお方を助けました。そうしたらいつの間にか先生と呼ばれるようになって・・・。お恥ずかしいことです。

 観自在ですね。観音様ですね。

 いや、いや、そんなことはありません。ご覧の通りの老婆です。

 里見大三郎さんもご存知ですね。

 ああ、新阿国座の・・・。

 そうです。

 よく知っています。時々お会いしてお話ししています。

 突然ですが、これから「お母さん」と呼ばせていただいていいでしょうか。

 え、それは・・・。まあ、私みたいなものでもよかったら。

 ありがとうございます。

 それで、実は、これからの新阿国座と湖笛のことですけれど・・・。

 えっ、何でしょう。

 新阿国座の関係者は私たくさん知っています。翠園さん、仙女さんはもちろん若いころからお付き合いしています。しっかりしたお方です。・・・これからのことですが、ああして華龍さんが加わり、新鮮になりました。話題性も十分です。問題は次世代ですね。麗華さんが湖笛の応援を買って出ました。これは大器です。湖笛にとって明るい材料です。次に尾辻綾乃さん、これは演劇ではないですが、この方と、それから、凰佐久良さん、これは相当の経験者です。この三人が湖笛と新阿国座と出雲の画壇の大きな力になります。・・・実は、この三人みんな私のところへ来てアドバイスを求めました。絵とか演劇のことは分かりません。でも、芸への意気込みを強く感じました。私は陰ながら支援することを約束しています。

 三人とも相談に・・・。

 そうです。貴方にそのことをお知らせしたかったのです。

 えっ、私は何をすれば・・・。

 何にもしていただかなくて結構です。ただ、見守ってほしいのです。私は、出雲にはいませんので、私の代わりに見守ってほしいのです。お願いはただそれだけです。

 えっ、見守る・・・。

 そうです。一定の距離をとってじっと見守るお方が欲しかったのです。それが大きな影響を三人に与えます。

 しかし、他にも古賀画伯とか、坂本学芸員とか・・・。

 そういうお方は実際の指導者です。それを超えたところで見守ってほしいのです。

 超えたところというのは・・・。

 超えたところです。

 具体的には・・・。

 それは日々これから感じられるでしょう。・・・出雲の未来をあの三人は背負っています。

 三美神ですか。

 いや、そういう名前はどうでもいいのです。治子さん千恵子さんとそして奥さんと一緒に見守ってほしいのです。どうか、どうか、よろしくお願いいたします。・・・ああ、もう一人、大切な人を漏らしていました。笙子さんです。あの方は今本格的には動けない状況ですが、いずれ個性的な芸と技を磨いて湖笛を経、新阿国座の花形になると思います。
合わせてよろしくお願いいたします。

 お母さん、それは荷が重いです。

 無為、無作の境地になれば可能です。

 無為、無作ですか。

 そうです。お願いします。

東日本大震災へのクリック募金

逸材現る

2013-08-14 06:34:16 | 日記
逸材現る




「ペール・ラクロワの家」ポール・セザンヌ[ナショナル・ギャラリー1873収蔵 (ワシントン)]

 セザンヌには民家を描いた作品がいくつかある。構図、色彩配置ともに自由な発想で描かれている。それでいて、見る者に臨場感を感じさせる。さすがだと私は思っている。


 彩湖の会の活動が動き出しました。資金は最初はご縁市場の関係者が出資するという形である程度の額に達しました。協力していただく農家が十軒以上になったので、募集を開始したところ男女合わせて6名が出雲の地に集まりました。寄宿先の割り当てが終わり、この会は実際に動き出しました。人数は、演劇志望が一番多く、次いで絵画志望、焼き物志望の順でした。・・・そういう情報を娘の治子が電話で教えてくれました。


・・・それから、農場の岡田さんから聞いた話だけど、・・・ああ、郁子さんが以前働いていた農場の岡田さん、覚えてる。

 何言ってるんだ、忘れはしないよ。

 ごめんなさい、その岡田さんの近所の農家、・・・確か近本さんだったと思う、その農家に凰佐久良(おおとり さくら)という舞台経験のある方が来たらしいの・・・。

 舞台俳優がどうして・・・。

 今までミュージカルのような音楽中心の劇をしていて、躓いたと言うと失礼だけど、まあ、自分には別の道がふさわしいと考えだしたらしいの。

 でも、どうして農作業してまで・・・。

 そこなんだけど、自分を見つめなおしたいと思ったらしいの。すごく体格がよくて、力仕事もこなせるし、郁子さんのように農業機械の運転もできるみたいで、もう、近本さんの家族に溶け込んで楽しんで作業しているらしいの。

 へえー、それは有望だな。で、古賀所長はその方にどういう指導方針を示しているんだ。

 所長さんは、やはり、新阿国座の一つの看板にしたいと仰っているみたい。

 みたいって、直接聞いたんじゃないのか、

 いや、私は美術館の坂本さんから聞きました。

 そうか、・・・おおとり さくら、いい名前だ。ぜひ大舞台に立たせたい。・・・それで湖笛の松江さんには連絡したのか。

 そりゃ抜け目がありません。松江さんはその人を知ってました。歌が旨いし、踊りもできる、演技も抜群、湖笛の新しい舞台が実現する、と言ってました。

 そんな人なら湖笛で修業する必要はないと思うけど・・・。

 お父さん、湖笛を低く見ているんじゃないの、失礼ね。その方は新しい演技を身につけたいと思って出雲に・・・。

 ごめん、ごめん、分かった。彩湖の会の見通しが明るくなった。・・・私はそう言いながら笙子さんのことを考え、旨くコンビを組んでほしいと願っていました。

東北関東大震災 緊急支援クリック募金←クリック募金にご協力ください。



京子の失意

2013-08-10 05:25:04 | 日記
京子の失意




ウオーターハウス「A_Mermaid」

 夏目漱石の「三四郎」では19世紀英国の画家、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの描いた「人魚」について記述されている。魔性の雰囲気を漂わす「人魚」を用いて場面をミステリアスに盛り上げている。他に「草枕」「坊ちゃん」でも西洋画の作品が出てくる。漱石は西洋画に強い関心を抱いていた。というより絵から感じるイメージを物語の底力にしていたと思われる。

 

 お母さんの葬儀は京子さんの考えに基づいて執り行われ、全く簡素でした。冴子さんの家のお父さんの時とは対照的でした。仏式の宅葬で、会葬者は身内ばかりでした。佐山医師夫妻も来ていました。私だけが親族ではなく、浮き上がった感じでした。何故か古賀所長は来ていませんでした。葬儀が済んで数日してから、冴子さんに店に呼び出されました。


 ・・・両親が死に、私だけが生き残って・・・。

 気持ちは痛いほどよく分かるけど、・・・この際あんまり深刻にならない方が・・・。
たまたまそうなったという風に・・・。

 たまたま、ね。ここに店を出すようになったのも、たまたま・・・。そうね、ご縁には良い悪いがあるという・・・。

 私もそう思うよ。お父さんが死に、すばらしい養子にご縁が出来た。それに、破門された弟子の娘さんがここで働くようになった・・・。

 不思議、不思議、・・・予測不可能なのがご縁という・・・。

 ここの店に、死んだお母さんが買って預けていた大事な絵が帰ってきたのも不思議、不思議・・・。

 ああ、京子さんの友達がお母さんが死んだことを知って返してくださった。それを京子さんが私の店に預けてくださったのも、不思議、不思議・・・ですね。

 そう、そう、その絵のことをもっと詳しく話してください。

 ああ、そうでした。話をもとに返しましょう。・・・京子さんから連絡があって、友達が、あの、その方、尾辻綾乃さんという方、その方が返してくれた作品を京子さんが売りたいということだったので、家の靖男に取りに行かせたんです。京子さんのご主人の復帰第一作です。綾乃さんもまだ京子さんの家にその時いました。

 ええ、ええ、そうでした。それで・・・。

 いきなり綾乃さんが初対面の靖男に結婚してください、という言葉を・・・。

 そりゃ、びっくりですね。年の差が随分・・・。

 そうです、靖男が五歳も下・・・。

 どうして・・・。

 どうして、と仰っても・・・。・・・ああ、ただ一つ、京子さんが絵の道を絶ち、新阿国座のアートディレクターになりたいと言いだしたということが・・・。

 えっ、絵を諦めた・・・。

 そうです。両親を失って気が動転していたからかも知れません。苦しんだ挙句の結論だったようです。

 で、それと、求婚はどういう関係・・・。

 綾乃さん自身、自分がが近くにいるということが京子さんの心の拠り所となるかもしれないと思った・・・。

 それはあくまで想像でしょう。

 いや、綾乃さんに確かめました。

 で、靖男君は、貴女はどう思っているんですか。

 靖男は面食いだからイチコロ。で、私は・・・。

 どうなんです。

 そうねえ、・・・しばらく考えてから・・・。

 そんな悠長なことでいいんですか。

 まあ、なんとなく結論は出てますが・・・。冴子さんの眼が心なし潤んでいました。

東北関東大震災 緊急支援クリック募金←クリック募金にご協力ください。