とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

再生

2012-02-25 21:54:21 | 日記
再生




水の精(1872制作)
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス Jhon William Waterhouse ( 1849年-1917年 イギリス ラファエル前派)

 私はやっと見つけました、古賀画伯が言っておられた画商の店を。隣の町の裏通りの小さな店でした。意外と小さかったので、最初は不安になりました。
 私はさりげなくドアを開けて入りました。他に二人の客がいました。私は、十数作の大小の作品を見て回り、それらしき、と言いますか、一番迫ってくる作品を見つけようと思いました。
 これだ、これに違いないという作品を見つけました。タイトルは「再生」。化けてる、化けてる、確かに化けてる。私はつぶやきました。そうだ。私はウオーターハウスの「水の精」を連想しました。いや、似ているとか模作というのではなく、西洋画を勉強したものでないと描けない容姿、表情だったからです。
 この絵にどういうメッセージを込めたのか。私は考えました。池の傍に立つ一見悲しそうな表情の女性。しかし、よくよく見つめますと、歓喜の表情に見えてきました。やっと生まれ変わった。そういう喜びです。
 私は、他の客がこの絵をどう見るのか知りたくなりました。二人の先客はどうも知り合いのような感じでした。


 この絵ねえ、この佐山という画家の絵、古い洋画みたいな雰囲気だけど、すごい筆力だね。こんな画家いたっけ。

 佐山ねえ。何だか聞いたことがあるような気がするけど・・・。

 そうかねえ。新人だと思うけど・・・。それにしては絵筋がいいね。

 うん、確かに。

 うちの店にも出したいくらいだよ。

 じゃ、古泉堂さんに聞いてみたら。

 そうだね。・・・ちょっと、古泉堂さん、この画家ねえ、どんな方なの。

 ありがとうございます。実は古賀画伯の知り合いでしてね。それで、店に出してくれと頼まれましてね。

 いい絵筋だね。うちにも出したいくらいだよ。

 ありがとうございます。ええ、すぐに古賀画伯に連絡取りますが、この作品は非売品なんですよ。

 そりゃどうして。

 宣伝したいということで。

 売り出し中の画家・・・?

 いえ、キャリアは相当なものらしいです。

 しかし、あまり聞かないねえ。

 しばらく活動を中止されていたようで・・・。

 ああ、そうですか。しかし、いいねえ、こんなに丁寧に描ける画家が少なくなった。描線が生き生きしている。今の時代貴重な画家だよ。ぜひ古賀さんに話して下さい。

 ありがとうございます。では、今日にでも・・・。

 お願いしますね。


 ・・・私はそういう会話を傍で聞いていて、飛び上がらんばかりに喜びました。


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ウオーターハウスの絵

2012-02-19 22:37:05 | 日記
ウオーターハウスの絵





ボレアス (1902年制作・個人蔵)


 前回の「聖堂」もこの絵も背景に神話の要素があると思われるが、私は純粋に絵画として見ようと思っている。
 この絵も卓越した描写力を感じさせる。北風だろうか、吹きすさぶ風に衣装が乱れている。それを必死に押さえようとする女性の表情がすばらしい。衣服のひだに激しい動きが感じられ、全体に溢れる躍動感がある。このまま現代絵画にしてもいいような普遍性を感じる。ウオーターハウスは他にもはっと思わせる絵を多数描いている。・・・絵は化ける。この絵にしても見るものによって無数の物語が紡ぎ出されることと思う。

 さて、大事なことを後回しにしました。実は古賀画伯から大切な連絡がありました。


 畝本さん、完成しましたよ。

 ええっ、早いですね。佐山さんやりしたね。

 そうです、すごいです。さすがです。

 で、どんな絵ですか。

 京子さんをモデルにした人物像です。

 いや、それは分かりますが、もっと具体的に・・・。

 具体的にですか。説明しにくいですね。

 特徴ですよ。

 特徴ですか。そうですね。・・・立派に化けました。見る人によってもさまざまに化けると思います。

 実物を見たいですね、早く。

 ごめんなさい、実はもうあのアトリエには無いんです。

 えっ、ない!

そうです。ありません。

 じれったいですね。じゃ、どこにあるんですか。

 ある画商が経営するギャラリーです。その人には昔から私お世話になっています。

 どうしてですか。展覧会とか審査会に出さないんですか。

 その点は佐山さん、京子さんといろいろ相談したんですけれど、過去にいろいろあったので、最初の作品は止めようということになったのです。

 そりゃ惜しい!

 ええそうですけど、まあ、しばらく店に展示しておこうということで・・・。

 買い手がつけば・・・。

 いや、売らないということです。

 売れなきゃ生活が・・・。

 いやね、却ってその方がいいでしょう。

 どうしてですか。

 できるだけたくさんの人に見てもらえるからです。

 ・・・。

 まず、今までの佐山さんではないということをアピールする必要があると思います。私は今度は旨くいくと信じています。いや、きっと問い合わせがたくさんあると思います。

 じゃ、そこはどこですか。私も早く見たいです。

 いずれご案内します。

 そうですか。いや、分かりました。待ちます。

 それからね・・・。

 何ですか。

 京子さんから聞いた話でけれどね、お父さんが具合が悪くなられたそうです。

 えっ、お父さんとは連絡をとっておられたんですね。

 そうらしいです。

 で、どういう具合ですか。

 それが・・・。

 悪いんですか。

 ええ、眼が不自由になられたそうです。奥さんが大変みたいです。

 急にどうしてそんな・・・。

 ええ、以前から糖尿だったそうで、それが原因のようです。

 ということは、もし、絵を見たいと思っても見られない・・・。

 ええ、残念です。

 そうですか。・・・私は、そう言いながら私の父のことを思い出していました。若いころ失明した父のことを。


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聖堂

2012-02-17 23:41:03 | 日記
聖堂




聖堂 (ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1849-1917 ) イギリス ラファエル前派

 この作品は「祠堂」というタイトルもつけられている。ウォーターハウスの作品の中でも傑作の一つであると思う。私はこの画家の「嫉妬」という作品を島根県立美術館で鑑賞した。心理描写がぬきんでていて、鬼気迫るものがあった。この作品も少女の聖堂の前で見せた何気ない仕草に純粋な信仰心の発露を感じる。
 私は、実はこのタイトルの意味を浅く考えているかも知れない。もっと深い乙女心を表しているかもしれない。しかし、私は絵が秘めたものすごいエネルギーを感じる。この像自体が聖なる像に思えるからである。純真無垢という言葉では表現しつくされない心の深奥が仕草と表情に表れている。
 ・・・古賀画伯の言葉、「・・・化ける」ということの意味が分かったような気がした。絵に描かれると人物が人物以上のものに化けるのである。裏を返せば絵は恐ろしいとも言える。佐山さんの絵からもそういう気配を古賀画伯は感じたに違いない。

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テオドール・シャセリオーの絵

2012-02-12 23:08:34 | 日記
テオドール・シャセリオーの絵


 私は恥ずかしながらシャセリオーという画家のことを全く知りませんでした。作品を調べているうちに虜になってしまいました。


 姉妹 (1843年制作 ルーヴル蔵)


 「テオドール・シャセリオー(Théodore Chassériau, 1819年9月20日 - 1856年10月8日)は、フランスの画家。ロマン主義に属する。自画像、歴史画、宗教画、寓意的な壁画、それにアルジェリア旅行にインスパイアされたオリエンタリズム溢れる作品が有名である。」(Wiki)

 「シャセリオーは、カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島のサマナ(現ドミニカ共和国)に生まれた。父親はフランス人で、島がまだフランスの植民地(サン=ドマング)だった頃は行政職だった。母親はクレオールの地主の娘だった。1821年、家族はパリに移り、そこでシャセリオーはスケッチに早熟な才能を見せた。1830年、11歳の時、シャセリオーはアングルのアトリエに入ることを認められ、この新古典主義巨匠の愛弟子となった。アングルは人々にこう言ったそうだ。『見たまえ、紳士諸君。この子はきっと絵のナポレオンになるよ』」(Wiki)

 なになに、「絵のナポレオン」!! すごい評価ではないですか。私は西洋画の大海の広さ・深さをまたまた知らされました。

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嫉妬

2012-02-11 23:50:30 | 日記
嫉妬




赤ん坊を世話するムーア人の女性(1850年制作 ルーヴル蔵) (テオドール・シャセリオー・1819-1856)

 私は京子さんのその後のことがいつも頭から離れません。このシャセリオーなどの絵を見ていてもこういう感じかなあと思ったりしていました。それから絵は描けたのだろうかという心配も頭を擡げてきました。
 ところへ、古賀画伯から電話がありました。

 いえね、私はあの家族には会わないつもりでしたが、やはり家族や絵のことが気になりましてね、実は今日覗いてみました。

 そりゃ、ありがとうございます。

 長柄さんにも二人の様子をお知らせしましたが、どうも最初は二人はお互いぎくしゃくして旨くいかなかったみたいです。

 いや、私も出すぎたことをしました。

 いえいえ、その点では私も同じです。

 で、どんなでしたか。

 嫉妬ですね。

 えっ、嫉妬 ?

 そうです。

 ど、とういうことです。

 嫉妬と言いますか、これは私の言葉ですけれど、代行嫉妬という・・・。

 代行嫉妬 ?

 どう説明したら分かっていただけるか・・・。実はですね、私がアトリエの様子を見させていただいたとき、描きかけの20号くらいの絵がイーゼルに立て掛けてありました。母子像ではなくて、一人だけの人物像でした。ああ、始まってますねと言うと、佐山さんはうかない顔つきでした。どうしたんですかと聞きますと、モデルの機嫌が悪くてとか言って相当不満のようでした。どうも、京子さんは佐山さんとのいままでのいざこざのしこりをひきずっている感じでした。

 そうですか、やっぱり。

 私は絵の描線が今までとは随分違うことに気が付いていましたから、こりゃ本物だと思いました。それで大きな賭けをしました。

 賭け ?

 そうです、賭けです。

 どんな賭けですか。

 いやね、私が頼んだんです、モデルになってくださいと。

 古賀さんの絵のモデルですか。

 そうです。私は京子さんとは初対面でしたが、何か直感的にグッと迫ってくるものを感じていました。いや、あくまで画家としての感覚です。佐山さんの絵は母子像でない方がいいとも思いました。一人の方がいい。これはあくまで個人的な実感です。それでモデルを唐突に頼んだ形になりました。・・・私は京子さんの言葉を待ちました。

 で、どうだったのですか。

 貴方の画風は私も存じ上げておりますが、私は貴方の絵のモデルとしてはふさわしくありません。私の人物画は私が決めた画家に描いて貰いたいです。・・・そう仰ったんですよ。それで、その画家はどなたですか、と聞きました。

 で、どういう返事でした。

 佐山さんしかいません、という答えでした。夫とか主人という言葉ではなかったですが、確かに二人の強い絆を感じました。

 ああ、そりゃよかったです。で、そのー、代行なんとかというのは・・・。

 ごめんなさい、回りくどい言い方をして。いやね、嫉妬を感じたのは佐山さんだろうと思います、私に対して。

 そりゃそうでしょうね。

 京子さんは佐山さんの嫉妬心を即座に感知して、代わりにリアクションをしたのです。それができるということは、二人の絆が強いからだと思います。

 なるほど、そう解釈すると理解できますね。

 そうです。私は進んでいない下描きの絵を見て、京子さんの気持ちを確かめる、と言いますか、いや、むしろあやふやな気持ちを引き締めたかったのです。京子さんとの人間関係の薄い私にはそれしか方法はありませんでした。あくまで画家の発想です。

 ・・・。

 それからしばらく仕事の様子を見ていました。京子さんの表情が明るくなっていましたから、こりゃ大丈夫だと思いました。

 そうですか。ありがとうございました。

 その後仕事がどういう方向に進んでいくか分かりません。描き直して全く別の作品に化けるかも・・・。でも、必ず仕上がると思います。一つの大きな転機です。佐山さんにとって、いや、二人にとって。
 

 

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