アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

朝鮮学校無償化排除の差別解消を参院選の争点に

2019年07月09日 | 政治・選挙

     

 「生活・家計・くらし」を守ることよりも重視しなければならない問題、そして野党の選挙公約が欠落させている問題、それは朝鮮学校を無償化制度から排除している差別を解消する問題です(社民党の選挙公約には「高校無償化を外国人学校等にも差別なく適用します」とあり評価できますが、朝鮮学校に対する差別をなくするとは明記されていません)

 なぜそれを参院選の重大争点にすべきなのか。理由は4つあります。

 第1に、政治的思惑から朝鮮学校の生徒たちを差別していることは、「子どもの権利」侵害であり、「法の下の平等」にも反する明白な憲法違反だからです。野党が「立憲主義」「憲法を活かす」と標榜するなら、この人権侵害、憲法違反を解消することは焦眉の課題のはずです。

 第2に、朝鮮学校を無償化制度から排除していることは、たんなる差別ではなく、豊臣秀吉の朝鮮侵略、明治政府の朝鮮併合(1910年)以来の朝鮮侵略・植民地支配の歴史的帰結であり、今日的表れだということです。
 朝鮮学校に対する差別をなくすることは、日本の侵略・植民地支配の歴史的責任を負う日本人の今日的課題です。人を差別し権利を侵害しておきながら、自分の生活が守られればいい、ということにはならないはずです。

 第3に、朝鮮学校に対する差別解消は、朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との対話・国交正常化の不可欠の条件だということです。
 安倍首相は朝鮮半島をめぐる情勢に乗り遅れまいと、朝鮮との「前提条件なしの対話」を口にしていますが、侵略・植民地支配の歴史的責任にほうかむりし、さらに朝鮮学校(在日朝鮮人)に対する差別を続けながら、「前提なし」とはまさに盗人猛々しいというもの。朝鮮との「対話・会談」をいうなら、少なくともまず朝鮮学校に対する差別政策を改めなければなりません。
 それが「拉致問題」の真の前進にとっても必要であることは言うまでもありません。

 第4に、国政選挙といえば「生活・家計・くらし」という内向きな生活保守主義から脱却し、歴史認識・世界認識をも争点にする選挙へ脱皮すべきだからです。朝鮮学校差別解消はそのきっかけになりうる課題ではないでしょうか。有権者の意識がそうした問題にも向かうようになれば、日米安保(軍事同盟)・天皇制タブーを打ち破る歴史的課題への道も開けていくのではないでしょうか。

 朝鮮学校に対する差別を確定的にしたのは安倍政権ですが(2012年12月28日の下村博文文科相会見)、そのレールを敷いたのは民主党政権です(2010年、鳩山・菅政権)。その流れをくむ立憲民主党、国民民主党はいまこの問題をどう考えているのか、過去の誤りを認め改める意思はあるのか、明確にすべきです。

 共産党は選挙公約で、「子どもの権利を尊重して、教育と子どものための施策をすすめます」としながら、朝鮮学校差別問題に一言も触れていないのは、いったいなぜなのでしょうか。

 高校無償化制度から朝鮮学校を排除している差別問題、人権・憲法問題、歴史認識問題にどう向き合うのか。それは各政党の「立憲主義」の本音・実態を示すリトマス紙であり、同時に、有権者・日本人の生き方が問われる試金石ではないでしょうか。