アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

日曜日記58・沖縄とコンビニ・米女子サッカーチーム・男性候補者の妻

2019年07月14日 | 日記・エッセイ・コラム

☆沖縄とコンビニ

 全国で沖縄にだけなかったセブンイレブンがついに沖縄で開店した(7月11日)ことが大きく報じられた。那覇に移住した当時(2012年)、セブンの不在はすぐ気になり、本社に電話して理由を聞いたことがある。流通上の問題だと言っていた。

 沖縄のコンビニで次に気になったのは、過当競争と景観破壊だ。沖縄(那覇)観光のメーンの1つ、国際通りには約1・6㌔の通り沿いにファミマとローソンがそれぞれ4店舗ずつ計8店舗軒を連ねていた(当時)。国際通り散策も興ざめだ。

 沖縄のコンビニ事情で最も気になったのは、パート・アルバイトの時給の低さだ。「本土」では深夜勤でなくても800~900円台だが、那覇ではその7割程度の680円前後だった。仕事の内容はもちろん「本土」と変わらない(両方でバイトをした実感)。

 コンビニに限らない。沖縄の最低賃金の低さは目に見えにくい沖縄差別の実態だ。セブン進出の騒ぎの陰に、沖縄の店員・労働者の苦悩があることに目を向けたい。

 ☆権力におもねらない米女子サッカーチーム

 サッカー女子W杯で優勝したアメリカのチームが、ホワイトハウスの招待を断ったという(10日)。トランプの一連の民族・女性・マイノリティ差別発言に抗議したものだ。最優秀選手になったラピノ選手は「トランプ大統領の差別的な発言を念頭にホワイトハウスには行かない」と語ったという。痛快だ。

 日本では考えられない。国際舞台で活躍した選手・チームはすぐに首相官邸に招かれ、首相とツーショット写真に収まる。政府(国家)のスポーツ政治利用の一幕だ。「安倍首相の森友・加計問題、歴史修正主義を念頭に官邸には行かない」という言葉が日本のアスリートから出ることは想像できない。

 日本の国家権力は(他国の事情は知らないので比較できないが)一貫してスポーツを国策に利用してきたし、今もしている。その典型が「オリンピック」であることは言うまでもない。各スポーツ協会のトップに自民党の政治家が座り、名誉総裁に皇族をすえていることがそれを示している。

 フェアプレイがいのちのスポーツは本来、国家権力から距離を置き、批判的であってしかるべきだ。日本のアスリートは今回の米女子サッカーチームの見事な「場外ゴール」を見習うべきだ。

 ☆「男性候補者の妻」

  選挙のたびに不快なのが、「男性候補者の妻」が選挙運動に駆り出される光景を目にすることだ。自民党陣営に限らない。那覇の選挙で保守系候補が妻とのツーショット写真を選挙ポスターにしているのを見た時は目を疑った。そこまでひどくなくても、決起集会などに妻を駆り出し、一緒に頭を下げさせることは野党陣営でも常態化している。

 本人が望んで自主的に行っていることならとやかく言わないが、実態はそうではないだろう。「男性候補者の妻」は夫を支え一緒に選挙運動すべし、それが票につながる、という思惑であることは間違いなかろう。

 まったくおかしな話だ。政治家(候補者)といえども夫婦が別人格であることは言うまでもない。思想・信条、支持政党が違っていてなんの不思議もない。
 最も問題なのは、「男性候補者の妻」は選挙に駆り出されても、「女性候補者の夫」はまれだということだ。つまりここには、妻(女性)は夫(男性)に従い支えて当然、それが「家族愛」を示して票になる、という女性差別が厳然とあることだ。それが選挙という最大の政治の場で公然とまかり通っている。

 日本の「政治家」、そして有権者は、「男女平等・民主主義」を大言壮語する前に、まず自らのこの悪弊を改めなければならない。