あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

「 声をそろえて 帰りたくない、中隊長達と死にます 」

2019年04月12日 13時07分06秒 | 丹生部隊

< 2 9 日 >
午前一時
香田大尉殿より達し有り、
の者此処に聯隊長殿が来て居られ、
 皆を原隊に帰させると言ふが  帰りたい者は遠慮なく言出 」
と、
其の時の兵の気持
悲壮と言ふか
「 声をそろえて帰りたくない、中隊長達と死にます 」
と いった。

香田大尉も感激し
「 良く言ってくれた 」
と、
それから 各処々に陣をはりいつでも来いと応戦の用意、
営門出かけてより此の方、此の位緊張した気持ちはなかった。
亦 今日が自分達最後の日かと覚悟した。

十二時頃 十一中隊集合、
に 四階に居った自分達は何事かと下の広間に集ったら、
丹生中隊長は眼に一杯涙を浮かべて、
「 皆の者 今迄大変御苦労をかけてすまなかった、実は今日皆を帰すから  」
と 言ふので、
「 何で帰すのか 」 
と 皆でなじった、
「 中隊長は何事も言ふまい、自分だけ死ねば後の者は皆助かる 」 
と 言った、
何でだまってゐられやう、
「 中隊長死なせたからには自分達は生きては此のホテルから出ない 」 
と 言ひ合ひ皆泣いた。
中隊長も泣いたたが、時世には押され情なくも帰営するために前の電車路に整列した。

列が半町も行った時、                            ( 一町 = 1 0 9 m )
熱血将校香田大尉が皆を止め、
部所に付けと、
一同 亦も
喜び勇み立ち再度応戦のため各部所についた。
二度と再び出まいと言ひ合った
が、又も其の間 色々と敵の方より 「デマ」 が来、

吾等将校等 兵を助けんが為幾度か自殺を企てた。

歩一第十一中隊 一等兵 堀越晴之輔
現代史資料23 国家主義運動3


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