澁川善助
第一回訊問調書
被告人 澁川善助
右者ニ對スル 内亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、東京衛戍刑務所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ澁川善助
年齢ハ三十二年
族称ハ福島県平民
本籍地は福島県若松氏七日町六十一番地
出生地ハ本籍地ニ同ジ
住所ハ東京市小石川区水道端町二丁目六十四番地
職業ハ無職
位記、勲章、記章、恩給、年金を有セザルヤ
アリマセン
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
刑罰ニ処セラレタル事ハアリマセンガ、現在、鉄砲火薬類取締法施行規則違反被告事件ニ附、保釋中デアリマス
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二 ・二六事件
事件發生ヨリ終熄迄ノ行動ニツキ述ベヨ
二月二十八日 午前十時頃、對ノ境地
初メテ同志ガ集ツテ居ルト聞キマシテ、
赤坂見附山王下料理店幸楽ニ行キマシタ。 ・・・＜ 註 1 ＞
夫迄ハ今回ノ事件ニハ直接関係スルコトナク、
外部ニ居テ外ノ同志ノ人々ニ事件ノ模様ヲ知ラシテ居リマシタガ、
事件ニ參加シテ居ル同志ノ模様ガ心配デアリマシタノデ云ツタノデアリマス。
私ハ幸楽ニ行キマシタ時ニハ、
同志歩三ノ安藤大尉、坂井中尉ト其部隊ガ居リマシタ。
同日ノ午後四時頃、
參謀本部ヲ占據スル爲ニ出發スル坂井部隊ト一緒ニ參謀本部ニ行キマシタガ、
同所ノ幕僚ノ方ガ明渡シテ呉レマセンノデ、
坂井部隊ト共ニ陸相官邸ニ行キマシタガ、時間ハ判リマセンガ暗クナツテ居リマシタ。
陸相官邸デハ、参謀本部副官ガ出テ參リ、自由ニ使ヘト言ツテ呉レマシタノデ、
玄關ヨリ這入ルトスグノ大広間及小室ヲ使用シマシタ。
夫レカラ時間モ、亦誰ガ言フタカモ判リマセンガ、
明朝早クヨリ攻撃サレルト言ツテ來マシタノデ、坂井ハ防禦ノ準備をシマシタ。
私ノ考デハ、多分、鉄道大臣官邸ニ居ル野中、村中、竹嶌、對馬ノ方カラ言ツテ來タモノト思ヒマス。
然シ私ハ攻撃サレル様ナ事ハナイト考ヘテ居マシタ。
多分、之ハ今迄ノ如ク嚇シノ手ダト思ツテ居リマシタガ、
夜中過ギ、愈々來ルト言フ事ガ決マリ、
眞實ラシクナリマシタノデ、部隊ハ防禦ノ準備ヲシテ居リマシタ。
陸相官邸ニアる色々ノ物ヲ持チ出シテ、防禦ノ爲ノ布團ヲ出ス時、
仕込杖及短刀ガアリマシタノデ之ヲ無斷デ使用シタコトヤ、
煙草等ヲ私ガ無斷デ下士官兵ニ迄分配シタコトニ就テハ陸相ニ申譯ナイト思ツテ居リマス。
其夜ハ官邸デ夜ヲ明シ、
二十九日 午前八時頃、戰車ノ音ガ聞エテ來マシタガ、
其折チョウド栗原ガ來テ
此ノ立派ナ下士官兵ヲ殺傷セシムルニ忍ビナイ。
我々ノ心ヲ此ノ忠勇ナル下士官兵ニ受繼セタイ。
我々ハドウナツテモ、此頼モシイ部下ダケヲ無事ニアル様交渉シヤウト云ツテ、
兵隊ヲ殺スコトヲ大分心配シテ居リマシタ。
程ナク歩四九ノ大隊長及中尉ノ方ガ見エ、
「 命令ハ出タガ我々ハトテモ射撃ハ出來ナイ 」
ト 言ヒマシタ。
坂井中尉ハソコデ、
「 我々ノ方ハ何等反撃スルモノデハアリマセン。
何卒當方ハ御心配ナク上ノカタニ御維新ノ翼賛ニ邁進セラレル様意見具申シテ頂キタイ 」
ト モウシマシタ。
表ヘ出タ大隊長ハ、近ク迄來タ戰車ヲ元ノ位置迄戻サレマシタ。
栗原ハ
「 安藤サンノ方ヘ行ツテ來ル。皆ハ陸相官邸ニイツテ居ルヨウニ 」
ト 申シテ去リマシタ。
ソコデ中橋、池田、中島、林等ガ先ヅ集リマシタ。
此ノ時午前九時頃ト思ヒマス。
坂井、高橋、麥屋ノ三人ガ別室デ同志以外ノ將校ニ説得サレテ居ルラシイノデ、
中橋、池田等ガ迎ヘニ行ツタガ歸ツテ來ナカツタノデ迎ヒニ行ッタガ、
夫レデモ歸ツテ來マセンデシタ。
今度ハ同志ガ 「 私ニ行ケ 」 ト 申シマスノデ行キマシテ、
「 生死一如ノ翼賛 」ヲ 説キ三人共漸ク諒解シテ呉レマシタ。
私ハ安心シテ皆ノ所ニ歸ロウトシマスト、
憲兵ガ 「 皆ノ処ニオ連レスルカラ 」 ト 欺イテ別室ニ拉致シ、施縄シマシタ。
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幸楽ニ行ツタ時ノ氣持ヲ述ベヨ
私ハ幸楽ニ行ツタノハ
只事件ニ參加シテ居ル内部ノ同志ガドンナ心境デ居ルノカ心配デアッタカラデ、
維新翼賛ノ大義ノ儘ニ行動シタノデ、今後如何ニスベキヤ等ノ決心ヲ抱イテ行ツタ分ケデハリマセン。
安藤大尉以下ノ同志ハ、私カラ鼓舞サレテ其心ガ變化スル様ナ意思ノ薄弱ナ者デハアリマセン。
元來私共ガ心的結合スルニ至リマシタノハ維新ニツキ全ク相通ズルモノガアッタ爲デス。
幸楽ニ於テ同志ト面接シテヨリ共ニ行動スベキ決心ヲ爲シタルヤ
前ニ申上ゲタ様ニ私ノ氣持ハ絶對デアリマスカラ、今後如何ニ行動スベキヤ等 特別ノ決心ハイリマセン。
平素持ツテ居ル維新翼賛ノ心ノ儘ニ行動シタ丈デアリマス。
今回同志ガ蹶起スル爲の準備行動ニ就イテ述ベヨ
今迄凡テノ行ヒハ御維新翼賛ノ爲メデアリマシテ蹶起モ同ジク翼賛ノ一部デアリマス。
取立テテ何カ準備ト申スモノハアリマセン。
二十六日行動ヲ起コス以前同志ト面接シタルハ何時ナリヤ 又如何ナル話ヲ爲シタリヤ
何時カ克ク覺ヘテ居リマセンガ 相澤中佐ノ第六回位ノ公開公判デ、
檢察官ガ法文ノ末節ニ拘泥シタ補充訊問ヲ行ツタ日ノ晩、麻布歩三前竜土軒デ同志二、三十名ニ報告シマシタ。
其ノ席上デ蹶起ノコトニツキ話ヲナサザリシヤ
ソンナ話ハ何モアリマセンデシタ。
今回ノ蹶起ニ就キ同志ヨリ通知ヲ受ケタルヤ
全然アリマセン。
今回ノ行動間 同志ト會合或ハ協議シタルコトアルヤ
私ハ幸楽ニ半日居リ 其後ハ陸相官邸ニ翌朝迄居リマシタガ、
別ニ會合シタル事も、特ニ協議シタルコトモアリマセン。
被告ノ關係シテ居ル人ニ就イテ述ベヨ
申立テモ無駄ナ事デアリ
又 調査セラレタ結果其ノ人ニ迷惑ヲ及ボスコトガアリマスカラ、
今回事件ニ關係シタ人位ニ就イテ簡單ニ申上マスガ、
之等ノ人々ハ面識ノ淺深ヲ問ハズ、共ニ肝胆相照ス同志デアリマス。
一、歩兵第三聯隊中隊長安藤大尉ハ私ト同ジ仙台幼年学校出身デ私ノ一期上デアリマシタ。
満洲事變以後ハ時々面談致シマシタガ軍隊敎育ノ熱心ナ人デアリマシタ。
二、歩兵一旅団副官香田大尉ハ満洲事變ノ後カ 五 ・一五事件頃知己ニナツタト思ヒマス。
時々面接シタ居ル程デアリマス。
三、歩兵第一聯隊附栗原中尉トハ香田大尉ト同頃知合ニナリマシタ。
四、歩兵第一聯隊附丹生中尉ハ最近ニ知合ニナッタノデ 二、三回會ツテ居ルト思ヒマスガ、
特別ノ要件デ附合ツタ様ナ事ハアリマセン。
五、歩兵第三聯隊中隊長野中大尉ノ名前ハ大尉ガ仙台ノ敎導學校ニ居ラレタ當時ヨリ知ツテ居リマシタガ、
面會シタノハ相澤中佐ノ公判ガ開カレテ後ノ事デ 一、二回會ツタ位デス。
六、歩兵第三聯隊附 坂井中尉 野戦重砲兵第七聯隊附 田中中尉 等ハ五 ・一五事件後知合ニナリマシタ。
七、其外
歩兵第一聯隊附 林少尉 同 池田少尉
歩兵第三聯隊附 麥屋少尉 同 高橋少尉 同 清原少尉 同 鈴木少尉
等ハ 何レモ 前申シマシタ相澤中佐公判ノ報告ノ時ダト思ヒマスガ、
顔ヲ見タ丈デヨク記憶ニアリマセン。
政党關係者ニシテ同志アリヤ
アリマセン。
左翼方面ニ關係者アリヤ
左翼關係者ニモ知人ハアリマセン。
最近左翼ヨリ右翼ニ轉向シタ者モ大分アル様デスガ之等ノ轉向者ニハ眞ニ尊皇絶對ノ判ル者ハアリマセン、
只 中村義明ハ尊皇絶對ハ判ツテ居リマスガ、少々観念的ニ硬化シテ居ル様ニ思ワレマス。
事件運動中ニ於ケル資金ハ如何ニシタルヤ
私ニハ判リマセン。
唯今回ノ事件ニハ同志ニハ斷じて不純ナ關係ナイト固ク信ジテ居リマス。
今回ノ行動ニ出デタル原因如何
宇宙ノ進化、日本國體ノ進化ハ、
悠久ノ昔ヨリ永遠ノ將來ニ向ツテ不斷ニ進化發展スルモノデアリマス。
所謂、急激ノ變化ト同ジ漸進的改革トカ稱スルコトハ、人間ノ別妄想デアリマス。
絶對必然ノ進化ナノデアリマシテ、恰モ水ノ流レノ如キモノデアリマス。
今度ノ事デモ、其遠因近因トカ言ツテ分ケテ考ヘルベキモノデハアリマセン。
斯クノ如ク分ケテ考ヘルノハ、第三者タル歴史家ノ態度デアリマシテ、
當時者タル私ニハ説明ノ出來ナイモノデアリマス。
相澤中佐ガ永田中將ヲ刺殺シテ後、臺灣ニ行クト云ツタノハ全クコレト同ジデ 絶對ノ境地デアリマス。
之ヲ不思議ニ思ツタリ、刑事上ノ責任ヲ知ラナイ等ト 言フノハ、
凡夫ノ自己流ノ考へ方デアリマス。
又 之ヲ以テ相澤中佐ノ境地ニ当嵌あてはメルノハ間違ヒデアリマス。
今回ノ事件ハ、多少大キイ事件デアリマスカラ問題ニサレル様デアリマスガ、
私ノ気持チデハ當然ノ事ト思ツテ居リマス。
蹶起の目的如何
今般 同志一同ノ行動ハ、大御心ヲ上下ニ徹底し、上下民其所ヲ得テ尊皇絶對ニ邁進シ、
皇威ヲ八紘ニ輝ラシ 皇恩ヲ四海ニ浴シ乍ラ、皇謨翼賛ノ重責ヲ盡サズ、
却ツテ大御心ヲ歪曲シ奉リツツアル奸臣ヲ除カントシタルモノデアリマシテ、
蹶起趣意書ノ通リデアリマス。
今回ノ事件ニ起ツニ至リタル直接ノ動機如何。
今回ノ事件ヲ決行シマシタ動機ノ直接トカ間接トカ言フ様ナモノハ、
絶對ノ境地デ行ハレタモノデアリ、説明ハ出來ルモノデハアリマセン。
然シ 強イテ申セバ、相澤中佐ガ公判廷ニ於テ、アレ丈言ハレタルニ拘ラズ
國家ノ上層部、軍上層部、軍幕僚、官僚、財閥、政党等ガ
何等反省ノ跡ヲ見受ケル事ノ出來ナイ事ガ 直接ノ原因動機デアリマスト申サレマセウ。
既往及現在ニ於テハ心境ニ變易アリヤ
別ニアリマセヌ。
本件ニツキ他ニ陳述スベキコトアリヤ
軍首脳部ヲシテ御上ガ如此反對ニ御宸襟ヲ悩マセラルル様ナ御補導ヲ申上ゲシメタ事ハ、
私共ノ至誠至ラズ、努力足ラザリシ所以ト 洵ニ相濟マナク思ヒマス。
渋川善助
右讀聞ケタル所、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月一日
東京憲兵隊本部勤務
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少佐 加藤利喜松
筆記者 陸軍憲兵軍曹 青木敬儀
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＜ 註 1 ＞
二月二十八日の早朝、
特高がやって参りました。
「 西田はいるか。家宅捜索する 」
「 ちょっと待って下さい 」
わたくしは泊りこんでいた渋川さんを呼びました。
「 家宅捜索などすると住居不法侵入になるぞ 」
と 渋川さんは特高を追い返し、
首相官邸へ連絡の電話をかけていましたが、埒がかなかったのでしょう。
「 奥さん、警察がこんなことを言ってくるというのはどうも形勢がおかしい。 様子を見てきます 」
と 言って三宅坂へ向かいました。
渋川さんは初めて事件の渦中へ去ったのです。・・・西田はつ
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澁川善助
第二回訊問調書
被告人 渋川善助
右者ニ對スル 叛乱被告事件ニ附、昭和十一年三月六日、東京衛戍刑務所内弁護人接見所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
二月二十三日 湯河原ニ旅行シタルヤ
二月二十三日午後五時半頃ノ汽車デ妻 ( キヌ ) ト共ニ東京駅發湯河原ヘ行キマシタ。
湯河原デハ前カラ牧野伯ガ滞在シテ居ルト云ふ話ヲ聞イテ居マシタ。
駅ヲ降リルト伊藤屋ト云フ宿屋ノ客引ガ來マシタカラ ソレト一緒ニ伊籐屋ニ行ツテ泊ルコトニシマシタ。
二十四日カラ歸京迄ノ行動如何。
二十四日ハ朝食後 妻と共ニ伊藤屋ヲ出テ
一時間餘リ附近ヲ散歩シマシタ外ハ特ニ申立ツルコトハアリマセン。
二十五日ハ昼食前 自分一人デ約三十分程外出シテ菓子、絵葉書等若干買ツテ歸リマシタ。
ソレカラ夕食ヲ濟マシテ終列車デ夜半道場ニ歸ツテ就寝シマシタ。
湯河原ヘ旅行シタ目的ハ何カ
主トシテ保養ノ目的デアリマスガ牧野ガ湯河原ニ居ルト云フコトヲ聞イテイマシタノデ、
ソレヲ確メル考ヘナドモアリマシタ。
牧野ノ居所ヲ如何ニシテ確メタルヤ
伊藤屋ヘ着イテカラ家人ニ偉イ人ガ泊ツテ居ルソウダガト尋ネタラ、
牧野サント徳大寺家厚サントガ泊ツテ居ルト言ヒマシタノデ、牧野ノ居ルコトハ確實ニ解リマシタガ、
別ニ其ノ行動ヲツケネラツタリ 探ツタリスル様ナコトハ出來マセンデシタ。
湯河原ヘ冩眞機ヲ携行シタルヤ
妻ガ冩眞機ヲ持ツテ行ク様ナ話ヲシテ居リマシタガ、
アチラヘ着イテカラ一回モ使用シタコトガアリマセンノデ、
持ツテ行ツタノカドウカ確實デハアリマセン。
二月二十六日 中橋照夫ト會ヒタルヤ
私ハ二十六日道場ニ於テ事件突發ヲ知リマシタカラ、
午前中東京駅、日比谷、虎ノ門附近ヲ一巡シテ、
午後ハ歩一、歩三、半蔵門附近ノ狀態ヲ見テ歩キ、
ソレカラ夜ハ新宿宝亭デ柴大尉ト面會シ、時局問題ニ關シテ語リ
午後九時か十時頃道場ヘ歸ツテ居リマスト中橋カラ會ヒタイト云フ電話ガカカリ、
ソレカラ間モナク本人ガ參リマシタ。
中橋ヨリ拳銃入手ニ關シ何カ話ガアリタルヤ
中橋ガ道場ヘ來まシテ色々話シテ居ル中ニ
「 拳銃ガホシイナ 」 ト 云フコトガアリマシタノデ私ハ
「 コウイフ風ナ狀態ダカラ何トカナリソウナモノダガナ 」 ト言ヒマシタ。
君ハ拳銃入手ニ關シ何カ処置ヲ講ジタルヤ
別ニ何モ処置ヲ採リマセン。
又其ノ後中橋ニ對シテモ何ニモ返事ヲ致シマセンデシタ。
私ガ中橋ニ對シ
「 何トカナリソウモノダナー 」 ト 云ツタノハ別ニ目當テガアツタ譯デハアリマセン。
中橋カラ拳銃ガ手ニ入ッタトノ話ヲ聞カザリシヤ
何モ聞キマセン。
中橋ガ二月二十八日頃 何処かヘ旅行スル様ナ話ハナカッタカ。
二十六日夜面會シタ時 田舎ノ方ヘ旅行シタイト云ツテ居リマシタ様デスガ、
私ハ中橋ガ山形ノ方ニ仲間ガ居ルト云フコトヲ聞いテイマシタカラ
或ハ同地方ニデモ行クノデハナイカト直感シマシタケレドモ、
本人カラハ聞イタカドウカ其ノ邊ハハッキリシマセン。
旅行ノ目的ハ何カ
御維新翼賛ノ気勢ヲ擧ゲルト云フ様ナ話ヲシテ居リマシタカラ、
私モシッカリヤッテ呉レト云ヒマシタ。
歩兵第三十二聯隊ノ浦野孝次大尉ト云フ人ヲ知ッテイルカ
知リマセン。
三十二聯隊ニハ特ニ知ツテ居ル人ハ誰も居リマセン。
中橋が旅行ノ目的ハ御維新翼賛ノ気勢ヲ擧ゲルタメトノコトナルガ 何カ計畫ヲ聞カザリシヤ
中橋ガ山形方面デ相當仲間ガアルラシイノデスガ別ニ具體的ナ計畫ニ就イテハ本人モ話サズ、
私モ何等指示モシマセンデシタ。
而シ文書ヤ演説位デ気勢ヲ擧ゲル位ノコトハスルダロウト思ヒマシタ。
其他申立ツルコトナキヤ
アリマス。
同志ガ大御心ヲ上下ニ徹底センガ爲ニ發シタル行動信念ガ
全ク歪メラレテ天聽ラ達セラレタラシク
斯ノ如ク被告扱イサレタコトハ誠ニ遺憾ニ存ジマス。
澁川善助
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月六日
渋谷憲兵分隊
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少尉 石森松太郎
筆記者 陸軍憲兵軍曹 熊山忠二
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二・二六事件秘録 ( 一 ) から
竹嶌繼夫
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 竹嶌繼夫
右者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、東京憲兵隊本部ニ於テ、
本職は右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ竹嶌継夫
年齢ハ三十年
所属部隊ハ元陸軍教導學校歩兵科學生隊
族称ハ福島県平民
本籍地ハ滋賀県甲賀郡知土山町字南土山甲第二三二号
出生地ハ東京市四谷區永住町、番地不詳
住所ハ豊橋市小池町京塚二丁目四番地小柳津小次郎方
職業ハアリマセン
位記、勲章、記章、恩給、年金ヲ有セザルヤ
従七位、勲六等、旭日単光章、昭和大礼記念章、昭和六年乃至九年従軍記章、
満洲国建國功労章、満洲國大礼記念章 等ヲ拝受シテ居リマス
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
陸軍士官学校本科ノ時、謹愼五日ト、
若松歩兵第二九聯隊ノ時に、素行不修ノ爲メ重謹愼二十日ニ処セラレマシタ
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二 ・二六事件
何ガ故ニ本事件ヲ起シタルヤ
明治維新ノ完成タル昭和維新ヲ翼賛シ奉ルニアルト考ヘタ結果ニアリマス。
二月二十六日ヲ選定シタル理由如何
同志對馬中尉ヨリ聞キマシタ。
對馬中尉ヲ磯部氏訪問トセシトキ同席又ハ会見セシヤ
同席モ會見モシマセヌ。
昭和維新ヲ翼賛シ奉ラント思ヒ立チタル時機如何
昭和三年十月 任官後カラ考ヘテマシタ。
本ヨリ當時ノ先輩 松平紹光歩兵大尉殿、植田勇歩兵大尉殿 等ト、
澁川善助 及 其後ノ知人 村中氏、磯部氏ト意見ヲ戰ハシテ漸次改革ノ氣持ヲ深クシ、
殊ニ満洲ニ行ツテカラ益々其ノ感ヲ深メマシタ。
對馬中尉トハ何時知合シヤ
豊橋陸軍教導學校歩兵學生隊附トナリマシテカラ、
區隊長室ガ一所ノ爲 大イニ意見ガ合ヒマシタ。
満洲ニ行キタル後ノ感想如何。
部下ガ眞ニ水火ヲモ辭セズ
其ノ指揮官ノ爲働キ得ル様ニ敎育シナケレバナラヌト言フコトヲ、
大イニ考ヘサセラレマシタ。
何ガ其様ニ考ヘサセシヤ
戰爭ヲシテ始メテ體得シマシタ。
磯部、村中ト會ヒシヤ
若松ヨリ上京ノ際、時々松平大尉ニ會ヒ 又 磯部、村中ニモ會ヒマシタ。
若松デ何カセシヤ
昭和八年一月頃 満洲ヨリ歸還後
松平大尉殿、植田大尉殿ト自分ガ主トナリ、皇道維新塾ヲ造リ、
昔ノ日新塾ニ習ツテ地方青年ニ對シ眞ニ國民タルベキ、腹ノ養成ニ勉メマシタ。
其結果 磯部、村中トモ會見シタノデス。
豊橋ニ行キテヨリモ磯部、村中、松平大尉ニ會ヒシヤ
定例休暇 衛戍地外 外出許可 ( 日曜等 ) デ東京市淀橋區上落合一ノ五一四 實母ノ処ニ參リマス際、
時々暇ノ際 會ヒマシタ。
澁川氏トハ磯部、村中ト會フ際會見セシヤ
會ヒマシタ。
私ガ會ヒニ行ク方ガ多ク 磯部、村中ハ私ノ實家ニ訪問シタコトハアリマセンガ、
澁川ハ時々極ク度數ハ少ナイト思ヒマスガ參リマシタ記憶ガアリマス。
具體的ニ決行ヲ語リシハ何時ナリヤ
二月二十一日夕刻 自宅ヘ對馬中尉ガ來テ具體的決行ヲ語リマシタ。
二月末カ 三月初メニ
東京デ暗殺ヲ決行スル故西園寺ハ豊橋デヤルコトニナッタト、對馬カラ聞キマシタ。
二月二十六日決行スルトノコトハ何時聞キシヤ
二月二十三日 對馬ト共ニ迎ヘノ自動車デ豊橋駅前 「 ツボヤ 」 旅館ニ行キ、
栗原中尉ニ會ヒ、
合言葉 突入時刻 突入方法ノ概要 服装 取止メノ際ハ東京ヨリ電報打ツコト
企圖ノ秘密保持ニツキテモ打合ガアリマシタ。
板垣中尉ハ其際來ラザリシヤ
板垣中尉ハ其際週番デシタカラ參リマセン。
板垣中尉ニハ誰カ傳ヘシヤ
對馬ヨリ傳ヘマシタ。
栗原中尉ハ何日豊橋ヲ立チシヤ
二月二十四日未明ニ歸リマシタ。
豊橋班決行資金トシテ栗原ト會見時 栗原カラ金ヲ渡セシヤ
對馬ニ金百圓 交附シマシタ。
何故ニ西園寺暗殺ヲ中止セシヤ
二月二十五日午前八時半カラ午後三時迄
井上中尉、板垣中尉、對馬中尉ト私デ話シ中、
對馬ガ區隊ヲ聯レテ行カウト言ヒマシタカラ、
板垣ガ 「 ソレハヨセ 」 將校ノミデセヨト言ヒマシタ。
井上ハ秘密ヲ隠スタメ殘リ、私ト對馬トデ上京シマシタ。
對馬中尉ト共鳴シアリヤ
總テノ點デソウデアリマス。
行動及信念ハ對馬中尉ト全然同一ナリヤ
同一デス。
本件ニツキ陳述スルコトアリヤ
陸相官邸ニ居ツタ時ニ
村中ノ処ニ松平大尉ガ會ヒニ來マシタガ、其ノ内容ハ知リマセヌ。
外ニ傳ヘルコトハアリマセン。
陳述人 竹嶌継夫
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セリ
昭和十一年三月一日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少佐 神谷能弘
筆記者 陸軍司法警察官 憲兵軍曹 伊藤猛男
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二・二六事件秘録 ( 一 ) から
栗原安秀
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二 ・二六事件
・・・前頁 栗原安秀中尉の四日間 2 の 続き
栗原安秀 第二回訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 栗原安秀
右者ニ對スル叛乱被告事件ニ附、昭和十一年三月三日、東京衛戍刑務所ニ於テ
本職ハ被告人ニ對シ第二回訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
二月二十一日、各所ヘ支拂ヲ爲シタル約五百圓ハ何ヨリ得タル金ナリヤ
私ハ俸給ヲ全部小遣イニ使用シテ居ル關係上、
其レヲ誰ニモ知レナイ様ニ現金貯金シテ居リマシタモノデアリマス。
以前ニ事ヲ爲ス時、金ヲ要スルダラウカラト村中等ガ云ツテ居リマス時ニ、
私ハ金ヲ持テ居リマスカラ金ハ要ラヌト常ニ言フテ居リマシタ。
山下少將、小藤大佐、鈴木貞一大佐、石原大佐ノ昭和維新ニ對スル考ハ如何
小藤大佐ハ國體意識ノ明徴、昭和維新ニ就テハ我々ト考ヲ同ジウシテアリマスガ、
年齢ノ差ニ依リ 昭和維新實現ノ方法ニハ考ヘ方ノ差ガアルト言ハレテ居リマシタ。
山下少將、鈴木大佐モ昭和維新ニ就テハ我々ト考ガ同ジウシテアルト同志カラ聽イテ居リマス。
石原大佐ハ少シ違ツタ點ガアツタ様デアリマスガ、
事件ノ途中ニ磯部ガ會ツタ時ニハ、同ジ様ナ意見デアツタト磯部カラ聞キマシタ。
栗原安秀
右陳述ヲ讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月三日
赤坂憲兵分隊
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少佐 諏訪与平
筆記者 陸軍憲兵伍長 本田四郎
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栗原安秀 第三回訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 栗原安秀
右者ニ對スル叛乱被告事件ニ附、昭和十一年三月六日、東京衛戍刑務所ニ於テ
本職ハ被告人ニ對シ第三回訊問ヲ爲スコト左ノ如し
二十七日、華族会館ニ於テ集マル人ニ對シ何事カ演説セシヤ
決起趣意書二通与ヘマシタ。
決起趣意書ハ自ラ讀上ゲタル後与ヘシヤ
ソウデアリマス。
其際何カ他ニ演説ヲ爲サザリシヤ
皇室ノ藩屏タル華族ハ、
緊褌一番シテ、國家革新ノタメニ努力シナケレバナラナイデハナイカ、
ト云フ意味ノコトヲ言ヒマシタ。
又 在室ノ華族ラシキモノカラ、
「 内閣ノ首班ニハ誰ヲ据ヘルコトヲ希望スルカ 」
トノ質問ガ出マシタノデ、
斯カル事ハ大權私議ニナルガ故、左様ナ問題ニハ觸レタクハナイ、
誰デモ昭和維新ニ突進出來ル人ガ立ツテ呉レゝバヨイノダト答ヘマシタ。
其際、「 此ノ時局ヲ収拾シ得ルモノハ眞崎大將以外ナシ 」 ト演説セザリヤ
吾々ガ信頼シ得ル人間ハ誰カト言ハバ、「 眞崎大將デアル 」 ト云フタニ過ギマセン。
眞崎大將ヲ信頼セル理由如何
現在陸軍首脳部中、眞ニ人格高潔、卓越セル識見、胆力、信念を有シ、
此ノ非常時局ヲ突破シ得ルモノハ將軍ヲオイテ他ニナシト云フノハ平生ヨリ信ズル所デアリ、
特ニ陸相官邸ニ於テ、軍事參議官各閣下ト面接シタトキ、益々信ズル所ヲ厚クシタノデソウ云フタノデアリマス。
斎藤瀏少将トノ關係如何
將軍ハ父親ノ同期生デアリ、其一人娘ハ私ノ幼友達ノ關係上、
昔ヨリ親類ノ様ニ附合ヒ、私的ニモ密接ニ出入シテ居リマシタ。
將軍ハ私ノ信頼シテ居ル立派ナ方デ、短歌ヲ二箇年バカリ敎ワツタ外、
色々御指導ニ預ツテ居タノデ、平素ヨリ時局ニ關スル御意見等モ承ツテ居リマス。
オ前ハ事件後、屢々 首相官邸ヨリ斎藤瀏少將ニ電話シタリトカ云フガ、其電話内容ヲ述ベヨ
首相官邸デ一段落チ附イテカラ、
「 只今吾々青年將校ガ蹶起シテ、私ハ首相官邸ヲ襲撃シ、現在此処ニ居リ、
他ノ青年將校モ齋藤、高橋、鈴木、牧野等ヲ襲撃シテ居リマス。
當然時局ハ大混亂ガ起ルデセウ。
此際 將軍モ御気毒デスガ出馬シテ頂イテ、軍ノ首脳部ヲ推進シテ爾後ノ収拾ニ努力シテ下サイ 」
ト オ願ヒ致シマシタ。・・・＜ 註 1 ＞
オ前ハ事件後、田中大將、斎藤少將、江藤少將、松本少將、荒蒔中將等
各在郷将官ガ首相官邸ニ來テ、
「 何レモ吾々ノ意見ニ同意シテ善処スルト申サレマシタ 」
ト陳述シアルガ、之等將軍トノ談話ノ内容ヲ具體的ニ述ベヨ
此等ノ各將軍ハ我々ガ蹶起シタ微衷ヲ聞カレ、
且 我々カラ
此非常事件ニ際シテ軍ヲ先頭ニシテ昭和維新ニ突入シナケレバナラヌト云フ意見ヲ聞キ、
「 其點ハ同意ダカラ、我々ハ各々適宜ノ処置ヲ取ル 」
ト言フ様ナ意味ヲ語ラレタト記憶シテ居リマス。
四天王中將ヨリ電話アリシト云フガ、其電話内容如何
事件後餘程經ツテカラ、四天王中將カラ首相官邸ニ電話ガアツテ、
四天王中將ダガ誰カ將校ニ電話ニ出テ貰ヒタイトノコトデシタノデ私ガ出タラ
「 自分達在郷將官モ昭和維新ノタメニ邁進スルカラシツカリシテ呉レ 」
トノ意味ヲ言ハレタ様ニ記憶シテ居リマス。
私ハ同中將トハ一面識モアリマセン。
オ前ハ
「 山下少將、鈴木大佐は昭和維新ニ就テハ我々ト考ガ同ジデアルト同志カラ聞イテ居リマシタ 」
ト陳述シテ居ルガ、其同志トハ誰カ
村中、磯部、香田 等デアリマス。
オ前ハ山本又ニ 二十五日夜拳銃一、軍刀一ヲ与ヘタリヤ
拳銃モ軍刀モ与ヘタコトハアリマセン。
本件ニ關シ他ニ申述ブルコトナキヤ
他ニ申述ブルコトハアリマセン。
栗原安秀
右陳述ヲ讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月六日
渋谷憲兵分隊勤務
陸軍司法警察官 陸軍憲兵大尉 梅川応助
筆記者 陸軍憲兵軍曹 鈴木弘明
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＜ 註 1 ＞
「 私ども青年将校はいよいよ蹶起し、
今払暁、岡田啓介、齋藤寛、高橋是清、鈴木貫太郎、渡辺錠太郎を襲撃し、
岡田、齋藤、高橋、渡辺を斃し、鈴木に重傷を負わせました。」
「 西園寺公望、牧野伸顕は成否不明。」
「おじさん、速やかに出馬して、軍上層部に折衝し事態収拾に努力して下さい」
栗原の声ははずんでいたが、興奮しているようには聞こえなかった。
「 とうとうやったぞ 」
父の声に起き上がってきた史とて、眠れはしなかった。
「 クリコたちがやりましたか 」
と 言って一瞬立ちすくんだ。
やがて庇に積もり始めた雪を見やり、
やっと膨らみかけた腹部をさすって安堵の表情を 瀏に向けた。
・・・斎藤瀏少将 「 とうとうやったぞ 」
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栗原安秀 第四回訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 栗原安秀
右者ニ對スル叛乱被告事件ニ附、昭和十一年三月十日、東京衛戍刑務所ニ於テ
本職ハ被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
四天王中將トノ關係ヲ述ベヨ
四天王中將ハ色々ノ著書等ガ出テ居ルノデ名前ハ知ツテ居ルガ一度モ面識ハアリマセン。
私ノ顔モ名前モ知ツテ居リマセン。
二月二十七日午前頃ダロウト思イマス。電話ガアツテ始メテ知ツタノデアリマス。
其電話ハ誰ニカカツタカ
首相官邸ヘ電話ガアツタノデアリマスガ私ノ処ニ名差シデカカツテ來タノデハアリマセヌ
「 ダレカ將校ニ 」 ト言フ電話ガアツタ様ニ思ヒマス。
兵隊ガ私ニ取次イダノデアリマス。
其時ノ電話ノ内容ハ如何
私ガ電話口ニ出ルト 「 僕ガ四天王中將デス 」 ト言ツテ
「 君達ガ蹶起シタ理由書ヲ拝見シマシタ
吾々モ及バズ乍ラ國家ノ爲ニ善処シマスカラシツカリ御奮闘下サイ 」
ト言フ様ナ意味ノ電話デアリマシタ。
事件發生後首相官邸ニ於テ會見シタ將官ハ如何ナル目的デ訪レタルヤ
首相官邸デ會見シタ將官ハ第一訊問ノ際申上ゲタ通リデアリマス。
其人達ハ蹶起シタ趣旨ヲ聞イテ來テ ソシテ各々ノ時局ニ對シテ善処スル旨語ラレマスカラ、
當方デハシツカリヤツテクダサイト謂フ位デ私モ當時忙シク飛ビ廻ツテ居リマシタシ、
又將官ノ方々モ入リ替ワリ立チ替ワリデアリマシタカラ纏ツタ話ハアリマセンデシタ。
其將官ノ方々ハ私達ノ蹶起ニ對シテ兎ニ角好意ヲ持ツテ居ラレタ事ハ確カデス。
栗原安秀
右陳述ヲ讀聞ケタル処相違ナキ旨申立ツルニフ署名拇印セシム
昭和十一年三月十日
赤坂憲兵分隊
陸軍司法警察官 陸軍憲兵曹長 渡辺 馨
筆記者 陸軍憲兵伍長 花田忠夫
目次頁 赤子の微衷 (一) 蹶起した人達 に 戻る
二・二六事件秘録 ( 一 ) から
栗原安秀
第一回訊問調書
・・・前頁 栗原安秀中尉の四日間 1 の 続き
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二 ・二六事件
弾薬庫ヨリ弾薬ヲ出シタ情況如何
二月二十五日 午後十時頃 私ガ聯隊本部ニ行ツテ、聯隊ノ兵器係ノ石堂軍曹ニ
「 彈薬庫ノ鍵ヲ持ツテ一寸俺ト一緒ニ來イ 」
ト 云フテ、銃隊將校室ニ聯レテ來テ拳銃デ脅カシテ彈薬庫ニ行ツテ開ケルコトヲ承知セシメ、
夫レカラ私ガ林少尉ニ命ジテ栗田伍長以下兵二十四、五名ヲ附ケ、
石堂軍曹ヲ聯レテ彈薬庫ニ行ツテ前 申上ゲタ通リ
1、小銃實彈 二十箱 約三万發
2、拳銃實斷 一箱 約三千發
ヲ 出サセ、銃隊兵器庫ニ運搬セシメマシタ。
夫レデ石堂軍曹ヲ部隊ガ聯隊出発時迄 銃隊將校室ニ監禁シテ置キマシタ。
斯様ナ次第デ彈薬ハ 私ガ命ジテ出サセタノデアリマスガ、
彈薬庫カラ直接出シタノハ林少尉デアリマスカラ當時ノ情況ハ私ニハ判リマセン。
弾薬庫ノ鍵ハ平素何人ガ保管シテ居ルカ
風紀衛兵司令ガ預ツテ居ルト思ヒマス。
然ルニ其ノ晩ハ 幸ニ石堂軍曹ガ直接保管シテアッタノデス。
衛兵所ニアルベキ鍵ヲ其ノ晩 石堂ガ持ツテ居タト云フ事情ニ就イテハ私ハ判リマセンガ、
偶然デアッタト思ヒマス。
其ノ日ノ週番司令ハ何人カ
山口一太郎大尉デアリマス。
首相ヲ撃ツタノハ誰カ
官邸ニ這入ツテカラハ警備ノ巡査ト射合ヒヲシテ、
相當混雑シタノデ誰ノ射ツタ彈ガ命中シタノカ判リマセン。
巡査ノ死ンダノハ 三人迄確認シマシタガ其ノ他ハ判リマセン。
之モ誰ガ射ツタカ判リマセン。
兵ハ四人程負傷シマシタガ死ンダ者ハアリマセン。
本件實行ニ關スル具體的協議ニ入ッタノハ何時頃カラカ
昭和維新ヲ斷行スルニハ 一度ハ直接行動ニ依ラネバナラナイト云フ考ヘハ、
所謂十月事件以降ヨリ持ツテ居リマシタ。
然シ此ノ意識ガ非常ニ濃厚化シテ來タノハ本年一月頃カラデアリマス。
具體的實行ニ關シテ同志ガ一堂ニ會シテ協議シタコトハ全然一度モアリマセン。
同志ガ各個人個人デ私案ヲ樹テ、横ノ聯絡ヲ取ツテ來タノデアリマスカラ、
計畫書ト云フ様ナ證據ニナル様ナモノハ所謂十月事件、神兵隊事件等ニ鑑ミ、
事前ニ發覺サルゝ虞アルノデ 特ニ作成シナカッタノデアリマス。
本件實行ニ關シ協議シタ同志ハ誰カ
本年二月十九日ノ夜ノ會合ニ集マツタ同志ハ
私ト 磯部淺一 村中孝次 安藤輝三 ノ 四人デアリマス。
會合場所ハ前申上ゲタ 私ノ住所自宅デアリマス。
會合ノ内容ハ大體來週中ニ昭和維新斷行ノ手段トシテ直接行動ヲヤラウト云フコトヲ話シ合ヒマシタ処、
一人安藤大尉殿ハヤッテモ成算ガナイト言フテ反對サレマシタ。
其処デ私達三人ハ安藤大尉ニヤラナイナラヤランデモ良イカラ歩三ヨリ一部出ルコトニ就テハ、
黙テ居テ下サイト申シタ位デ、其ノ晩ノ會合ハ終リマシタ。
其ノ會合ハ私ガ集メタモノデアリマス。
次ハ二月二十二日ノ夜ノ會合デアリマス。
此ノ會合モ私ガ私ノ自宅ニ集メタノデアツテ集マツタモノハ
私ト 村中孝次 磯部淺一 香田清貞 中橋基明 ノ五名デアリマス。
會合ノ内容ハ 愈々二月二十六日払暁ニ實行スルト謂フコトニ合議決定シタノデアリマス。
夫レデ私カラ決行日時ヲ通知シタノハ、
二月二十四日ニ 林少尉、
同二十五日ノ午前中 丹生中尉、
同日午後八時頃池田少尉ニ口頭デ通知致シマシタ。
反對スル者ハ一人モアリマセンデシタ。
本件實行ノ責任者ハ如何
私ト 香田、磯部、村中ノ四人ガ主體トナッテ指導シタ譯デアリマス。
野中大尉殿ハ年長者ノ故ヲ以テ、
決起趣意書等ニ責任者ノ様ニナツテ名前ヲ出シマシタノデスガ、
事實ハ指導的立場デハナカッタノデアリマス。
本件ノ關係者如何
1、現役將校中デハ
私ト
歩兵第一旅團司令部 香田大尉
歩兵第一聯隊 丹生中尉
同 林少尉
同 池田少尉
近衛歩兵第三聯隊 中橋中尉
砲工學校 安田少尉
同 中島少尉
所沢飛行學校 河野大尉
歩兵第三聯隊 野中大尉
同 安藤大尉
同 坂井中尉
同 清原少尉
同 鈴木少尉
同 常盤少尉
同 高橋少尉
野重第七聯隊 田中中尉
豊橋教導學校 竹嶌中尉
豊橋教導學校 對馬中尉
2、在郷軍人ノ身分アル者デ參加シタノハ私ノ知ツテイル範囲デハ
住所不明 豫備歩兵少尉 山本又
東京市大森區大森一ノ二二二 豫備歩兵曹長 宮田晃
宮田晃方 豫備歩兵曹長 中島清治
埼玉県秩父郡倉尾村 豫備歩兵上等兵 黒田昶
ノ 四名デアリマス。
山本少尉ハ磯部サンガ聯レテ來タ人デアルカラ、私ハ住所モ知ランシ 又 如何ナル人物カモ知リマセン。
宮田ト中島ハ私ガ戰車隊ニ勤務シテイル當時、同隊ノ下士官デアリ、
宮田ハ昨年除隊シテ私ガ大森ノ特殊鋼會社ニ就職斡旋シテヤツタ者デアリマス。
黒田ハ私ガ歩一ノ第五中隊ニ勤務當時ノ兵隊デアリマス。之モ克ク私ノ氣持ヲ知ツテ居リマス。
最近上京シテ川崎ノ友達ノ処ニ泊ツテ居タノデアリマスガ住所ハ判リマセン。
私カラ中島、黒田ニ對シ 二月二十五日ノ晩 宮田ノ処ニ話ガアルカラ來イト云フテ、私ガ集メタノデアリマス。
3、所謂浪人的方面ノ人デ參加シタノハ私ノ知ツテイル範囲デハ
東京市中野區鷺ノ宮 元歩兵大尉 村中孝次
東京市渋谷區千駄ヶ谷 元一等主計 磯部淺一
東京市小石川區直心道場内 元士官候補生 澁川善助
東京市麻布區霞町一 水上源一
住所不明 綿引正三
ノ 五名デアツテ、水上ハ埼玉挺身隊當時ヨリ交際シテ居タル同志デアリマス。
綿引ハ水上ガ聯レテ來タノデ私ハ知ラナイ人デアリマス。
4、其他 政治家 敎育家 方面ノ人達デ本件ニ參加シタ人ハ私ハ知リマセン。
資金關係ハ如何
資金ノ出所ハアリマセン。
本件實行ニ就イテハ別ニ資金ハ必要デハアリマセンデシタ。
只 私トシテハ此ノ事アルヲオモヒ苦心シテ貯金シテ置キマシタ金五百圓位ハ自分デ消費シタト思ヒマス。
他人カラ融通ヲ受ケタコトハ私トシテハ全然アリマセン。
然シ 他ノ同志ノコトハ判リマセン。
首相官邸ニ居ル間ハ名モ知ラヌ人ヨリ金品ヲ擇山持ツテ來テ援助シテ呉レタと 云フコトヲ聞イテ居リマスガ、
具體的ニハ判リマセン。
實包ノ配當狀況ハ如何
近歩三 中橋部隊ヤ歩一ノ丹生部隊ニ對スル配當ハ前述ノ通リデアリマスガ、
銃隊ノ兵ニハ二月二十六日午前三時三十分頃舎前ニ於テ、
小銃ヲ持ツテ居ル者ニハ各人六十發携行セシメ、
二年兵以上ノモノニ丈装填サセ初年兵ニハ装填サセマセンデシタ。
射撃スル時期ニ等モ別ニ指示ヲ与ヘマセンデシタ。
幸楽前ニ於テ群集ニ演説セシヤ
二月二十八日晩
幸楽前デ群集ニ對シ吾人ノ蹶起理由ヲ發表シマシタ。 ・・・＜ 註 1 ＞
群集ハ皆 萬歳萬歳ト叫ンデ 吾人ノ趣旨ニ絶對ノ共鳴ヲ与ヘテ呉レマシタ。
之ヲ見テモ 如何ニ大衆ガ昭和維新ノ気魄ニ燃ヘツツアルカヲ 如實ニ物語ルモノデアリマス。
本件團行ニ就イテ將校のミナラズ
下士官、兵ヲ使用セル理由如何
昭和維新斷行ハ將校ノミナラ スベキデハアリマセン。
将校モ下士官モ兵モ共ニ陛下ノ軍人ナリ。
將校ノミガ維新ヲ要望スルモノトセバ、是即チ 軍部獨裁ニ陥ルコトニナルノデハナイカト思ハレマス。
陛下ノ軍人ガ上ハ元帥ヨリ 下ハ一兵ニ至ル迄、
全部ヲ擧ゲテ陛下ノ下ニ 一切ヲ擧ゲテオマカセスルコトニセバ、
現在ノ腐敗堕落階級ヲ一掃スル原動力トナルノデアリマス。
將校ノミガヤル時ハソレコソ 「 ファッショ 」 デアル。
下士官兵モ共ニ進ミテ國民ノ全部ノ聲ヲ代表スルコトトナルノデアリマス。
是レ將校ノミニセズシテ下士官兵ヲ共ニ引連レシ理由デアリマス。
本件ニ關シテ兵ヲ指揮シタ命令ニ就イテハ如何ニ考ヘテ居ルヤ
茲ニ軍ノ統帥ニ關スル重大ナ意見ノ差ガアルノデアリマス。
即チ獨逸式統帥權ト 吾人ノ考ヘル統帥權トハ此ノ點にアルノデアリマス。
吾人ハ兵ヲ欺瞞シ慣習的命令ニ依ツテ動カシタノデハアリマセン。
所謂軍人トシテ確乎タル國體信念ヲ把握シテイルモノガ軍人ノ任務遂行上前進シタル時ニ
之ヲ信頼シアル兵ガ随行シタルモノト見ルベキデアルガ、
吾人ノ信念 吾人ノ人格精神ニ依頼ナクンバ、如何ニ兵ヲ命令シテモ動クモノデハアリマセン。
平素ヨリ吾人ノ披瀝シタル信念國體論ニ依ツテ兵ハ寧ロ同志的ニ動キタルト見ルベキデアリマス。
「 形式ニヨル命令ヲ傳爲スル勿レ」
固ヨリ多數ノ兵中ニハ意志ノ厚薄ハアリマス。
陛下ノ軍人ナル信念ニ於テ、大將モ、中尉モ、二等兵モ同様ナルベキデアリマス。
然ルニ 動モスレバ階級高キ者程太キ統帥權ノ根元ヲ有スル考ヘコソ、
之即チ天皇機關説トモ云フベキデアリマス。
要スレバ國體論、統帥權ニ關スル認識上ノ差デアリマス。
皇軍ノ本質并ニ威信上ニ及ボシタル影響ノ認識如何
皇軍ノ本質 并 威信上ニ爲シタル影響ハ正シキ意味ノ皇軍ヲ證明シタルコトゝナルノデアリマス。
即チ 陛下ノ軍隊タルモノハ國家ヲ保護スルノ任務ヲ有スルノデアルカラ、
國家ニ仇ナス者ハ討ツ ハ 當然デアツテ、
只 今日ノ我等ノ一擧タル、
不幸ニシテ皇軍殘餘ノ大部分ガ我等ノ獨斷ニ追随シテ維新ニ突入スルヲ遅疑シ、
内的タル腐敗階級ヲ一掃シ 天皇ノ下ニ昭和維新ヲ斷行スルノ気魄ヲ失ヒ、
只事勿レ主義ヨリ我等ヲ制スルノミニ専心シ、却ツテ皇軍ノ本質 并ニ威信ヲ失墜セルモノト認メマス。
「 多ク論ズルハ ヤメヨ 」
只 今日ノ擧タル
満洲ニ於ケル 張作霖爆破事件
明治維新ニ於ケル蛤御門ノ變 ニシテ、
ソノ是非善惡ハ後世時流ノ變遷ト共ニ明カニナルモノデアリマス。
要スレバ我等ノ蹶起セル理由ヲ 正シク歪曲セズ一般ニ宣布セバ、
オソラク皇軍ノ本質ヲ宇内ニ宣揚シ得タルモノト確信スルモノデアリマス。
返ス返スモ
陸軍首脳部ガ突出ノ當初ニ於テ、
吾人ヲ戒嚴軍ノ一部ト爲し、重要ナル守備任務ヲ与ヘ、
我等ノ同方向ニ行クベキ方針ヲ明示シナガラ、
事不利ト見ルヤ一擧ニ吾人ヲ逆賊視シタルハ不可解ナリ。
コレコソ皇軍ノ威信失墜ノ最大ナルモノニ非ズヤト信ズルモノデアル。
國内的ニ及ボシタル影響ノ認識如何
事態ノ明瞭トナルニツケ國内的ニ大ナル衝動デ來ルベキモノデアルト確信スルモノデアリマス。
即チ國家革新ノ途上當然ノコトデアツテ國民ハ逐次認識シ來ルモノデアリマス。
一時ノ軍隊ノ獨斷出動ニ對スル感情的驚愕ハ論ズルノ要アリマセン。
要ハ吾人ノ蹶起セシ理由ノ國内ニ普遍化スルニ因ツテ、
國家革新ノ烽火ハ至ル処ニアゲラレルベキモノデアリマス。
之 威信ノ常態ニアツテ吾人ハコノ事アルヲ洞察シ、今日捨石タルニ甘ンズルモノデアリマス。
從ツテ、陛下ヲ私シテ私利私慾ヲ營ム君側ノ奸ヲ中心トスル現狀維持派ニ對スル現狀打破、
即チ維新派ハ、仮ニコノ少時ノ内 彈壓セラルゝコトアルモ、
近キ將來ニ於テ 更ニ更ニ大ナル力モテ起キ上ルベキモノデアルト信ジマス。
吾人ハ敵ノ中樞タル元老重臣 「 ブロック 」 ノ大半ハ之ヲ粉砕シタルモノデアリマス。
後ノ推進ハ全國ニ散在スル同志ト國民ノ興亡ノ下ニ之ヲ爲スベキモノデアリマス。
吾人ハ確信致シマス。
國内ニ對スル影響ハ實ニ大ナルモノデアリマス、
ガ其ノ影響タル國家革新ノタメニハ良好ナルモノナリト信ジマス。
國際的ニ及ボシタル影響ノ認識如何
日本ハ國内的ニ大ナル革新ヲ爲サントシツツアルコトヲ認識セシメルモノト確信致シマス。
一時的ニ弥縫ニ對スル批判ニ非ズ、
將來ノ根本的時流ヲ望ミ見テ、對外的ニ大ナル脅威ヲ与ヘタルモノト信ジマス。
吾人ノ一擧ハ昭和維新ノ大ナル先駆ニシテ、
如何ニ現状維持派ガ吾人同志ヲ彈壓スルモ、
吾人ハ必ズ近ク吾人ノ信念ニ基ク維新ヲ斷行シ得ルヲ確信スルヲ以テ、
國際的ニ日本ハ次ノ躍進ヲ準備シツツアルノデアリマス。
猶且 之コソ日本ノ實力的躍進ト見テ 却ツテ脅威ヲ感ゼシムルモノデアリマス。
唯今日ノ事實ヲ表面的ニ見テ、日本ガ混亂シツツアリト見ル者モアルデセウ、
斯クノ如キ短見者流ハ論外デアリマス。
皇室ノ敬虔上ニ及ボシタル影響ノ認識如何
陸軍當局ハ最後ニ於テ吾人ハ逆賊ナリノ傳單ヲ飛行機上ヨリ撒布シ
或ハ 放送セシメタノデアリマス。
吾人ハ此ノ時 如何ニ方便ノ爲トハ云エ、
當局者ノ採レル手段ノ如何ニ淺薄ナルカヲ密ニ涕泣シタルモノデアリマス。
吾人ハ出動シ 吾人ヲ攻撃シ來ル軍隊ガ勅命ヲ奉シタルモノナラバ、
吾人ハ甘ンジテ屈服スルノ腹ヲ定メテ居タノデアリマス。
維新ノ大原則トシテハ殊 死シテ玉砕スベキデアリマシタガ、吾人ノ採レルハ實ニコノ屈服ニアリタリ。
吾人ハ首相官邸ニアツテコノ重大ナル岐路ニ立ツタノデアリマス。
只 玉砕スルモ 屈服スルモ 結果的ニ大ナル相違ナケレバ、
輦轂れんこくノ下ニ、陛下ノ宸襟ヲ悩マシ奉ルコト之以上ナルヲ恐レタカラデアリマス。
陸軍大臣ノ告示 ニ依レバ 「 吾人ノ意圖ハ天聽ニ達シタリ 」 ト、
然ラバ無益ノ流血ハ避クベキデアリ、
吾人ハ殘セル下士官兵ハ必ズ吾人ノ爲シ來タレル昭和維新ニ向ヒ、
屍ヲ越ヘテ前進スルコトヲ確信スルモノデアリマス。
從ツテ吾人ノナセシコトハ、
皇室ニ對スル敬虔上 陛下ノ命ノ絶對ナルコトヲ満天下ニ明ラカナラシメタノデアリマス。
只 當局者ノ吾人ヲ制御スルニ吾人ヲ逆賊視シ、
下士官兵ヲシテ將校ニ騙サレテ居ルト放送セルガ如キハ、
將來ニ亙リ 大ナル惡影響ヲ及ボスモノトシテ非常ニ此ノ點ヲ憂慮スルモノデアリマス。
現在ノ心境ハ如何
極メテヒラ靜デアリマス。
唯 今日迄 採リ來レル維新斷行ノタメノ原則上 吾人ノ失敗シ來レル理由ヲ探求シ、
後世維新斷行ノタメノ参考ニ供シタイト考ヘテ居リマス。
吾人ノ考フル維新ハ決シテ挫折シタノデハアリマセン。
之ヨリ猶 維新ノタメニ御奉公申上グベキデアリマす。
處置ハ一切 大御心ニ任ジ奉ルモノデアリマス。
將來ニ對スル覺悟如何
余ハ首相官邸ニ於テ 自決セントシテ果タセマセンデシタ。
我ガ愛スル下士官兵ハ私ノ手ヲ取リテ、遂ニ拘束シタノデアリマス。
茲ニ於テ私ハ翻然トシテ死スルヲヤメタノデアリマス。
私ハ生キントスル生命ノアル限リ 維新ノタメニ盡クスベキ臣子ノ道ナリト信ジマシタ。
只 今日初メテ 生ハ死ヨリ難キヲ發見シ得タルト共ニ、將來依然トシテ維新ニ向ヒ前進シ、
若シ斷罪ノ時來ラバ其ノ死ノ一瞬迄 維新ニ向ヒ、前進セントスルモノデアリマス。・・・リンク→ 「 栗原死すとも、維新は死せず 」
事件中ニ所属上官ヨリ解散或ハ所属部隊復歸ノ命令受領或ハ之ヲ知得セザリシヤ否ヤ
命令ハ受ケタ事ハアリマセン。
色々ノ質問ヲ受ケマシタガ皆 「奉勅命令ノアリシ場合ハ如何 」 等ノ仮定的ナモノデアッテ、
夫レモ所属上官以外ヨリノ質問デアリマシタ。
從ツテ完全ニ奉勅命令ノ下リシヲ知得シタノハ、
二月二十九日払暁時ニ於テ ラヂオ放送ヲ聞キタル時デアリマス。
本件實行ニ關シテ山口一太郎大尉ト協議シタコトハナイカ
直接額ヲ合セテ協議シタコトハアリマセン。
然シ 私達ノ今回ノ行動ヲ知ツテ黙認シテ居タノカモ知レマセンガ、
私達ノ行動ヲ援助スルト云フ様ナ約束ハアリマセン。
然シ 山口大尉殿ハ本件實行ニ關シテ、私達ニ如何ナル程度迄協力シタカト云フ様ナコトハ、
山口大尉殿ノ申サレル點ハ全部私モ是認致シマス。
山口大尉殿ガ週番デ居ナガラ、私達ガ出發スル迄寐テ居タ事ヤ、
彈薬庫ノ鍵ヲ石堂軍曹ガ持テ居タコトナドハ不可解ノ點ハアリマスガ、
斯様ニスルコトヲ私ト山口大尉殿ト打合セシタ譯デハアリマセン。
山口大尉殿個人トシテハ如何ナル考ヘデソウサレタカ、
其點 山口大尉殿ノ申立ニ依リテ明ニナルコトト思ヒマス。
若シ 私トノ關係ニ就イテ申サレルトシタラ
夫レハ前述ノ通リ、私ハ何レモ山口大尉殿ノ申立ヲ是認致シマス。
行動開始後 首相官邸ニ於テ山内一郎ヨリ金圓ヲ受領セルコトナキヤ
全然アリマセン。
寧ロ私ノ方ヨリ十圓位ヤツテアルト思ヒマス。
私ガ二月二十六日朝日新聞社ヲ襲ツタ際、
見物ノ群集中ニ山内ガ居テ 「 敎官殿ヤリマシタネ 」 ト 申シマスカラ、
首相官邸ニ居ルカラ 遊ビニ來イト申シテ來マシタラ、
二十六日ノ晩 ヤツテ來マシタ、
夫レデ私ハ湯河原ニ行ツタ部隊ノ安否ヲ尋ネテミタイノデ、
山内ニ誰カ人ヲヤツテ見テ來ル様ニ頼ンダ際、十圓程自動車賃トシテヤツタ位デアリマス。
事件ニ對スル被告ノ地位 及 役割如何
最初ノ豫定ガ私ト歩三ノ安藤大尉ハ専ラ行動方面ノ責任者デアリマシタガ、
香田大尉殿ト村中、磯部サン達ハ 所謂本件ニ關シ、上部工作方面ヲ担當シタノデアリマス。
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＜ 註 1 ＞
« 栗原中尉の演説 »
「 吾々同志が蹶起したのは
天皇と臣民の間に居る特権階級たる重臣財閥官僚政党等が 私心を慾ほしい侭に
人民の意志を 陛下に有りの侭を伝へて居ない
従って日本帝国を危くする
吾々の同志は已む無く 非常手段を以て今日彼等の中枢を打砕いたのである
吾々同志は皆 今夜死ぬ
諸君は吾々同志の屍を乗りこえて 飽迄も吾々の意思を貫徹して貰いたい
諸君は何れに組するや 」
栗原中尉がこのように問いかけると、群衆より
「 討奸軍万歳 」
と 云う者がありました
「 後は諸君と共に天皇陛下万歳を三唱します 」
と云って栗原中尉は
「 天皇陛下万歳 」
と 発声しました処
其後で群衆中に
「 尊皇討奸万歳 」
と 唱いたるものあり 群衆は之に三唱しました
・・・幸楽での演説
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二月二十六日ヨリ二十九日午前迄ノ行動概要ハ如何
1、二月二十六日
首相官邸襲撃 及 首相暗殺 同官邸附近ノ警戒
朝日新聞社襲撃 其他ノ新聞社ニハ決起趣意書ヲ持參シテ輿論喚起ヲ要望致シマシタ。
其他 石原大佐、小藤聯隊長、山下奉文少將閣下 其他幕僚ト意見ノ交換ヲヤッタノデアリマスガ、
一般的情勢ハ吾々ノ意見ニ同意サレテ居タ様デアリマス。
又 在郷將官トシテ首相官邸ニ私達ヲ訪レタノハ
田中国重大將、齋藤瀏少將、江藤源九郎少將、松本勇平少將、荒蒔義勝中將
各閣下デアリマス。
又 四天王延孝中將閣下ヨリハ電話ガアリマシタ
之等ノ閣下ハ何レモ吾々ノ意見ニ同感シテ善処スルト申サレタノデアリマス。
2、二月二十七日
夜ハ陸相官邸デ私ト村中、磯部、香田、對馬等ハ軍事參議官
荒木大將、眞崎大將、林大將、植田大將、西大將、阿部大將、寺内大將
各閣下等ト會見シテ、私達カラ希望事項ヲ提出致シマシタガ、
夫レハ今詳細ニ記憶ニアリマセン。 …リンク→「 総軍事参議官と会見 」
其ノ希望事項ニ對シテ軍事參議官カラモ具體的議決ハアリマセンデシタ。
其後 陸軍大臣ヨリ次ノ様ナ告示 ガアッタノデアリマス、
即チ
⑴ 蹶起ノ趣旨ハ天聽ニ達シタコト
⑵ 私達ノ行動ハ國體顯現ノ至情ニ基クモノト認ム
⑶ 各軍事參議官モ一致シテ右ノ趣旨ニ依リ邁進スルコト
⑷ 其他ハ一ツニ大御心ニ俟ツコト
⑸ 國體ノ眞姿顯現ノ現況 ( 弊風ヲ含ム ) ニ就イテハ恐惶ニ堪ヘザルコト
等ノ告示ガ出サレテアリマス。
3、二月二十八日
主トシテ第一線 及 鐡相官邸ト聯絡スル他
概ネ首相官邸ニ居リ特殊ノ行動ハアリマセンデシタ。
然シ 其晩 赤坂幸楽前デ群集ニ蹶起シタ趣旨ヲ呼ビカケタノデアリマスガ、
其ノ狀況ハ前ニ申上ゲテアリマスカラ申上ゲマセン。・・・＜ 註 1 ＞
4、二月二十九日
二十九日ノ払暁 首相官邸ニ於テ、
戒嚴司令部ノ放送ヲ聽キ、初メテ奉勅命令ヲ確知シタノデアリマス。
爾後攻囲部隊 逐次前進シ來リ、此ノ儘ニ推移センガ衝突ハ免レズ、
從ツテ茲ニ屍 山血河ヲ築クモ徒ニ宸襟ヲ悩マシ奉ルニ過ギズト感ジ、
磯部ト相會シ 引クコトニ決メ、
次イデ首相官邸ニアリマシタ中橋、林、池田、田中等ニ
私ノ意ノアル所ヲ開陳シテ 其ノ同意ヲ得、
次イデ 正面攻囲部隊タル歩兵四十九聯隊ノ將校ヲ呼ビ出シ、
一先ヅ若干後退ヲ希望シ、
次イデ 小藤連隊長殿ヲ呼ビ出シ度旨ヲ傳ヘ、
戰車第二聯隊ノ佐久間康夫中尉ニモ 至急溜池方面ノ戰車ヲ前進セシムルコトヲ止メシメ、
山王ホテルニ至リ、
此ノ方面ノ攻囲部隊タル歩兵學校ノ宮原敏雄中尉ト相會シ、其ノ旨ヲ傳ヘ、
香田、丹生中尉ヲ説キ、
次ニ赤坂見附ヨリ 常盤、清原ヲ、
陸相官邸ニ於テ坂井、高橋等ヲ説キ、
又國會議事堂ニ在リシ野中、村中トモ會見シ、
私ノ意見ヲ開陳シタノデアリマス。
以下若干議論ハアリマシタガ
全部譲歩スルコトニ決定シ逐次兵ヲ集結シ、
告別ノ辞ヲ述ベタノデアリマス。
夫レカラ陸相官邸ニ至リマシタ処、
逮捕命令ニ依リ 代々木刑務所ニ拘禁サレタノデアリマス。
代々木刑務所ニ行ク前、
岡村寧次、山下奉文閣下、石原莞爾大佐ガ挨拶ニ來ラレタノデアリマス。
本件ニ關シ陳述スベキコトアリヤ
アリマセン。
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月一日
赤坂憲兵分隊
陸軍司法警察官 陸軍憲兵曹長 渡部 馨
筆記者 陸軍憲兵上等兵 布田 愿
・・・次頁 栗原安秀中尉の四日間3 に 続く
二 ・二六事件秘録 ( 一 ) から
栗原安秀
第一回訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 栗原安秀
右者ニ對スル叛乱被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、赤坂憲兵分隊ニ於テ
本職ハ被告人ニ對シ訊問ヲスル事左ノ如シ
氏名、年令、所属部隊、官等級、俗称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名は栗原安秀
年令は二九年
所属部隊は元歩兵第一聯隊機関銃隊附
官等級は元陸軍歩兵中尉
族称ハ平民
本籍地ハ東京府東京市目黒區駒場町八百四番地
出生地ハ島根県松江市、以下不詳
住所ハ本籍地ト同じ
職業ハアリマセン
位記、勲章、年金、恩給を有セザルヤ
従七位勲六等瑞宝章、昭和七年乃至九年満洲事變従軍記章、大満洲帝國建國功労章等ヲ拝受シテ居リマス
刑罰ニ處セラレタルコトアリヤ
アリマセヌ
昭和十一年二月二十六日払暁 叛乱被告事件ヲ敢行シタル其ノ目的如何
本件ヲ契機トシテ昭和維新ヲ斷行シ様トシタコトガ目的デアリマス。
私ノ解スル昭和維新トハ、
現在ノ矛盾セル國家ノ諸機構ヲ改善センガタメニ、
財閥、政党、軍閥、官僚、特ニ其ノ中樞ヲナス元老重臣ブロックヲ粉砕シテ、
一君萬民ノ境地ヲ現出セントスルノデアリマス。
本件を敢行セル原因如何
之ハ信念ノ問題デ現在ノ諸機構改善ノ爲、
如何シテモ斯ウヤルヨリ外ニ手段ガナイト云フ信念ガ斯ウナッタノデアリマス。
例ヘバ相澤中佐ガ年寄ノ身ヲ以テ青年將校ニ先立チ 起タレタコトヤ、
相澤中佐ノ事件ガ中々進捗シナイコトヤ、
今度満洲ニ行ケバ一寸出來ナイコト等モ一原因デアリマス。
其ノ原因ヲ遡レバ、所謂十月事件頃カラデアリマス。
然シ 其ノ様ナ考ヘハ自分ガ二十歳位ノ頃カラデアリマス。
本件ノ動機如何
諸般ノ事象ヲ綜合シテ
今ガ一番實行の好機デアルト考ヘタカラデアッテ、
理論的研究ガ信念トナリ
之ヲ實行セネバナラナイト云フ境地ニ到達シタカラデアリマス。
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二 ・二六事件
昭和十一年 二月二十二日ノ晩、
私ノ宅ニ磯部淺一、村中孝次、香田清貞ト四人デアツタト思ヒマス。
其晩別ニ具體的決定等ハ無カツタノデアリマスガ、二月二十六日払暁ニ決行シ様ト云フ話ハツイタノデス。
然シ戰爭スル場合ノ様ニ、
軍司令官ガアリ下ニ幕僚ガアツテ實行スルノトハ違ツテ、我々ノ維新運動ハ斯様ナモノデハアリマセン。
維新運動ハ下カラ燃エ上ツテ來ル信念デアリマスカラ、
具體的ナコトハ別ニ決定シナクトモ互ニ心ト心トガ聯絡シテ、イザトナレバ實行出來タノデアリマス。
二月二十五日 午前九時頃 家ヲ出テ聯隊ニ出勤シタ儘、
二十五日ノ晩ハ當時週番仕官トシテ服務シテ居タ同聯隊ノ林少尉ト將校室ニ居殘ツテ居リマシタ。
其間ニ私ノ処ニ集マツテ來タ
水上源一 麻布區霞町一番地
錦引 某 不明
宮田 晃 日本特鋳工會社勤務
中島 某 不明
黒田 昶 埼玉県秩父郡藏尾村
黒沢鶴一 歩兵第一聯隊機關銃隊
宇治野某 歩兵第一聯隊第六中隊
等ヲ湯河原ニ居タ牧野伸顕襲撃部隊トシテ準備致シマシタ。
ソシテ之等ヲ所沢飛行學校學生河野航空兵大尉ノ指揮下ニ入レルコトニシテ、
水上以下四名ニハ軍服ヲ着セ、現役歩兵軍曹ノ服装ニ着換エサセ、銃隊將校室其他ニ休マセテ置キマシタ。
ソシテ午後十一時半頃起キテ居タ銃隊ノ一部班長及兵ヲ使ツテ行動準備ニ取リカカリ、
1、小銃実彈 約三万發
2、重機關銃實包 約四千發
3、同空包 約六千發
4、拳銃實包 約三千發
5、重機關銃 九挺内三挺空包銃身
6、軽機關銃 六挺之ハ林少尉ニ命ジテ他中隊ヨリ借リサセタモノ
7、ミドリ筒 約三千個
8、煙幕 約三十個
9、椅子 二個
10、マサカリ 二梃
等本件ノ使用材料トシテ準備致シマシテ、銃隊ノ兵器室ニ一先ヅ入レテ置キマシタ、
ソシテ、
1、小銃實弾 約一万五千發
2、拳銃實弾 数百發
ヲ中橋中尉ニ渡シテヤリマシタ。
中橋中尉ハ、之ヲ雑嚢ニイレテ
自分ノ処ニ來テ居タ砲工學校學生中島少尉ト共ニ四人デ近歩三聯隊ニ歸リマシタ。
湯河原部隊ニハ、
1、輕機關銃 二梃
2、輕機實包 約一千發
3、拳銃 四挺
4、拳銃實彈 約二百發
5、三八指揮歩兵銃 二梃
6、煙幕及ミドリ筒 各五個
7、自動車 二台
自動車ハ二月二十五日午後九時頃、
私ガ電話デ赤坂區新町宮下自動車屋ニ、
湯河原ヘ現地戰術ニ行クト言フテ注文シテ置イタモノヲ配属セシメ、
湯河原部隊隊長所沢飛行學校 ( 學生 ) 同志河野航空兵大尉ニ
豫テ準備シテ置キマシタ兵器彈薬 及 水上 以下 七名ヲ渡シ、
二月二十六日 午前〇時半頃
同部隊ハ河野大尉ノ指揮デ自動車ニ分乗出發致シマシタ。
ソレカラ二月二十六日午前午前二時頃、更ニ一部ノ班長及兵ヲ起シ、
更ニ午前三時三十分頃 銃隊全員非常呼集ヲシテ舎前ニ整列セシメ、
私カラ全員ニ、
平素述ベテ居ル通リ 愈々本日維新ニ向ツテ前進スル、ト云フ意味ノ訓示ヲ与ヘ、
更ニ合言葉 「 尊皇斬奸 」 ト 定メ之ヲ下達シテ、銃隊員約三百名午前四時三十分聯隊出發。
表門ヲ出發シテ歩一營門前デ歩三ノ警視廳襲撃部隊ヲ先頭ニ、
次ハ自分ノ率イル部隊、次ハ歩一ノ第十一中隊ト云フ順序ニ
師團長官舎前、氷川神社前、赤坂福吉町、溜池電車通ヲ經テ首相官邸ヲ襲撃シタノデアリマス。
歩三ノ警視廳襲撃部隊トハ溜池デ分カレ、
陸軍省ニ行ツタ歩一ノ第十一中隊ハ自分等ノ部隊ガ、首相官邸ニ襲撃シタノヲ見テ前進シタノデアリマス。
先ヅ私ガ命ジテ、
首相官邸ノ通用門ヨリハ銃隊ノ栗田伍長ノ率ユル約二十名、
裏門ヨリハ林少尉ノ率ユル一小隊約六十名、
部隊ノ主力ハ私ガ指揮シ表門ヨリ這入リマシタガ、
表玄關ハ戸締リ嚴重ナ爲這入レナイノデ
林少尉ノ這入ツタ裏門ノ方ニ廻ツテ裏玄關 日本間ノ窓ヲ破壊シテ這入リマシタ。
ソシテ首相ヲ見附ケルベク各間ヲ索シテ居ル内ニ、
警戒ノ巡査ト撃合ヒヲ初メ、大部混戰ヲシテ居ル内ニ、
日本間ノ中庭ニ岡田首相ハ寝巻ノ儘仰向ケニ倒レテ死ンデ居リマシタノデ、
私ガ首實驗ヲシテ首相デアルコトヲ確認シタ上、元寝テ居タ日本間ニ一先ヅ安置シテ、
部隊ヲ集結シテ官邸周囲ノ配置ヲ終ツタ処ニ、
午前六時頃 近歩三ノ歩兵約四十五名中島少尉ガ率イテ參リマシタカラ、之ヲ合セテ私ガ指揮致シマシタ。
首相官邸ヲ包囲配置シタコトニ就テハ、
道路ヲ遮斷シテ各官邸内ニ出入セシメナイト謂フ任務ヲ与ヘ、兵ヲ配置ノ儘、
私ハ今度、陸相官邸ニ行ツテ陸相ニ會見シテ昭和維新即時斷行ヲ要望致シマシタ。
其時ハ既ニ磯部淺一、村中孝次ガ軍服デ陸相ト會見シテ居リマシタ。
夫レカラ首相官邸ニ歸ツテ一部ノ兵約六十名ヲ集メ、
「 トラック 」 二台ニ分乗サセ、之ニ重機關銃一、輕機關銃二ヲ配属シ、
私ト中橋中尉、田中中尉、池田少尉ノ四人ハ乗用自動車ニ乗ツテ、
東京朝日新聞社表入口ニ行ツテ社員撤去ヲ命ジ、
車内ニ侵入シテ二階ノ活字殆ンド全部ヲ引繰リ返シテ、
社員ニ朝日新聞ハ非日本的新聞デアルカラ天誅ヲ加ヘタト云フ理由ヲ述ベテ引揚ゲ、
更ニ、時事新報、東京日日新聞、報知新聞、國民新聞、電通等ノ各社ヲ廻ツテ、
自分等ノ蹶起趣意書ヲ渡シテ 確カリヤレト激励シテ、再ビ首相官邸ニ引揚ゲタノデアリマス。
朝日新聞社ヲ襲撃シタ時間ハ見當附キマセンガ、二月二十六日午前雪ノ降リ出シタ頃デアリマシタ。
ソレ以來 部隊トノ聯絡或ハ陸相官邸ニ於テ軍事參議官トノ會見等色々アリマシタガ、
私ハ結局二月二十九日迄首相官邸ニ頑張リ、
二十九日正午頃、
兵ニ解散命令ヲ下シ、銃隊長ガ迎ヘニ來タラ歸隊スル様 荒井軍曹ニ命ジテ、
私ハ一人デ陸相官邸ニ行ツテ、
約一時間後 憲兵ニ聯レラレテ東京衛戍刑務所ニ送ラレタノデアリマス。
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リンク ↓
朝日新聞社襲撃
朝日新聞社襲撃 『 国賊 朝日新聞を叩き壊すのだ 』
朝日新聞社襲撃 ・緒方竹虎
・・・次頁 栗原安秀中尉の四日間 2 に 続く
二 ・二六事件秘録 ( 一 ) から
中橋基明
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 中橋基明
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、東京衛戍刑務所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ中橋基明
年齢ハ三十才
所属部隊ハ元近衛歩兵第三聯隊附
官等級ハ元陸軍歩兵中尉 従七位
族称ハ佐賀県士族
本籍地ハ佐賀県佐賀市水ケ位町五八
出生地は東京市牛込區大久保
住所は近衛歩兵第三聯隊内
職業ハ元官吏
位記、勲章、記章、恩給、年金を有セザルヤ
従七位ヲ拝受シテ居リマス
刑罰ニ処せラレタルコトアリヤ
アリマセン
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二 ・二六事件
本事件決行ノ目的如何
重心閥、財閥、軍閥、政党閥ヲ清算シ、
以テ眞實ノ天皇御親政ヲ仰ギ奉ル目的デアリマシテ、
委細ハ蹶起趣意書ニ書イテアリマス。
本事件決行ノ原因ヲ述ベヨ
1、華府會議
2、ロンドン會議
以上ノ二會議ニ於テ現レタル欧米追随外交、英米崇拝主義、統帥權干犯問題ト、
3、満洲事變デ軍隊ガ血ヲ流シタノデ政党財閥ノ食ヒモノトナサナイ爲メデアリマス。
近因
1、昭和九、一一、二〇事件
2、粛軍ニ關スル意見書問題ハ其ノ後 何等改革ノ模様がナイコト
3、敎育總監更迭ニ付イテ前林陸相ノ統帥權干犯
4、永田事件 及 之ニ伴フ公判
5、大本敎事件ハ國體變革ノ企圖ヲ有シ 之ニ永田中將、片倉少佐、池田中佐モ參加セリト聞キ、覺悟ヲ堅クシタノデアリマス。
本事件ノ動機ヲ述ベヨ
1、我國ノ周囲漸ク多事ニシテ露満國境、北支問題、國際聯盟ニ關スル効力發生等 正シクヒジョウナルニ拘ラズ、
重臣閥、財閥、政党閥ハ依然自己勢力ノ擴張ニノミ腐心シ、眞ニ國家的行動ト認ムルヲ得ズ、
之ヲ撃滅スベキ時機ノ遷延ヲ許サザル情態ナリト確信シタコト。
2、第一師團満洲派遣ニ依リ、夫レ以前ニ決行ヲ要スルコト。
3、目的遂行ノ爲メノ兵力ガ二月下旬ガ最モ良好ナル狀態ニアツタト判斷シマシタ。
ソノ理由ハ遅ケレバ敎育上ハ有利デアルガ二十六日過ギレバ各隊ガ不足ニナル關係上デアリマス。
本事件ノ經過ノ概要ヲ述ベヨ
1、二月二十六日午前四時二十分、
非常呼集ヲ以テ近歩三ノ七中隊全員ニ集合ヲ命ジ、
午前四時五十分營門ヲ出發シマシタ。
其際、衛兵司令ニハ明治神宮參拝ト告ゲマシタ。
兵力ハ百三十名デ二分シ、
一小隊ハ守衛控兵ノ任務ガアツタノデ守衛控兵ノ服装、
一小隊ハ突入部隊トシテ輕機關銃四銃ヲ持ツテ居マシタ。
2、午前五時、
控兵分隊ハ高橋蔵相私邸ヨリ五、六十米離レタル地點ニテ、
邸内ノ狀況ハ分ラザル道路上ニ二列横隊ニ停止シ、
突入部隊ノミハ目標タル高橋蔵相私邸ニ突入シマシタガ、
兵力ハ六十三名デ、
突入前ニ國賊高橋ヲ倒スト告ゲマシタガ、
兵ニ共鳴的 「 ショック 」 ヲ与ヘマシタ。
3、午前五時十分頃大蔵大臣ヲ斃シテ門前ニ集合。
爾後突入部隊ハ中島少尉指揮シ首相官邸ニ向ヒ前進ス。
自分ハ途中ニ停止シアリシ控兵ヲ引率シ 宮城ニ至ル。
途中傳令ヲ以テ日直指令ニ帝都ニ突發事件發生シタル爲
『 非常 』 ト認メ直ニ宮城ニ到ルト通報シマシタ。
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＜ 註 1 ＞
中橋基明中尉行動径路
＜ 註 2 ＞
リンク ↓
朝日新聞社襲撃
朝日新聞社襲撃 『 国賊 朝日新聞を叩き壊すのだ 』
朝日新聞社襲撃 ・緒方竹虎 
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4、午前六時守衛隊司令官 ( 門間健太郎少佐 ) ノ許ニ到着。
直チニ坂下門警備ヲ願出テ、午前七時半頃 坂下門ヲ警備シマシタ。
門間少佐ハ何等疑フコトモ無ク、只少シ早過ギル位ニ思ハレタト判斷シマシタ。
5、爾後 午前八時半迄ハ守衛隊司令部ニ居リマシタガ、・・・＜ 註 1 ＞
内外ノ情況ガ全ク不明ナルヲ以テ聯絡ノ目的ニテ、單身宮城を出テ陸相官邸ニ行キマシタ。
6、陸相官邸ニ到ルヤ ( 午前十時頃ト判斷ス ) ・・・＜ 註 2 ＞
東朝社襲撃ヲ決行セントシテ出動中ノ栗原中尉ノ自動車部隊ニ加ハリ、之ヲ敢行シマシタ。
其ノ情況ハ國賊新聞社ヲ斃セト稱シ、社員全部ヲ外部ニ出シ、活字ヲ引繰返シマシタ。
7、爾後二十九日朝迄、首相官邸ニ於テ警備ニ服シマシタ。
兵力ハ歩一ノ二百八十名、
近歩三ノ自己ノ一小隊、
田中中尉ノ指揮スル野重七ノ自動車隊兵十五名、自動車五台位デアリマシタ。
8、二十九日午前二時頃
突入部隊タル小隊ハ一分隊ヲ除キ單身近歩三ニ復歸シマシタ。
自分ハ當時、首相官邸内デ仕事ヲシテイタノデ知ラナカッタガ直後ニ知リマシタ。
9、殘餘ノ一部隊ハ、二十九日午前十時、指揮ヨリ離シマシタ。
自分ハ同時刻陸相官邸ニ行キマシタ。
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高橋邸襲撃ノ狀況ヲ述ベヨ
邸内ニ侵入シ、
先ヅ家人ニ死傷ナカラシムル目的ヲ以テ、廊下ニテ拳銃ヲ三發々射シ、
恐怖ノ念ヲ起サシメ、手出シヲ爲サザル如クシ、
蔵相ノ室ヲ先ヅ自分ガ探シ出シ、
中ニ這入リ 「 天誅 」 ト叫ビ、
布團ヲ脱スルト同時ニ、高橋蔵相ハ目ヲ開キマシタ。
此時拳銃三發ヲ發射シマシタ。
其瞬間、中島少尉ハ軍刀ヲ腹ニ一太刀、右腕ニ二太刀加ヘマシタ。
高橋蔵相ハ拳銃ニヨリ即死シタト判斷シマス。
此ノ狀況ハ兵ハ室ヲ探シテ居テ知ラヌノデアリマス。
事件中ニ所属上官ヨリ解散或ハ所属部隊復歸ノ命令ヲ受領シ或ハ知得セザリシヤ
1、近衛歩兵第三聯隊長ハ ( 園山光蔵大佐 ) 聯隊副官 ( 檜山成敏少佐 ) ト共ニ、
二十六日夜陸相告示ヲ携行シ、
首相官邸正門ニ來リ 「ドウカ」 ト言ハレマシタノデ、
異狀ハアリマセヌト答ヘ、
又 「 兵隊ニ注意シテ呉レ 」 ト言ハレマシタノデ、
「 兵ハ大切ニシマス 」 ト答ヘマシタ。
2、近歩三ノ田中 ( 軍吉 ) 大尉ハ、二十七日夜
給養ノ件ニ就テ、食糧ハ運搬シナイト言フ事ヲ云ヒ、
外套ト手套ヲ持參シテ呉レマシタ。
3、二十八日午前七時頃、
近歩三ヨリ命令トシテ、
二十六日出動セル部隊ハ歩一ニ集合、
中橋部隊ハ赤坂見附ヲ通過歸還スベシ
トノ事ヲ電話ヲ以テ受領セルモ、
當時戒嚴命令ニテ行動隊ハ全部麹町區警備隊トナリアリシヲ以テ指揮系統異ナリ、
且ツ 他部隊ニハ斯クノ如き命令來ラズ。
故ニ之レガ命令ヲ戒嚴司令部ニ提出方ヲ栗原中尉ニ依頼シマシタ。
事件ニ對スル ( 含計畫 ) 地位、任務、役割如何
大蔵大臣私邸襲撃隊長、計畫立案ニ對シテハ役割ヲ有セズ。
現在ノ思想 又ハ観念ヲ抱持スルニ至リタル原因動機 竝 經過ノ概要如何
1、昭和六年勃發セル國體運動 ( 青年將校間 ) ニ端ヲ發ス
2、満洲事變勃發ニ依リ益々維新ノ必要ナルヲ知ル
3、社會ノ極度ノ腐敗ヲ知リ、遂ニ十月ニ之ヲ打破セントセルモ未然ニ發覺ス ( 所謂十月事件 )
4、爾後 昭和八年ニ到ル間 何等等變化ナシ
5、昭和八年ヨリ昭和九年三月ニ至ル間ハ専ラ情報蒐集ニ止マリタリ
6、昭和九年三月満洲ニ突如派遣ヲ命ゼラル ( 歩兵第十八聯隊附ニテ )
爾來 昭和十一年一月十日ニ至ル間 北満ニアリテ処置ナシ
7、満洲派遣ニ於テ得シモノハ度胸ナリ
8、東京ニ歸還途中一月八日 豊橋ニ於テ對馬中尉ト會シ、愈々前進スルトノ話ヲ聞キ勇躍上京ス
9、對馬中尉ガ敎育總監ニ辞職勧告セシ処 謹愼處分トナル、即チ正義ハ通ラヌト観念セリ
10、東京ニ在リテハ 永田事件ノ公判ニ依リ、吾等ガ絶エズ口ニセシ事項ハ相澤中佐ノ口ヨリ出テ、
吾等ノ行動ノ理由ヲ先ニ公判廷ニ於テ恰モ述ベ居ルガ如キ狀態トナレリ。
11、五 ・一五事件ノ精神 竝 相澤中佐ノ精神ヲ實行ニ現ハセルモノ
實行ノ手段方法如何
此ノ計畫ハ本年一月十日満洲ヨリ歸隊後聞キマシタノデ其ノ以前ニ出來テ居タモノト判斷シマス。
然シ何時デアツタカト云フコトハ判リマセヌ。
二月二十六日ト選定シタノハ二月二十四日頃 ( 始メハ二十二日ニ二十五日ト決定シマシタガ
二十四日ニナッテ、二十六日ニ變更シマシタ ) 磯部、村中、栗原ガ決定シタモノト思ヒマス。
私ハ歩一ニ聯絡ニ行キ 何レモ栗原中尉ヨリ聞キマシタ。
如何ナル命令ヲ受ケタカ
栗原中尉ヨリ 大蔵大臣ノ処ニ行キ、其後 宮城ニ行キ、奸臣ヲ宮城ニ入レルナト言フ事デアリマシタ。
東京朝日新聞社ハ自己ノ發意デヤッタノカ
栗原中尉ノ行動ヲ見テ之ニ賛成シテヤッタノデアリマス。
自分デ計畫シタコトハナイカ
總テ他人ノ計畫ニ依ツテ動イタノデアリマス
関係者ノ情況ハ如何
一番親シク聯絡シテ居タノハ栗原中尉デアリマス。
其ノ他 歩一、歩三ノ将校トハ竜土軒ノ會合ニ於テ顔ハ知ツテ居リマシタ。
満洲カラ歸ツテ日ガ淺イノデ、何レトモ聯絡モ有リマセヌ。
只 西田税ノ許ニハ満洲ヨリ歸ツタ時 只一回 單ニ挨拶ニ行ツタノミデアリマス。
資金關係ニ就イテ知ル所ナキヤ
資金等ハ誰カラモ援助ヲ受ケテ居ナイト思ヒマス。
私ハ事件ノ間ニ約三十圓位出シタト思ヒマス。
色々ニ支拂フ爲ニ。
皇軍ノ本質 竝 威信上ニ及ボシタル影響ニ就イテ何ト考ヘルカ
1、兵ハ昭和維新ノ同志トシテ動イタト信ズル故ニ統帥ヲ私兵化シタモノトハ思ヒマセン。
2、只 皇軍ノ威信上面目ナイノハ我等ハ政党、財閥ヲ斃スカ
尊皇義軍ヲ斃スカト云フコトヲ唱ヘテ居ルノニ、
同ジ皇軍ガ我等ニ對抗シテ居る、即チ政党、財閥ノ走狗トナツテ居ル。
之ハ軍ノ威信上 甚ダ遺憾デアリマス。
國内的ニ及ボシタル影響ヲ如何ニ考ヘルカ
現在ノ皇軍ガ政党、財閥ノ走狗デアルト言フ惡い印象ヲ民衆ニ示シタノデアリマス。
國際的ニ及ボシタル影響ヲ如何ニ考ヘルカ
數度ノ流血事件ニ依リ、日本ハ對外的ニ非常ニ強硬ニナリツツアリマス。
本事件ニ依リ、更ニ高度ノ強硬手段ニ出ル事ヲ諸外國ニ示ス事ニナルト思ヒマス。
皇室ノ敬虔上ニ及ボシタル影響ヲ如何ニ考フルヤ
御宸襟ヲ悩マシタ事ハ甚ダ申譯ナイト思ツテ居リマスガ、
本件ニ依リ 國民ニ對シ 上御一人中心ノ精神ヲ高メ、
且 天皇御親政ノ時代ヲ作ル爲ニハ、功ガアッタト思ヒマス。
事件當時ノ心境は如何
成功不成功ハ考ヘテ居リマセンデシタ、
只 昭和維新ノ捨石トナル覺悟デアリマシタ。
現在ノ心境は如何
變化ハ有リマセン。
將來ニ對スル覺悟如何
尊皇絶對主義デ誠心誠意奉公スル考ヘデアリマス。
本件ニ就イテ陳述スル事アリヤ
1、吾々ノ行動ヲ國賊的ニ見ル人ハ無シト信ズルモ、若シモ有リトセバ甚ダ遺憾千萬ナリ。
2、「 下士官兵ニ告グ 」 ト 稱スル飛行機ヨリノ文 及ビ 「 ラヂオ 」 ヲ以テ、
「 将校ハ奉勅命令ノ出タルヲ知リアルニ拘ラズ 之ヲ下士官兵ニ告ゲアラズ 」
ト 云フ意味ヲ放送シアリシガ、斯カルコトハ皇軍トシテ好マシカラヌ方法ナリ。
他ニヨキ方法ナカリシヤ。
將校下士官兵ノ間ハ、斯カルコトニテ分離スベキモノニアラズ。
斯カル方法ハ將來皇軍ノ成立ヲ危クスルモノト思料ス。
実際吾々ハ奉勅命令アリシヲ知ラザリシナリ。
「 ラヂオ 」 ニテ初メテ知リタル情況ナリ。
中橋基明
右讀聞ケタル処、相違ナき旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月一日
東京憲兵隊本部勤務
陸軍司法警察官 陸軍憲兵大尉 金沢朝雄
筆記者 陸軍憲兵軍曹 本郷 周
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二・二六事件秘録 ( 一 ) から
對馬勝雄
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 對馬勝雄
右者ニ對スル 叛乱被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、東京憲兵隊本部ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ對馬勝雄
年齢ハ二九年
所属部隊ハ元陸軍教導學校學生隊附
官等級ハ陸軍歩兵中尉
族称ハ平民
本籍地ハ青森県青森市相馬町四十八番地
出生地ハ青森県南津軽郡田舎伊達村字八反田
住所は豊橋市小前田町六十六番地
職業ナシ
位記、勲章、記章、恩給、年金ヲ有セザルヤ
従七位、勲六等旭日単光章、功五級金鵄勲章、昭和六年乃至九年従軍記章、
満洲国建国功労章、満洲國大礼記念章 等ヲ拝受シテ居リマス
年金ハ三百五十圓ヲ賜リ居リマス
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
重謹慎十日ニ処セラレマシタ
其理由ハ
「 訓戒ヲマモラズ上官ニ穏當ヲ欠ク書信ヲ出シタル科ニヨリ 」
昭和十一年二月十二日附處分サレマシタ
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二 ・二六事件
何ガ故ニ本件ヲ起シタルヤ
明治維新ノ完成シタル昭和維新ヲ翼賛シ奉ルニアルト考ヘタ結果デアリマス。
二月二十六日ヲ選定シタル理由如何
東京在住ノ同志ノ決定ニ依ル。
書面ニテ連絡アリヤ
磯部氏ガ二月十九日夕刻 私宅ヲ訪問シ 之ヲ語リタリ。
昭和維新ヲ翼賛シ奉ラント思ヒ立チタル時機如何
昭和五、六年デアツテ、任官後二年ノ時 「 ロンドン會議 」 ノ事ヲ痛感シ、
又 其ノ当時ノ社會情勢ヲ慨歎シテ思ヒ立チマシタ。
昭和六年以後ハ如何
爾後 改革セラレザルベカラザル情勢深刻デアルト思ハセラレ、
殊ニ満洲事變デハ
自分ガ指揮官トシテ自分ノ部下ノ後顧ノ憂ヲ感得シ、
又 自分トシテモ國内ノ内憂ニ對スル心配ガ大キクナリマシテ、
共ニ死スベキ部下ガ後顧ノ憂ヲ持チツツ、或ハ斃レ 或ハ傷ツイタ事ニ依リ、
更ニ自分ハ此ノ事變デ生キテ歸ツタナラ、
是等ノ部下ノ爲ニ其後 後顧ノ憂ヲ取除イテヤロウ
ト決シテ居マス内、
昭和九年三月ニ豊橋陸軍教導學校學生隊ニ轉任シマシタ。
其後 明治維新ニ於ケル改革ノ過程ヲ相當深刻ニ研究シ、
又 國體ニ關シテ考察シタガ、
結局 昭和五、六年頃ヨリ何時ニテモ昭和維新ノ爲ニ立タントノ決心ヲ益々強メマシタ。
此の度の事件の経過如何
昭和五、六年頃カラ
此度ノ同志ト、或ハ 同期生關係、或ハ同期生ノ紹介、
或ハ自分獨リデ尊敬スル人々ヲ訪問シ、意見ヲ聞キ、
自己ノ信念ヲ確實ニシ、是等ノ人々ト共ニ事ヲ爲サント思ヒマシタ。
眞ノ同志タル同期生ハ栗原中尉、中橋中尉、後藤中尉 ( 現満洲独立守備隊第十二大隊 ) 、
池田 ( 早苗 ) 中尉 ( 歩兵第二十聯隊附 )、戰死シタル遠藤中尉、
久留米戰車隊ノ竹中英雄中尉 等ガ主ナルモノデアリマス。
又 尊敬シタ人ハ
大岸大尉殿、相澤中佐殿、菅波大尉殿、磯部、村中氏、大蔵大尉殿ガ頭ニハツキリ殘ル人々デス。
地方人ニテ尊敬セシ人ナキヤ
西田税氏、皇魂社ノ中村義明、公民意識研究會 長沢九一郎氏等であります。
特ニ感化ヲ受ケタ人々ハ如何
相澤中佐殿、大岸大尉殿、遠藤友四郎氏、中村義明氏、長澤九一郎氏デス。
改革ニ附キテノ感想ヲ述ベヨ
第一ニ改革ヲ考ヘ 第二ニハ國體ニ基キ改革スルコト
夫レ自體ガ改革ヲ來スモノト考ヘサセラレマシタガ、
其後 國體ノ爲ニト言フ事ハ自分ガ眞ニ國體ヲ體得シテ誠ヲ實行スル事ト認識シマシタ、
過程ニ依リ今日ニ至リマシタ。
豊橋ニ來テヨリノ経過如何
昭和九年末故郷ニ歸ルトキニ 西田、磯部、村中ノ何レカニ寄ツタ記憶ガアリ、
其ノ際ハ改革ニ附 抽象的ニ語リ合ヒ、
昭和十年十一月末ニ陸大試驗ノ為メ上京シ 西田、村中ヲ訪問シ、
昭和十年十二月末 故郷ニ歸ル途中西田、村中ニ參リマシタ。
之ハ記憶ニアル上京ノ度數デスガ、未ダ上京シタト思ヒマスガ、今一寸思ヒ出セマセン。
具體的ニ決行ヲ語リ合ヒタルトキハ如何
前述シマシタ二月十九日磯部氏ガ自分ヲ訪問シタ時ニ具體的決行ヲ語リマシタ。
其ノ時ノ會見模様ヲ述ベヨ
二月末カ三月始メニ東京デ暗殺ヲ決行スル故 貴官ハ豊橋ノ方デ西園寺ヲ頼ムト、
磯部氏カラ言ハレマシタノデ承諾シマシタ。
暗殺目標は如何
東京在住ノ目標ハ岡田、齋藤、鈴木、牧野、高橋デ私ノ方ハ西園寺デシタ。
二月二十六日決行トナッタノハ磯部ヨリ聞キタルヤ
二月二十三日 栗原中尉ノ使イトシテ豊橋驛前 つぼや旅館ヨリ自動車デ迎ヘラレ、
參リマシタ時ニ、栗原ヨリ聞キマシタ。
合言葉、突入時刻、突入方法ノ概要、服装、取止メノ際ハ東京ヨリ電報ヲ打ツ事。
企圖ノ秘密保持ニ就キテモ打合セガアリマシタ。
栗原中尉ハ何日豊橋を立チシヤ
二月二十四日未明ニ歸リマシタ。
栗原トノ會見ニハ一人ニテナセシヤ。
竹嶌ト一緒デシタガ、其際、栗原ヨリ豊橋班決行資金トシテ金百圓交附セラレマシタ。
西園寺公暗殺ヲ中止シタル理由如何
二月二十四日迄
私ガ同志ト思ヒ込ンデ決行ニ關スル總テヲ打明ケテ居リマシタ同ジ學校附ノ板垣中尉ガ、
此ノ決行ハ中止セヨ、ヤルナラ將校ノミニテセヨ ト言ヒマシタ。
秘密ガ洩レルト思ヒ中止シ、竹嶌ト共ニ上京シマシタ。
何故ニ板垣中尉ト同行セザルヤ
中止ヲ勧告スル程ナル故、行フ意志ガナイト思ヒ誘ヒマセンデシタ。
地方人デ此事件ニ關シ共ニ打明ケタル者ナキヤ
一人モ有リマセン。
上京ハ何日ナルヤ
二月二十五日午前零時ニ横浜ニ着キ
ソレカラ自動車ニテ日比谷ホテルニ午前一時三十分頃着キマシタ。
夫レヨリ何処ニ行キシヤ
日比谷ホテルヨリ 午前二時三十分 出テ歩一ニ行キ、栗原、村中ニ遇ヒ 其部隊ニ入リマシタ。
部隊ニ入ツテカラ食糧ヲ買フ爲メニ、鐡道大臣官舎デ村中大尉カラ金二百圓ヲ受領シ、
之ヲ山王ホテルニ居タ丹生中尉ニ間食代トシテ渡シマシタ。
此間 食ハ途中デ留メラレ參リマセンデシタ。
何レノ目標ニ向ヒシヤ
午前四時三十分頃 歩一ヲ出テ部隊ノ先頭ニナッテ總理大臣ノ処ニ向ヒマシタ。
如何ニセシヤ
門ノ所ニ居タ警察官ヲ押え 門ノ閂かんぬきヲ脱シタラスグ開キマシタカラ、
中ニ入リ玄關ノ戸ヲ兵隊ガ 「 マサカリ 」 ノ様ナモノデ叩キマシタガ、開キマセンノデ、
栗原ガ玄關ニ向ツテ右ノ方ニアル小道ニ沿ヒ 奥ノ部屋ニ前進シタガ入口ガ開カナイノデ、
窓ヲ破リ 一人ヅツハ要リマシタラ、二、三人ノ私服ノ者ト女中二人ガ居テ、
私服ノ者ガ拳銃ヲ發射シマシタカラ兵隊ガ之ニ應戰シ部屋部屋ヲ探シテモ首相ガ居ナイノデ、
更ニ引返シテ表玄關ニ廻ツテ門衛ノ電話ニテ陸相官邸ニ聯絡シヨウトシマスト、警視庁ダケノ電話デシタ爲メ無駄デシタ。
其ノ間 首相ガヤラレタコトガ傳ワリマシタ。
其ノ方ニ行キ、其ノ死體ヲ見マシタ。
皆ガ首相ダト云ツタノデ表ノ方ニ來テ居リマシタ。
其頃 首相官邸ヲ包囲シタ部隊ハ周囲ニ歩哨ヲ立テ 主力ハ二、三ヶ所ニアリマシタ。
ソレハ表玄關、裏玄關等デス。
ソノ内ニ夜ガ明ケ 新聞記者及憲兵ガ來マシタ。
其後 陸相官邸ニ赴キマシタラ 陸軍次官閣下ガ來ラレマシタ。
山下閣下、鈴木貞一大佐、満井中佐 等ニ會ヒマシタ。
其ノ際 次官閣下ニ自分ハ此事件ノ解決ハ此事件ヲ抑ヘズ、
昭和維新ノ目的ニ向ヒ發展的ニ解決スル如クセラレタシ ト 意見具申シマシタ。
發展的ハ何ヲ意味スルヤ
昭和維新ニ向ヒ陸軍全般ノ事ヲ善処スル事デス。
此ノ事件ハ皇軍ノ本質竝威信上ニ及ボシタル影響ノ認識アリシヤ
此ノ事件ハ皇軍ノ本質ヨリ生ジタルモノと思ヒマス。
形式上ノ威信ハ破レテモ 正シキ威信ハ發揮セラルルモノト思ヒマシタ。
國内的ニ及ボス影響ヲ考ヘシヤ
此ノ事件ニ依ルト 維新ガ飛躍的ニ斷行セラルルト思ヒマシタカラ、
國内的ニヨイ環境デアルト思ヒマシタ。
外國ニ對シ如何ニ影響スルト思ヒシヤ
外國人ハ我々ノ意識ノ意義ヲ弁ヘルコトハ困難ト思ヒマスガ、
國内デハ之ニヨリ精神威力ガ加ハリ、内部ノ混亂アルモ將來徹底的ニ外的ヲ破ルト信ジマス。
當面若干ノ惡影響ガアツテモ差支ヘナイト思ヒマス。
「 フランス 」 革命ノ例ニ依ルト、革命ニヨリ 「 フランス 」 國内混亂セシモ、
對外國的ニハ欧州同盟ヲ何回モ破り、「 ナポレオン 」 時代ヲ生ンダ。
「 ロシヤ 」 モ 同時國内戰ノトキハ對外關係一時惡化セシモ、爾後其ノ損失ヲ恢復シ、
漸次對外關係好轉セルヲ見ルコトハ、外國革命ノ例ニシテ日本ノ維新トハ異ナルモ、
精神力ノ沈頽セシ旧態カラ維新ト云フ精神溌溂タル威力ガ注入セラレバ、
國家及軍ノ力ガ飛躍的ニ加ハリ、對外關係好轉スルモノト信ジマス。
皇室ノ敬虔上ニ及ボシタル影響ノ認識如何。
大御心ヲ煩わずらハシタ事ハ惡イト思ヒマスガ、
平素ノ知ラズ知ラズ大御心ヲ煩ハス奸賊供ノ処置ヨリモ寧ロ程度ガ低イモノト思ヒマス。
一時 妖雲ヲ払ヒ奉ルコトデアルカラ、止ムヲ得ズト思ヒマス。
現在ノ心境如何。
此レヨリ昭和維新ガ完成ノ緒ニツキ 眞ニ大御心ヲ安ジ奉ル時機ガ近ヅクモノト信ジテ居リマス。
將來ノ覺悟。
私カク意ノアル処を公判ニヨリ極力内外ニ傳ヘテ最後的奉公ヲスルツモリデス。
奉勅命令ガ下リシヲ知リシヤ
奉勅命令ガ近衛師團ニ下ツタトノ噂デシタカラ、
二月二十八日朝 第一師團司令部ニ自動車デ村中氏等四人ニテ行ツタ時ニ、
師團長閣下ハ未ダ奉勅命令ハ師團ニ下ツテ居ナイト言ハレマシタ。
二十八日ノ晩 奉勅命令ガ下リ、
ソレガ麹町地區警備隊長迄ニ達セラレタ事ヲ誰カラトナク聞キマシタガ、
小藤大佐殿ガ我々ニ下達シマセンデシタガ、
コレハ小藤大佐殿ガ我々ヲ逆徒トシナイ様ニトノ苦心カラデハナイカト思ハレマス。
正式ニハ下達セラレマセン。
「 輔弼 」 ノ任ノモノガ天子様ノ袖ニカクレテ機關説ニヨッテヤッタト思ヒ、
我々ハ皇軍相打ツ様な考ヘヲ持チマセンカラ、我々ニ賊名ヲ着セル爲ニ奉勅シタト考ヘマス。
憲兵ヲ如何ニ思フヤ
浜松ノ憲兵分隊長 ( 石森松太郎少尉 ) ガ御用聞キノ様ナコト。
「 例ヘバ 渡邊大將機關説ニ對シテ、市民大會ノ決議ニ基く渡邊總監ニ向ツテノ意思表示デ、威嚇ニヨリ阻止シタコト 」
ハ 絶對ニ排斥シ、憲兵ハ正ヲ正トシ、内外ノ威力ニ屈シナイコトガ必要ダト思ヒマス。
犯罪豫防摘發ハ從トシ、國軍ノ健全ヲ擁護スルコトヲ主トシナケレバナラナイト思ヒマス。
本件ニ就キ陳述スルコトアリヤ
アリマセン。
右讀ミ聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
陳述人 對馬勝雄
昭和十一年三月一日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少佐 神谷能弘
筆記者 陸軍司法警察官 陸軍憲兵曹長 伊藤猛男
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二・二六事件秘録 ( 一 ) から
丹生誠忠
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 丹生誠忠
右ノ者ニ對スル叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、東京衛戍刑務所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ丹生誠忠
年齢ハ二十九年
所属部隊ハ元歩兵第一聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵中尉
族称ハ鹿児島県士族
本籍地ハ鹿児島市牟田町三七四二番地
出生地ハ同右
住所ハ東京市世田ケ谷區北沢四丁目五百六十八番地
職業ハ元官吏
位記、勲章、記章、恩給、年金ヲ有セザルヤ
従七位ヲ拝受シテ居りまスガ、勲章、記章、年金、恩給ハアリマセン
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
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二 ・二六事件
本事件當初ヨリ鎭定サレル迄ノ行動如何
私ハ歩兵第一聯隊 第十一中隊長代理デアリマシタノデ、
二月二十六日午前午前三時、
中隊全員百七十名ニ對シ非常呼集ヲ命じ、
午前四時患者ヲ殘シ營庭ニ整列セシメ、
栗原中尉ノ指揮スル機關銃隊ノ後尾ニ續行、陸相官邸ニ向ケ進行致シマシタ。
午前五時頃 陸相官邸に到着。
直チニ各一部ヲ以テ、
三宅坂附近及參謀本部正門附近ヲ警戒セシメ、
主力ヲ以テ陸軍省表門 及 玄関 幷ニ陸相官邸周囲ヲ警戒シ、
關係方面トノ聯絡ヲ斷チ、出入者ヲ制限シタノデアリマスガ、
其間、香田、村中、磯部氏等ハ目的遂行ノ爲努力シタコトト思ヒマス。
二十六日の午前六時 丹生部隊の配備
山王ホテル
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二月二十七日ノ朝、
新議事堂前ニ集結ヲ命ゼラルル迄、其ノ儘警戒ヲ續ケテ居リマシタ。
新議事堂前ニ集結待機中、午後八時頃 ( 夕食後 ) 配布命令ニ依リ、
私ハ中隊 ( 重機關銃一分隊 ) ヲ率イテ山王ホテルニ行キ、
衛兵ヲ設ケ、処要ノ警戒ヲ爲シ、
他ハ山王ホテル食堂広間ニ就寝サセマシタ。
二月二十八日中ハ
何レモ變化アリマセンデシタガ、
午後七時頃カラ狀況ガ險惡ニナツテ參りマシタ。
午後十二時前安藤部隊 ( 約二〇〇名 ) モ山王ホテルニ參リマシテ、
協力シテ其附近ノ守備ニ就イタノデアリマス。
二月二十九日ハ
払暁カラ歩三 及 歩兵學校ノ部隊 及 戰車隊等ト對抗スル様ニナリマシタノデ、
私共 同志將校ハ合意ノ上 下士官以下ヲ歸隊セシメ、
陸相官邸ニ赴キ、私共ハ自首シタノデアリマス。
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本事件實行ノ目的ハ如何
目的ハ昭和維新ノ斷行デアリマス。
五月事件 相澤中佐事件 等ニ依リ、吾等ノ目的ハ少シハ達セラレマシタガ、
未ダ充分で有リマセンノデ 吾等同志將校ガ起ツテ重臣官僚政党方面ノ改革ヲ圖リ、
陸相ニ進言シテ昭和維新斷行デ最モ適當ナル人物ヲ擁シ
根本的ニ國家ヲ改造スルノ機ヲ作ルニアッタノデアリマス。
本事件實行ノ原因動機ハ如何
遠因トシテ五月事件及十月事件、
近因トシテハ相澤中佐事件ニ依リ國家改造ノ必要ヲ認識シテオリマシタ処、
二月二十五日朝 栗原中尉カラ明朝實行スル旨命ゼラレテ實行シタノデアリマス。
本事件中所属上官ヨリ、解散又ハ所属隊復帰ノ命令ノ受領或ハ知得セザリシヤ
私ハ命令ヲ受ケタコトハアリマセンガ、忠告ヲ受ケタコトハアリマス。
ソレハ二月二十八日夜 山王ホテルニ居タ時、
石本中佐カラ聯隊ニ歸ル様ニトノ電話ガ二回程有リマシタガ、
私ハ、只、歸リマセヌガ、下士官兵ノ事ハ御心配無用デスト答ヘタノデアリマス。
又、聯隊長殿ガ命令デ全部引率シテ歸ルト謂フ事ヲ誰カラトモナク聞キマシタノデ、
私ハ歸ラウト思ヒマシタガ、
其後間モナク 聯隊長殿ガ命令デ全部引率スルノデハナク、
歸ル者ハ歸ツテ來イ ト云フ事ガ判リマシタノデ、
歸隊スルコトヲ中止シタノデアリマス。
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< ２ ９ 日 >
午前一時 香田大尉殿より達し有り、
「 皆の者此処に聯隊長殿が来て居られ、皆を原隊に帰させると言ふが 帰りたい者は遠慮なく言出 」 と、
其の時の兵の気持 悲壮と言ふか
声をそろえて 「 帰りたくない、中隊長達と死にます 」 と いった。
香田大尉も感激し 「 良く言ってくれた 」 と、
それから 各処々に陣をはりいつでも来いと応戦の用意、
営門出かけてより此の方、此の位緊張した気持ちはなかった。
亦 今日が自分達最後の日かと覚悟した。
・・・「 声をそろえて 帰りたくない、中隊長達と死にます 」
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本事件ニ對スル奉勅命令ヲ知レルヤ
奉勅命令ガ有ツタコトヲ聞キマシタガ 又ソレハ僞リト謂フ事モ聞キマシタノデ、
何レガ眞實ナルカ私ニハ判リマセン。
本事件ノ計畫竝結盟ノ狀況如何。
私ハ計畫竝徒党結盟ニ關シテハ一切シテ居リマセヌ。
又 實行ノ前日タル二月二十五日朝
栗原中尉カラ明朝決行スルコトヲ聞キ、
二十五日夜 中隊長室ニ於テ
陸相官邸内ヲ通過セシムベキ人名表、斬殺スベキ人名表ヲ磯部氏ヨリ、冩サシテモライマシタ。
決行ノ前夜迄 私ニ計畫内容ヲ知ラセナカッタノハ、
私ト岡田首相トハ親戚 ( 母ノ姉ノ配偶者ト亡岡田首相夫人ハ兄妹) ノ間柄デアリ、
又 秘書官大久保利隆ハ叔父 ( 母ノ弟 ) 關係ニ當ルノデ、秘密ガ洩レテハ不可ト思ツテ、
知ラセナカツタカモ知レヌ。
本事件ニ對スル地位役割ノ狀況如何。
私ノ任務ハ
私ノ中隊タル歩兵第一聯隊第十一中隊及機關銃隊ノ一部ノ下士官以下一八四名ヲ指揮シ、
陸軍省 參謀本部ヲ警戒シ
各方面トノ聯絡ヲ斷チ、昭和維新斷行ヲ容易ナラシムルニアルノデアリマスガ、
其ノ任務モ二十五日夜 栗原中尉ヨリ中隊長室ニテ命ヲ受ケタノデアリマス。
從來ヨリ消極的反對ノ意思ハ以心伝心ニ栗原中尉ニ通ジテ有リマスガ、
栗原中尉ノ方ニハ私ガヤレバヤルモノト判斷シテ居タ様デシタ。
栗原中尉ハ事件中モ 「 スマナカッタ 」 ト 言ハレマシタガ、
自分モ決行シタ以上 斯カル言葉ハ言ツテ貰ヒ度クナイト云ヒマシタ。
本事件ノ計畫及指揮ハ誰ガ行ツタカ
計畫モ指揮モ 栗原、磯部、野中ノ三人ガ協力シテ行ヒ、
其ノ下ニ 村中、香田ガ居テ働イタト思ヒマス。
( 想像デス )
現在ノ思想又ハ観念ヲ抱持スルニ至リタル原因動機竝經過如何
私ハ士官學校ヲ卒業シ
見習士官トシテ歩兵第一聯隊ニ參リマシタ時カラ、
栗原中尉ノ指導ヲ受ケテ居リマシタガ、
當時其ノ思想ハ良イモノヤラ惡イモノヤラ見當ガ附キマセンデシタ。
五月事件後 殊ニ相澤中佐事件ノ公判ガ開カレテカラ深ク其ノ思想ニ共鳴スル様ニナリ、
現在ノ日本ヲ救フニハ昭和維新斷行ヨリ外ニナイト想フ様ニナッタノデアリマス。
又 香田大尉ガ昭和十年十二月旅団副官ニ轉ズル迄、私ノ中隊長デアリマシタ。
本件ノ實行手段方法如何
私ハ栗原中尉ノ命ニ依リ 部下中隊ヲ指揮シ、
陸軍省參謀本部ヲ警戒シ、
關係方面ノ聯絡ヲ斷チ
一般人ノ通行ヲ禁ジ、
目的遂行ヲ容易ナラシメタノデアリマス。
本事件ニ對スル關係者ノ狀況如何
私ハ前ニ申上ゲマシタ通リ 栗原中尉ノ指導ヲ受ケ 香田大尉ノ部下デアリマシタ。
尚 五月事件當時栗原中尉ニ伴ハレ、西田税ノ処ニ 二、三回行キマシタ。
其他 右翼浪人、政党、敎育家、左翼等ノ各方面トハ何等ノ聯絡モアリマセン。
本事件ノ資金關係ハ如何
私ハ資金關係ハ知リマセン。
本事件ガ皇軍ノ本質竝威信上ニ及ボシタル影響如何
中隊ノ兵員ヲ率ヒ 決行スルコトハ惡イト思イマシタガ、
此ノ計畫ハ實行セバ必ズ成功スル、成功セバ必ズ軍隊ガ起チ、
昭和維新ノ目的ガ達セラレ、
結局軍隊ガ一團トナリ統帥命令ニ歸ルコトニナルカラ、
惡イコトハナイト思ヒマシタ。
又 皇軍ノ威信ヲ高メテモ 決シテ失墜ハシナイト思ツテ居リマス。
何故ナレバ 皇軍仲今尚正義ノ爲メ身命ヲ賭シテ働ク軍人ガ相當居ルコトヲ認識セシメ、
從ツテ皇軍ヲ信頼スルノ念ヲ増ス事ト想ツテ居リマス。
本事件ガ國内的ニ及ボシタル影響如何。
眞相發表スレバ前申上ゲタ通リ、皇軍ヲ信頼スルノ念ヲ高メマスガ、
眞相ヲ僞装シテ發表セバ 或イハ惡影響ヲ及ボスカ知レマセヌ。
本事件ガ國際的ニ及ボシタル影響如何。
先方ノ認識如何ニ依ルト思ヒマス、眞相ガ傳ハレバ好影響を齎もたらシマスガ、
其ノ反對ナレバ影響モ亦反對ニナルト思ヒマス。
「 ソ國 」 ニ對シテハ非常ニ好結果ヲ齎ス事ニナルト思ヒマス。
ソレハ正義ノタメ身命ヲ賭スル者ノ多イ第一師団ガ満州ニ出動シテハウツカリ手出シハ出來ナイト用心シ、
自然ニ軍ノ士気ニ多大ノ打撃ヲ加ヘ、士気沮衷セシメル事トナルト思ヒマス。
皇室ノ敬虔上ニ及ボシタル影響如何。
二月二十六日ヨリ二十九日迄 宸襟ヲ悩まシ奉リ 誠ニ申譯ナイト想ツテ居リマス。
事件當時ノ心境ト現在ノ心境如何。
事件着手時ハ必ズ成功シ日頃ノ目的ガ達セラルルト想ヒ、
心ニ一點ノ曇モナク意気衝天ノ勢デシタ。
現在ノ心境ハ非常ニ複雑シテ居リマスノデ申上ゲ様ガ有リマセン。
只 靜カニ反省シテ居リマスガ行爲ニ對シ決シテ後悔ハシテ居リマセン。
神様ト同一心境ニテ爲シタルモノト思ツテ居リマス。
將來ニ對スル覺悟如何
現在ノ心境デハ未ダ将來ノ事ヲ考ヘル餘裕ハナク、
只 正シキ事ハ何百年何万年經ツテモ、
正シキ行イナリト信ジテ居リマス。
本件ニ附陳述スベキコトアリヤ
アリマセヌ。
丹生誠忠
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月一日
東京憲兵隊本部勤務
陸軍司法警察官 陸軍憲兵大尉 金沢朝雄
筆記者 陸軍憲兵軍曹 角田謙一
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二・二六事件秘録 ( 一 ) から
坂井直
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 坂井直
右ノ者ニタイスル對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、
大塚憲兵分遺隊ニ於テ、本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
指名ハ坂井直
年齢ハ二十七年
所属部隊ハ元歩兵第三聯隊
官級等ハ元陸軍歩兵中尉
族称ハ三重県平民
本籍地ハ三重県三重郡桜村大字桜百三十三番地
出生地は東京市四谷區大番町
住居は東京市麻布区竜土町五拾六番地
職業ハ現在無職
位記、勲章、記章、年金、恩給ヲ有セサセルヤ
従七位、勲六等瑞宝章、昭和六年乃至九年事変従軍記章、満洲国建国功労章ヲ拝受シテ居リマスガ、
年金、恩給等ハアリマセン
額歴及陸軍生徒志願以來ノ經歴如何
私ハ大阪府立生野中學二年ヨリ広島陸軍幼年學校ニ入學し、
昭和七年十月 歩兵少尉ニ任ゼラレ、歩兵第三聯隊附トナリマシタガ、
昭和八年五月臨時編成部隊ニ属シ、支那駐屯軍北京駐屯歩兵隊ニ派遣サレマシタガ、
昭和九年六月復歸シマシタ
現在第一中隊附デ第一大隊副官代理を勤メテ居リマス
家庭ノ狀況如何
妻孝子 ( 當二十年 ) ハ、明野陸軍飛行學校材料廠長 陸軍航空兵中佐 平田辰男ノ長女デアリマシテ、昭和十一年二月九日結婚シマシタ
実父 平吉 ( 當六一年 ) ハ、後備役陸軍少將
實母君枝 ( 當五十八年 )
妹君子 ( 當二十四年 ) ハ、東京市大森區上池上町 田実方ニ嫁ス
弟明 ( 當二十三年 ) ハ、東京歯科医学専門學校在學中
妹光子 ( 当二十二年 )
妹信子 ( 当十九年 ) は、四日市市立四日市高等女學校専攻科在學中
弟勇 ( 当十七年 )は、三重県立富田中學校在學中デ一家ハ現在本籍地ニ住ンデ居リマス。
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二 ・二六事件
昭和維新運動ニ從事スルニ至リタル原因、動機及經過如何
父ハ帝國ノ將校デアリマシテ、日露戰役ニ參加シ功五級ニ叙シ金鵄勲章ヲ拝受シテ居リマシテ、
厳格ナル武人ノ家庭ニ育チ、幼少ノ頃ヨリ常ニ忠君愛國ノ精神ヲ涵養セラレ、
將來ハ陸軍幼年學校ニ入校シテ國軍ノ楨幹トナリ、死ヲ鴻毛ノ輕キニ置キ、
大元帥陛下ノ股肱トシテ御奉公申上ゲ度ノ念ヲカタメマシタガ、
長兄豊蔵ガ陸軍幼年學校ニ入學スルニ及ビ將校生徒タルニ憧ルルノ念ヲ増シ、
廣島陸軍幼年學校ニ入校シマシタガ、當時ノ校長遠藤五郎大佐 ( 目下陸軍少將 ) ノ崇高ナル御人格ニ感化セラレ、
大正十五年五月二十五日 時ノ皇太子殿下 廣島地方行啓ニ際シ我廣島陸軍幼年學校ニ行啓ヲ仰ギ奉リ、
千歳一隅ノ身ニ餘ル光榮ニ浴シ、益々盡忠報國ノ念ヲ高メマシタ。
陸軍士官學校ニ入校シテ同ジ學ビ舎ニ竹ノ園生ノ御在學アラセラレアルヲ知リ、
光榮之ニ過ギルモノナキ身ノ程ヲ察シ添エナキヲ得マセンデシタガ、
士官候補生トシテ歩兵第三聯隊ニ入隊スルニ及ビ將校團ノ御一人トシテ、
畏レ多クモ秩父宮殿下ヲ仰ギ奉ルノ光榮ヲ担ヒ、
又 新兵舎新設ノ際ニハ行幸ヲ賜ハリ、皇室ノ御殊遇ヲ添ウズルノ深キニ感激ヲ致シマシタ。
士官候補生トシテ在隊中 歩三將校團員タリシ菅波三郎中尉 ( 目下大尉 ) ノ御薫陶ヲ受ケ、
腐敗セル社會情勢ヲ知ルニ及ビ、現在ノ日本ノ國家ヲシテ眞ノ日本精神ニ立脚セル姿ニ立チ直スノハ、
吾人ノ努メナルベキ観念ヲ植エツケラレマシタ。
陸軍士官學校本科在學中、同期生中ヨリ五 ・一五事件ノ志士ヲダシ親友タル彼等十一名ノ精神ヲ生カス爲ニ、
我々在京部隊ニアル者ノ責任ヲ痛感シマシタガ、
見習士官トシテ原隊ニ復歸後安藤大尉ヨリ種々薫陶セラルル所アリ、
在京同憂ノ士 村中大尉 ( 士官學校豫科時代中隊ノ區隊長タリ )、磯部主計、大蔵大尉等ヲ紹介セラレ、
昭和御一新創業ノ大本ヲ説カレ、強固ナル信念ヲ植エツケラレマシタガ、
初年兵敎官トシテ兵ヲ敎育スルニ當リ 彼等ノ身上ヲ調査シテ疲弊セル社會現狀ガ實ニ豫想外ニ深刻ナルヲ知リ、
安心シテ敎育ニ従事スルコト能ハザルヲ感ゼルノミナラズ、
後顧ノ憂ナクシテ戰場ニ於テ 充分ニ其ノ任務ヲ達成スベキ健全ナル軍人精神ヲ以テ
出征スル部下兵隊ヲ敎育スルコトハ到底不可能デアツテ、
先ヅ 國内ヲ根本的ニ建テ直サナケレバナラナイト思フ様ニナリマシタガ、
他面某々瀆職とくしょく事件、収賄贈賄事件、某々疑獄事件、左翼ノ運動等々
毎日ノ新聞ヲ賑ハス社會ハ洵ニ日本國内ノ腐敗堕落其ノ極ニ達セルヲ物語ルモノデ、
此ノ政治、經濟、敎育、司法等 アラユル社會ノ腐敗ヲ一刻モ速カニ矯正シナケレバナラナイコトヲ痛感シマシタ。
ロンドン條約當時ニ於ケル統帥權干犯ノ事實、満洲事變に於ケル軟弱外交、天皇機關説、
其他ノ諸現象ハ爲政者ガ徒ラニ私利私欲ヲ事トシ、自ラ榮達ノ爲メニハ國家ヲモ顧ミズ、
我党ノ爲メニハ國運ノ降替ヲ犠牲ニシテ迄モ私心ヲ肥ヤシ 所謂重臣、政党、財閥、特権階級等ガ相結束シテ、
權力金力ヲ恣ニシテ不正不義ヲ事トシテ 毫モ省ミズ、其ノ腐敗糜爛びらん其ノ極ニ達シ、
殊ニ宮中府中ニ在ル所謂君側ノ奸臣共ガ陛下ノ紫袖ニ隠レテ大逆不道ヲ敢テシテ毫モ憚ルコトナク、
一君萬民ノ國體精神ニ悖ツテ、陛下ノ大御心ハ恐レ多クモ歪曲シテ國民ニ傳ハリ國民ノ意志ハ正當ニ、
上御一人ニ傳ハラナイノハ洵ニ遺憾千萬デアリマシテ、
ドウシテ宮中ノ暗幕、君側ノ奸臣共ヲ亡キ者ニシナケレバ、
神國日本ノ將來ハ洵ニ累卵ノ危機ニ陥ルコト必然ナルベキヲ感ジマシタ。
ソシテ政党政治ノ腐敗堕落、資本主義經濟社會ノ糜爛的發達ニ伴フ富ノ偏頗ト農山村疲弊ノ極致、
敎育界ノ腐敗、司法權ノ動揺 ( 大權を司ルモノノ中ニ赤化思想を抱クモノ出ツ )、
外交ノ不當 等 各部門ニ亙リ洵ニ憂フベキ現象ヲ示シ、殊ニ天皇ハ 機關ナリト稱スル欧米ノ思想ヲ鵜呑ミニセル。
我ガ國體ニ全ク相容レザル大逆不道ノ學説ヲ信ズルモノアルニ至リ、益々革新ノ必要ナルヲ痛感シマシタ。
十月事件、五 ・一五事件、血盟団事件 等相繼イデ起リ、國民精神ヲ覺醒セシメタルモ、
國家ノ支配階級ハ毫モ反省スルコトナク、遂ニハ武士道ヲ重ンジ 皇威ヲ恢弘シ、
國威ヲ顕揚スベキ我々軍隊ガ遂ニ此ノ蓄弊ヲ矯メ、御一新ノ大業ノ翼賛ニ向ツテ邁進シナケレバ、
到底眞ノ國體ヲ顕現スベキ方法ハ他ニナシト言フ結論ニ到達シタノデアリマス。
二月二十六日 昭和維新ヲ斷行スルタメ軍隊ヲ率ヒ齋藤内大臣ヲ殺害シタルコトハ間違ナイカ
間違イアリマセン。
今回ノ事件ノ原因、動機如何
相澤中佐殿ノ公判ニ依リ統帥權干犯事件其他巷間ノ妄説トシテ取扱ハレ居リタル事柄ガ、
證言ニ依リ 遂ニ事實トナルニ至リ、大義名分トナリマシタノデ、
相澤中佐殿ノ理想ヲ貫徹シ、
國體を顕現スルタメニ兵力ヲ以テ國家ノ逆賊君側ノ奸臣ヲ討チ取リ、正義ノ大本ヲ國民ニ示シ、
以テ大御心ヲ安ンジ奉リ、國家ノ安泰ヲ計ラザルベカラズト判決ヲ下シ、決行シタノデアリマス。
何故齋藤内大臣ヲ殺シタカ
齋藤内大臣ガ君側ノ奸臣デアルト言フコトハ、
五 ・一五事件ノ被告及相澤中佐殿ガ公判廷デ克ク其ノ理由ヲ天下ニ知ラセマシタカラ、
今更此処デ下手ナ意見ヲ申上グル迄モアリマセン。
然ラバ此ノ事件ハ誰ガ計畫シタノカ
元歩兵大尉村中孝次、元一等主計磯部淺一、ノ 兩名ガ統制シテ計畫シ、
私ノ聯隊ノ第六中隊長安藤輝三 古參ノ代表者トシテ、此ノ計畫ニ參与シタト思ヒマス。
計畫ノ概要ヲ述ベヨ
私ノ知ツテ居ル範囲内デハ、二月二十三日 日曜日歩兵第三聯隊週番指令室デ、
安藤大尉 ( 當時週番指令 )、大尉野中四郎、村中孝次ノ三名ガ計畫ヲ相談シテ居ツタ様デアリマシタガ、
私ガ其ノ部屋ヘ這入ツテイタ時ニ、二月二十六日正午 （ 午前零時 ）準備ニ着手シ、午前五時ヲ期シ決行、
私ハ齋藤内大臣邸ヲ襲撃シ任務達成後 高橋少尉、安田少尉ガ渡邊敎育總監襲撃ヲ担當シ、
殘餘ハ私ノ引率ヲ以テ陸軍省東北角附近ニ集結スル案ヲ示サレマシタ。
越エテ 二十五日 日夕點呼後 週番指令室 第七中隊將校室、第六中隊等ニ於テ、
具體案ヲ立案シタル後 週番指令室デ安藤大尉ガ私ニ週番指令トシテ左記ノ命令ヲ下命致シマシタ。
坂井中尉ハ第一中隊及機關銃四銃ヲ指揮シ、午前五時ヲ期シ、齋藤實邸ヲ襲撃シ、
任務達成後ナルベク速ニ、高橋少尉 ( 第一中隊附 ) 安田少尉 ( 砲七、砲工在学中 ) ヲシテ、
輕機二分隊小銃二分隊ヲ以テ、トラック二台ニ分乗シ、渡邊敎育總監私邸ヲ襲撃
爾餘ノ部隊ハ坂井中尉ノ引率ヲ以テ陸軍省東北角附近ニ集結シ、
半蔵門、三宅坂、平河町一丁目ニ亙ル間ヲ警戒スベシ。
此ノ部隊ヨリ左ノ地區ハ栗原部隊ノ担任トス。
其ノ時達セラレタ他部隊ノ襲撃目標ハ、
安藤部隊 鈴木侍從長
野中部隊 警視庁
栗原部隊 岡田首相
香田部隊 襲撃個所ハ忘レマシタガ最後ニ參謀本部ニ集結スルト云フコトハ知ツテ居リマシタ
丹生部隊 陸相官邸警戒
中橋部隊 高橋蔵相
デアリマシタ。
渡邊敎育總監ヲ襲撃シタル理由如何
相澤中佐殿ガ公判廷デ述ベテ居ラルル如ク、
天皇機關説ヲ肯定スル大逆不道ノ人デスカラ襲撃シマシタ。
參加將校、准士官、下士官ノ氏名ヲ述ベヨ
部隊長 第一中隊 中尉 坂井直
將校 第一中隊附 少尉 高橋太郎
將校 第一中隊附 少尉 麥屋清濟
將校 野砲第七聯隊 ( 砲工學校在學中 ) 少尉 安田優
曹長 第一中隊 末吉常吉
曹長 第二中隊 渡辺清作
軍曹 第一中隊 中島正二
軍曹 機關銃隊 鳥羽徹雄
軍曹 第一中隊 新正雄
軍曹 第一中隊 窪川保雄
軍曹 第二中隊 蛭田正夫
軍曹 第二中隊 小原竹次郎
伍長 第二中隊 北島弘
伍長 第二中隊 長瀬一
伍長 第一中隊 林武
伍長 第一中隊 梶間増治
伍長 第一中隊 木部正義
伍長 第一中隊 内田一郎
伍長 第一中隊 丸岩雄
伍長 第一中隊 高岡庄之助
氏名不詳伍長一
兵 百九十一名
以上 將校四名、下士官十七名、兵百九十一名、合計二百十二名デアリマシタガ、
命令下達後 末吉曹長、中島軍曹ノ兩名ハ行方不明トナリ參加シマセンデシタカラ、
襲撃參加人員ハ二百十名デアリマス。
只今カラ私ノ襲撃ニ關スル計畫概要ヲ申上ゲマス。
1、編成
小銃八分隊
輕機八分隊 ( 八銃 )
機関銃四分隊 ( 四銃 )
出場人員将校以下二一〇名
2、彈薬
小銃 五箱 ( 一箱 一、四四〇發 ) 七千二百發
輕機 二箱 ( 一箱 一、四四〇發 ) 二千八百八十發
機關銃 機關銃隊統一シテ受領シタノデ存ジマセン
拳銃 一銃ニ附三十發
發煙筒 五個
緑筒 ( 催眠瓦斯 )
3、服装
軍装ニシテ背嚢ヲ除キ防毒面ヲ携行ス
4、齋藤邸突入ノ部署
警戒隊 末吉曹長
第一突撃隊 坂井中尉 麦屋少尉
第二突撃隊 高橋少尉 安田少尉
5、陸軍省東北角附近警戒ノ部署ハ後命トス
6、經路
営門--青山一丁目--信濃町--齋藤邸
實施迄ノ準備行動を詳シク述ベヨ
午後十一時 下士官ヲ起シ將校室ニ集合セシメ、決行ノ方針 理由 并 処置ノ大要ヲ示シ、
各下士官ニ任務ヲ与ヘマシタ。
ソシテ週番指令ノ命ニ依リ、
聯隊兵器委員助手タル新軍曹ヲシテ彈薬分配ノタメ彈薬庫ニ至ラシメマシタ。
中島軍曹ハ所要ノ兵員ヲ聯レテ坂井部隊ノ彈薬受領ノタメ彈薬庫ニ至ラシメマシタ。
丸伍長 ( 週番 ) ヲシテ糧食 ( 乾麺麭 ) 受領ノタメ炊事ニ至ラシメマシタ。
二十六日正午 ( 午前零時 ) 兵ヲ一齊ニ起床セシメ、準備ニ取掛リ、
午前三時二十分迄ニ諸準備ヲ完了、舎前ニ整列セシメマシタ。
是ヨリ先キ 私ガ直接機關銃隊ニ到リ
週番士官 中尉 柳下良二ヨリ 兵員ヲ受領シ、
同官立會ノ下ニ分隊長四名ヲ下士官室ニ集メ、方針、理由 并 任務ヲ説明シ、
午前三時二十分迄ニ第一中隊舎前ニ成立スベキヲ命ジマシタ。
然ルニ 末吉曹長、中島軍曹 両名ガ行方不明トナツタ爲、彈薬分配ニ意外ノ時間ヲ費ヤシ、
整列ガ約三十分遅レマシタガ、斷乎タル決心ヲ以テ方針ヲ變更シマセンデシタ。
總テノ準備ヲ完了シ、
午前三時五十五分 出發ニ当リ、
趣意書ニ基キ 是カラ皆ト一緒ニ 天皇陛下ノ御爲メ盡サウト訓示シ、
午前四時十分營門ヲ出マシタ。
襲撃狀況ヲ陳述セシムルニ先ダチ、
被告ヲシテ齋藤内府邸附近 及 襲撃現場概要圖ヲ作製提出セシメタリ。
別紙要圖第一、第二ノ如シ。 
齋藤内府邸襲撃狀況ヲ述ベヨ
豫メ示セル如ク 行進中ニ各警戒部隊毎ニ分進セシメ、第一突撃隊ハ正門、第二突撃隊ハ通用門ニ集結ヲ完了シ、
午前五時を期し 要圖第一ニ示ス如ク門ヲ開イテ突入シ、警戒隊ハ配備ニツキマシタ。
此ノ時 正門ハ簡單ニ開イタノデ 第二突撃隊ハ通用門ヨリノ突入ヲ止メテ正門ニ廻リマシタ。
當時玄關前警察官詰所ニハ警察官二十名内外ガ狼狽シテ服ヲ着ケテ居ル処ヘ突撃隊ガ殺到シテ、
之ヲ包囲シマシタカラ 何等ノ抵抗モ受ケマセンデシタ。
其ノ間ニ坂井中尉、高橋少尉、安田少尉、林伍長 及 機關銃射手一ノ五名ガ一團トナリ裏口ニ廻リ、
雨戸ヲ破ツテ室内ニ侵入シマシタ処、十五、六歳クライノ男ノ給仕ガ居リマシタノデ、
之ニ案内セシメ 要圖第二ノ示ス 二階内府ノ寝室ニ赴キマシタ。
此ノ時 内府夫人 ( 春子 ) ガ物音ニ驚キ入口ノ戸ヲ開ケマシタガ、
此ノ様子ニ驚キ一瞬ニシテ戸ヲ閉メラレマシタ。
ソコデ安田少尉ガ戸ヲ開イタノデ、一同中ヘ這入リマスヤ、
夫人ハ一同ノ前ニ兩手ヲ擧ゲテ立チ塞ガリ、
「 待ツテ下サイ 」 ト 言ツテ制止サレマシタ。
其ノ頃 内府ハ室ノ奥ノ方ヨリ寝巻ノ儘 起キテ來ラレマシタ。
ソコデ誰デアッタカ記憶シマセンガ、
夫人ヲ押シノケテ一番右ニ居タ安田少尉ガ先ヅ拳銃ヲ一發放チマシタ。
續イテ私ト高橋少尉ノ三人デ拳銃ヲ亂射シマシタカラ、
内府ハ二、三歩後ヘ退キ 要圖ニ示ス様ニ倒レマシタ。
此ノ時 夫人ハ身ヲ以テ内府ノ身體ヲ庇ヒ、
「 殺スナラ私ヲ殺シテ下サイ 」
ト 言ツテ、其処ヲ離レマセンデシタ。
洵ニ夫人ノ態度ハ立派デアリマシタ。
固ヨリ私達一同ハ内府以外ノ人ハ決シテ負傷サセマイト豫メ申シ合セテ居リマシタカラ、
無理ニ夫人ヲ押シ退ケテ射撃ヲ續ケマシタ。
此処デ内府ガ全ク人事不肖ニ陥ツタ様デアリマシタガ、
此ノ時 輕機関銃ノ射手ガ
「 私ニモ射タシテ下サイ 」 ト 言ツテ、經機關銃ヲ以テ數發發射致シマシタ。
トドメヲ刺ソウト思ツタノデスガ、夫人ガ離レナイノデ目的ハ充分ニ果タシタモノト思ヒ、
トドメヲ刺サズニ寝室ヨリ引下ガッテ、正門前ニ集結シ、一同と共ニ思ハズ 天皇陛下萬歳ヲ三唱シマシタ。
時ニ午前五時十五分デシタ。
發射彈數ハ私ハ七發デスガ他ノ者ハ何發發射ツタカ存ジマセン。
ソコデ私ハ集合喇叭を吹奏セシメテ内府邸南側ノ橋梁上ニ部隊ヲ集結シ、
高橋少尉、安田少尉ニ渡邊敎育總監襲撃ノ任務ヲ授ケテ 爾余ノ部隊ヲ引率シテ、
陸軍省東北角附近ニ到着シ、直チニ警戒配備ヲ取リマシタ。
時ニ午前六時五十分デシタ。
陸軍省附近配備狀況訊問ニ先チ別紙要圖第三ヲ作製セシメ之ヲシメシツツ左ノ訊問ヲ爲シタリ。
爾余ノ行動 特に陸軍省配備ノ狀況を詳シク述ベヨ
配備ノ狀況ハ只今提出シタ要図ノ通リデアリマス。
( 別紙要図三 )
・・・次頁 坂井直中尉の四日間 2に 続く
二・二六事件秘録 ( 一 ) 及び 他 から
坂井直
訊問調書
前頁 坂井直中尉の四日間 1の 続き
( 別紙要図三に非ず )
陸軍省附近配備狀況訊問ニ先チ別紙要圖第三ヲ作製セシメ之ヲシメシツツ左ノ訊問ヲ爲シタリ
爾余ノ行動 特ニ陸軍省配備ノ狀況ヲ詳シク述ベヨ
配備ノ狀況ハ只今提出シタ要圖ノ通リデアリマス。
配置歩哨ノ服務要領ハ二十六日朝 出動シテ來レル者ヲ停止セシメ、
名刺ヲ受取ツテ歸ラス様ニシテ居リマシタ。
此ノ時 便箋紙ニ 斬殺スベキ軍陣ト記セル 別紙第一號證ヲ示シ
此ノ書類ニ依ルト
一、林大將
二、渡邊大將
三、石原莞爾大佐
四、武藤章中佐
五、根本博大佐
六、片倉衷少佐
ヲ斬殺スル様ニナツテオルガ、何故是等ノ人ヲ斬殺スルカ 又 此ノ書類ハ誰カラ渡サレタカ
1、林大將ハ敎育總監更迭問題ニ基ク統帥權干犯ニ依ルモノダト思ヒマス。
2、渡邊敎育總監ハ前ニ申上ゲタ通リデアリマス。
3、石原大佐ヲ斬殺スルコトハ不思議ニ思ヒマス、昭和維新大業翼賛ニ盡瘁サレタ人ト思ヒマス。
安藤大尉モ不思議ニ思ツテ居マシタ。
4、武藤中佐、根本大佐、片倉少佐ハ十一月事件ノ關係ダト思ヒマス。
ソレカラ此ノ書類ハ二十五日安藤大尉カラ趣意書ト共ニ貰ツタノデアリマス。
此ノ時第二號證
二月二十六日午前七時迄ニ陸相官邸ニ入門ヲ許スベキ人名
・・調査部長 山下少將
一、陸軍次官 古荘中將
二、陸軍少將 齋藤瀏
三、警備司令官 香椎中將
四、憲兵司令官代理 矢野( 機 ) 少將
五、近衛師団長 橋本中將
六、第一師団長 堀中將
七、歩兵第一聯隊長 小藤大佐
八、歩一中隊長 山口大尉
二月二十六日午前午前七時以後通過ヲ許ス者
一、本庄繁大將
二、荒木貞夫大將
三、眞崎甚三郎大將
四、今井清中將
五、小畑敏四郎少將
六、岡村寧次少將
七、村上啓作大佐
八、西村琢磨大佐
九、鈴木貞一大佐
十、満井佐吉中佐
ト記セル別紙第三號證ヲ示シ
此ノ通過ヲ許ス人名ハ誰カラ貰ツテ居ツタカ
只今御示シノ二通ノ書類ハ、前ノ斬殺スベキ人名ト一緒ニ安藤大尉カラ受取リマシタ。
以上三通ハ誰ガ書イタモノカ知リマセン。
其の後の行動は如何
二月二十七日 正午新議事堂に移動
同 午後六時半赤坂区料亭幸楽に移動、安藤部隊と共に宿営す。
二月二十八日午後三時、陸相官邸に移動、陸軍省参謀本部の配備につき徹夜す。
二月二十九日 午前八時
私ノ部隊ヲ包囲シテ居タ歩兵第四十九聯隊ガ戰車數台ヲ先頭ニ前進シテ來マシタノデ、
全ク豫期セザル事態ニ立チ至リタルヲ悟リ、速カニ兵力ヲ集結シマシタ。
ソレデ戒嚴司令部幕僚ノ指示ニ從ヒ、部下ト別レヲ告ゲテ陸相官邸ニ這入リマシタ。
時ハ午前八時半頃ト思ヒマス。
部下ハ只今申上ゲタ幕僚ニ渡シマシタノデ其ノ後ドンナニナツタカ存ジマセン。
私ガ部下將校ト共ニ陸相官邸ニ這入ツテカラ後 逐次他ノ將校モ集マツテ來マシタ。
山下奉文閣下ト私ノ元大隊長 歩兵第四十九聯隊附中佐 三原鼑殿ノ兩官ヨリ 私ニ對シ、
高橋、麥屋 少尉ノ三人デ自決セヨトノオ勧メガアリマシタノデ、一旦ハ其ノ気ニナリ、
遺書モ書キマシタガ、ヨク考エテ見ルト、
我々三名ノミガ他ノ同志ト別個ニ行動スルノハ適當デナイト思ツテ、思ヒ止マリ、
他ノ同志ノ集ツテ居ル部屋ニ這入リ、休憩シマシタガ、
二十九日夜 拘引狀ヲ執行サレテ、衛戍刑務所ニ収容セラレ今日ニ至リマシタ。
出動部隊ノ指揮官ハ誰カ
部隊總指揮官ハ表面ハ最古参ノ野中大尉デアリマスガ實際ノ指揮ハ、
歩兵第一聯隊第七中隊長 大尉 山口一太郎 デアリマシテ、
前ニ申上ゲタ私ノ部隊ノ移動命令モ殆ンド山口大尉カラ出テ居リマス。
其ノ狀況ヲ具體的ニ述ベヨ
1、第一回ハ二月二十七日 私ノ部隊ガ陸軍省東北角ニ位置シテ居リマスト、
山口大尉ガ歩一ノ小藤大佐ト一緒ニ來ラレマシタ際、
山口大尉ガ私ニ對シテ部隊ヲ集結シテ新議事堂ニ移動スベシ、
トノ命令ヲ下シタノデ 前ニ申上ゲタ如ク新議事堂ニ移動シマシタ。
2、二月二十七日午後二時三十分 將校全員ガ陸軍大臣官邸ニ參リマシタ際、
山口大尉ガ私ニ 「 今夜ハ麹町區ノ宝亭ト万平ホテルニ配宿セヨ 」
ト 申シマシタカラ、私ガ宝亭ニ電話ヲカケテミルト、他ノ部隊ガ居ルコトガ判リマシタノデ、
其ノ旨ヲ山口大尉ニ報告シテ同夜ハ赤坂區料亭幸楽ニ安藤部隊ト共ニ宿營シマシタ。
3、二月二十八日午後三時頃山口大尉カラ命令ガアツテ、
陸相官邸ニ移リ陸軍省參謀本部ノ配備ニ着キマシタ。
右ノ様ナ次第デ 山口大尉ハイツモ部隊ノ指揮ヲ爲シテ居リマシテ、
何時モ謄冩版刷リノ要圖ニ配置ヲ記入シテ、之ヲ見テ達シテ居リマシタ。
其ノ要圖ヲ貰ツタコトハナイカ
アリマセン。
上官ヨリ部隊ノ解散又ハ歸還命令ヲ受ケタルコトナキヤ
左様ナ命令ヲ受ケタ覺エハアリマセン。
私ハ前ニモ申上ゲマシタ様ニ部隊統制部ノ指揮デ動イテ居リマシタノデ、
モトヨリ奉勅命令ノ下ツタコトナド存ジマセン。
歩兵第三聯隊ニハ今度ノ事件ニ直接參加シナイガ特別ノ任務ニ服シテ居ル者ハナイカ
機關銃隊 中尉 柳下良二 ガ 二月二十五日夜 機關銃隊ヨリ私ノ部隊ニ配属スル下士官兵ヲ渡シ
且 私ノ方針理由 并 任務ノ下達ニ立會シタコトハ、前ニ申上ゲタ通リデアリマス。
ソレカラ私共ガ出勤シテカラモ武装シテ二月二十六日銃隊長ト共ニ私ノ処ヘ參リマシタガ直ニ歸リマシタ。
第五中隊 中尉 小林美文
第十中隊 中尉 新井勲
第二大隊 少佐 伊集院兼信
第七中隊 中尉 河野薫
ノ四名ハ御一新大業翼賛ヲ志す人デアリマスガ、
今回ハ之等ノ人ハ直接參加ハ致シマセンガ、殘留シテ内部整理ヲ担任シテ居タノデアリマス。
坂井ハ今日迄 昭和維新運動 其他ニテ訪問シタル人々ハ誰カ
主ナル人ハ陸軍省軍事調査部長 少將 山下奉文閣下
東京都大森區上池上町八九四 豫備陸軍少將 齋藤瀏閣下
ノ二人で、山下閣下ノ処ヘハ 本年二月十五日 ( 土曜日 ) 聯隊將校十數名ト共ニ、オ宅ヲ訪問シ、
相澤中佐殿ノ公判狀況ヲ承ハリマシタガ、
相澤中佐殿ノ公判ニ依ツテ永田局長閣下ガ軍閥重臣ト結託シテ大權ヲ私議シタコトガ、
巷間ノ妄説デハナクテ 事實ナルコトガ明瞭トナリマシタ。
齋藤閣下ハ私ノ極メテ近イ親戚デアリマスガ、未ダ三回位シカ行ツタコトハアリマセン。
昭和維新ノ問題ニ就イテハ相當研究シテ居り、随分思ヒ切ツタコトヲ申シマス。
其他ハ 西田税、村中孝次、磯部淺一 ト交友ガアル位デアリマス。
今回ノ事件ハ何故失敗シタト思フカ
本事件ノ結局ノ目的ハ昭和維新ノ斷行ヲ期スルニアリマスガ、
然シ私共ハ事ヲ起シテ戒嚴令布告迄導ケバヨイト思ツタノデアリマス。
即チ戒嚴ノ布告サエアレバ各地ノ軍隊ハ私共ニ協力シ、
軍首脳部モ決然起ツテ処期ノ目的ハ此処ニ達成セラルルト思ツタノデアリマス。
ソレデ愈々二十六日ヲ期シ 實行ニ移リマシタ処、
襲撃豫定ノ人物ハ牧野内府ヲ除ク外 全部ヤッツケ、
非常ナ成功デアリ、二月二十六日午前十時頃陸軍大臣官邸ニ於テ、
山下軍事調査部長閣下ヨリ 現在此処ニアリマス陸軍大臣告示ヲ頂キ、
我等ノ行動ハ畏レ多クモ、天聽ニ達シタノミカ、國體顕現ノ至情ニ基クモノト認メラレタノデ、
將兵非常ニ喜ンデ居リマシタ処、
豈計ランヤ 今日ノ結果トナツタノデアリマシテ、非常ニ殘念デアリマス。
特ニ平素大變力ヲ入レテ居ラレタ上層部ノ方々ガ何故此ノ絶好ノ機会ニ起タナカツタノカ、
此ノ間ノ事情ガ私ニハ判ラナイノデアリマス。
( 陳述後 陸軍大臣告示を提出したるを以て別紙第四号添付す )
( 参考・・別紙第四号に非ず )
事件ヲ惹起シタル後 時局を如何ニ収拾スルツモリデアッタノカ
眞崎閣下ヲ首班ニ柳川閣下ヲ陸軍大臣トスル内閣ヲ組織シテ臨ム考ヘデ、
荒木閣下ハ関東軍司令官ト云フ案デアリマシタ。
今回ノ事件ハ各方面ニ如何ナル反響アリト思フカ
事件當初ハ皇軍ノ本質ヲ高メ威信ヲ大イニ發揚セリト考ヘテ居リマシタガ、現在ハ判斷ガツキマセン。
國民一般に國體顕現ノ必要アルヲ充分知ラシメタト思ツテ居リマス。
( 現在ノ心境ニ附 訊問セントシタル処別紙 ( 第五号 ) ノ手記ヲ提出シタルヲ以テ添付ス )
獨斷デ兵力ヲ使用シタ事ニ關シ如何ニ考ヘルカ
洵ニ恐懼ニ堪ヘマセン
他ニ申立ツルコトナキヤ
二十八日午後以來 澁川サンガ私ノ部隊ニ附カレテマシテ、最後迄色々御世話ニナリマシタ。
陳述人 坂井直
昭和十一年三月二日
東京憲兵隊本部服務
陸軍司法警察官 陸軍憲兵中尉 鎌田福市
筆記者 陸軍憲兵伍長 福本喜一
二・二六事件秘録 ( 一 ) から
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
坂井直
第二回訊問調書
被告人 坂井直
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月二日、陸軍衛戍刑務所内臨時訊問所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
二月二十五日安藤大尉ヨリ翌二十六日陸相官邸ニ入門ヲ許スベキモノノ人名ヲ記載シタル紙
及 斬殺人名簿ヲ貰ヒ受ケタト云フガ、其ノ時刻ハ何時頃カ
二十五日ノ昼頃 安藤大尉ヨリ今晩點呼後決行ノ命令ヲ受領ニ來イト申サレマシタノデ、
午後七時四十分頃安藤大尉ノ許ヘ參リマシタ処、週番指令室ニ於テ封筒ニ入レタモノヲ渡サレマシタ。
ソレカラ中隊將校室ヘ歸ツテ封筒ヲ開イテ見マスト、
一、二十六日午前七時迄ニ陸相官邸ニ入門ヲ許スベキ人名
一、二十六日午前七時以後 通過ヲ許スベキ人名
ヲ列記セルモノト 斬殺スベキ人名ヲ記載セル紙ガアリマシタ。
其名簿ハ誰ガ作ツタモノナリヤ
筆跡カラ見ルト安藤大尉ノ作ラレタモノデハナイト思ヒマスガ、
誰ガ何時何処デ作ツタノカ全ク 私ニハ解リマセン。
其ノ名簿ヲ作ルコトニ就イテ他カラ何カ聞カザリシヤ
二十五日ノ晩 安藤大尉カラ渡サレテ始メテ知ツタモノデスガ、
安藤大尉モオソラク誰カラカ貰ヒ受ケタモノデ何カト思ヒマス。
從ツテ名簿ノコトニ就イテ 豫メ何人カラモ相談ヤ話ヲ聞イタコトハアリマセン。
坂井直
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月六日
渋谷憲兵分隊
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少尉 石森松太郎
筆記者 陸軍憲兵軍曹 熊山忠二
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二・二六事件秘録 ( 一 ) から
田中勝
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 田中勝
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、東京衛戍刑務所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ田中勝
年齢ハ二十六年
所属部隊ハ元野戦重砲兵第七聯隊
官等級ハ元陸軍砲兵中尉
族称ハ山口県平民
本籍地ハ山口県豊浦郡長府町大字才川六十二番地ノ一
出生地ハ本籍ニ同ジ
住所は東京市江戸川區小岩町二ノ二七四九
職業ハアリマセン
位記、勲章、記章、恩給、年金ヲ有セザルヤ
アリマセン
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
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二 ・二六事件
事件惹起ヨリ 終熄迄ノ行動ヲ順序タダシク述ベヨ
二月二十六日 午前二時三十五分頃、
自宅ヨリ軍服ニテ中隊ニ至リ、自動車班係下士官軍曹川原義信ヲ起シ、
「 コレヨリ夜間ノ自動車行軍ヲヤル 」
トテ 川原軍曹ヲシテ二年兵ノ自動車手ノ内十二名ヲ起コシマシタ。
是等ノモノニハ、今回ノ決行ニ就テハ何モ申シマセンデシタ。
川原軍曹ニハ直チニ貨物自動車三台、乗用自動車二台ヲ営庭ニ集合ヲ命ジマシタ。
服装ハ第二装巻脚絆帯劍デアリマス。
午前三時十分
整列ヲ終リマシタガ、貨車三台ト乗用車一台丈ケデ側車一台ガ集リマシタ。
直チニ出發行動シテ、先、靖國神社ヲ參拝シ、更ニ宮城前ニ至リ皇居ヲ拝シ、
午前五時
陸軍大臣官舎ニ參リマシタガ、同志ハ誰モ見エテ居リマセン。
門ガ閉ヂテ居リマシタ。
其処デ同志ハドウシタカト思ヒ、
自動車隊ヲ引率シテ陸相官舎ヲ虎ノ門、六本木ヲ經テ歩一ヘ見ニ出發シマシタ。
歩一営門前デ私丈下車、同隊週番司令室ニ參リマシタラ山口一太郎大尉ガ起キテ參リマシテ、
山口大尉ニ 「 ドウデスカ 」 ト尋ネマシタラ、大尉ハ 「 ウン 」 トウナズキマシタ。
私ハ其儘速ク表ヘ出テ、自動車隊ヲ指揮シ赤坂ノ高橋蔵相私宅ノ前ヲ通リ掛リマシタラ、
同邸表門ニハ、十数名ノ徒歩兵ガ機関銃二梃ヲ以テ警戒シテ居タノヲ目撃シ、
陸軍大臣官舎へ午前五時二十五分頃ツキマシタ。
蔵相私邸ヲ通リ過ギル時、
私ハ同乗ノ運転手、助手ニ
「今日カラ昭和維新ニナルゾ喜ベ 」
ト申シマシタ。
途中閑院宮邸前デ、約一ｹ中隊ノ歩兵ヲ追越シマシタ。
之ハ同志ノ牽ユル部隊ト思ヒマス。
指揮官ハ誰カ判リマセン。
陸軍大臣官邸門前ニハ、丹生中尉ガ兵約六十名ヲ持ツテ警戒シテ居リマシタ。
私ハ獨リ官舎ニ這入リ磯部ニ會ヒマシタ。
磯部ハ、私ニ貨物自動車一台ヲ赤坂離宮前ニ速ニ出シテ呉レト申スノデ、
私ハ乗用車ニ乗リ貨車一台ヲ指揮シ、午前五時四十分頃同所ニ至リ、
貨車一台ヲ安田少尉ニ渡シマシタ。
安田ハ下士官以下三十名ヲ聯レテ、既ニ齋藤内府ヲ襲ヒ終リ、
赤坂離宮ノ前ニ集マツテ居リマシタ。
此レヨリ貨車ニ乗リ、渡邊大將を襲撃シタノデアリマス。
コレハ後デ同志ヨリ聞キマシタ。
其後陸相官邸ニ貨物自動車全部ヲ引揚ゲ、
栗原中尉、中橋中尉ガ東京朝日新聞社ヲ襲撃ノタメ貨物自動車二台ヲ出シテヤリマシタ。
爾後私ハ陸相官邸ニ位置シテ居リマシタ。
同所ニハ磯部、村中ヲ始メ丹生中尉ノ指揮スル約百名位居リマシタ。
其後全部ノ自動車ガ歸ツテカラハ、主トシテ乗用車ハ聯絡用ニ、
貨物自動車ハ食糧運搬ノ爲使用スル如ク、私ハ各部隊ニ配属シマシタ。
其内譯ハ、先、聯絡用トシテ首相官邸ノ栗原部隊、安藤部隊、坂井部隊ニ乗用車一台宛、
警視庁ニアル野中部隊ニ同二台配属シ、各指揮下ニ入レマシタ。
是等ノ運転手ハ私ノ引率シテ來タ兵ヲ充テマシタ。
之等ノ乗用車ハ、首相官邸の前にありました五台を使用したのであります。
三台の貨車の内、一台ハ渡邊大將襲撃ノ時、受傷セル下士一、兵一ヲ乗セ、
東京第一衛戍病院ヘ運搬シタル後、進路ヲ違ヘテ市川ニ歸リマシタ。
殘貨車二、乗用車一、側車一ハ私ノ指揮下ニ入リマシタ。
二十六日朝昼食ハ、木村屋ヨリパンヲ取リ、
夕食ハ弁当ヲ全兵員ノ爲何処カラカ判リマセンガ取リマシタ。
・
二十七日午前七時 陸相官邸カラ首相官邸ニ移動シマシタ。
此処ニハ栗原、中橋、林、中島等ガ居リマシタ。
首相官邸ニ移リマシタノハ陸軍省、參謀本部ノ幕僚襲撃ノ目的デアルト云フコトヲ同志ヨリ聞キマシタ。
二十七日夜ハ小藤部隊ノ指揮下ニ入リ、配宿割ニ從ヒ農林大臣官舎ニ宿營シマシタ。
ソレデ私ノ直接指揮下ノ車輌ヲ農相官邸ニ集結シマシタ。
二十八日ハ午前十時頃
村中ヨリ戒嚴司令官ヨリ奉勅命令ハ未ダ下スベキ時期ニアラズト言フコトヲ聞キマシタ。
ソシテ之カラ有利ニ進展スルト喜ンデ申サレマシタ。
同十一時頃 車輌部隊ヲ指揮シ首相官邸ニ行キマシタ。
之ヨリ曩さき 同九時頃 奉勅命令ハ下ツタト言フコトヲ
私ノ大隊長 ( 下遠甲太郎少佐 ) 及中隊長 ( 大橋武夫大尉 ) ヨリ聴キマシタ。
首相官邸ノ乗用車ハ屡々使用シテ各部隊ノ現況ヲ見ニ同志ガ乗ツテ行キマシタ。
此晩ハ我々ハ攻撃シナイ、若シ先方ガ射撃スレバ應戦スル、然シソンナ事ハ絶對ナイト確信シテ居リマシタ。
二十九日午前七時半頃迄 私及ビ部下十二名ハ炭酸瓦斯中毒ニ罹リ人事不肖ニ陥リマシタガ、
同十時過 漸ク蘇生シマシタ。
同九時頃 小藤大佐ガ首相官邸ニ見ヘマシタ、之ハ栗原中尉ニ會フ爲ラシクアリマシタ。
同十一時頃 山王ホテルニ集マルト言フ事デ 私ハ乗用車デ參リマシタ。
其処ニハ 村中、磯部、栗原、香田、丹生、竹嶌、對馬、山本予備少尉ガ居リマシタ。
ソシテ奉勅命令ニ從フト言ツテ居リマシタ。
戸山學校ノ大尉ノ人ト思ヒマスガ、見エマシテ石原莞爾大佐ノ傳言ヲシテ行キマシタ、
夫レニヨルト 蹶起將校 今後ノ処置ハ自決カ脱出ノ 二途アルノミデハアルガ、
今回ノ擧ニヨリ兎ニ角維新ノ 「 メド 」 ハツイタト申シマシタ。
私ハ特ニ感激シマシタノハ安藤部隊ノ中隊長以下生死ヲ同ジフスルト言フ情勢デ、
部下ハ中隊長ヲ 中隊長ハ部下ノ爲ニ一丸トナリ
不離一體一緒ニ陛下ノ御爲 維新ニ奉公スルト云フ情景ヲ目撃シ、男泣キヲシマシタ。
ソコデ私ハ首相官邸ニ歸リ、部下ニ此美ハシイ情誼じょうぎを傳ヘマシタ。
ソレカラ乗用車二台ヲ指揮シテ山王ホテルニ行キマシタガ、軈やがて首相官邸ニ集マレト言フ事デ、
三台ノ乗用車ニテ逐次同官舎ニ參リマシタ。
到着シマシタノハ午後三時頃デス。
山王ホテルニ最初集リマシタモノハ十二、三名デ、
コレカラノ処置ヲ協議スル爲デアリマシタノデスガ、陸相官舎ニ參ツテ見マスト、
戒嚴参謀ノ命トカデ、携帯品ハ軍刀ヲ除キ、拳銃、外套、圖囊等ヲ皆解除セラレ、
私ハ玄關ニ一番近イ室ニ村中、磯部兩氏ト共ニ入レラレマシタ。
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今迄申上ゲマシタ經過中オトシマシタ個処ガアリマスカラ夫レヲ申上ゲマス。
二十六日朝、
決行直前ニ二重橋前ニ皇居參拝ノ時、警戒線ヲ突破シテ同橋ニ參リマシタノデ、
皇宮警察吏ハ非常ベルヲ鳴ラシ、二、三ノ警察吏ガ出テ參リマシタ。
衛兵ノ近衛將校ガ出テ來マシテ、
私ノ官氏名ヲ聞イテ行キマシタガ、参拝デアルコトヲ知リ歸ツテ行キマシタ。
私ガツレテイキマシタ下士官十三名ノモノハ、
各自ノヤリマシタ行動ヲ各々書カセルコトニ命ジテアリマスノデ、皆其記録を持ツテ居ル筈デス。
川原軍曹ハ、イツモ側車ニ乗ツテ進路ノ障碍排除ニ當ラセマシタ。
午前十時頃、
山下奉文將軍ガ一番初メニ、次ニ満井中佐、鈴木貞一大佐ガ陸相官舎ニ來マシタ。
二時間許リ前八時、
眞崎大將ガ陸相官舎ニ來テ、自動車ヲ降ルナリ 「 落着ケ 」 ト云ツテ内ニ這入リマシタ。
私ノ居室ニハ午前九時頃陸軍次官ガ來マシタ。
ソシテ豫備ノ齋藤少將ト何カ話シテ居リマシタ。
同時ニ片倉少佐ガヤツテ來マシテ、
「 這入ルコトハナラン 」 ト 同志カラ言ハレ、
「 何故這入レナイカ 」 トテ
ドンドン他ノ七名位ノ參謀將校ト共ニ門内ニヤツテ來マシタ。
ヤガテ磯部ガ拳銃一發放チマシタラ、之等幕僚ハ一齊ニ皆逃ゲマシタ。
玄關ニハ眞崎、齋藤少將兩閣下ガ見テ居ラレマシタ。 次官モ居ラレマシタ。
二十六日中デスガ時間ハ不明デアリマスガ、
軍事參議官 林、寺内、植田、阿部、西、荒木、眞崎 各閣下ト
村中、磯部、香田、栗原ト陸相官邸ニ會見シマシタ。
私ハ今非常ニ疲勞シテオリマスノデ、諸記憶ハ明瞭デアリマセン。
二十七日首相官邸ニ一同引揚ゲマシタノハ、
陸軍省參謀本部ノ幕僚ヲ襲撃スル爲ダト同志カラ聞キマシタ。
首相官邸ニハ 村中、磯部、栗原、對馬、竹嶌、林、中橋等ガ居リマシタ。
・
二十八日陸相官舎デ眞崎、阿部及西大將ガ御出デニナリマシタ。
コノトキハ同志將校ハ殆ンド全部集リマシタ。
今回、蹶起間、同志ヨリ一回モ命令トシテ出サレタコトハアレマセン。
タシカ二十八日中ト思ヒマス、陸軍大臣ノ告示ガ陸軍省ノ方カラ手交サレマシタ。
夫レハ次の様ナモノデアリマス。
陸軍大臣告示
一、蹶起ノ趣旨ニ就テハ天聽ニ達セラレアリ。
二、諸氏ノ行動ハ國體顕現ノ至情ニ基クモノト認ム。
三、國體眞姿顕現ノ現況 ( 弊風ヲモ含ム ) ニ就テハ恐懼ニ堪ヘズ。
四、各軍事參議官モ、一致シテ右ノ趣旨ニヨリ邁進スルコトヲ申シ合ハセタリ。
之レ以外ハ一ツニ大御心ニ俟ツ。
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山口大尉ト同志等ノ関係如何。
山口大尉ハ御維新ニハ十分理解ノアル人ト思ヒ、私は山口大尉ヲ同志ト思ツテ居リマス。
山口大尉ハ決行當時週番指令デアルコトハ、二月二十三日頃ニ磯部ニ聞イテ知ツテ居リマシタ。
直属大中隊長ガ汝ニ面會ニ來リシ理由如何
二十六日午後四時頃 陸相官邸ニ私ヲ訪ネ部下及ビ車輌ハナイカヲ訪ネマシタ。
奉勅命令ヲ聴カザリシヤ
奉勅命令ハ一度モ受領シタコトハ無イノデ 又 此ノ御命令ガ眞僞ノ程ハ判リマセンデシタ。
只 二十八日朝九時頃私ノ所属大中隊長ガ訪ネテ來ラレ奉勅命令ガ下ツタコトヲ聽カサレマシタ。
事件ノ計畫竝ニ諸部隊ト行動ヲ共ニスルニ至レリ狀況如何。
事件ノ計畫ハ誰ガ作ツタノカ判リマセンガ多分 村中、磯部、及栗原等ガ作ツタ事ト推察シマス。
私ガ同志ト共ニ事ヲ擧ゲルニ至リマシタ事ハ平素抱懐シテ居リマスル昭和維新翼賛ノ爲、
豫テカラ決意シテ居リマシタ、
且 本年二月二十三日 磯部ヨリ私宛 「 本日午後四時磯部宅來ラレ 」 ノ電報ニ接シ、
同人宅ニ至リ 今回決行ノ日時ヲ聞キ 之ニ參加スル事ニ決意シマシタ。
二月二十三日 磯部ニ會ツタ時、
同氏ヨリ車輌ハ幾何出動出來ルヤヲ尋ネラレ、
乗用車二、貨車四、兵員十數名出セルダロウト答ヘマシタ。
決行ニ對スル役割如何。
同志ノ決定セル襲撃計畫ニ基ク輸送及聯絡ノ分担任務ヲ受ケ、
夫レニ對シ決行前日ノ二十五日
私ノ聯隊ニ第二中隊兵舎暗号室ニ於テ一人デ何台出ルカヲ計畫シテ見マシタ。
此ノ計畫書ハ計畫ガ終ルト共ニ同室ノ暖炉ノ中デ焼却シマシタ。
引率シテ決行ニ參加シタ諸車ハ兵器ナリヤ
凡テ兵器デアリマス。
實行着手當時ノ心境ト現在ノ心境如何。
私ハ昭和維新ノ實現ニ關シテハ何時デモ身命ヲ捧ゲル決意デ居リマシタノデ、
磯部氏ヨリ襲撃決行計畫ヲ示サレルヤ直チニ欣然參加シタノデアリマス。
決行當時モ何等不安ノ念ハ無カツタバカリデナク、
我ガ國體ノ眞姿ヲ具現スル爲 喜ビニ満チテ居リマシタ。
現在ト雖モ更ニ心境ニ變化ヲ來シテ居リマセン。
只 昭和維新ノ實現ヲ見ナカツタハ遺憾デアリマス。
私ノ國體観念 皇軍ノ狀況、軍閥、軍幕僚、元老、重臣、財閥、政党、諸新聞等ハ
常ニ大御心ヲ掩ヒ、君臣ヲ離間スル奸賊ト信ジ
之ヲ徹底的ニ排除セネバ悠久ナル我國體ヲ衰亡ニ導クモノナルヲ以テ、
一刻ノ猶豫モ許サルル現況ニ側面し、敢然起チテ決行シタルモノデアリマス。
其他ノ心境ニ關シテハ澁川善助ト全ク同様デアリマス。
・・・リンク→澁川善助の四日間 ・・『 絶對の境地 』
本件ニ附 陳述スルコトアリヤ
二月二十六日晩 戰時警備下令ノ後
蹶起部隊ハ戒嚴司令官命令ヲ以テ
小藤大佐ノ隷下ニ入ルベキ事ヲ
陸相官邸ニ居リマシタ山口一太郎大尉ヨリ傳ヘ聞キマシタガ、
小藤大佐殿ハ最後迄此命令ヲ出サレナカツタ様ニ思ヒマス。
所ガ此ノ命令ガ出サレナカツタ爲ニ遂ニ私共ハ小藤部隊ノ隷下ニ入ル機會ヲ失シ、
蹶起モ維新モ直チニ實現スル事ヲ得マセンデシタノハ殘念デアリマス。
小藤大佐モ相澤公判ニ依リ其國體観ヲ體得サレタノデハナイカト思ヒマス。
以上本項ハ私ノ想像デアリマス。
陳述人 田中勝
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月一日
東京憲兵隊本部勤務
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少佐 加藤利喜松
筆記者 陸軍憲兵軍曹 青木敬儀
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二・二六事件秘録 ( 一 ) から
高橋太郎
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵少尉 高橋太郎
右ノ者ニ對スル叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月二日、浅草憲兵分遺隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ高橋太郎
年齢ハ二十四才
所属部隊ハ元歩兵第三聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称ハ埼玉県士族
本籍地ハ埼玉県浦和市、以下不詳
出生地ハ石川県金沢市、以下不詳
住所は東京市牛込區市ヶ谷谷町五十六番地
職業ハアリマセン
位記、勲章、記章、恩給、年金を有セザルヤ
正八位、勲章、年金、恩給共ニアリマセン
刑罰ニ処ｾﾗﾚﾀﾙｺﾄｱﾘﾔ
アリマセン
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二 ・二六事件
今回ノ叛乱事件ニ關シ、具體的ニ高官ノ殺害ヲ知リタルハ何日ナルヤ、竝 其時ノ狀況ヲ述ベヨ
二月二十二日 昼食後同中隊ノ坂井中尉ヨリ次ノ事ヲ聞キマシタ。
「 我等ノ決行ノ時機モ切迫シタ。
計畫ニ關シテハ秘密保持上口外出來ザルモ、オ前ハ俺ト共ニ齋藤内府ヲ殺害スル事トナロウ。
身ノマワリノ準備ヲ遺憾ナク完了セヨ 」
其時被告ハ如何ナル決心ヲナシタルヤ
私ハ昭和維新ノ實現ノ爲一身ヲ犠牲ニシ決行シヤウト決心シマシタ。
當時本事件決行ニ當リ中隊ノ下士官以下ヲ加担セシムルコトヲ知リアリシヤ
私ノ場合ニ依リテハ 下士官以下ヲ加担セシムルカモ知レヌト聞イテ居リマシタ。
尚 當日夕刻ニ到リ 坂井中尉ヨリ中隊長室ニ於テ次ノ様ニ命ゼラレ、其ノ事實ヲ知リマシタ。
「 下士官以下ヲ使用スル豫定ナルヲ以テ、オ前ハ是ニ對スル計畫準備ヲ研究セヨ 」
其命ニ基キ如何ナル準備ヲナシタルヤ
當日帰宅後
母、伯母、并 弟ニ對シ遺書ヲ認メマシタ。
・・・リンク→ 高橋太郎 ・ 最後の写真
尚 翌日二十三日 第一衛戍病院ニ到リ、
入院中ノ部下ニ最後ノ見舞ヲ爲シ、
次デ 麻布富士見町ノ伯母宅ニ到リ
親戚七名ト満州出動ニ對スル送別ノ意味ヲ以テ、夕食ヲ共ニシマシタ。
次デ本計畫ニ關シ具體的ノ事實ヲ知リタルハ何時ナルヤ
私ハ二十四日ノ朝、中隊ヘ出動シマスト、坂井中尉ヨリ次ノコトヲ聞キマシタ。
「 今晩麥屋少尉ト三名ニテ齋藤内府附近ノ偵察ヲ爲スヲ以テ、
午後七時半頃迄ﾆ 私服ニテ聯隊ニ來イ 」
「 尚 オ前ハ渡邊大將ヲ殺害セヨ。
是ニ關シテハ安田少尉ガ計畫シアルヲ以テ安田少尉ト協議セヨ 」
當日何カ外ニ爲シタルコトナキヤ
私ハ當日營内射場ニ於テ午後十一時頃坂井中尉ト二人ニテ拳銃ノ試射ヲ行ヒ、十四、五發發射致シマシタ。
齋藤内府附近偵察ノ狀況ヲ述ベヨ
私ハ背広、麥屋少尉ハ私服ニテ、午後七時半頃週番中ノ坂井中尉ノ部屋ニ至リ、
三名ニテ午後八時三十分頃 坂井中尉ノ自宅ニ行キマシタ。
坂井中尉ハ直ニ私服ニ着替エマシタノデ、中少尉會ヘ行クト家人ニ告ゲ、
三名ニテ外出 「 圓タク 」 ニテ信濃町駅ニ至リ、夫レヨリ徒歩ニテ齋藤内府宅ノ前ニ行キマシタ。
夫レヨリ道路ノ狀況警戒配備ノ偵察ヲナシ、兵力配置ノ腹案ヲ樹テマシタ。
其時内府邸ノ警戒ノ巡査ガ不在ナリシ爲、内府ノ不在ヲ知リ若干悲観シマシタ。
午後九時三十分頃 坂井中尉ハ 「 俺ハ今ヨリ官邸ノ方ヲ視テコヨウ 」 トテ 三名ハ其処デ別レ、私ハ歸宅シマシタ。
翌二十五日朝 出勤途中 私ハ齋藤内府在宅ノ有無ガ氣ニカカリマスノデ、
更ニ邸ノ前ヲ通リマスト門ノ処ニ警官ガ二、三名居リマシタノデ、内府ノ在宅ヲ知リ、
中隊到着後 坂井中尉ニ其ノ旨ヲ告ゲマシタ。
二十五日ニ於ケル準備ノ狀況ヲ述ベヨ
私ハ敎育ノ餘暇ヲ利用シ 中隊將校室ニ於テ坂井中尉主トナリ 夫レニ私ト麥屋少尉ガ加ワリ、
一萬分ノ一ノ地圖ヲ出シ 配備ヲ計畫シマシタ。
夕方ニ至リ、本日正午非常呼集ヲ行ヒ 明朝五時ヲ期シ決行スルト坂井中尉ヨリ聞キマシタ。
其処デ私ハ當番ヲ自宅ニ派し、外套ヲ持参セシメ、
午後七時頃第七中隊ノ常盤少尉ト二人ニテ日本橋ノ末広ヘ夕食ニ出カケ、午後十一時頃歸營シマシタ。
坂井中尉ノ室ニ行キマスト既ニ麥屋、安田 両少尉ガ來テ居リマスノデ、
四名ニテ要圖上ニ兵力配備ヲ記入シ、具體的ノ計畫ヲ細部ニ渉リ計畫シマシタ。
計畫ハ主トシテ坂井中尉ガ行ヒ 私達三人ハ意見ヲ述ベマシタ。
二十五日 日夕点呼後 坂井中尉ガ中隊全員ヲ集メ叛亂ノ企圖ヲ達シタリト云フ
其ノ事實ヲ知レルヤ
私ハ其ノ頃外出シテ居リマシタノデ、其ノ事ハ存ジマセン。
非常呼集ヨリ出發迄ノ狀況ヲ述ベヨ
正午ニ坂井中尉、麥屋少尉ト三名ニテ靜ニ下士官室ニ至リ 將校室ニ集合ヲ命ジ、
要圖ニヨリ各人ノ任務竝担任業務ヲ命ジマシタ。
尚 坂井中尉ハ次ノ命令ヲ下シマシタ。
「 服装最上装着用、防毒雑嚢携行、集合時刻二十六日午前四時 」
中島軍曹 ( 兵器係 ) ハ彈薬庫ニ至リ、小銃實包七千二百發、輕機關銃實包二千八百八十發、
拳銃實包 ( 彈薬數記憶セズ ) ヲ受領スベシ。末吉曹長ハ乾麺麭ヲ受領スベシ 」
命令下達後 下士官ハ兵ヲ起床セシメ出發準備ヲ命ジマシタ。
午前四時ニ到リ 坂井中尉ハ中隊ノ整列ヲ命ジマシタ。
其ノ時ニ於ケル中隊ノ編成ハ概ネ次ノ様デアリマシタ。
第一中隊 軍曹以下全員
第二中隊ヨリ輕機四 ( 曹長以下約二十五名 )
第一中隊ハ全員集合シタルヤ
營外居住下士官并准士官ニハ非常呼集ヲ命ゼズ、
從ツテ集合シタルモノハ曹長以下營内居住者全員デアリマシタガ、
乾麺麭受領ヲ命ゼラレタル中島軍曹ハ、
乾麺麭乃至彈薬運搬後、何処カヘ姿ヲ晦シ 出發ノ時ニハ居リマセンデシタ。
第二中隊ノ機關銃隊ハ如何ニシテ參加セシヤ。
平素坂井中尉ノ訓化ヲ受ケタル 第二中隊下士官ハ決行ニ當リテハ
共ニ參加セシメラレ度 熱望申出アリシヲ以テ、正午非常呼集後下士官ヲシテ呼ビニヤリマシタ。
尚 第二中隊ヨリ參加者ハ自發的ニ參加希望シアル下士官ノミニ限定スル考ヘナリシモ、
話ニ依レバ 兵ガ行動ヲ共ニシタキ旨 懇願シタルヲ以テ遂ニ兵約十六、七名ノ參加ヲ見マシタ。
防毒面ハ何故持參シタルヤ
「 ミドリ 」 筒、發煙筒ヲ使用スル計畫デアリマシタノデ携行シマシタ。
集合時 下士官以下ニ於テ昭和維新ノ實現ノ爲 自發的ニ參加ヲ切望シアリタル者ト、
仕方ナク引ツラレナガラ參加シタルモノトノ比ハ如何。
平素敎育ノ結果 殆ンド全員決行ノ目的ヲ自覺シ參加ヲ切望シタモノト確信シテ居リマス。
一例ヲ示シマスト、齋藤内府殺害後赤坂離宮前ニ集合シ主力ハ三宅坂附近ニ集結ト、
私ガ一部ヲ率ヒ第二彈ノ計畫タル 渡邊大將殺害ニ赴ク時、
主力ノ者ハ随分澤山 特ニ下士官ノ如キハ、
全員渡邊大將襲撃ニ參加セシメラレ度ト熱願シ、
其ノ制止ニ困ツタ様ナ情況デアリマス。
次頁 高橋太郎少尉の四日間 2 に 続く
二・二六事件秘録 ( 一 ) から
高橋太郎
訊問調書
前頁 高橋太郎少尉の四日間 1 の 続き
蹶起部隊進撃径路
坂井中尉ガ下士官ヲ集合セシメ
各人ノ任務ヲ示シタリト云フガ、其狀況并配備ノ概要ヲ述ベヨ
要図ヲ以テ申シマスト次ノ様デアリマス。・
出發ヨリ齋藤内府襲撃決行迄ノ狀況ヲ述ベヨ。
午前四時十分頃營内出發、
第一師團司令部、青山一丁目、陸大前、信濃町驛ヲ通リ 齋藤内府邸前ニ到リ、
逐次警戒配備ニ着ケツツ正門前ニ到リマシタ。
私ハ中隊ノ最後尾ニ居リマシタノデ警戒配備ヲ着ケタノハヨク存ジマセヌガ、
多分麥屋少尉デハナイカト思ヒマス。
前申上ゲタ計畫ニ基キ 私ト安田少尉ハ下士官以下約二十名 ( 輕機一ヲ含ム ) ヲ 率ヒ、
裏門前ニ集合 坂井中尉ハ麥屋少尉以下中隊ノ主力ヲ率ヒ 集合シマシタ。
一部ノ方ノ指揮官ハ私デアリマシタ。
午前五時五分頃 將に突入セントシタル時 坂井中尉ハ私ニ對シ
「 此方ヘ來イ 」 ト 命ジマシタノデ最初ノ計畫ヲ變更シ、
私ハ他ノ者ヲ率ヒ、坂井中尉ノ主力ニ合シ 正門ヨリ突入シマシタ。
正門ヲ如何ニシテ解放シタルヤ存ジマセヌガ、手デ簡單ニ開イタ様デアリマシタ。
坂井中尉ヲ先頭ニナダレ打テ裏ヘ廻リ、
雨戸ヲ開カントシマシタガ容易ニ開キマセンノデ、
坂井中尉ノ命ニヨリ輕機關銃ヲ發射シマシタガ是レガ最初ノ發射デアリマス。
然シナガラ雨戸ハ破壊出來マセンデシタノデ、兵ハ床尾鈑デ叩キコハシマシタ。
屋内ニ侵入シマスト女中ナドガウロウロシテ居リマシタノデ、
書生ヲ捉ヘ 齋藤内府ノ寝室ヘ案内セシメマシタ。
二階ノ寝室前ニ到リ、戸ヲ開ケントシタル瞬間 中ヨリ夫人ラシキ者ガ一寸顔ヲ出シ、
直グ戸ヲ閉シタルヲ以テ皆デ戸ヲ押開ケ、中ニ侵入、次ノ室ノ入口ニ到リマシタ。
其時内府ハ寝台上ヨリ飛下リタルヲ以テ
「 國賊 」 ト 呼バリ、
多分安田少尉ト思ヒマスガ拳銃ヲ發射シマシタ。
夫レニ銃デ私達モ數發發射シマスト 内府ハ 「 ヨロケ 」 ナガラ室ノ片隅ニ倒レマシタ。
夫レヲ皆デ追カケ輕機關銃ヲ腰ダメニシ バリバリ ト亂射シマシタ。
其時ノ關係位置ハ次ノ圖ノ通リデアリマス。
尚 夫人ハ其時 吾々ヲ押シノケテ主人ノ上ニ倒レテ蔽イ庇ヒ
「 巡査ハ如何シマシタカ 私ヲ殺シテ下サイ 」 ト 絶叫シマシタ。
吾等ハ夫人ニ危害ヲ及ボサナイ様 下ヨリ拳銃ヲ差入レ亂射シマシタ。
又 夫人ハ我等ガ引揚ゲル時 最後尾ニ居リマシタ私ヲ捉ヘ
「 私モ殺シテ下サイ 」 ト 叫ビマシタガ 夫レヲ振リノケテ退去シマシタ。
夫レカラ二階ヲ下リテ來ル時 集合 「 ラッパ 」 ガ鳴リマシタノデ、
全員引揚ゲ ( 午前五時十五分頃ト思ヒマス )
午前五時四十分頃 赤坂離宮前ニ集合 宮城遙拝シマシタ。
渡邊大將襲撃ノ模様ヲ述ベヨ
中隊ノ主力ハ坂井中尉引率シ、三宅坂ニ向ヒ、
私ト安田少尉ハ約二十名 ( 輕機二ヲ含ム ) ト共ニ其位置ニ休憩、「 トラツク 」 ノ 來ルノヲ待チマシタ。
約五分ノ後、野重七ノ 「 トラツク 」 ガ 田中中尉ノ指揮ニヨリ到着シマシタ。
ソコデ直チニソレニ乗車シ、直ニ出發シマシタ。
赤坂離宮前ニ 「 トラツク 」 ガ 準備サレルト云フ事ハ知ツテ居リマシタガ、
田中中尉ガ來ルコトハ知リマセンデシタ。
田中中尉ハ
「 ウマク行ツタカ、アチラノ方ハ未ダダ 」
ト 言ツテ権田原ノ方ニ向ヒ去リマシタ。
尚、渡邊大將襲撃ニ關シテハ、安田少尉ガ計畫シテ居リマシタノデ私ハ只ツイテ行ツタ丈デアリマス。
四谷見附、新宿、中野ヲ通リ
午前七時頃渡邊大將ノ自宅ニ着キマシタ。
直ニ機關銃一ヲ以テ圖ノ位置ヲ警戒セシメ、私達將校二人ガ先頭ニ立チ表門ヨリ這入リマシタ。
正門ハ直グ開イタト記憶シテ居リマスガ、玄關ガ中々開キマセンノデ致シ方ナク輕機關銃ヲ射チマシタ。
ソシテ玄關ヲ破壊シ中ヘ這入リマシタガ
次ノ扉ガ開ヌノデ身體デ以テ押開コウトシテ居ル時、屋内カラ拳銃デ射タレマシタノデ、
私達ハ輕機關銃ヤ拳銃ヲ以テ應戰シマシタ。
ソノ時、裏ガ開イテオルト云フ聲ガシマスノデ全員其処ヲ引揚ゲテ裏ヘ廻リマシタ。
其時、安田少尉ハ先頭ニ立チテ屋内ヘ上ロウトシテ居リマスノデ、急イデソレニ續キマシタ。
其部屋ニハ夫人 ( スズ ) ガ立チ
「 何処ノ軍隊デスカ。見レバ歩三デスネ。
夫レガ軍隊ノ命令デスカ。外ニ方法ガナイモノデスカ 」
ト 叫ビマシタ。
其処デ安田少尉ハ、夫人ヲツキノケ、唐紙ヲ開キ、同時ニ大將を輕機ヤ拳銃ヲ以テ一濟ニ射撃シマシタ。
當時射撃ノ指揮ヲ何人ガシタカ、誰ガ最初撃ツタカ判リマセヌ。
次デ側ヘ寄リ、數發 二、三人デ拳銃ヲ射撃シマスト、
閣下ハ其度毎ニ少シ身體ヲ動カサレマシタノデ
私ハ最後ノ 「 トドメ 」 ヲ サスベク、
拳銃ヲ物入レニ入レテ軍刀ヲ抜キ一太刀斬リマシタ。
其処デ私ハ 「 全部引揚ゲロ 」 ト 命ジ、其処ヲ引揚ゲ 「 トラツク 」 ノ 位置ニ集合シマシタ。
其時、安田少尉ガ右大腿股部ノ貫通銃創ヲ、
又、木部伍長ガ右下腿部ニ盲貫銃創ヲ受ケテ居ルコトガ判明シマシタ。
全員自動車ニ乗車、發車スルト直 陸軍ノ自動車ラシキモノガ來マシタノデ 「 止マレ 」 ト 命ジマシタ。
其時、自動車の中から二名の憲兵が飛出しますや、兵が二、三発小銃を発射しましたので、
私ガ 「 射ツナ 」 ト 命ジ、其儘、陸相官邸前ヘ引揚ゲマシタ。
蹶起部隊配備要図
平河町の歩哨線 隼町の歩哨線
其処ニハ磯部元主計等、他ノ將校ガ澤山居リマシタノデ、負傷ノ処置ヲ聞キマスト、
誰カ 「 衛戍病院ニ入院サセロ 」 ト 言ハレマシタノデ、私ハ木部伍長ヲ背負ヒ 「 トラツク 」 ニ乗セマシタ。
ソレカラ全員ヲ指揮シテ三宅坂參謀本部前ニ到リ、朝食 「 乾麵麭 」 ヲ シマシタ。
其時刻ハ明確ニ記憶シマセヌガ、午前九時カ十時頃、ト思ヒマス。
其処デ坂井中尉ヲ探し、同中尉ノ指示ニ從ヒテ
三宅坂上永田町一丁目ノ五叉路附近ニ在ル中隊主力ニ合シ、再ビ中隊ニ歸リマシタ。
二月二十六日中ニ於ケル主ナル兵力ノ移動ヲ述ベヨ。
其儘警戒配備ニ就キテ居リマシタ。
二十七日ハ如何。
二十七日 午前六時頃、警戒配備ヲ徹シ、兵力ヲ集結シマシタ。
然シ私ハ何ノ爲ニソウシタノカ存ジマセヌ。
次デ午後一時頃、坂井中尉ノ指揮ニ依リ新議事堂ノ裏ノ廣場ニ集結シマシタ。
午後七時頃、小藤部隊長配宿命令ニ基キ 「 幸楽 」 ヘ行キ、銃前哨ノミ立テ宿營シマシタ。
小藤部隊長ノ配宿命令ハ何時受領シタルヤ
二十七日午後六時頃、陸相官邸ヘ將校全部集合セシ時、
藁半紙ニ謄冩セシ要圖ニ配宿區分ヲ記載セルモノヲ、山口大尉ヨリ小藤部隊長命令ナリトテ示サレマシタ。
二十八日ノ兵力移動ノ狀況如何。
二十八日 早朝、坂井部隊ハ全部幸楽ヲ徹し、參謀本部ニ移動セントシタル時、小藤大佐ガ來ラレ
「 俺ニツイテ來イ 」、他ヲ廻ツテ來ルカラ暫ク其儘ニシテ居レト言ハレマシタガ、
狀況ガ判リマセンノデ暫ク其位置ニ居リマシタ。
ソレカラ午後六時頃、坂井中尉ノ引率ニヨリ陸相官邸ニ到リ、警戒配置ニ就キマシタ。
何ノ爲ニ行動シ誰ノ命令ニヨルヤハ存ジマセンデシタ。
二十八日晩、坂井中尉ヨリ討伐ニ關スル奉勅命令ガ降リタト言フ事ヲ聽キマシタ。
併シ私ハ、吾々ハ戒嚴司令官ノ隷下ニ入リ、小藤部隊トナリ警備ニ當ツテ居ルノニ、
是ニ對シ討伐命令ガ降ツタト云フコト、ドウシテモ信ジラレマセンデシタ。
然シ奉勅命令ガ降ツタトスレバ、我等ノ行爲ガ未ダ大御心ニ達セズ、
奸臣足利勢ガ未ダ蟠踞セル結果ニ外ナラズ、
斯カル以上、我等ハ何処迄モ楠公ノ忠誠ヲ繼承シ、
皇軍相撃ノ不祥事ヲ防止スベク 潔ク自決シ、
昭和維新顕現ノ一日モ早カランコトヲ黄泉ヨリ祈願スル決意ヲシマシタ。
二月二十九日ノ狀況ヲ述ベヨ
二十九日 朝、名は知リマセンガ参謀ヤ其他ノ將校ガ來マシテ狀況ヲ話シ、
歸順ヲ勧告シマシタノデ、私等將校ハ協議ヲシ下士官以下ヲ歸隊セシメ、我等將校ノミ自決ノ決意ヲシマシタ。
其内、戰車ガ攻撃シテ參リマシタノデ、私等將校ハ挺身シ皇軍相撃タザル様切望シ、
次デ全員集合セシメタル上、訣別ノ辭ヲ述ベ兵ヲ參謀ニ渡シマシタ。
ソレカラ私達將校ハ陸相官邸ニ歸リマスト、
玄關ニ私ノ元聯隊長デアル山下閣下ガ居ラレマシタノデ、我等ノ決心ヲ傳ヘマシタ。
スルト山下閣下ハ、我等三人 ( 坂井中尉、麥屋少尉及私 ) ヲ 一室ニ案内サレマシタ。
ソコデ私達ハ自決スベク身邊ヲ整理シテ居リマシスト、
三原中佐 ( 坂井中尉元大隊長 ) 及 井出大佐ガ來ラレマシタノデ我等ノ決意ヲ示シ、
最後の別ヲ告ゲ、三原中佐ニ介添ヲ依頼シ各々遺書ヲ認メマシタ。
殘念ナ事ニハ、麥屋少尉ノ遺書ヲ書終ルノガ遅カツタノデ決行ノ時機ヲ失シタノデスガ、
モウ少シ早ケレバ其目的ヲ達シテ居ツタノデシヤウ。
即チ、地圖ニヨリ宮城幷ニ大神宮ノ位置ヲ標定シ、頭ヲ其方向ニ伏シテ、
拳銃ヲ以テ自決スル処迄 準備ガ進行シテ居リマシタガ、
其時、野中大尉、清原少尉、鈴木少尉等ノ同志ガ交々入リ來リ
「 生死ハ何処迄モ同志ト共ニシテ呉レ、ヤルナラ是非同志ト會テ呉レ、
我等モ勿論死ハ期シテ居ル、同志全部ガ一緒ニ自決シヤウデハナイカ 」
トテ 我等ノ擧ヲ止メ、
次デ 澁川善助來リ 「 生死ハ一如ナリ 」 トテ ( 『 生死一如 』・・しょうじいちにょ )
我等ヲ諫メタノデ 同志ニ會フコトニ決メマシタ。
其結果、大御心ノ儘ニ裁カレ、昭和維新實現ノ過程ヲ看視スルメ必要アリトノ議 纏リ、
現在ノ結果ヲ招イタノデアリマス。
事件中ニ所属上官ヨリ解散或ハ所属隊復歸ノ命令受領シ乃至ハ其狀況ヲ知得シアリシヤ
二月二十六日午後八時頃、連隊本部ノ石川 ( 精 ) 少佐來ラレ
「 第一師團管下ニ戰時警備ガ令セラレタ、此部隊ハ當聯隊長ノ指揮ニ入リ、
聯隊ノ警備担任區域ヲ警備スルヲ以テ、他ノ交代部隊來ルトキハ夫レト交代セヨ 」
ト 述ベラレマシタガ、當時坂井中尉ガ不在デシタノデ即答ヲ避ケ、
「 坂井中尉ニ命令セラレ度 」 ト 答ヘマシタ。
夫レカラ二十七日夜 大隊長本江 ( 政一 ) 少佐來訪シ 「 何時頃聯隊ニ復歸出來ルカ 」 ト 聯絡ニ來ラレマシタ。
其外聯隊ヨリ聯絡ニ來ルモノアリヤ并其狀況ヲ述ベヨ
二十六日午前十時頃、聯隊長渋谷大佐幷ニ伊集院少佐、自動車ニテ來リ、狀況聴取シタル後、
今後ノ処置ヲ尋ネ次ノ注意ヲサレマシタ。
「兵ヲ大切ニセヨ 」
「食事、外套ハ聯隊ヨリ直グ運搬セシメル 」
「 彈ヲ抽ケ 」
次デ二十六日午後九時頃、大隊長本江少佐來ラレ次ノ事ヲ達セラレマシタ。
「 閑院宮邸、李王邸ヘハ、警戒ノ爲第五十七聯隊ヨリ一部ノ警備部隊出ズルヲ以テ相撃セザル様注意スベシ 」 ト。
本事件ニ對スル被告ノ地位并役割ヲ述ベヨ。
私ハ坂井中尉ノ指揮ニ依リ齋藤内府ヲ襲撃スベキコト
并 安田少尉ト共ニ渡邊大將を襲撃スベキコトヲ 坂井中尉ヨリ命ゼラレ
其命ニ基キ計畫準備ヲ担任シテ居リマシタ。
實行著手當時ノ心境ト現在ノ心境トニ差異アリヤ。
私ハ認識不足ヲ痛感イタシマシタ。
即チ我等ガ蹶起スレバ全軍ハ必ズ我等ニ續テ起チ上ルモノト信ジテ居リマシタノニ、
結果ハ全然夫レニ反シマシタ事ヲ痛ク殘念ニ思ヒ、
此點我等ガ皇軍ニ對スル認識ノ不十分デアツタコトヲ感ジサセラレマス。
現在ノ思想或ハ観念ヲ抱持スルニ至リシ原因、動機并經過ノ概要ヲ述ベヨ
私ハ現在ノ社會、政治、財政等諸機構ノ一日モ速ニ改善セラレルベカラザル社カイ情勢ヲ、
現實ニ目撃シ 而モ言論機關等ノ改革思想ニ共鳴シ就中先輩將校ノ是ニ對スル憤激ノ情ヲ視、
特ニ天皇機關説ノ如キ邪説ヲ耳ニシ 而モ 是ニ心酔シアル不逞ノ重臣ノ跋扈シアル狀況ヲ観ルニ忍ビズ、
君民一體ノ昭和維新ヲ顕現スベキ要ヲ痛感シタコトデアリマス。
尚 私ノ思想ニ對シ特ニ影響ヲ及ボシタト思ハレルモノハアリマセンガ、
何ト言ウテモ相澤中佐事件并公判狀況ハ直接的動機ト考ヘテ居リマス。
本事件ニ對シ特ニ將校ヲ勧誘シタル事アリヤ并兵ニ對シテハ如何。
將校ニ對シ勧誘シタコトハアリマセヌ。
併シ 下士官以下ニ對シテハ一週概ネ二、三回精神敎育トシテ
國體観念、皇軍ノ本義、現在ノ社會情勢并我等ノ覺悟、
特ニ全軍全民一致結束 昭和維新實現ニ邁進セザルベカラザル旨ヲ強調致シマシタ。
尚 下士官ニ対シテハ機會アル毎ニ別ニ將校室ニ集メ、
前述ノ如キ訓話并最近ニ於テハ相澤公判ノ狀況ヲ傳達シマシタガ、
具體的処置ニ關シテハ何モ口外シタ事ハアリマセン。
事件決行ニ當リ他人ヨリ金錢ヲ収受シタルコトアリヤ
二十六日ノ晩 坂井中尉ヨリ薪炭料トシテ金二十圓ヲ受取リマシタ。
其金ハ誰ガ出シタ金ト思料セシヤ
私ハ聯隊經理部ノ前渡金カ何カダラウト思ヒマシタ。
皇軍ノ本質并威信上ニ如何ナル影響ヲ及ボシタト思フヤ
私ハ決行當時ハ我等ノ行爲ガ即皇軍ノ本質顕現ノ道デアルト確信シテ居リマシタガ、
奉勅命令ノ降ツタコトヲ聞イタ時等ハ、如何シテ我等ノ行爲ガ大御心ニ副ヒ奉ラナカッタカト、
洵ニ不思議ニ堪ヘマセヌ。
從ツテ全軍ニ惡影響ヲ及ボシタトモ考ヘマセン。
國内的ニ如何ナル影響ヲ及ボシタリト思料ス
我等ノ眞精神ガ普及スルナラバ國内的ニハ相當ニヨキ結果ヲ齎もたらスモノト考ヘテ居リマス。
即チ吾等ガ占據シテ居ルトコロヘ一般市民ガ聲援ニ來リ、
我等ヲ萬歳歓呼ノ内ニ送迎シテクレタ事實ヲ以テモ推察出來マス。
國際的ニハ如何ナル影響ヲ及ボシタリト思料スルヤ
皇軍ノ精強ニ關シテハ何等外國ノ輕侮ヲ受ケザルモノト考ヘテ居リマス。
尚 毛唐ニハ我等ノ眞精神ガ判ル筈モアリマセン。
皇室ニ對シ奉ル敬虔ノ念ニ惡影響ヲ及ボシタリト考ヘザルヤ
我等ノ眞ノ精神ガ徹底シタナラバ、
皇室ニ對スル敬虔ノ念即チ尊皇絶對ノ精神ガ益々顕ニナリ、
皇室ニ對スル國民ノ念ハ愈々宣揚サレルデアラウト考ヘマス。
併シナガラ我等ノ實際ノ行爲并當時ノ狀況ヲモ考ヘズ、
輕々ニ奉勅命令ニ反シタリト非難セラルル點アリトセバ、洵ニ殘念ニ考ヘマス。
我等ガ此世ニ生殘リシモ 決シテ我等ガ御旗ニ弓ヲ引キシニハ非ズト云フコトを闡明せんめいシタイガ爲デアリマス。
現在ノ心境ハ如何。
私ハ一日モ早ク我等ノ眞精神ガ上聞ニ達シ、一般ノ國民ガ理解シ、
昭和維新ノ曙光ヲ偏ニ念願スル次第デアリマス。
將來ニ對スル覺悟ハ如何。
私ハ既ニ死生ヲ超越シテ居リマシテ、將來ニ對スル別段ノ覺悟ハアリマセン。
本件ニ關シ他ニ陳述スベキコトリヤ
本事件ニ關シテハ全然我等將校ノ負ウベキモノデアリマスカラ、
何卒下士官兵ニ累ヲ及バナイ様ニ歎願致シマス。
其他別ニ何モアリマセン。
陳述人 高橋太郎
右讀聞ケタルトコロ、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名捺印セシム
昭和十一年三月二日
東京憲兵隊本部勤務
陸軍司法警察官 陸軍憲兵大尉 林弥衛
筆記者 陸軍憲兵曹長 松村 清
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二・二六事件秘録 ( 一 ) から
安田 優
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵少尉 安田優
右者ニ對スル叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、牛込憲兵分隊ニ於テ
本職ハ被告人ニ對シ訊問ヲスル事左ノ如シ
氏名、年令、所属部隊、官等級、俗称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ安田優
年令ハ二十五年
所属部隊ハ元野砲兵第七聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称ハ熊本県平民
本籍地ハ熊本県天草郡宮地村大字小宮地三六四五
出生地ハ本籍地と同じ
住所ハ東京市杉並區上萩窪二丁目九十七番地 富田義雄方
職業ハアリマセン
位記、勲章、年金、恩給を有セザルヤ
從八位ノ外ハ勲章、記章ソノ他有リマセン
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
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二 ・二六事件
其方此度ノ叛亂事件ノ概要ヲ述ベヨ
私ハ本年ノ一月中頃カト思ヒマス、
歩一ノ栗原中尉ノ許ニ中島少尉 ( 工兵 ) ト共ニ行キ、愈々蹶起ス可キコトヲ申シ合セマシタ。
之レヨリ先、相澤中佐ノ公判ヲ見テ常ニ考ヘテ居ツタ事ハ、
大衆運動ヲヤル可キ秋デナク、
維新ヲ直チニ斷行ス可キ秋デアルト考ヘテ居ツタノデアリマス。
其後二月二十五日午後、
中島少尉ノ下宿ニ於テ留守デアツタガ村中孝次ト會見シマシタ。
ソレハ實行部隊ノ準備完成シタルコトヲ村中ガ私ニ告ゲルノデアリマス。
ソノ中ニ、中島ガ歸ツテ來テ愈々二十六日ノ黎明れいめいヲ期シテ斷行スルト申合セマシタ。
ソレハ斷行後ハ生キ殘ル可キデハナク、死ヲ期シテヤル可キコトガ萬一、
二人ノ中ニ一人ニテモ生キテ居レバ互ニ相互ニ兩親ニ、
此實行ノ精神ヲ充分ニ理解セシムル事ヲ約束シタノデアリマス。
村中ハ先ニ中島宅ヲ出テマシタ。
ソノ後家ニ歸リ當時二十四日夜、家カラ出奔シテ來タ實弟 ( 十九才 ) ニ對シ、
大イニ出奔シタ不心得 及 百姓ノ尚キ理由ヲ説明シテ訓戒シタノデアリマスガ、
其實弟が訓戒ニ從ヒ歸宅セントシテ居リシモノデ、荻窪驛ニテ會シモ此儘涙ヲ呑ンデ歸シマシタ。
ソノ時ハ、何時私ガ死ヌカモ知レヌカラ、死ンダナラ宜敷兩親ニ頼ムト言ツテ遂ニ別レマシタ。
時ハ午后五時頃ト思ヒマス。
然ルニ不思議ニモ内務省ニ勤メテ居ル實兄 ( 薫 二十八才 ) に同処に會ヒマシタ。
直チニ弟ヲ聯レテ歸シテ來ルコトヲ願ツテ歸リマシタ。
富田ト云フノハ私ノ義兄デアリマス。
歸リマシテ甥ニ菓子ヲ貰ヒ与ヘ、
自分ハ人ニ悟ラレヌ様ニ長袴ヲハキ拳銃實包トヲ携ヘ ( 短袴ト其鞄ニ入レテ )
家ヲ出マシタ。時ハ午後六時デアリマス。
直チニ歩兵第三聯隊ニ行キ、
第一中隊ノ坂井中尉、高橋少尉、麥屋少尉ノ四人ニテ事件ニ關スル配備ヲ研究シマシタ。
齋藤内大臣ノ ( 此配備要領ハ別紙要圖ノ如クデアリマス ) 襲撃ノ配備ノ研究デアリマス。
此警備ハ克ク坂井中尉ガ知ツテ居ル筈デス。
特ニ注意スルコトハ、赤坂離宮ヨリ齋藤邸ニ入ル道路橋梁等ノ守ビニ任ズルモノ
( 重機一、軽機一 ) 兵十二、三名デ、聖地ノ關係上、絶對ニ射撃ヲ禁ゼシメタルモノデアリマス。
此總兵力ハ一個中隊半位デス。
ソノ他、之等ニ關スル決行後ノ配備等ニ就テ研究シマシタ。
二十六日
ソレカラ午前零時、
野中隊ノ下士官ヲ起コシマシテ下士官十二、三名ニ自分達ノ注意ヲ傳ヘマシタ。
ソレハ将校室ニテ他ノ三人ノ將校モ列席シ、坂井中尉ガ傳ヘ、後、私ガ一言シマシタ。
ソノ要旨ハ
軍人ハ陛下ノ軍人タルコト、
從ツテ陛下ノ下ニ直參スル心掛ケガ必要ダ、
正視タル私利私慾ノ下ニ働イテ居ツテハ、決シテ軍人ノ本分ヲ盡スコトガ出來ナイ。
故ニ軍人ノ必要ナ事ハ、
高位高官ニナルコトデナク職務上ノ役ヲ立派ニ努メ得ルコトデアル事
ヲ 注意シタ。
そレカラ、坂井中尉ガ配備ヲ具體的ニ下士官ニ割當テ、私ガソレニ就テ意見ヲノベタノデス。
下士官ニ任務下達後、兵ヲ起シ軍装ヲ整ヘマシタ。
ソレハ第二装着用、雑嚢、防毒面ヲ携行、次ニ弾薬、食糧ヲ規定ニ基キ
傳票ニ依リ週番司令 ( 安藤大尉 ) ノ正規ノ手續ニテ受領分配シマシタ。
兵ニハ大體下士官ガ敎育シタモノト思ヒマス。
此時ハ二十六日午前三時頃ト思ヒマス。
午前四時ニ舎前ニ集合セシメテ坂井中尉ガ訓示ヲ与ヘ、兵ハ大イニ勇躍シテ居リマシタ。
此中隊ヲ聯レテ出發シタノデアリマス。
ソレカラ外苑ヲ廻ツテ信濃町ヲ通リ齋藤宅ニ行キツツ、逐次計畫ニ基キ完了シタノデアリマス。
蹶起部隊進撃径路
其ノ後、
私ト坂井ト麥屋、高橋ノ四人ニテ奥内ニ這入リマシタ。 ( 戸ハ叩キ破リマシタ )
邸内ニ巡査ガ三十人許リ居リマシタガ、何等抵抗シマセンノデ、
此巡査ニハ部長ヲ通ジテ説論ヲ加ヘマシタ処、克ク判ツタト言ヒマシタ。
内部ニハ女中ノ案内ニヨリ階上ニ行キマシタ。
此女中ハ非常ニ沈着シテ居リ、狼狽ノ色ナク聯レテ行ツテクレマシタ。
ソレカラ寝室ノ前ニハ、春子夫人ガ戸ヲ開ケテ首ヲ出シマシタ。
中ニ這入リマシタ処、
内大臣ガ 「何ダ ナンダ」 ト言ツテ出テ來タ処ガ、
私達ノ姿ヲ見テ寝室ノ方ヘ逃ゲテ行キマシタ。
ソレデ三人 ( 麥屋ハ階上ニ上ラズ ) デ
「 天誅國賊 」
ト言ヒ乍ラ拳銃ヲ發射シマシタ。
拳銃ハ三人ハ 「 ブローニング 」 私ノハ 「 モーゼル 」 デアツテ、軍装整備上、平素ヨリ持ツテ居タノデアリマス。
ソレガ克ク命中シ、確カニ即死シタコトヲ信ジタノデアリマス。
此際、春子夫人ハ私達ノ行動ヲ妨害シマシタガ、ソレヲ離シテ齋藤氏ノミ射殺シタノデアリマス。
後、終了 「 ラッパ 」 ヲ玄關ニテ吹奏シテ下士官兵ヲ集合サセタノデアリマス。
次ニ橋ノ下ニ至リ、 「 天皇陛下万歳 」 ヲ三唱シタノデアリマス。
ソノ時 「 マント 」 を 齋藤氏ノ邸外、正門ノ前ニテ掛ケテ置キ、
後 兵ニ取ラシメタガ未ダ判明シマセン。
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後、私ト高橋少尉ト兵十四、五名ヲ指導シテ
田中中尉ガ恰度通リ掛ツタノニ自動車ヲ準備シテ呉レタノデ ( トラツク )、
赤坂離宮前ニテ、之レニ乗リ、直チニ渡邊敎育總監ノ許ニ行キマシタ。
「 トラツク 」 ハ邸内ノ側ノ道迄行キ、兵三名ヲ下ノ方ニ出シ
( 地方人ガ彈ニ當ツタラ危ナイト思ツテ )、私達ハ正門ノ方ヘ行キマシタ。
此際、特ニ申スコトハ、
昭和維新斷行ハ軍ノ協力一致ニアレバ渡邊總監モ一體ナル爲ニ、
之ヲ求メントシテ官邸ニ先ヅ迎ヘルト云フ眞意ニアツタ事デスカラ、
殺ス意思ハ、ソノ時迄ハ無カツタノデアリマス。
而シテ正門カラ行キマシた。
私達ハ單ニ總監ヲ殺スナラバ裏門カラ行ケバ良イト云フ事ヲ判ツテ居タガ、
殺スノガ目的デナイノデ、嚴重ナル戸締ノアル正門ニ向ツタノデス。
「 トントン 」
戸ヲ叩ク中ニ 「 ボン 」 ト云フ音ガシタノデアリマスガ、同時ニ私ハ倒レマシタ。
ソレカラ二、三分經ツテ又歩ケル様ニナリ 裏口ニ廻リマシタ処、
全部戸ガ開ケテアリマシタノデ直ニ奥様ニ閣下ノ許ニ案内シテ下サイト言ヒマシタ。
奥様ハ、「 其レガ日本ノ軍隊デスカ 」 ト言ヒマシタノデ、
私ハ、「 私共ハ閣下ノ軍隊デナク陛下ノ軍隊デス 」 ト言ヒ返シマシタガ、
其レデも案内シナカツタノデ閣下ガ判ラナカッタノデスガ、
奥様ガ立ツテ居ルノデ怪シイト思ヒ、
其後襖ヲ開ケテ見マシタラ閣下ガ蒲團ヲ遮蔽的ニシテ拳銃ヲ射撃シマシタ。
ソレ故ニ、私ハ飛込ンデ閣下ニ二發拳銃ヲ射撃シマシタ。
經機モ射チマシタガ、誰ガソノ様ニシタノカ判リマセン。
私ハ不安心デアツタガ表ニ返シマシタ処、高橋ガ大丈夫ダト云フノデ先ヅ安心シマシタ。
ソレカラ兵ヲ集メテ、全部自動車ニ乗セマシテ歸途ニツキマシタ。
其時憲兵ガヤツテ來テ、自動車ヲ降リテ私達ノ自動車ニ近ヅキマシタノデ、
私達ガ止メマシタガ、兵ガ二、三發發射シマシタ。
私ハ降リテ憲兵ノ乗ツテ來タ自動車ヲ 「 パンク 」 サセテ引揚ゲマシタ。
途中、中野附近デ憲兵將校二人ノ乗ツタ自動車ニ會ヒマシタテ、
一寸停車シテ私達ヲ見マシタガ、其儘、荻窪ノ方ニ行キマシタ。
此頃ハ午前六時半カ七時頃デス。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
直チニ陸相官邸ニ引揚ゲマシタガ歩ケマセンノデ居リマシタガ、
憲兵ガ世話ヲシテ玄關ノ側ノ室ニ聯レテ行キ、看護長カ誰カガ手當ヲシテ呉レマシタ。
之レヨリ自動車ニ乗リ
中島少尉ガ前田外科病院 ( 赤坂傳馬町 ) ニ聯レテ行ツテ呉レ、
治療ヲ受ケ、
昨二十九日午后二時迄入院シテ居リマシタ。
此時、狀況ヲ 「 ラヂオ 」 ニテ
「 勅命ニ依リ事ノ如何ヲ問ハズ所属隊ニ復歸ス可シ 」
ト聞キ、之レニテ先ヅ首相官邸ニ行カントシ、
自動車ニ乗リ行ツタ処、同志ガ居ラズ陸相官邸ニ行キマシタ。
此時、參謀砲兵大尉ニ會ヒ同ジ砲兵デアルノデ二人相擁シテ泣キマシタ。
私ハ此処デ二、三時間待ツテ居リマシタガ、
私ノ自決ノ爲 拳銃ヲ腹ノ中ニ蔵ツテ居ツタノデアリマシタ。
此時私ハ考ヘタモノハ、
自決スルノガ一番此ノ世ノ中デハ楽ダト思ヒマシタガ、
自決シタナラバ世ノ中ハ如何ナルノダロウト考ヘマシタ。
然シ私トシテ、ドウシテモ自決セネバナラヌト考ヘタノデアリマス。
此処ニハ栗原、香田、田中、丹生等ノ人々ガ集マツテ居リマシタガ、
別ナ砲兵少佐参謀ガ、是レカラノ決心ヲ訊キマシタ。
私ハ 「 何ラトモ申上ゲルコトハアリマセン 」 ト申述ベマシタ。
然ルニ石原大佐ガ出テ來テ 「 檢束スル 」 ト言ヒマシタ。
栗原中尉は 「 其ノ御言葉ハオ違ヒデハアリマセンカ 」 ト言ツタラ、
石原大佐ハ 「 何 」 ト怒ツタ様ナ口調デ言ヒマシタガ、
憲兵將校ガ 「 其レハ保護デアリマス 」 ト言ハレマシタノデ、
石原大佐ハ 「 イヤ間違ヒマシタ 」 ト言ハレマシタ。
午后六時頃デアリマス。
其時、石原大佐ハ
「 オ前達ハ自首シテ來タノダロウ 」
ト侮辱的ニ聞キマシタカラ、私ハ
「 自首シタノデハアリマセン。武人トシテ面目を全フサセテ戴キタイ爲デアリマス 」
ト答ヘマシタ。
私ハ此時、非常ニ遺憾ニ思フコトハ自決スル機會ヲ与ヘラレナカツタコトデス。
即チ、私ヲシテ言ハシムルコトヲ聞キ、
然ル後、武人ノ最後ヲ飾ラセテ戴キタカツタノデス。
單ニ時間丈与ヘラレテモ
結局ソレナラバ私達ハ何ヲヤツタカ無意味ナモノニナルト思ヒマス。
ツマリ 陸相官邸ニ病院カラ行ツタノハ、赤穂義士的ナ最後ヲ求メタイト思ツタカラデアリマス。
此様ニ取扱ハレルトスルナラバ、病院ヨリ陸相官邸ニ馳セ參ズルハ誤リデアッタ、
認識不足デアツタト思ハレテ返スガエスモ實ニ殘念デアリマス。
私ハ陸軍大臣カラ告示ヲ戴キマシタ。
「 諸子ノ行動ハ天聽ニ達ス。諸子ノ行動ハ國體顕現ノ至情ニ基クモノト認ム 」
ト云フ有難キ御言葉ニ對シ、此結果デハアマリニモ差異ガアリ、
此分ニ於テハ、ヤガテ總テガ闇カラ闇ニ葬ラレルノデハナイカト心配シ、
之レガ何ヨリ一番殘念デアリマス。
・・・次頁 安田優少尉の四日間 2 『 皇威ヲ發揚シ、國家ヲ保護ス可ク誓ツタ 』 に 続く
二 ・二六事件秘録 ( 一 ) から
安田 優
安田優 訊問調書
午后六時頃であります。
其時、石原大佐は 「 お前達は自首して来たのだろう 」 と侮辱的に聞きましたから、
私は 「 自首したのではありません。武人として面目を全ふさせて戴きたい為であります」
と答へました。
・・・前頁 安田優少尉の四日間 1 の 続き
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二 ・二六事件
何故ニ此様ナ行動ヲスル様ナ理由ニナツタノカ
私ハ小サイ時カラ不義ト不正トノ幾多ノ事ヲ見セツケラレ、
非常ニ無念ニ感ジテ來タモノデスカラ、
小サイ時ハ弁護士ニナツテ之ヲ打破シヨウトシタガ
之ヲ達セラレナイト思ヒ
（ 法律ハ金力ニ依ツテ左右サルコトガ多イカラ ） 斷念シ、
中學校ニ入リ一番正シイノハ 軍人ダロウト思イ軍人ヲ志願シタノデアリマス。
大正十二年頃
佐野學ガ第一ニ檢擧サレタ頃、
共産主義ノ説明ヲ父親ニ聞キ 大イニ共産主義ヲ憎ム様ニナリマシタ。
實ニ軍人ノ社會ハ正シイモノト思ツテ志願シタノデアリマス。
士官學校豫科ニ入ツテ二日目ニ、全ク裏切ラレタノデアリマス。
第一ニ
御賜ニテ幼年學校ヲ出ル様ナ人間ハ、
支給サレタ自分ノモノガ無イ時ハ 他人ノモノヲ取リテ自分ノモノニシタ様ナ實例ヲ見、
其ノ他 他人ノ金錢ヲ取ルモノ、
又ハ本科ノ生徒ガ日曜ニ背広ヲ著シ 「 カフェー 」 ヤ遊郭ニ行ク様ナ點ハ全ク憤慨ニ堪エナカツタノデアリマス。
此ノ様ナ點ニテ、村中區隊長ト接触ヲ始メタノデアリマス。
而して 此ノ様ナ不正ハ何トカセネバナラヌと共鳴シテ居ツタノデアリマス。
原隊ニ歸ツテモ、
村中氏トハ家族同様ノ親交ヲシテ居ル内ニ、
村中氏ハ私情ヲ投ゲ
君國ニ殉ズルノ精神ニ甦ツテ行動シテ居ラルルコトニ非常ニ感奮シタノデス。
然シ 一度モ國家改造等ノ事ハ村中氏ヨリ聞イタコトハ有リマセン。
但シ、其ノ進行中ノ無言ノ内ニ愛國ノ士デアルコトガ判リ、
無言ノ感化共鳴シ全ク此ノ愛國ノ至情ニハ一ツノ疑念ナク、
凡テニ於テ共ニ行動出來ルモノト確信シタノデアリマス。
ソノ後益々親交ヲ深クシテ居リマシタ。
然ルニ 悉ク遭遇スルモノハ皆不正不義ナル現實ニ接シ、
愈 いよいよ凡テニ是非國家改造ノ必要ヲ痛感シテ來タノデアリマス。
就中、三月事件、十月事件、十一月事件デアツテ、
殊ニ甚シク遺憾千萬ナモノハ統帥權干犯問題デアリマス。
然ルニ相澤中佐殿ノ公判ニ依リテ見テモ、
統帥權干犯問題ガ闇カラ闇ニ葬リ去ラレ様トシテ居ルノデ、
何トカシテ之ハ明瞭ニシ 斷乎ソノ根源ヲ絶タネバナラント愈決心ヲ固クシタノデアリマス。
ソレニハ元凶ヲ打タネバナラヌト考エタノデアリマス。
私ハ昨年十一月ニ砲工学校普通科ニ入ルベク上京以來、
勉強ノ爲メニ追ハレテ居ツタ關係上
村中氏トハ二回位シカ會ツタ事ガナイシ、ソノ他何人ニモ會ヒマセンデシタ。
然ルニ、統帥權干犯問題ヲ新聞ニテ知リ、
愈 根源斷絶ヲ決行セネバ駄目ト考ヘテ居リマシタ。
之レガ爲メ、第一ニ中島ニ聯絡ヲトツタノデアリマス。
何トナレバ、中島ハ村中氏ヤ河野氏、安藤氏等ト聯絡ヲトツテクレルト思ツタシ、
マタ聯絡ヲトツテ呉レト頼ンデモ置イタカラデス。
其レデ、中島ニハ具體的方法等ノ事モ考エテ貰ツタノデス。
只此度ハ個々夫々ニ計畫ヲ口デ申シ合セ文章ニシテアリマセン。
ソレハ、從來文章ニスレバ失敗シテ折ツタ苦キ經驗ニ基クモノデス。
・
次ニ經濟上ニテ、
現狀ハ一君萬民ノ國情ニナツテ居ラヌ事ハ明瞭ナル事實デアリマス。
同ジ陛下ノ赤子ナガラ、
農村ノ子女ト都会上層部ノ人々トノ差ノアマリニ烈シイコトハ 陛下ニ對シテ申譯ナイト思ヒマス。
之ハ現在ノ國家ノ機構ガ惡イト思ウノデアリマス。
殊ニ北海道山奥リ人民ノ生活ハ満洲人等以下ノ生活ヲシテ居リマス。
殊ニ北海道ノ北見ノ方ニ行クト、
十一月頃ニ一月位迄食ウ馬鈴薯モ （ 米、麦ハ勿論ナシ ） 無イト言ウ有様デアリマス。
然ルニ 農村ノ租税ノ割合ハ都市ヨリ多ク、金融ハ凡テ集中占領サレテ居リマス。
満洲事變以來、
軍部ハ政党ヲ押エ附ケ様トシテ來タガ今ハ政党ノ温床ノ如クナツテ居ル。
其レハ 軍需 「 インフレ 」 工業ノ利益ガ政党ニ行ツテ居ル。
例エバ飛行機ノ政策ニテモ同様、
外國ヨリ 「 パーテン ト」 ヲ買ツテイル中島、川崎、三菱等ハ高イ金ヲ以テ軍部ニ賣ツテ居ルガ、
ドウセ外國ノモノヲ買ワナイ、
彼等ノ手ヲ經ス國家ニテ統制シテ之ヲ整備スル必要ガアルノニ、
ソレヲヤラズニ居ルノハ即チ政党ノ温床ニナツテ居ルカラデアル。
殊ニ重工業ノ如キハ實ニ斯ル様ニ思ウ。
之ハ財閥重臣ヲ斃サネバ此ノ實現ハ出來ヌト思ウノデアリマス。
今デモソレヲ確信シテ居ルノデアリマス。
北海道ノ兵ノ如キハ、食物ハ軍隊ノ方ガヨイカラ地方ニ歸ツテ農ヲヤルコトヲ厭ツテ居ル。
ソレデ良兵ハ愚民ヲ作ルコトニナツテ居ル。
之皆農村ノ疲弊カラデアル。
之レヲ救ウニハ、ドウシテモ財閥重臣等ヲ排除セネバ實現ガ出來ヌト思ウノデアリマス。
次ニハ思想上ヨリ言エバ、
無産党ガ成功シテ居ルコトハ所謂 「 インテリ 」 階級ノ動向ヲ察セラルルノデアル。
無産党ガ斯クヤツテ居ルト、軍隊ナラバ非常ニ隆盛ニナルコトト思イマス。
サスレバ、之レガ國體ニ相反スルモノガ此ノ様ナ狀況ニナレバ英国ノ如クナリ、
甚ダ憂フベキコトト思イマス。
計畫ニ依ル其許ノ役割ハ如何
私ニハ齋藤内府ト渡邊敎育總監ニ關スルコトデアリマス。
他ノ高橋トカ坂井トカハ私ニ對シテ協力シテ呉レマシタノデス。
而シテ之レ等ノ分担ハ、夫々各自ガ言ハズ問ハズ協議一致ト云フコトニナルノデス。
五大目標、即チ、齋藤、牧野、高橋、岡田 ( 西園寺モ入レマス ) ヲ排除スルコトハ、
期セズシテ私達ノ目的デアツタノデス。
故ニ之レヲ統轄シテヤツテ居ルト言フコトハアリマセン。
唯、意見意志等ヲ綜合統一シテ呉レルノハ安藤氏大尉級ノモノデアリマス。
ソノ他軍人以外ノ人ヨリ策動乃至ハ使嗾シソウ的工作アリシヤ
全ク他ヨリ受ケテ居リマセン。
候補生時代ニハ、北一輝ノ國家改造法案ヲ見、稍やや共鳴モシマシタガ、
實際ニソノ人物ニ會ヒ著者ニ於テノ人物ヨリ遥カニ低下シテ居ルノニ落胆シ、
其後會ツタコトハアリマセン。
西田税氏ニハ候補生時代ニ一度オ目ニ掛ツタガ
別ニソノ問題ノ話ニ触レタコトナク、冗談言ツテ別レタ位デス。
私ハ軍人ガ外部カラノ策動ヤ使嗾等ニ會フ事ハ一番恥辱トシテ考ヘテ居ルモノト思ツテ居リマス。
第一中隊矢野大尉ハソノ事ヲ知ラザルヤ
全ク知ラザルモノト判斷ス。
何トナレバ其処ニ全然居ラザル爲メデス。
然シ週番司令ノ命令ノ下ニ合法的ニヤツタノデ、下士官兵ハ正シキ平素ノ行動ト信ジタト思ヒマス。
他中隊ノ兵ニ對シテ指導系統ヲ如何ニ考ヘルヤ
此中隊ノ兵ニ對シテ、指揮シヨウトハ思ヒマセンデシタ。
唯、行動ヲ共ニセント考ヘテヤツタノデアリマス。
ソレ故ニ齋藤氏ニ對シテモ渡邊氏ニ對シテモ、
兵ニ對シ意識的ニ號令乃至命令的ノ言動アリタルコトガ無イノデアリマス。
同志ハ他ニナキヤ
悉ク私ハ現代ノ青年將校ハ同志ト考ヘテ居リマス。
只、實行力ト云フモノニ關シテハ不明デアリマス。
又平素沈黙シテ居ルモノハ實行力ヲ有スルノデ、
從ツテ此様ナ人ハ平素沈黙シテ居ルモノデ判リマセン。
トクニ他ニ取リ立テテ同志ハ居リマセン。
此ノ事件ト國際關係ト如何ニ考フルヤ
一應ハ日本与シ易シトノ感ヲ或ヒハ与ヘ、安堵ノ色ヲ表シタカモ知レナイノデ、
ソレハ誠ニ申譯ナイガ背ニ腹ハ代ヘラレヌト言フ様ニ、
日本ガ一大飛躍ヲナス爲ニハソレハ已ムヲ得ヌ事象ト考フルモノデアリマス。
皇軍ト云フモノニ對シテノ影響
實質的ニハ此道コソ皇軍本來ノ面目ナリト確信シテ居リマス。
況シテ一昨日迄ノ私達ニ下サレタ告示ヲ見レバ、本來ノ面目ヲ充實シテ居ルト見テ居リマス。
只、特ニ申上ゲタイ事ハ、事件發生以來、
殊ニ軍首脳部及幕僚ノ國體ノ御信念及建軍ノ本義ニ對スル御信念ニ對シテハ、
私達ハ今尚一種ノ疑問ヲ抱イテ居ルノデアリマス。
往々國體信念及建軍ノ本義ニ對スル信念ニ就イテ、
認識ノ相違ヲ以テ逃レントスル傾アルモノニ會フモ、
之等ノ信念決シテ認識ノ相違等ノコトアルハ、アル可キニ非ズト信ジマス。
形式的ニ於イテモ眞ノ國民ハ私達ノ行動ハ諒解シテ呉レルモノト思ヒマス。
所謂、桃色化シタ 「 インテリ 」 ハ或ハ喜ンダカモ知レマセン。
然シ農民トカ中小工業者等ノ醇厚朴調ナル陛下ノ赤子ニハ、
充分ニ是認セラルルモノト思ツテ、
益々皇軍ノ士気ヲ旺盛ナラシメタルモノト信ズルモノデアリマス。
蓋シ士官學校入校ノ際、宣誓シタル文ニアル如ク、
皇威ヲ發揚シ、國家ヲ保護ス可ク誓ツタカラデアリマス。
此點ニ就イテハ、
一昨日私達ニ下サレタ陸軍大臣ノ告示ニテ充分証明サレテ居ル様ニ思フノデアリマス。
奉直命令ガ出テカラノ態度ニ就イテ
私ハ當時、前述ノ如ク入院シテ居リマシタガ、砲工學校カラ船引中佐殿ガ來ラレテ、
奉勅命令ニ對シテハ如何ナル考ヲ持ツカト問ハレタルニ際シ、
即時 絶對服從ノ誓文ヲ学校宛ニ出シ、
船引中佐殿ニ渡シタノデアルヲ見テモ判ル如ク、即時絶對服從スルノデアリマス。
「 ラヂオ 」 ニ入ツテ來タ事ガ
「 大御心ニヨリ事ノ善惡ヲ問ハズ、直チニ所属隊ニ復歸スベシ 」
ト言フコトヲ聞イタノデ、病院ヲ出ヤウトシマシタガ、
刀ガナイノデソレデアノ附近ノ刀屋ヘ入リ指揮刀ヲ求メ、
ソレカラ巻却胖モ買ツテ即時出掛ケタノデスガ、医者トシテハ此傷ニテハ出シ度クナイシ、
憲兵ニモ通ジテアルコトナレバ出ナイ方ガヨカロウト言ヒマシタガ、
然シソレデ斷乎トシテ出テヤロウトシタ時ニ、叛亂軍ハ鎭圧シタト云フコトヲ聞キマシタ。
昨日マデハ第一次出動部隊ト云ハレタノニ、
今日ハ此叛亂軍ノ汚名ヲ蒙ツタノデ非常ニ悲痛ナ思ヒヲ致シマシタ。
然シ乍ラ、前述ノ如ク勅命ニハ絶對即時服從シテ居タノデスカラ、
私トシテハ飽迄叛亂軍ニ非ザル考ヘデアリマスノデスカラ、
此汚名ハ是非私ニ關シテ取ツテ貰ヒ度イト思ヒマス。
然ラバ他ノ者ト行動ヲ共ニシテ居ル時ニ、奉勅命令ガ來タラ如何ニセシヤ
勿論絶對即時服從デアリマス。
之レガ 「 尊皇 」 ナノデス。
他ノ者モ亦 「 尊皇討奸 」 一大眼目デアルカラ同様ニセネバナラヌノデアリマスガ、
恐懼ナルモ、上司ガ往々尊聖ヲ冒瀆シ奉ルコトガアルノデ、
之ニ類スルモノト考ヘタ結果デハナカロウカト考ヘマス。
然シ此ノ場合デモ絶對服從ガ至當デアルト思ヒマス。
實ニ第一次迄ハ、他ノ歩一、歩三ノ聯隊長ハ
私達ト行動ヲ共ニセラレタ様ニ拝察セラレタノデアリマスカラ、
本當ニ奉勅命令ヲ奉達セシムル事ハ、
輕機モ恐レズ、重機モモノトセズ、正々堂々ト私達ニ奉達セサラルル事ガ、
皇軍ノ當然ノ処置ト考ヘラルルノデアリマス。
現在ノ心境ハ如何
現在ノ心境ハ、自分ノ言フ可キ事ヲ全部言ツテ、
克ク判ツテ貰ツテ自決サセテ戴キ、
七生迄モ維新ノ精神ニ生キマシテ、
陛下ノ御萬歳ヲ祈リ度イト思フノデアリマス。
皇軍ニ對シテノ所感如何
皇軍ハ此期ニ於テ、皇軍建設ノ本義ニ立チ返ツテ、陛下ノ下ニ直參シ奉ルコトデアリマス。
具體的ニ申上ゲマスレバ親補職ニアルコトハ、陛下ノ御前ニ於テ總テヲ懺悔セラレマシテ、
ソノ御行動ハ一ツニ大御心持タルル様ニセラレルヨウニオ願スル次第デアリマス。
其他ノ諸官ハ、各々其属スル処ニ從ツテ同様ノ御処置ヲ御願ヒ致シマス。
現在ニ於テ其採リタル処置ニ就イテ何カ所感アリヤ
全然アリマセン。
此行動ハ是非大御心ニ副ヒ奉ルベク斷行セザル可カラザルモノト、
今ニ於テモ確信シテ居ルノデアリマス。
行動ニ關シ他トノ関係アリヤ
全然アリマセン。
前述ノ如ク、軍人以外ノモノヨリ使嗾、感化等サルル様ナコトハ一大汚名ト考ヘテ居ルカラデアリマス。
ソレデスカラ、西田税ノ如キハ全ク成功ノ暁ニハ斬ラネバナラナイモノト決心シテ居リ、
中島少尉ト栗原中尉等ニ對シ秘カニ左様申述ベマシタ。
栗原ハソンナ事ハ問題デハナイト言ツテ居リマシタ。
ソノ他、本件ニ關シ申シ立ツルコトナキヤ
私ハ日蘇間ハ宿命的ニ戰爭スル様ニナツテ居ルト確信シマスガ、
然シ此分デ行ケバ、日本ハ之レニ對シ勝ツト云フコトハ危惧ノ念ヲ持ツテ居リマス。
故ニ先ヅ國内的ノ敵ヲ除去シ、眞ノ國内ノ充實ヲ期シ、之レニ當ラネバナラント考ヘ、
ソレカラ時日ヲ遷延ス可キ場合デナイト考ヘマシタノデ、
先ニ言ツタ様ナ動機ニ基キ蹶起決行シタノデアリマス。
若シ直チニ憂國ノ士ナラバ、實際、此點ヲ考ヘ晏如タルコトガ出來ナイト思ヒマス。
ソレ故ニ、天皇機關説ノ如キヲ述ベラレタ渡邊閣下ノ如キ、
ソノ眞意ヲ知ラナカツタカラ、ソレヲ確メ、
且ツ協力一致ノ實ヲ擧ゲテ貰フ爲メ殺ス等ト云フ考ヘハ無カツタノデスガ、
然シ對馬中尉ノ言ナドニ依リ確カナル機關説ノ様ニ考ヘ、
然ラバ軍隊敎育上ヨリ見テ果シテ害ガナカツタ方デアルコトハ斷言出來ナイ點ヲ考ヘマスト、
殺シタ事モ決シテ無駄デモ無カツタト天地神明ニ對シテ確信シテ居リマス。
大本敎ノ信者ノ中ニモ軍人ノ居ルコトハ事實デアリマス。
大本敎ハ不敬及國家ヲ紊亂スルモノトシテ、内務省ヨリ芟除サル可キモノアルニ拘ラズ、
相當ノ人即チ坂西大佐、池田純久ノ如キ人
( 之レハ昭和神聖會即チ出口宇智麿ヲ長トスルモノト協力シテ國家改造セントセリ )
ガアリマスガ、之レハ除去セネバナラヌモノト云フモノト思ヘマス。
私ノ候補生時代、常岡大尉ガ山岸中尉ノ姉サンノ家ニ訪ネテ來テ、
種々ノ 「 パンフレット 」 ヲ見セ、私ト共ニ行キサエスレバ、
オ前達ハ官等一級飛ビ越エ大尉ニシテヤルト言フコトモアリマスガ、コンナ人ハ私達ノ排斥スル処デアリマス。
偉イ人ハドンナ惡イ事ヲシテモ ( 例ヘバ 三月事件、十月事件 ) 構ハナイ、
然シ私達ノ如キモノハ仮令正義ヲ盡シテモ、決シテ認メテクレヌバカリデナク、
ソノ正義ノ爲メニスレバ彈壓サレルト言フ結果ガ多イノデアリマス。
私ハ階級ノ上ノ人トハ交リモセズ、知ル機會モナカツタノデ、
眞崎大將ノ如キ方ナドハ會ツタコトモ見タコトモナカツタノデスガ、
統帥權干犯問題デ止メラレタ時、極度ニ言論ニ不公平ガアツタト確信シタノデス。
即チ、當時軍部ニテハ言論等ノ權限モ随分持ツテ居タノニ拘ラズ、
眞崎大將ノ罷免ニ附、不純分子ノ削除等ノ活字ガ多ク見ラレタコトニ就テ、
之レハ公平デナイト直感シタノデス。
何トナレバ敎育總監トシテ仰イデ來、其訓示、訓令ニ基キ兵ノ敎育ニ任ジテ來マシタガ、
一朝ニシテ不純分子ノ元兇ノ如ク言ハルルノヲ、ソノ儘ニシテ、
且ツハ多クノ人々ノ耳目ニ接セシムルコトハ不純分子ノ裏書ヲスルガ如キモノニシテ、
カクテハ兵ニ對シ先ニ敎育シタル其訓令、訓示等ハ如何ニナルノデアリマショウカ。
誠ニ怪シカラヌ事ト信ジマス。
尚、此事ニ就キ、第七師団參謀長松村大佐殿ノ如キ、
故永田中將閣下ニ意見ヲ上申サレタ事ヲ知ツテ居リマス。
考フル度ニ今ニ於テ悲憤通嘆禁ジ得マセン。
之レ畢竟ひっきょうスルニ、大御心ヲ蔽ヒ奉ル元兇、即チ重臣ブロックガ根強ク張ツテ居ル結果デアリ、
躍進日本ヲ一層充實セシメ、眞ニ擧國一致セシムルニハ
ドウシテモ是等害物ヲ徹底的ニ芟除スルノ要ヲ痛感シタノデアリマス。
私達ノヤツタ事ハ、勿論、國法ヲ犯シタ點ハ惡イノデアリマスガ、
之レニ比シ、君國ノ爲メニナツタ事ガ多イト信ジ、
又世間ノ方々ニモ右認メテ下サラバ満足スル処デアリマス。
安田優
右讀ミ聞ケタル所、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月一日
牛込憲兵分隊
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少佐 磯 高麿
筆記者 陸軍憲兵軍曹 鈴木二郎
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二・二六事件秘録 ( 一 ) から
