田中勝
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵中尉 田中勝
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、東京衛戍刑務所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ田中勝
年齢ハ二十六年
所属部隊ハ元野戦重砲兵第七聯隊
官等級ハ元陸軍砲兵中尉
族称ハ山口県平民
本籍地ハ山口県豊浦郡長府町大字才川六十二番地ノ一
出生地ハ本籍ニ同ジ
住所は東京市江戸川區小岩町二ノ二七四九
職業ハアリマセン
位記、勲章、記章、恩給、年金ヲ有セザルヤ
アリマセン
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
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二 ・二六事件
事件惹起ヨリ 終熄迄ノ行動ヲ順序タダシク述ベヨ
二月二十六日 午前二時三十五分頃、
自宅ヨリ軍服ニテ中隊ニ至リ、自動車班係下士官軍曹川原義信ヲ起シ、
「 コレヨリ夜間ノ自動車行軍ヲヤル 」
トテ 川原軍曹ヲシテ二年兵ノ自動車手ノ内十二名ヲ起コシマシタ。
是等ノモノニハ、今回ノ決行ニ就テハ何モ申シマセンデシタ。
川原軍曹ニハ直チニ貨物自動車三台、乗用自動車二台ヲ営庭ニ集合ヲ命ジマシタ。
服装ハ第二装巻脚絆帯劍デアリマス。
午前三時十分
整列ヲ終リマシタガ、貨車三台ト乗用車一台丈ケデ側車一台ガ集リマシタ。
直チニ出發行動シテ、先、靖國神社ヲ參拝シ、更ニ宮城前ニ至リ皇居ヲ拝シ、
午前五時
陸軍大臣官舎ニ參リマシタガ、同志ハ誰モ見エテ居リマセン。
門ガ閉ヂテ居リマシタ。
其処デ同志ハドウシタカト思ヒ、
自動車隊ヲ引率シテ陸相官舎ヲ虎ノ門、六本木ヲ經テ歩一ヘ見ニ出發シマシタ。
歩一営門前デ私丈下車、同隊週番司令室ニ參リマシタラ山口一太郎大尉ガ起キテ參リマシテ、
山口大尉ニ 「 ドウデスカ 」 ト尋ネマシタラ、大尉ハ 「 ウン 」 トウナズキマシタ。
私ハ其儘速ク表ヘ出テ、自動車隊ヲ指揮シ赤坂ノ高橋蔵相私宅ノ前ヲ通リ掛リマシタラ、
同邸表門ニハ、十数名ノ徒歩兵ガ機関銃二梃ヲ以テ警戒シテ居タノヲ目撃シ、
陸軍大臣官舎へ午前五時二十五分頃ツキマシタ。
蔵相私邸ヲ通リ過ギル時、
私ハ同乗ノ運転手、助手ニ
「今日カラ昭和維新ニナルゾ喜ベ 」
ト申シマシタ。
途中閑院宮邸前デ、約一ｹ中隊ノ歩兵ヲ追越シマシタ。
之ハ同志ノ牽ユル部隊ト思ヒマス。
指揮官ハ誰カ判リマセン。
陸軍大臣官邸門前ニハ、丹生中尉ガ兵約六十名ヲ持ツテ警戒シテ居リマシタ。
私ハ獨リ官舎ニ這入リ磯部ニ會ヒマシタ。
磯部ハ、私ニ貨物自動車一台ヲ赤坂離宮前ニ速ニ出シテ呉レト申スノデ、
私ハ乗用車ニ乗リ貨車一台ヲ指揮シ、午前五時四十分頃同所ニ至リ、
貨車一台ヲ安田少尉ニ渡シマシタ。
安田ハ下士官以下三十名ヲ聯レテ、既ニ齋藤内府ヲ襲ヒ終リ、
赤坂離宮ノ前ニ集マツテ居リマシタ。
此レヨリ貨車ニ乗リ、渡邊大將を襲撃シタノデアリマス。
コレハ後デ同志ヨリ聞キマシタ。
其後陸相官邸ニ貨物自動車全部ヲ引揚ゲ、
栗原中尉、中橋中尉ガ東京朝日新聞社ヲ襲撃ノタメ貨物自動車二台ヲ出シテヤリマシタ。
爾後私ハ陸相官邸ニ位置シテ居リマシタ。
同所ニハ磯部、村中ヲ始メ丹生中尉ノ指揮スル約百名位居リマシタ。
其後全部ノ自動車ガ歸ツテカラハ、主トシテ乗用車ハ聯絡用ニ、
貨物自動車ハ食糧運搬ノ爲使用スル如ク、私ハ各部隊ニ配属シマシタ。
其内譯ハ、先、聯絡用トシテ首相官邸ノ栗原部隊、安藤部隊、坂井部隊ニ乗用車一台宛、
警視庁ニアル野中部隊ニ同二台配属シ、各指揮下ニ入レマシタ。
是等ノ運転手ハ私ノ引率シテ來タ兵ヲ充テマシタ。
之等ノ乗用車ハ、首相官邸の前にありました五台を使用したのであります。
三台の貨車の内、一台ハ渡邊大將襲撃ノ時、受傷セル下士一、兵一ヲ乗セ、
東京第一衛戍病院ヘ運搬シタル後、進路ヲ違ヘテ市川ニ歸リマシタ。
殘貨車二、乗用車一、側車一ハ私ノ指揮下ニ入リマシタ。
二十六日朝昼食ハ、木村屋ヨリパンヲ取リ、
夕食ハ弁当ヲ全兵員ノ爲何処カラカ判リマセンガ取リマシタ。
・
二十七日午前七時 陸相官邸カラ首相官邸ニ移動シマシタ。
此処ニハ栗原、中橋、林、中島等ガ居リマシタ。
首相官邸ニ移リマシタノハ陸軍省、參謀本部ノ幕僚襲撃ノ目的デアルト云フコトヲ同志ヨリ聞キマシタ。
二十七日夜ハ小藤部隊ノ指揮下ニ入リ、配宿割ニ從ヒ農林大臣官舎ニ宿營シマシタ。
ソレデ私ノ直接指揮下ノ車輌ヲ農相官邸ニ集結シマシタ。
二十八日ハ午前十時頃
村中ヨリ戒嚴司令官ヨリ奉勅命令ハ未ダ下スベキ時期ニアラズト言フコトヲ聞キマシタ。
ソシテ之カラ有利ニ進展スルト喜ンデ申サレマシタ。
同十一時頃 車輌部隊ヲ指揮シ首相官邸ニ行キマシタ。
之ヨリ曩さき 同九時頃 奉勅命令ハ下ツタト言フコトヲ
私ノ大隊長 ( 下遠甲太郎少佐 ) 及中隊長 ( 大橋武夫大尉 ) ヨリ聴キマシタ。
首相官邸ノ乗用車ハ屡々使用シテ各部隊ノ現況ヲ見ニ同志ガ乗ツテ行キマシタ。
此晩ハ我々ハ攻撃シナイ、若シ先方ガ射撃スレバ應戦スル、然シソンナ事ハ絶對ナイト確信シテ居リマシタ。
二十九日午前七時半頃迄 私及ビ部下十二名ハ炭酸瓦斯中毒ニ罹リ人事不肖ニ陥リマシタガ、
同十時過 漸ク蘇生シマシタ。
同九時頃 小藤大佐ガ首相官邸ニ見ヘマシタ、之ハ栗原中尉ニ會フ爲ラシクアリマシタ。
同十一時頃 山王ホテルニ集マルト言フ事デ 私ハ乗用車デ參リマシタ。
其処ニハ 村中、磯部、栗原、香田、丹生、竹嶌、對馬、山本予備少尉ガ居リマシタ。
ソシテ奉勅命令ニ從フト言ツテ居リマシタ。
戸山學校ノ大尉ノ人ト思ヒマスガ、見エマシテ石原莞爾大佐ノ傳言ヲシテ行キマシタ、
夫レニヨルト 蹶起將校 今後ノ処置ハ自決カ脱出ノ 二途アルノミデハアルガ、
今回ノ擧ニヨリ兎ニ角維新ノ 「 メド 」 ハツイタト申シマシタ。
私ハ特ニ感激シマシタノハ安藤部隊ノ中隊長以下生死ヲ同ジフスルト言フ情勢デ、
部下ハ中隊長ヲ 中隊長ハ部下ノ爲ニ一丸トナリ
不離一體一緒ニ陛下ノ御爲 維新ニ奉公スルト云フ情景ヲ目撃シ、男泣キヲシマシタ。
ソコデ私ハ首相官邸ニ歸リ、部下ニ此美ハシイ情誼じょうぎを傳ヘマシタ。
ソレカラ乗用車二台ヲ指揮シテ山王ホテルニ行キマシタガ、軈やがて首相官邸ニ集マレト言フ事デ、
三台ノ乗用車ニテ逐次同官舎ニ參リマシタ。
到着シマシタノハ午後三時頃デス。
山王ホテルニ最初集リマシタモノハ十二、三名デ、
コレカラノ処置ヲ協議スル爲デアリマシタノデスガ、陸相官舎ニ參ツテ見マスト、
戒嚴参謀ノ命トカデ、携帯品ハ軍刀ヲ除キ、拳銃、外套、圖囊等ヲ皆解除セラレ、
私ハ玄關ニ一番近イ室ニ村中、磯部兩氏ト共ニ入レラレマシタ。
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今迄申上ゲマシタ經過中オトシマシタ個処ガアリマスカラ夫レヲ申上ゲマス。
二十六日朝、
決行直前ニ二重橋前ニ皇居參拝ノ時、警戒線ヲ突破シテ同橋ニ參リマシタノデ、
皇宮警察吏ハ非常ベルヲ鳴ラシ、二、三ノ警察吏ガ出テ參リマシタ。
衛兵ノ近衛將校ガ出テ來マシテ、
私ノ官氏名ヲ聞イテ行キマシタガ、参拝デアルコトヲ知リ歸ツテ行キマシタ。
私ガツレテイキマシタ下士官十三名ノモノハ、
各自ノヤリマシタ行動ヲ各々書カセルコトニ命ジテアリマスノデ、皆其記録を持ツテ居ル筈デス。
川原軍曹ハ、イツモ側車ニ乗ツテ進路ノ障碍排除ニ當ラセマシタ。
午前十時頃、
山下奉文將軍ガ一番初メニ、次ニ満井中佐、鈴木貞一大佐ガ陸相官舎ニ來マシタ。
二時間許リ前八時、
眞崎大將ガ陸相官舎ニ來テ、自動車ヲ降ルナリ 「 落着ケ 」 ト云ツテ内ニ這入リマシタ。
私ノ居室ニハ午前九時頃陸軍次官ガ來マシタ。
ソシテ豫備ノ齋藤少將ト何カ話シテ居リマシタ。
同時ニ片倉少佐ガヤツテ來マシテ、
「 這入ルコトハナラン 」 ト 同志カラ言ハレ、
「 何故這入レナイカ 」 トテ
ドンドン他ノ七名位ノ參謀將校ト共ニ門内ニヤツテ來マシタ。
ヤガテ磯部ガ拳銃一發放チマシタラ、之等幕僚ハ一齊ニ皆逃ゲマシタ。
玄關ニハ眞崎、齋藤少將兩閣下ガ見テ居ラレマシタ。 次官モ居ラレマシタ。
二十六日中デスガ時間ハ不明デアリマスガ、
軍事參議官 林、寺内、植田、阿部、西、荒木、眞崎 各閣下ト
村中、磯部、香田、栗原ト陸相官邸ニ會見シマシタ。
私ハ今非常ニ疲勞シテオリマスノデ、諸記憶ハ明瞭デアリマセン。
二十七日首相官邸ニ一同引揚ゲマシタノハ、
陸軍省參謀本部ノ幕僚ヲ襲撃スル爲ダト同志カラ聞キマシタ。
首相官邸ニハ 村中、磯部、栗原、對馬、竹嶌、林、中橋等ガ居リマシタ。
・
二十八日陸相官舎デ眞崎、阿部及西大將ガ御出デニナリマシタ。
コノトキハ同志將校ハ殆ンド全部集リマシタ。
今回、蹶起間、同志ヨリ一回モ命令トシテ出サレタコトハアレマセン。
タシカ二十八日中ト思ヒマス、陸軍大臣ノ告示ガ陸軍省ノ方カラ手交サレマシタ。
夫レハ次の様ナモノデアリマス。
陸軍大臣告示
一、蹶起ノ趣旨ニ就テハ天聽ニ達セラレアリ。
二、諸氏ノ行動ハ國體顕現ノ至情ニ基クモノト認ム。
三、國體眞姿顕現ノ現況 ( 弊風ヲモ含ム ) ニ就テハ恐懼ニ堪ヘズ。
四、各軍事參議官モ、一致シテ右ノ趣旨ニヨリ邁進スルコトヲ申シ合ハセタリ。
之レ以外ハ一ツニ大御心ニ俟ツ。
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山口大尉ト同志等ノ関係如何。
山口大尉ハ御維新ニハ十分理解ノアル人ト思ヒ、私は山口大尉ヲ同志ト思ツテ居リマス。
山口大尉ハ決行當時週番指令デアルコトハ、二月二十三日頃ニ磯部ニ聞イテ知ツテ居リマシタ。
直属大中隊長ガ汝ニ面會ニ來リシ理由如何
二十六日午後四時頃 陸相官邸ニ私ヲ訪ネ部下及ビ車輌ハナイカヲ訪ネマシタ。
奉勅命令ヲ聴カザリシヤ
奉勅命令ハ一度モ受領シタコトハ無イノデ 又 此ノ御命令ガ眞僞ノ程ハ判リマセンデシタ。
只 二十八日朝九時頃私ノ所属大中隊長ガ訪ネテ來ラレ奉勅命令ガ下ツタコトヲ聽カサレマシタ。
事件ノ計畫竝ニ諸部隊ト行動ヲ共ニスルニ至レリ狀況如何。
事件ノ計畫ハ誰ガ作ツタノカ判リマセンガ多分 村中、磯部、及栗原等ガ作ツタ事ト推察シマス。
私ガ同志ト共ニ事ヲ擧ゲルニ至リマシタ事ハ平素抱懐シテ居リマスル昭和維新翼賛ノ爲、
豫テカラ決意シテ居リマシタ、
且 本年二月二十三日 磯部ヨリ私宛 「 本日午後四時磯部宅來ラレ 」 ノ電報ニ接シ、
同人宅ニ至リ 今回決行ノ日時ヲ聞キ 之ニ參加スル事ニ決意シマシタ。
二月二十三日 磯部ニ會ツタ時、
同氏ヨリ車輌ハ幾何出動出來ルヤヲ尋ネラレ、
乗用車二、貨車四、兵員十數名出セルダロウト答ヘマシタ。
決行ニ對スル役割如何。
同志ノ決定セル襲撃計畫ニ基ク輸送及聯絡ノ分担任務ヲ受ケ、
夫レニ對シ決行前日ノ二十五日
私ノ聯隊ニ第二中隊兵舎暗号室ニ於テ一人デ何台出ルカヲ計畫シテ見マシタ。
此ノ計畫書ハ計畫ガ終ルト共ニ同室ノ暖炉ノ中デ焼却シマシタ。
引率シテ決行ニ參加シタ諸車ハ兵器ナリヤ
凡テ兵器デアリマス。
實行着手當時ノ心境ト現在ノ心境如何。
私ハ昭和維新ノ實現ニ關シテハ何時デモ身命ヲ捧ゲル決意デ居リマシタノデ、
磯部氏ヨリ襲撃決行計畫ヲ示サレルヤ直チニ欣然參加シタノデアリマス。
決行當時モ何等不安ノ念ハ無カツタバカリデナク、
我ガ國體ノ眞姿ヲ具現スル爲 喜ビニ満チテ居リマシタ。
現在ト雖モ更ニ心境ニ變化ヲ來シテ居リマセン。
只 昭和維新ノ實現ヲ見ナカツタハ遺憾デアリマス。
私ノ國體観念 皇軍ノ狀況、軍閥、軍幕僚、元老、重臣、財閥、政党、諸新聞等ハ
常ニ大御心ヲ掩ヒ、君臣ヲ離間スル奸賊ト信ジ
之ヲ徹底的ニ排除セネバ悠久ナル我國體ヲ衰亡ニ導クモノナルヲ以テ、
一刻ノ猶豫モ許サルル現況ニ側面し、敢然起チテ決行シタルモノデアリマス。
其他ノ心境ニ關シテハ澁川善助ト全ク同様デアリマス。
・・・リンク→澁川善助の四日間 ・・『 絶對の境地 』
本件ニ附 陳述スルコトアリヤ
二月二十六日晩 戰時警備下令ノ後
蹶起部隊ハ戒嚴司令官命令ヲ以テ
小藤大佐ノ隷下ニ入ルベキ事ヲ
陸相官邸ニ居リマシタ山口一太郎大尉ヨリ傳ヘ聞キマシタガ、
小藤大佐殿ハ最後迄此命令ヲ出サレナカツタ様ニ思ヒマス。
所ガ此ノ命令ガ出サレナカツタ爲ニ遂ニ私共ハ小藤部隊ノ隷下ニ入ル機會ヲ失シ、
蹶起モ維新モ直チニ實現スル事ヲ得マセンデシタノハ殘念デアリマス。
小藤大佐モ相澤公判ニ依リ其國體観ヲ體得サレタノデハナイカト思ヒマス。
以上本項ハ私ノ想像デアリマス。
陳述人 田中勝
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月一日
東京憲兵隊本部勤務
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少佐 加藤利喜松
筆記者 陸軍憲兵軍曹 青木敬儀
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