あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

「 大蔵さん、あなたは何ということをいわれますか 」

2017年09月10日 13時02分17秒 | 相澤三郎


相澤三郎

ある夜、
私が西田の家に行ってみると、ちょうど相澤中佐が来合わせていた。
村中も栗原もいっしょであった。
その夜はだいぶ暑かったので、冷たいものを飲みながら雑談にふけっていた。

雑談はいつか宮中における天皇周辺の人物論が話題になっていた。
明治天皇時代、西郷隆盛や山岡鉄舟などの得難き諍臣 そうしんによって王道が堅持されたのに比べて、
いまの佞臣だけが跋扈ばっこして暗澹たる妖雲となっている。
日本の不幸はすべてここに起因しているといわねばならぬ、
というような話が熱をおびていたときであった。

「 相澤さんみたような人が侍従武官にならんとどうにもならんな 」
と、私がいった。
とたんに相澤中佐の目がひかり、威儀が正された。
「 大蔵さん、 あなたは何ということをいわれますか、慎みなさい。 そんなことを私議すべきではありません。
 二度と口にすべきではありません」

一座はしーんとなった。
私はこのときのような相澤中佐のはげしい怒りのまなざしをまだ見たことがなかった。
私が相澤中佐にたしなめられたのは、あとにもさきにもこれが初めてで終わりであった。
相澤中佐は私の言葉を冗談ととったらしいが、私としてはあくまで本気でいったので、 決して悪いこととは思わなかった。
しかし私は相澤中佐のその一喝にふるえ上がった。


大蔵栄一  著 
二・二六事件への挽歌 から


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