日々遊行

天と地の間のどこかで美と感じたもの、記憶に残したいものを書いています

ジャン・コクトーのたどる道 2 (20歳~40歳)

2008-11-29 | Jean Cocteau

 

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1909年、ディアギレフが主宰するロシアバレエは、官能と情熱、ニジンスキーの跳躍で場内を席巻した。
この熱狂にコクトーも魅せられ、熱病にかかったように劇場へ通いつめた。

ディアギレフは、この若き詩人に愛情を持って接し、ロシアバレエ製作の一員に迎え入れる。
ニジンスキーのための台本「青い神」をコクトーに依頼したが、公演は不評に終わり
「俺を驚かしてみたまえ」という有名な言葉を受けた。
コクトーは、今までの自分を変化させる未知への自分を探るうち、ストラヴィンスキーの「春の祭典」が
歓声と怒号の一大スキャンダルとなり、これに刺激されて、さらなる自己改革を決意する。

その後に書かれた初の小説「ポトマック」は現実からの脱皮が描かれており
この時のコクトーを物語っている。

1914年、第一次世界大戦が始まり、野戦病院に従事したコクトーは、その時の体験をもとに
「山師トマ」を書き、モンパルナスではピカソ、アポリネール、モディリアニ、マリー・ローランサン、
マックス・ジャコブらとの交流が始まった。

休暇をもらったコクトーはサティ、ピカソらと「パラード」を上演。
この前衛的舞台は、罵倒と怒声を浴びながらもモダンバレエの先駆けとも言える歴史を残したと言える。

この頃、既成の政治や芸術表現の変革を目指すダダイズム運動が生まれる。
後のシュルレアリスムである。出世主義とみなされていたコクトーと彼らは、共通する面がありながらも志向が違い彼らと対立してしまう。Cocteau4_250_2

1918年、大戦はフランスの勝利に終り、コクトーは戯曲、詩集、小説などを発表していくが、コクトーの根底をゆるがす運命が待ち受けていた。
レイモン・ラディゲとの出会いである。

14歳年下のラディゲはコクトーにとって師であり、息子であったが、腸チフスにより20歳という若さでこの世を去ってしまう。
コクトーはこの痛手を克服することが出来ず、阿片に救いを求める。

友人の勧めで、カトリックへ帰依しようと試みるが、自分の魂をどこへ置くことも出来ないコクトーは
結局、帰依することも出来ず、己の中に詩人という神の魂を持つこととなる。

その後、画家クリスチャン・ベラールとの共同製作、モノローグドラマ「人間の声」と製作は続いていく。
ディアギレフの言葉で、自己決算した20歳からこの時代にかけて万華鏡のように彼を取り巻く人々は多彩であった。
そして作品を発表するごとに、称賛と非難の連続であり、自己を探る虚無と孤独の道のりだったとも言える。

参考文献
「評伝ジャン・コクトー」 秋山和夫/訳 (筑摩書房)
「ジャン・コクトー 幻視の美学」 高橋洋一 (平凡社)
「天翔ける詩想」 (イン・シック)


薔薇

2008-11-27 | 

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      幾重もの心の襞(ひだ)をもっている

      複雑な心の襞をもっている

      襞と襞とがひびきあって

      花の音色にふかさをつくる

                  襞と襞とがいたわりあって

                  やさしいふくらみの影をつくる

                                    金井直 「薔薇」 薔薇6より (偕成社)



詩集に収められている詩のタイトルは、薔薇1から薔薇16までで
詩人が書いている対象は、薔薇だけであるにもかかわらず複雑にイメージを感受し、薔薇を表現する。
しかし、言葉の側面から見えるものは、単に薔薇を賛歌することではなく、見る目が何であるかを教えてくれる。


花言葉◆(赤) 愛情、情熱、わが心君のみぞ知る


虹蔵不見

2008-11-25 | アート・文化

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「ニジカクレテミエズ」

古代中国では、暦を七十二候(しちじゅうにこう)に分け

季節を表す言葉を考案した。

虹蔵不見は、今の季節に雨が少なく虹を見ることがないと

いう意味。水滴がプリズムになって出来る虹の象りは

架け橋、といわれるように自然界からの希望を与えてくれる。

使用した花◆アジサイ、リューカデンドロン、とうがらし、スモークツリーの葉、スキミア、ゲイラックス、利休草、木イチゴ


CD 「Ys」 ジョアンナ・ニューサム

2008-11-24 | 音楽

 

 

隕石は光を産むもの

流星は感じられる通り

流星体は真空から放り出された骨

静かにある、あなたへの贈り物

            ジョアンナ・ニューサム「 オンリー・スキン」 より

タイトル「Ys」(イース)は、フランス・ブルターニュ地方に伝わる伝説上の都市。
ハープを弾き語り、中世へのイメージへと誘うジョアンナ・ニューサムの歌声は、リリカルでありながら、生命への愛を呼び戻すように歌う。


ジャン・コクトーの切手

2008-11-23 | Jean Cocteau

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フランスを代表するマリアンヌの切手は、現在まで多種多様なデザインで発行されている。

マリアンヌは、1830年の7月革命時に、ドラクロアが描いた「民衆を率いる自由の女神」をイメージにマ

リアンヌと名づけられ、フランス共和国を象徴

するシンボルとなった。被っている帽子は自由を意味するフリジア帽。

コクトーの切手は、「古いマリアンヌからの脱皮を」と依頼され、従来の女神の イメージとは違う女性像でデザインした。

右の写真は、コクトー生誕100年に発行された切手で、マントン市役所の「婚礼の間」 に彼が描いた男女の絵のポストカードに貼られている。

切手の右側には、彼が愛したヴィルフランシュ(南フランス)の漁師が守護天使から救われている絵。

左側には、「双頭の鷲」のラスト、詩人と王妃の死のシーンが描かれている。

 


ジャン・コクトーのたどる道 1 (誕生~20歳)

2008-11-20 | Jean Cocteau

Cocteau 1889年7月5日、緑多いメゾン・ラフィットで、ブルジョワ家庭に3人兄弟の末っ子としてジャン・コクトーは誕生した。
エッフェル塔が誕生した年でもありフランスは歓喜に湧きかえっていた。

芸術を愛好する家庭環境は、幼いコクトーの自我を見知らぬ世界へと誘う
魅惑を感応させるに十分なもので溢れていた。
祖父が開く音楽会の楽器の音、絵を描く父の絵の具の匂い、
母が父と夜の劇場へ出かける衣装の擦れる音など。

劇場空間へ行くための母の身支度は、彼にとって母から女神に変わるメタモルフォゼの瞬間でもあった。
その幸せな少年時代に突然訪れた現実。
父のピストル自殺は衝撃の現実であり、以降、コクトーにとって死は決定的な観念となって
生涯彼につきまとうことになる。

そして、リセ・コンドルセで出会ったダルジュロスは、美徳と悪徳の化身のようにコクトーを幻惑した。
後に「恐るべき子供たち」に象徴的存在として登場する。

二度のバカロレアに失敗したコクトーを心配した母は、ディーツ教授に彼をゆだねるが学業を放棄し、デッサンを描き、劇場へ通いつめ、
詩作に打ち込む日々を続ける。                      

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右の写真は7歳のコクトー 「夜想15少年」(ペヨトル工房)                                        

 
1908年、俳優エドワード・マックスの支援により、フェミナ座で自作の詩を発表し、大成功をおさめた。
若き詩人ジャン・コクトーの誕生である。
この時朗読した詩を「アラジンのランプ」として自費出版するが、19世紀末の詩人たちの類似を指摘され、
続いて出版した「浮かれ王子」「ソフォクレスの舞踏」とともに、この3冊を自分の履歴から抹消してしまうが
フェミナ座の成功はコクトーの詩人としてのスタートを、華麗に開花させた。

社交界への階段を昇り、多くのサロンに姿を見せた詩人は洗練を身につけ、アンナ・ド・ノアイユ伯爵夫人の詩に影響を受け
詩作の道を深めてゆく。

翌年、ロシアバレエ団率いるセルゲイ・ディアギレフと運命的な出会いがあり
これを機に、コクトーは自己認識の変革を遂げてゆくことになる。

参考文献
「評伝ジャン・コクトー」 秋山和夫/訳 (筑摩書房)
「ジャン・コクトー 幻視の美学」 高橋洋一 (平凡社)                                  


欲望という名の電車

2008-11-17 | アート・文化

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        “欲望”という名の電車に乗って、

          “墓場”と書いたのに乗り換えて、

  六つ目の角で降りるように教わってきたんですけど。

         “極楽”というところで。           

            
                                      
テネシー・ウィリアムズ「欲望という名の電車



白人、黒人、メキシコ人などが入り混じる場末の一角に住む妹を、
主人公ブランチが場違いな装いで訪ねてくる。
妹を訪ねたのは癒えることのない傷を埋めるためだった。

上品な物腰ながらも、繊細すぎるブランチの行動はつかみどころがなく、
妹の夫、粗野なスタンリーは苛立ち、ふたりは激しく対立するようになる。
彼女の真実の声を聞くことができない周囲の誤解。

スタンリーが暴き出したブランチの暗い過去と、屈辱的な暴力行為に追い詰められ
傷ついたブランチは、やっと見い出せたかすかな愛さえも偏見のために失ってしまう。
精神病院に送られたブランチが医師に言うことばは、痛切であり、象徴的でもある。

             どなたかは存じませんが

         あたしはいつも見ず知らずのかたのご親切を

             頼りに生きてまいりましたの

 


青いりんご抄

2008-11-16 | Flower

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姫りんごは花材用、あるいは飾り用として最近フラワー

ショップに出回るようになった。

外国ではクラブアップルと呼ばれ、生活の中に深く

とけ込んでいるが、日本ではようやく食用として改良

された品種が出てきたばかり。

花は春先、ピンクから白に変わって美しい花を咲かせる。

札幌市・平岸街道の中央分離帯には、今なお多くの姫りんごの木が残っている。

花言葉◆名声、誘惑

使用した花◆ピンポン菊、サンキライ、ミント、レモンレーフ、ユーカリの葉


三十歳になった詩人 Jean Coteau

2008-11-14 | Jean Cocteau

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美神(ヴィナス)よ、お前に謝す、お前はまだ私を愛して

ゐると云ふのだが、

若しも私がお前を歌はなかったとしたら、

若しも私の家が私の詩で出来てゐなかったとしたら

私は空(くう)を踏んで屋根から落ちるだろう

                                ジャン・コクトー『用語集』 
                                    三十歳になった詩人 より

Je veux bien, tu me dis encore que tu m'aimes,V�・nus

Si je n'avais pourtant parlé・ de toi,

Si ma maison n'�・tait faite avec mes po�・mes,

Je sentirais le vide et tomberais du toit.

                                         『Vocabulaire』 Le poete de trente ans


使用した花◆ペチュニア(八重咲き)
花言葉◆和らぐ心                                    


菊の花びら

2008-11-09 | Flower

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『和訓栞』には「菊はもとくくとよめり』と書かれてあり、くくは久久の意。
久しく香り高いので「きく」と名づけられたという。

 

    菊の香や 奈良には古き 仏達  芭蕉

 

  

又、夏目漱石と菊のかかわりも深い。
家紋に菊が用いられているため、意識の中に菊の花があったかも知れない。

    黄菊白菊 酒中の天地 貧ならず  漱石

赴任先の松山では、正岡子規との親交があり、そのうち子規は文筆活動のため東京へ行くことになった。
その時、子規に送った句。

   御立ちやるか 御立ちやれ新酒 菊の花  漱石

花言葉◆高潔、真実、誠実、私を信じてください
MEMO◆和訓栞…江戸時代に五十音順で初めて編纂された国語辞典


鳩がくわえたオリーブの葉

2008-11-08 | Flower

P1000589_olive 『創世記』 ノアの箱舟より

 

人間界の悪を嘆き、怒った神ヤハウェは、地上すべての生き物を一掃し、
新たな地上を創り直そうと考えた。
ただ一人、善良なノアなら人間の祖となり得ると思い、ヤハウェはノアに告げる。

「私は地上に洪水を送り、すべての人間を滅ぼすだろう。
ノアよ糸杉の木で箱舟を作り、家族と動物を乗せ、生きのびるがよい」



神の声に従って、ノアは家族と舟を作り始めた。
やがて巨大な箱舟が出来上がり、すべての動物を乗せてから七日後、大洪水が始まった。

四十日四十夜ふり続いた雨は地上にあふれ、山を沈め、
ノアの箱舟に入っているものたち以外はすべて死に絶えた。
水は百五十日後に引き、ノアの箱舟はアララテ山の山腹に船底がついた。

ノアが窓を開け、鳩を放すとやがて戻ってきてしまった。
もう一度放してやると、鳩はオリーブの葉をくわえて再び帰ってきた。
そして飛び立った鳩は、もうノアの箱舟に戻ってくることはなかった。
安住の地をみつけたのである。

花言葉◆平和、知恵
MEMO◆国連のシンボルマークになっている


ハニーハンター

2008-11-06 | アート・文化

Img_1798_350 蜂と人類の関わりは古く

蜂蜜は世界で初の甘味料だったとも言われている。

蜂巣をとるため全身を蜂に刺されたり、高所にのぼる危険を冒して

採取した人をハニーハンターと呼ぶ。

スペインでは1924年にアラーニャ洞窟で紀元前の

ハニーハンターを描いた壁画が発見されている。

使用した花◆ユーカリ、ハートカズラ、とうがらし、公園で拾った枯葉、どんぐり


詩人ジャン・コクトー

2008-11-05 | Jean Cocteau

                                  詩人は死んで蘇る  「知られざる男の自画像」より



古典に現代を巧みに融合させ

美よりも速く走り続けた詩人ジャン・コクトー。

美を追求する彼にとって分野に境界はなく、詩、小説、舞台、映画、音楽、工芸、

デッサンなど幅広いジャンルにわたって詩の魂を吹き込んだ。

軽業師とも言われたそんな彼の行動は

世間の誤解を生むきっかけともなり、

また自分が存在することの困難を常にかかえてもいた。

コクトーが求めていたもの、

それは彼が創造したすべてが詩である、という理解に他ならない。

ここでは彼の作品を通して

真の詩人、ジャン・コクトーを蘇らせたいと思う。


ビューベセンス

2008-11-04 | Flower

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ビューベセンスとは

写真中央に2本配置した、ビロードの感触のような実。

リューカデンドロンの仲間の1種だが

市場に出回るのは夏から秋が多い。

リューカデンドロンの花言葉◆物言わぬ恋
他に使用した花◆鶏頭(黄)、バーゼリア、黒とうがらしなど


丸の内で見た秋

2008-11-03 | 

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すべてのものが熟し、

褐色になるのは葡萄の房だけではない

この完全な日に、

折りしも太陽の目は

わが人生にもそそがれた。

わたしは来しかたをかえりみ、

行く末を見た…。                                 ニーチェ 自伝『この人を見よ』より

44歳のニーチェが狂人になる前に書いた精神風景。
絶望を愛しながらも
おのきに似た愛を自然に向け、かすめる音さえ
自身の心の音として詩を書いた。