日々遊行

天と地の間のどこかで美と感じたもの、記憶に残したいものを書いています

遊歩道の紫陽花

2015-06-30 | Flower

曇り空の下、今を盛りに咲いていた紫陽花。
付近の家々が手入れをしているのか、
遊歩道の両側に多くの種類がたわわに咲いていた。

 

シーボルトが紫陽花に彼の妻「お滝さん」の名前をつけたことは有名だが
数ある花の中でも、シーボルトはとりわけこの紫陽花に魅せられた。

  


甘美な眩暈 「橘小夢展」 弥生美術館 文京区弥生

2015-06-24 | 絵画

埋もれた時の彼方からよみがえったった絵は
妖艶かつ官能的で、美の裏側にひそむ毒さえ輝かせて見る者を幻惑する。

橘小夢(たちばなさゆめ 1892-1970)は大正・昭和にかけて
挿絵画家としても活躍した日本画家。
関東大震災で作品は消失、又、発禁処分の憂き目にも遭い
残った作品が目にふれる機会がなかったことから「幻の画家」とされていた。

日本に伝わる伝説や、民族譚が好きだったことから
小夢はその宿命に生きた女性たちを好んで描いた。

花魁」大正12年(1923)
曲げた脚に浮く着物の花模様。女性の謎の運命を感じる作品。


水魔」昭和7年(1932)
この作品を発表した年は軍国主義を統一させる気運が強かったため
廃棄処分を受けたといういわくつきの絵であるが
水底に沈んでいく女性は力なく水のゆらぎにただよう。
頽廃的であり幻想へと誘う一枚。


玉藻前」昭和8年(1933)
背後に映る「九尾の狐」は美しい女に化けて人間界で邪悪な所業をするという有名な伝説。
小夢はことさら玉藻前にこだわり、何枚も描いたという。
爛漫の花の下、美貌はいっそう輝き蠱惑のまなざしを向けている。


夕顔」昭和10~16年(1935~1941)頃
光源氏に愛されながらも短い生涯を終えた哀しい夕顔。
淡い色調が、世のはかなさに消えた無常感を静かにたたえている。


八百屋お七」大正中期
火事があった際、庄之助と出会ったお七は彼を忘れられず
もういちど火事になれば再び会えると放火してしまい、火刑に処された。
恐ろしや。
めらめらと燃える炎はお七の情念とともに燃えさかる。



小夢は幼い時より病弱であったが、芸術への情熱は途切れることなく
他に舞台衣装や着物のデザイン、短歌なども残している。

抒情的で幽玄なイメージを好んだ橘小夢。
しかし彼は、ただ伝説の女性をを描いたのではなく
そこにひそんでいる絶望、執念、嫉妬など人間が持つ底知れない
不条理の闇をあざやかに描いた画家であった。


6月の彩り 花菖蒲

2015-06-16 | Flower

梅雨空の下で咲く菖蒲の涼しげな風景を見に
葛飾区の「堀切菖蒲園」へ出かけた。
初夏が花の姿に変わったような菖蒲は
雨に濡れても風にゆれても錦のような風景を見せてくれる。



八重咲きの「宇宙(あおぞら)」


たおやかな女性を思わせる「深窓佳人」


「万里の響」


「鳴海絞」


「北斎」


「五湖の遊」


はなびらの縁がフリルのような「黒雲」


安達吟光が描いた明治22年の堀切菖蒲園。
中央に大きく描かれた菖蒲「雲竜」は実在していた品種だという。


珈琲 「まるも」 松本市中央

2015-06-06 | まち歩き

松本市に流れる女鳥羽川 (めとばがわ) のほとりにある喫茶店「まるも」。
昭和31年 (1956) に創業なので60年の営業になる。
松本民芸家具の創立者・池田三四郎氏の設計で、
松本らしい雰囲気を味わうなら欠かすことの出来ない喫茶店。
開店当時、民芸の世界で有名な柳宗悦氏が訪れ、賞賛したという。

看板もまるで家具のよう。


店内から見た入り口。ランプも民芸調。


松本家具で統一された店内はシックにして優雅。


右側がカウンター。どこを見ても松本家具の中にいる幸福感を味わえる。


旅館「まるも」
慶応4年 (1868) 創業だったが、松本大火により明治21年 (1888) に
現在の建物になったという由緒ある旅館。
外国の客も多く、民芸ファンの憧れの旅館と聞く。
(隣接している白い壁が喫茶店)


昨年も今年も松本への旅は時間のない急ぎ足の旅だったが
又ゆっくり訪れてみようと思う。
山からのすがすがしい空気が街全体に流れていた松本。


松本 中町通りの風景

2015-06-05 | まち歩き

旧城下町の松本市の中通りは、現代からタイムスリップしたような
昔ながらの商家も今に姿をとどめている。
なまこ壁が黒漆喰の壁に映える町並みをゆっくりと歩いてみた。

カレーの店。黒と白のコントラストが印象的。


数々の工芸品が並ぶ店。
 

このまま映画のシーンになる商店。時の流れは美しさを生む。
 

左は蔵シック館、右は吊るした柿も絵になる風景 (昨年の秋)。
 

和菓子店「翁堂」の前にある「辻井戸」
湧き水や井戸をあちこちで見かける。北アルプスなど山の水が
地下にたまって湧き出るのだという。右は柳の葉が揺れるそばに置かれた器。 
 


レトロな喫茶店 「珈琲美学ABE」 長野県松本市深志

2015-06-03 | まち歩き

松本市では有名だという喫茶店「ABE」
昨年行った時は定休日で入ることが出来なかったが、善光寺ご開帳の時に
行くことが出来た。



写真には写っていないがこの左側にはショーウィンドーがあり
メニューのサンプルが並んでいる。
最近はサンプルを飾る店をほとんど見かけない。
貴重なウィンドー。これからもずっと残して欲しい。

店内もメニューも郷愁がただよい1人でも安らげる優しい場所。
 

ABEはモカパフェが有名だが早朝だったのでコーヒーだけ注文。
いつか機会をみて美味だというモカパフェを。


善光寺 「ご開帳」 の最終日へ 長野市元善町

2015-06-02 | 神社仏閣

長野の善光寺で七年に一度の御開帳。その最終日(5月31日)に出かけてみた。
「御開帳」とは善光寺の秘仏である本尊の身代わりとして
本堂の前に「前立本尊(まえだちほんぞん)」が立ち、
お参りをするという儀式で多くの人々が参拝に訪れていた。

JR長野駅前に建つ「如是姫(にょぜひめ)像」
善光寺が誕生した由縁となった天竺(インド)の姫君で
像は善光寺に向かって蓮台に立ち、香華を手向けている。



本尊の身代わりとされる「回向柱(えこうばしら)」
白い紐は「善の綱」と呼ばれ、本堂の前立本尊の右手と結ばれているので
直接ご本尊に触れるのと同じ御利益を得られる。
健康でいられることの感謝と平和を願って私も手を触れてきた。



ご開帳の期間中、「御印文頂戴(ごいんもんちょうだい)」の儀式がある。
長い列に私も並び、善光寺の宝印を頭に当てていただき極楽往生のご利益を得られるようにと願った。

そして「お数珠頂戴」
法要を勤める導師が数珠で頭を撫でてくれると功徳を授かるといわれる。
多くの人々が石畳に。
頭を下げる私に数珠が触れた感触は、
恵みの声とともに忘れがたい喜びだった。

善光寺の有名な「お戒壇めぐり」に又並んだ。
ご本尊の下(地下)をめぐり、仏様の分身である錠前に触れると極楽浄土が約束される。
暗闇の中を錠前までたどるという神聖な儀式なのだが
最初はまだ明るさがあるものの、すぐに闇の世界。
真っ暗闇の中を右手で壁や柱をつたい、錠前に触れることが出来た。
(本当に闇でした)

午後五時近く。
「お戒壇めぐり」の列に並んでいた時、
いよいよ本堂でご開帳になっていた前立本尊の厨子が閉じられる時がきた。
ちょうど本堂内に並んでいたので、その瞬間を報道陣の後ろだったが真近でみることが出来た。
そして僧侶たちの読経が始まった。

西日がさす堂内に響く「結願(けちがん)大法要」の読経は
全身が震えるほどの感動に見舞われる。
57日間のご開帳が無事に終わった感謝と平和を願う響き。
厨子が閉じられた瞬間、見守る多くの人から「あぁ」という声があがった。
午後5時12分だった。