古くなってしまった木枠の花入れ。
百合の花に象った造りが気に入っていたがもう塗料も落ちてしまっている。
お祝いに頂いた品だがずっとずっと昔のこと。
その頃は自分が花の道を歩むなどとは思ってもいなかった。
さまざまな花を飾り月日を共にしてきた花入れ。
使用した花◆ヒヤシンス、クリスマスローズ、スカビオーサ、スイートピー
ジャン・コクトーによって描かれたマリアンヌ切手。
マリアンヌはフランスの象徴とされフランス革命の闘士が被っていたのと同じフリギア帽の横顔が描かれている。
コクトーがイメージしたマリアンヌは当時の議長夫人をモデルにし、
切手は誰もが使うものだということを念頭においてデザインしたという。
封筒には切手が貼られ、凱旋門の絵に切手が発売された日の郵便スタンプが押されている。
1961年 2月23日発行 フランス
猫の名前は何と言うのだろうか?この問いで私の頭の中はいっぱいだった。
私はまさに時機喪失のなかにあった。動物のそばでは、とりわけ猫と対面しているときは、人間のほうがどことなくぎこちなくなっていく自分を感じるものだ。(本文より)
1980年 北島廣敏 訳 工作舎
女流画家レオノール・フィニが愛してやまない猫をモチーフに、「人格を持つ」対象として神秘で官能的な夢物語を小説にした。
「私」の前に現れた猫は、「私は夢先案内人だ」と暗示的なことばを言い、
変装して玄武岩の顔像を盗むよう指示する。
フィニが常に主題としているスフィンクスが謎をなげかけるような導入である。
そこから始まる「私」の迷宮のような旅。
夢と現実の描写を追ってゆくと、まるでフィニの絵画の中を遊泳するような錯覚に陥る。
そしてフィニにとって猫は崇高で絶対的存在であることが至るところから読み取れる。
猫が「にゃーお」と鳴いた瞬間、ジェリコー、ゴヤ、マネ、ラファエル、ルノアール、モロー、ピカソ…と
実際に絵画に描かれた猫が動き出す幻想は、画家であるフィニの美学が溢れて魅惑に満ちている。
終章の館での祝祭はさながらきらめく魔術であり、異彩を放つ幻想である。
若者は
とかとかとかとか
とか しゃべり
電車の吊り広告には
和風仕立ての英会話教室
とある
うちの28歳の娘は
ついこのあいだまで
英霊を外国人の霊と思ってた
という
小学一年生が
ワープロで打った詩を
送ってくる
テレビの
釣り番組を見れば
波音は消されがちで
かわりに
BGのヴォーカルで
びしょびしょで
放送で詩を朗読しようとすれば
「五体満足」が放送禁止用語で
おじゃんで
わたしはといえば
縄文のころだって
竹と葉っぱでこさえた
ハングライダーが飛び交っていた
と
ぼんやり
森の上を眺めている
川崎洋(かわさきひろし)は1930年に東京に生まれ1946年頃から詩を書き始めた。
詩人であるばかりでなく歌のための詞やテレビなどのシナリオも手がけた。
また詩や放送部門で多くの賞を受賞している。
言葉に込めた人生観はユーモアに富み、時にはやさしく物悲しい。
写真は飛行機草という名の観葉植物
パリ1区のパレロワイヤルにある有名な老舗レストラン「グラン・ヴェフール」のメニュー。
現在のメニューはリニューアルされているが、この絵は店の顔として現在も表紙を飾っている。
18世紀から高級レストランとして著名な人々が数多く訪れた。
ジャン・コクトーの絵による表紙は個性的であり
レストランのオーナー、レーモン・オリヴェの手による料理で心地よい時間を過ごしたコクトーがしのばれる。
このメニューが何年頃まで使われていたのか詳細は不明だが
昼のメニュー(MENU DEJEUNER)ではないかと思われる。
オリヴェに師事した日本人シェフも多い。
右の写真は左から、E・デルミット、R・オリヴェ、J・コクトー 1963年 9月
第二次大戦が始まる1940年、ジャン・コクトーはパレロワイヤルに住み始めた。
さながらひとつの村のようなこの場所にはコクトーの親友コレットも住んでいた。
創作という世界への関心が高いコクトーの鋭い感性は当然「食」にも及び、
パレロワイヤル内にあった名レストラン「グラン・ヴェフール」のオーナー兼シェフの
レーモン・オリヴェとコクトーは「食べること」の幸せを分かちあい、コクトーが食事に訪れると
オリヴェをテーブルに呼び、また時にはオリヴェがコクトーの隣に座ったりして、
その友情から生まれたいくつかの料理が「コクトーの食卓」に運ばれることになった。
(ヴェフェールにはコレットとコクトーや著名人の専用のテーブルがあった。)
コクトーが特に好んだ料理
・澄んだコンソメスープ ・牡蠣のカクテル ・目玉焼き ・ほろほろ鳥の雛 ・山しぎのマスプローヌ風 ・じゅずかけ鳩のフランベ ・香草を使った香りのある料理
本書にはル・グラン・ヴェフールのメニューがスープからカクテルまで50種以上あるが、
高度な料理だけでなくごく簡単なものまで紹介されている。
食べる楽しさのために試作を続けるオリヴェの情熱と、コクトーが望む味覚に応えようとする愛情が食の喜びを与える
エッセンスとなった書である。
コクトーの挿絵は、赤の線がそのまま動き出すように生き生きとしている。
ページを追って絵を見ていると、まだまだ描き足りないとコクトーが言っているようにも思える食の至福の時間。
コメディフランセーズの学員は、コクトーに何か相談したい時はここに来れば必ず会えたという。
(右の写真はどこのレストランか不明)
辻邦生 訳 1985年 講談社