日々遊行

天と地の間のどこかで美と感じたもの、記憶に残したいものを書いています

使わないままのベル

2011-10-28 | 日常

Bell



20代の頃に雑貨やさんで購入したベル。

使う機会はないと思いながら

高価なものでもなかったので買ったが

やはり使うこともなく飾ったままにしてある。

そっと振ると心地よい音。

ガラスの透明感はどんな光も受けいれる。


ドミノのお告げ 久坂葉子

2011-10-23 | book

短い生を駆け抜け、つかの間の青春のうちに逝ってしまった久坂葉子。
作品から垣間見えるのは久坂葉子が自分を偽らないそのありのままをぶつけてくるひたむきさである。

Dominonootuge
ここに収められているのは『ドミノのお告げ』『華々しき瞬間』『久坂葉子の誕生と死』
『幾度目かの最期』の4篇。

『ドミノのお告げ』は「落ちてゆく世界」を改題した作品で芥川賞候補になり、
没落した名家の日常を描いている。
栄華を誇った家は「私」が生まれた時はすでに斜陽の影がさしていた。
昔気質の父、宗教に没頭する名門の出の母、病身で入院している兄、
家族を突き放したように音楽に没頭する弟。
生活を支えていかなければならない「私」は家の骨董を売ったりアルバイトをしてしのいでゆくが
名門ゆえの世間体が家族に重くのしかかっている。
不安を孕んだ家族は先が見えない今を生きていく。

『華々しき瞬間』 南原杉子がもう一人の自分として別名「阿難」と称し
喫茶店カレワラでめぐり会う男と女の交錯する恋の心理を描く。
装う自分がピアノの音色の中で得られた一瞬の幸福。

『久坂葉子の誕生と死』はKusaka作家・久坂葉子の足どりを綴った記録。 
そして『幾度目かの最期』は遺稿となった作品で
彼女が生きる望みを絶つ原因ともなった家のこと、恋愛のすべて、作家としての苦悩などが
ほとばしるように書かれている。
この作品は1952年12月31日、午前2時頃に書き終えている。
そしてその夜に彼女は阪急電車の六甲駅で自らの生に終止符を打った。
21歳。この作品を「全部本当のこと」と告白し、自分を罪深い女と結んで。

久坂葉子。名門の出で、芥川賞候補にものぼったその容貌はエキゾチックで、
ターバンのような帽子にたばこを手にした彼女は、
当時でも新しいタイプの女性であっただろうことを感じさせる。
そして大晦日の自殺。

傷つきながらも自分に忠実であり続けた彼女は鮮やかな光芒を残して逝ってしまった。
しかし作家・久坂葉子として作品を深め、
人間・川崎澄子(本名)として生きることをして欲しかったとも思わずにはいられない。
黒いリボンがかかった額の中に入るにはあまりにも早い年齢なのだから。


写真集 「サン・ブレーズ礼拝堂」 ジャン・コクトー

2011-10-20 | Jean Cocteau

フランスのミイ・ラ・フォレにあるサン・ブレーズ礼拝堂は、ジャン・コクトーがこの町に住んだ感謝の気持ちとして
1959年7月、かつてハンセン療養所の礼拝堂として使われていた教会に手を入れ、その装飾に当たった。
1959年 モナコ デュ・ロシュ社 発行

Saintblaise 


教会内部の壁に描かれている猫のデッサンの表紙。
上を見上げる表情が可愛らしい。



本書はその写真集であるが発行したデュ・ロシュ社は、
コクトーが手がけた建築装飾のうち、ふたつの礼拝堂と市庁舎の計3冊を
ガイドブックとして刊行した。




この礼拝堂の庭に植えられていた薬草をそのまま壁に描いたコクトーは
決して広いとはいえない内部に床から天井まで大胆に薬草を描ききっている。
そして正面の祭壇にはキリストの復活、眠る兵士、実は天使である青年たちが描かれている。



この頃のコクトーはきわめて多忙であった。
ロンドンのノートル=ダム=ド=フランス礼拝堂とモナコの野外劇場のデザイン、
「オルフェの遺言」の着想のまっ最中で、
サン・ブレーズ礼拝堂はそんな中で5日間で完成という驚くべき速さで作業を終えることが出来た。
礼拝堂の内部装飾は『サン=ブレーズ=デ=サンプル』のタイトルで映画化もされている。


秋の小さきもの

2011-10-17 | 日常

Donguri 

「公園で拾ったばかり」と、横長の箱に松ぼっくりとどんぐりが
並べられて我が家に秋の小さな自然が届いた。
目にとまり、大切に拾われてここへやってきた秋。

松ぼっくりとどんぐりが地に落ちた時、かすかに音はしたのだろうか。
木の実が落ちることを「木の実降る」
という美しい言いかたがあるという。
地から生まれた木の実が地へ帰るその瞬間、季節の神が耳をすます。


お会式  東京・大田区 池上本門寺

2011-10-13 | 神社仏閣

子供のころから親しんでいた池上本門寺のお会式(おえしき)。
昨日の12日は、日蓮上人が弘安5年10月13日、ここ池上にて入滅(臨終)したその前夜であり
毎年近隣各地から集まった講中の万灯が本門寺の大堂に向かって練り歩く。
その信仰者たちの行進は、纏を回しながら笛、鉦(かね)、うちわ太鼓を鳴らして本門寺まで練るが
この近辺での秋の最大イベントでもある。

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万灯は五重の塔を模した宝塔に、紙で作った造花をしだれ桜のように長く垂らしたもの。

日蓮上人が亡くなった時、10月だというのに庭に桜が咲いていたことから花で飾られた。
(写真は理鏡院に飾られていた万灯) 

右は宝塔に描かれている日蓮上人





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本門寺の96段の階段を上がってきた万灯。
お会式に参加する万灯は100基以上あり
すべての万灯が大堂に着くまで夜の11時頃まで行進は続く。







 Meguromatoi

 

ばれん(吹流し)が空をめざすように舞う纏。
お会式の纏は、江戸時代に信仰者たちの行進のありさまを見た火消し衆が
纏をかついで参加したことが始まりだとされる。





この日は1000店以上の露店が延々と並び、人の群れで歩くのもやっとなくらいの賑わいである。
万灯の行列は読経と囃し音が響くなかで特別な一夜をくりひろげる。


アリアドネ 村松英子

2011-10-04 | 

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               アリアドネ

          あなたの眼は何をみていたのか

          無邪気に信託をのべながら

          憎悪にみちていたあなたの眼は


          あなたの心には何がさまよっていたのか

          美しい迷路の その奥深く

          半神半獣が棲んでいたあなたの心に


          あなたのからだには何が宿っていたのか

          凛々しい若者へのひたむきな愛か

          ディオニソスのおしえた狂操道の逸楽か


          アリアドネ アリアドネ

                     村松英子 「アリアドネ」より抜粋
 


アリアドネはギリシャ神話のクレーテー王とその妃パシファエとの間に生まれた。
ミノタウロスの犠牲としてクレタに来たテーセウスに彼女はひとめで恋をした。
彼がミノタウロスを退治するため迷宮に入る時に赤い糸玉を用いて彼を救出する。
そして一緒に結ばれる約束をする。しかしテーセウスはアリアドネを置いて他の島へ行ってしまった。
嘆くアリアドネを妻にしたのは酒神ディオニソス。(ローマ神話ではバッカス)
アリアドネの頭上に輝く冠をディオニソスが高くかかげると
空に座す星、かんむり座になったという。


10月 神無月

2011-10-01 | 日常

Octoble
日暮れが早くなり空の星、街の灯が冴えてくる10月。

出雲に日本中の神々が向かい各地を留守にすることから
10月は「神無月」と呼ばれた。
神様が旅をする月である。
そして神々が集まった出雲の国では「神在月」。
各地の留守を守っているのは恵比寿様である。

高天原(たかまがはら)を追われたスサノオが出雲に降臨し
ヤマタノオロチを退治したとされるそこは神々の聖地。
イナダヒメ親子を助け、ヤマタノオロチの体内から草薙の剣を得たスサノオは
一躍ヒーローになる。
暴れまわってアマテラスを悲嘆させた罰はここで名誉挽回か?
そしてイナダヒメと結婚した為、出雲大社は今は縁結びのお社となった。



出雲地方は神社が多くその数は七百社を超え
大小さまざまで中には名前もなく、ご神体さえ見当たらない社もあるという。
それでも供え物をして詣でるのが出雲の人々だ。

神在月では、テレビを消し掃除も静かにする家庭もある。いらっしゃる神様に対する配慮だという。
神様と普通につきあっているのだ。
二千年の昔、神話に伝わる神々もまるで人間と同じように山や草原を駆け回っていた。
ご神体がなくても出雲の人にはそんな神々が見えているに違いない。

少しずつ庭や舗道に葉が落ちている。次の新しいいのちのための植物の営み。
暑かった空気は冷やされ空は高くなっていく。