春の散歩は落ち着かない。終わる花、今を盛りの花、これからの花。
歩いては止まり、止まっては歩く・・。過ぎる時間は花が決めている。
上向き、前向き ツツジの色とチューリップの色と
メキシコのような色合い 地面にちりばめられた星(ハナニラ)
野生的だけれどフォルムはエレガント(シャガ) アクセサリーなら青い宝石(ムスカリ)
少しずつ香りと明るさを増していくモッコウバラ 片思いの八手の実
春の集まり
八重桜がたわわに咲いている。
花びらがひとかたまりになった房。
後ろから光を受け、淡いピンクが濃淡に染まり
雪洞(ぼんぼり)のようである。
太宰治が「津軽」に描いた故郷の思い出には、八重桜がその胸のうちを雄弁に語る花として描かれている。
太宰は青森県屈指の大地主に生まれたが、生まれてすぐに乳母の手で育てられた。
二番目の乳母・越野たけに三十年ぶりに会いに行った太宰に、たけは驚き、喜び、うろたえる。
その抑えがたいたけの狼狽は龍神様の森に咲く桜の
小枝に向けられ そしてたけはやっと話し始める。
「まさか来てくれるとは思わなかった。小屋から出てもお前の顔を
見ても、わからなかった。修治だ、と言われて、あれ、と思ったら、
それから、口がきけなくなった。」
ここのくだりは涙ぐむ思いがするが、生母の愛情を知らずに育った太宰にとって
たけの存在は故郷であり母であることをかみしめた平和のひとときであった。
新緑がさわやかな目黒区の駒場公園入り口を入ると、ひときわ木々が生い茂る中に旧前田公爵邸本邸が見える。
この邸宅は、加賀百万石前田家の16代当主・前田利為(としなり)の本邸。
昭和4年(1929)、東京大学の教授・塚本靖と宮内省の担当技師・高橋貞太郎の設計によって建てられた。
イギリスのチューダー様式で中庭をぐるりと囲んで建てられた本邸は、
当時「東洋一の邸宅」と評された。
荘厳にして華麗なたたずまいである。
左は邸内から見た玄関入り口
右は1階から2階への階段吹き抜け
階段の手摺やアーチの木材には繊細な模様がほどこされている。
ゆるやかなカーブを描いた窓の外に木々が広がる大食堂。
ピアノが見える奥はサロン。
サロンは二部屋あるが、この大食堂と同じくらいの広さである。(一階)
左は利為公と菊子夫人の寝室(二階)
右は応接室 壁面いっぱいに窓があり明るい陽射しが入る。(一階)
各部屋ごとに当時の写真が展示されているが、カーテンも当時は優雅であり
部屋ごとにある大きな暖炉はイタリアの大理石、壁はフランスの絹織物が貼られていた。
寄木細工の床が落ち着いた雰囲気をかもし出している。
そして前田利為の別邸だった屋敷が鎌倉市・長谷にある。
当時の出入り口だった鉄製の門扉は現存するが、現在は「鎌倉文学館」になっており
別の入り口から木立の中をしばらく歩いて行くと邸宅に到着する。
庭園から見た全景
鎌倉別邸は、昭和11年(1936)前田利為が前面改築をして現在の洋館になった。
館内は撮影禁止だが、本邸と同じように和洋混在の美が往時を偲ばせる。
この邸宅は三島由紀夫の「春の雪」にも登場し、
またデンマーク行使や元首相・佐藤栄作もここを借りて別荘としていた。
旧前田公爵家は本邸・別邸ともに時代の波の中でさまざまな流転を繰り返してきた。
それでもなお、往時の面影を偲ばせた両邸宅から
私たちがその時代に触れることができるのはなんと幸せなことだろう。
無言だった壁に光がさした。
たったそれだけのことなのにこの明るさの中に花をあしらいたくなった。
残っている花はわずか。
ただ楽しいだけではないけれど、とくべつ曇る気持ちでもない。
それでも春が送ってくれるひかりは自分の何かを
回復してくれるようだった。
so young なひかり。
透ける青いグラスに真っ青なデルフィニュームベラドンナ。
ひかりを背にはっきりする色と溶ける色と。
暗闇に何か形あるものがぼんやり見えると、それが何であるのかはっきりと正体をつかみたくて目をこらす。
しかし形はやはりぼんやりしている。
そんな掴みどころのない暗闇でゆらゆらと浮遊する感覚にとらわれる内田百間の短編集。
サラサーテの盤
いつも同じ夕刻に「私」を訪ねてくるのは亡くなった友人・中砂の妻おふさ。
夫が貸していた物を返して欲しいとやって来る。
一度目は字引、二度目は参考書。そして次はサラサーテのレコード。
「私」の家に上がらず土間に無表情で立つ彼女は
「返して欲しい」だけの思いつめた様子が異様である。
レコードにはサラサーテが「チゴイネルワイゼン」を演奏中に言った
意味不明の言葉が録音されていた。
その言葉を聴いた瞬間、おふさは我が子に呼びかけ激しく泣き出した。
録音されていたサラサーテの声はおふさにとって
何かの意味を持つものだったか。
鈴木清順監督の映画「チゴイネルワイゼン」はこの作品を元に作られた。
難解な場面もあったが清順監督のイメージを強烈に織り込んだ個性の強い映画で印象的である。
本書には他に9編の短編が収められている。
「亀鳴くや」は芥川龍之介との交流、
「実説艸平記(じっせつそうへいき)」は森田草平との交流とその人柄が書かれている。
他はどれも10ページ前後の短編ばかりだが、登場する女性は奇妙な人ばかりだし、
動物は本当は人間なのか?
自分も他人も生きているのかそれとも冥界からやってきたのか?
百間の不気味な迷路にはまり込んでしまう1冊である。
昭和58年(1981) 六興出版
今年もこの日がやってきた。
桜が満開に咲き競うなか、人はこのつかの間の美にその時の思いを込めて木の下に集う。
釈迦が生まれた八日は花祭りの日。
この日を祝って花御堂に据えられた釈迦像に今年も甘茶をかけ、無事でいられることを感謝した。
写真は目黒区・祐天寺の花御堂と桜
祐天寺境内の桜を見て春の陽と桜の花びらを楽しんだあと、芝の増上寺へ足を延ばした。
日曜日と満開の桜とでどこも人でいっぱい。
バスで通りかかった目黒川は黒山の人だかりで、桜よりも人のほうが多いくらいだ。
芝・増上寺の花御堂
本堂前ではお祭りのイベント。
そして境内は屋台とテーブルが用意され人がぎっしり。
花御堂は正面入り口の右側にひっそりと設置されていた。
ここでも甘茶をかけ、自分が息災であることを感謝し、早々に人混みから離れた。
東京タワーに桜。カメラを向けていたら飛行船が飛んできた。 一瞬の光景。
春の絵筆はあざやかに、そしてやさしく今日の花祭りを彩っていた。