日々遊行

天と地の間のどこかで美と感じたもの、記憶に残したいものを書いています

活用する空き箱

2010-11-26 | 日常

Box
きれいな箱にお気に入りのものを入れて大切にする。
女の子なら誰でもこんな経験があり、少なくとも2~3個くらいなら持っているだろう。

子供の時は、雑誌の付録にあった宝石模様の丸い型の箱が
何よりも大事で紙がすり切れるまで使っていた。
今は集め出したらすぐにいっぱいになるほどきれいな箱が多い。

空いた箱は使いかけのリボンやお店のかわいい名刺など、
捨てるにはもったいないものを入れて使っている。
子供の時はきれいな箱に自分だけの宝物を入れていたものだ。
それは他愛のない物ばかりだったけれど、毎日飽きずに何回も箱を開けてはながめていた。

 


薄幸の祇王 木村武山の絵

2010-11-25 | 絵画

Giougijyo

『平家物語』巻11の哀話「祇王・祇女」は悲運の恋に生涯を送った女性の物語である。
平家が全盛を誇っていた頃、都に名を博していた白拍子の祇王と祇女の姉妹がいた。
白拍子とは当時の男装をして歌い舞うこと。

平清盛に寵愛された祇王は、祇女と母とぢにも館を与えられ平穏に暮らしていた。
 ある日、若い仏御前が清盛に白拍子を見せたいと訪れた。
清盛はすでに祇王がいると門前払いをするが祇王は「せめて一度だけでも」ととりなした。
ところが仏御前に心を移した清盛は祇王を追放してしまう。
やむなく出て行った祇王は悲しみに沈むばかりであった。
そんな日々の祇王に、清盛から退屈している仏御前に舞いを披露するよう命じられる。
通された場所は下座であったという。
舞う祇王のあわれさに周囲の人々は涙をながした。

帰った祇王は屈辱的な扱いと悲しみに絶望し
自害を思うが家族を道づれにするに偲びず母、妹と嵯峨の奥に隠棲する。

ある日ひとり訪ねてきた仏御前。世の無常に清盛のもとから出て来たという。
一緒に仏道に生きたいと願い出る。祇王はそれを受け入れ四人は日夜念仏を唱え往生の本懐をとげた。

清盛の無節操・不実によって哀れな生涯を送った女性たち。
栄枯盛衰の道をたどりながらも平家滅亡の渦からのがれられたことがせめてもの救いである。

写真は日本画家・木村武山(明治7年~昭和17年)が描いた『祇王祇女』(明治41年)
秋の草花に目をやる祇王は静謐なたたずまいに世のはかなさを滲ませ心を打つ。
後姿は祇女であろうか。こころ気高く、静かに生きる姉妹の気品ある絵画世界である。

永青文庫蔵


オブジェになる落ち葉

2010-11-21 | まち歩き

Karehatoito
紅葉と黄葉、そして落ち葉が今の季節を彩る。

花が咲き出す春に対して秋は人の意識が葉へ向かう。

今はどの木々の葉も錦のように色を変え、色づいた葉に人がつつまれる時期。

神宮外苑の銀杏並木は人で混雑している。

少し離れた場所で大きく複雑に張られた蜘蛛の糸

に落ち葉が絡まっていた。

それだけでオブジェになる自然の風景はいつのまにかひっそりと創られる。

 


蘭麝館という出版社

2010-11-19 | book

Ranjya 

写真は『蘭麝』の本で創刊号。
紙の函に収められていかにも部数の少ない特別な本のような気がして手に取った。
渋谷パルコにあったリブロポートで購入した記憶がある。

リブロポートが揃えていた洋書や文芸本は、他の書店にはない芸術に徹した品揃えで
棚の前でわくわくしながら本をながめていた。そのとき目にとまった1冊。
1977年 蘭麝館 限定300部の30番台 




4人の作者がそれぞれ世紀末のデカダンただよう幻想を描いているが、
装丁も全ページ美を凝らした創りになっている。 
『蘭麝』4号までの発行で解散したと聞いたが
芸術的な本の出版に情熱をかけたことが強くつたわってくる貴重な1冊である。



・黄金の夜(東恩納 遊)◆4体の人形におとずれた夜
・ラフレシア綺譚(伏見夜風)◆ グラジオ男爵が見た晩餐会で起こった不思議な現象
・くつがえされた宝石、のような朝(中村廣子)◆天使がみた一角獣の夢のあとに輝くダイヤモンド
・天鵞絨の余韻(田中れいら)◆現存する謎の絵画からイメージした少年の幻想


クリスマスブッシュ

2010-11-16 | Flower

Christmasbush
クリスマスブッシュは密集した赤い小さな花。ところがこれは花ではなく、
萼が成長して赤くなって花のようになったもの。
花は初夏あたりに白い花をつけ、花が落ちたあとの萼がこのように赤く色づいて見事な枝になる。

赤いばらの実を手にして次々と花を入れる。
無心に花と向き合う時間なのになぜか気持ちは他へいく。
このばらの実は今ここにあるけれど、どこでばらを咲かせていたのだろう。
 クリスマスブッシュもどこから切られてきたのだろうなどと考え、ふと手が止まる。
都会にいると、野生の枝が山から吹いてきた風にふるえているのを見ることができない。
自然への渇望をおぼえ、ふりはらうように止めた手で一気に生けた。

使用した花◆モカラ(蘭)、ばらの実、クリスマスブッシュ、ユーカリ、スキミア


ジャン・コクトー 描かれた肖像画

2010-11-14 | Jean Cocteau

コクトーの芸術・文学の交際範囲は広く、その人々を追っていけば20世紀の半分を語れるほどになる。
描かれた肖像画も多く、作家の創作意欲をうごかす個性として存在していたことがうかがえる。

ロメイン・ブルックス (1913年)
アメリカの女流画家。コクトーはエッフェル塔と同じ年に生まれた。
背景にエッフェルを配しシンボル的に描いている。



リュシアン・ドーデ (1907年頃)
コクトーの母親の知り合いだったドーデ夫人の息子リュシアンが描いた10代のコクトー。



ジャック=エミール・ブランシュ
コクトー家とは親しいつきあいがあったためこの絵の他にも複数の肖像が残っている。



シャルル・ジール (1911年)
社交界で人気のあった肖像画家。
サラ・ベルナールなど大物俳優の舞台装置をなどを手がけた。



セム (1912年)
若きコクトーが愛してやまなかった風刺画家。コクトーをケンタウロスの姿で描いた。



パブロ・ピカソ (1916年)
コクトーが敬愛し生涯親しい間柄であった巨匠ピカソの絵は
当時のコクトーがよみがえるような感動的な絵。



ポール・テヴェナ(1917年)
30歳で早世したスイスの画家



マックス・ジャコブ 
ピカソと親しかったジャコブは彼が亡くなるまでコクトーの心の友であった。



アンドレ・ロート (1917年)
ロートのデッサンにコクトーが詩を添えたこともあるフランスの画家。



ラウル・デュフイ (1920年)
色彩の魔術師デュフイはコクトーの舞台『屋根の上の牡牛』の装置も手がけた。



ヴァランティーヌ・ユゴー (1920年)
ジャン・ユゴーの妻だった(のちに離婚)ヴァランティーヌはデッサンが人気を博し美術界へ進出。
このデッサンは、美よりも速く走るコクトーのようだ。



ジャン・ユゴー (1922年)
ヴィクトル・ユゴーの曾孫で画家。
作品はどの絵もやわらかい色調でエレガントだがコントラストの強いこのデッサンは印象的。



アメデオ・モジリアニ (1922年)
愁いある女性の肖像が多く残る。虚弱体質と深酒のため体調をくずし貧困のなかで早世。



マリー・ローランサン (1923年)
パステルカラーのローランサンがコクトーを描けば優しげなコクトーの出来上がり。



モイズ・キスリング 
キスリングといえばつぶらな瞳。コクトーもつぶら。エコールドパリの人気画家。



レオン・バクスト (1924年)
ロシアの画家、舞台美術家。ディアギレフのロシアバレエの舞台装置や衣装などをデザインした。



クリスチャン・ベラール (1927年)
コクトーの作品には欠かせない存在だった画家、舞台美術家。個人的にこの肖像が一番気に入っている。



マリー・ヴァンリフ (1929年)
モンパルナスの芸術界で重要な役割を果たしていたロシア出身の女流画家。
コクトーをラ・ボエーム(自由に生きる人)のシンボルとして描いている。



ジャン・マレー 
コクトーとの出会いで大きな人生を歩んだマレー。絵画、彫刻、詩と芸術への関心も深かった。



エドゥアール・デルミット (1951年)
コクトーの養子となったデルミットは画家を志望していた。



エドゥアール・マカヴォア (1955年)
ボルドー出身の肖像画家。壁画のために描かれたが、この絵の左にはコクトーの
「アクタイオンの変身」が同じ紙に描かれていた。現在は分離されそれぞれが独立した作品になっている。



アンドレ・ケリエ (1957年)
写真のように克明なコクトー。正面を見るコクトーが今にも声を出しそうだ。



ベルナール・ビュッフェ (1959年)
一見してすぐにわかるビュッフェの緊張感ある線。
コクトーの大きな手と長い指の特徴をとらえている。



アンディ・ウォーホル (1985年)
アメリカのポップアートを世界に広め新しい時代をリードした画家。



作者不詳 (1960年)
駆け寄るレンブラントを歓迎するコクトー。ふたりともそっくりで楽しく描かれた絵。




描かれたコクトーの個性は作者によって様々であり、
こうしてコレクションをしてみるとコクトーの表情とともに画家の特徴を見るようで興味深い。


エアープランツ

2010-11-09 | Flower

Airplants

エアープランツの種類は年々新種が増え、コレクションするほどの魅力と
奥の深さがあり興味は尽きない。

空気中の水分で育つことからAirplantsとよばれる。
写真は「チランジア」の種類。

エアープランツは土に植える必要がなく、1週間に1度くらいにスプレーで水やり、と聞くが
種類と環境によって条件は変わる。

熱帯や霧が出る山岳地帯で木に付着しているプランツは
大自然の中で想像を超える造形美で生息している。


詩 「君は信じた」 ジャン・コクトー 

2010-11-05 | Jean Cocteau

             

       君は信じた

   僕の人柄を変え得ると君は信じた
   そして僕をふたりにしてしまった
   他の連中は自分たちの提供でない限り
   与えられる何ひとつ本気にしない。

   僕の贋(にせ)ものは 君の意のままに
   気楽に生きるがいいんだよ
   それが人形(あやつり)の役目だもの
   こちらは無灯 こそこその夜歩きさ。

   松脂(まつやに)よりもねばっこい
   伝統という隠れ蓑に
   かくれて僕は生きている
   地上には足あと一つ残さない
   肉体にまるで重量がないのでね。

                              詩集『幽明抄』より 訳 堀口大學 


D1cocteau
ジャン・コクトーの活躍は詩だけにとどまらず小説、舞台、映画、絵画と、
美に魅入られた詩人の表現は様々なジャンルへと跳びつづけた。
未知への革新的イメージに挑むコクトーの作品はそのたびに注目を浴びた。
それは当然世間と深くかかわる運命をたどることになり、軽業師の異名で呼ばれたコクトーは
誤解や中傷を多く受けることになった。
コクトー自身のあずかり知らぬところで目に見える詩人がひとり歩きをしてしまう。
正当な理解を得られないコクトーは孤独の中で何度も言う。
見えないものにこそ「まこと」があると。
当時よりも現在のほうがむしろ彼がのぞんだ詩人として生きているのかも知れない。

   写真はミイ・ラ・フォレ、改装前のコクトー邸 2階扉横のデッサン


11月 霜月

2010-11-01 | 日常

Simotuki
夕暮れの空がまたたく間に暗くなり、茜色の雲を楽しむ時間が短くなった。
霜月は「霜降月」から転じてこう呼ばれるようになったが
11月の異称は「霜見月」「雪待月」など冬の到来を告げる呼び名が多い。
山から吹く風はつめたく、葉は地にもどってゆく季節。

また別の異称「神楽月」は稲の収穫を神に感謝し、来たる年の五穀豊穣をねがって
神楽を舞うことが多い月から由来すると聞く。

深まる秋から冬へと暦は進む。
空気は冷え、霜が降りれば地面は白いベールにおおわれたようになり
「霜の花」を見ることができるかも知れない。