皆様、励ましのコメントやご連絡を有難うございます。友人、妹たち、皆様が寄り添っていただくのを力に少しずつ元気を出せるようになってきました。感謝申し上げます。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
5/3(金)、GWの後半初日は女子高仲間のランチ会。さいたま新都心のデニーズに5人が集まり、それぞれの抱える家族の問題、職場の問題の近況が報告され、お互いの感想・意見・アドバイスなどが交流される。かなりつっこんだ議論になったりもして、触発されお互いにまた違った視点も獲得できるのが楽しいのだ。おすすめの本やらCD・DVDの貸し借りもあり。
都合がつく時間で出入りしてよいというゆるやかなランチ会というのもよくて、数年という長さで継続している。
今回は、Iさんは娘さんとスーパーアリーナのグレイのライブへ、Nさんはツレアイさんと映画へ、Tさんは宝塚の夜の部観劇へと皆さん充実の休日だ。
私もまだ観ていない「相棒-劇場版-LAST DAY」を観ようと思っていたが、先にチケットをとっていなかったのが失敗で満席。あきらめて、Aさんが予定されていたうらわ美術館展覧会「魯山人の宇宙」にご一緒させていただいた。
私の魯山人へのイメージは、漫画「美味しんぼ」の海原雄山が孫弟子であるとの設定からの延長でしかなかった。それをちょっと真面目に勉強できそうだというのと、地元なのにこの美術館に行くのは初めてなので、いい機会だと即断した。
うらわ美術館展覧会「魯山人の宇宙」
以下、上記のサイトより引用。
美を愛し、食を愛して偉才をふるった昭和の巨人・魯山人(ろさんじん)(1883-1959)。
(中略)
魯山人(本名・北大路房次郎)は、明治16年に京都で生まれ、はじめ書家として、後に、篆刻、絵画、古美術鑑定、料理、陶芸、漆芸と、多方面においてその美的手腕を発揮します。古典、風流に学びつつも、鋭敏な感覚で独自の作品を生み出し、特に陶芸において大きな足跡を残しました。また、食及びしつらえに対し独特の美学を持ち、その総合的な演出で多くの人を魅了しました。様々な逸話に彩られながら、昭和34年、76歳で横浜にてこの世を去ります。
本展覧会では、魯山人の旧居「春風萬里荘」を移築公開している笠間日動美術館で所蔵する陶磁器をはじめとした約90作品を展示し、併せて魯山人語録、著名人との交流を示す写真資料なども紹介します。
はじめに書家として身を立てたということは、文字をデザインのようにして焼き付けられた陶芸品から納得した。そこからいろいろな芸術へと発展したというのが、私には贔屓の役者の当代猿之助に重なる。筆を自在に操れるということは全てを自在にすることにつながっていくと思える。
そして、自らの料理を盛り付けるために必要だということで料理用の器を自ら作るということになったので、食に関わる器が多いというのも納得できた。
しかしながら、展示されていた「魯山人語録」でも垣間見られたように傲岸不遜なまでに自分の主張を貫くため、「星ヶ岡茶寮」は従業員や共同経営者に追い出されたという。
この協調性のなさはいくら芸術家とはいえ、ただごとではない。激しい生き様の中で叩きつけるように表現されたものは、もの凄い迫力を帯びていた。
Wikipediaの「北大路 魯山人」の項を読んだら、壮絶な人生がそこにはあった。
さて、ネット検索で全国の美術館に移動して開催している企画のようだとわかったが、ここでちょっと今回のチラシについて見つけてしまったことを指摘しておこう。
冒頭の写真は裏面だが、左上の「辰砂竹雀俎板鉢」の写真は、左右が反転してしまっている。チラシをもちながら、展示物をみていて、照合していて気がついてしまった(^^ゞ
祝日ではあるが、土日ではないので、閉館時間が午後5時と早くてあわてて退出したので、スタッフさんにそのことをお伝えする時間がなくなった。
しかしながらそういうこともあるのかなぁと笑える。さいたま市の美術館であり、チラシではあっても、それはやはり稚拙でしょうと書いておきたい。
>人物はちょっと手強そう......Wikipediaの「北大路 魯山人」の項を読んだらもうびっくりでした。
ゴッホもそうだけど、天才となんとかは紙一重っていう感じですねぇ。
エキセントリックな感覚は凡人の平凡な人生ではなかなか持てないということなんでしょう。
それでは、次は15日の国立劇場大劇場でね!