ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

06/08/13 八月納涼歌舞伎①「吉原狐」で大笑い

2006-08-21 23:59:55 | 観劇
八月納涼歌舞伎は三部制で一回あたりのチケット代は安いのだが、三部全部観ると他の月の昼夜合計よりも高くなるという嬉しくない料金体系。また今回は第二部で舞踊の三連発があってどうにも耐えられそうにない。そこで第一部を観た日に幕見で「吉原狐」だけ観ようと決めた。順不同だがこの幕見の感想から書く。
この作品は今年の4月に亡くなった作家の村上元三が先代勘三郎のために書き下ろした喜劇。今回は齋藤雅文が補綴・演出して45年ぶりの上演とのこと。
あらすじは以下の通り。
芸者屋泉屋おきち(福助)は、父親・三五郎(三津五郎)の借金返済のために芸者になった親孝行者。吉原随一の芸者と評判だが早合点の早飲み込みで周囲を混乱させるのが玉に瑕。そして落ちぶれ男にほだされやすく狐が憑いたように惚れ込んでしまうことが多いことからついた仇名が「吉原狐」。
旗本の貝塚采女(染五郎)のお座敷で同業のおえん(橋之助)が「狐の屁」とまで言ったと食ってかかって大騒ぎを起こしたり、使い込みがばれて追われる身となった采女に惚れてしまい匿ったり。花魁誰ヶ袖(孝太郎)が年季が明けたら三五郎の所に行くと聞くと二人がいい仲と思い込み、父が仲働きのお杉(扇雀)との仲を打ち明けようとするとお杉を腹違いの妹と勘違い。そのペースにはまると誰にも軌道修正が難しく、かなり周囲を振り回す「濃い~女」おきち。采女が刀を抜いて現れた混乱の中で全てが明らかになり、その馬鹿馬鹿しさに采女はしらけて抜刀騒ぎも収まって姿を消してしまう。次に現れた落ちぶれ男にも惚れると思いきや、今度ばかりはおきちの理性が勝って幕。

おきちを先代の勘三郎が演じたのはまだまだ若くて可愛い女方ができる頃であろうから当代の勘三郎が今演じるのではちょっと薹がたった感じになるのではないだろうか。今回、おきちに福助の「濃さ」がピタっとはまった。「濃い~女」度を増すように手が入れられているのかもしれないが、こういう役をこんなに魅力的にできる女方は今は福助以外にいないのではないかと思う。早合点に気がついて「ええ~っ」と驚く姿が大仰すぎるほど大仰だが、福助のニンの濃さを楽しめる方にはもう堪らないだろうと思う。かくいう私もその一人だ。
その濃い芝居を受ける父三五郎の三津五郎は、娘の親孝行に感謝しながらも娘のペースにすぐに巻き込まれてしまうという力関係を嫌味なく出していていい。それでもまだまだ枯れずに娘よりも年下のお杉といい仲になっているという色気もある役。最後に父娘で湯屋に連れ立っていく情愛もうまく見せてくれた。何年か前の「たぬき」の主人公同様、庶民的でしみじみとさせる役に味が出るなあと今回も思う。

橋之助の芸者姿を初めて見ることができたのも今回の大きなお楽しみ。元々の声が高いせいか女方の声がきれいで感心した。顔の拵えも福助よりもノーマルな美しさを感じた。福助と橋之助の芸者のドタバタの面白さは予想以上でこれだけでも幕見で観た甲斐があったというもの。「狐の屁」とまで言った犯人は小山三演じる年増の芸者だったのだが、この役は初演時も小山三がやったのじゃないかしらと思いながら観ていた(筋書買ってないのでなんともいえず)。

お杉の扇雀もけなげな女を好演。妹に仕立て上げられたお嬢様姿で呆然としている様の喜劇味もこの人ならではという感じだった。
またこの演目でも染五郎がよかった。羽振りのいい時と落ちぶれた時の落差が大きいほどよく、ダメ男を可愛く演じられるというのにも染五郎はハマる。PARCO歌舞伎の安兵衛を彷彿とさせる。

この作品はとにかく笑えた。そして親子の情愛もしみじみと味わえた。歌舞伎座でこんな喜劇を観ることができるなんてと予想外の体験だった。たまにはこういう軽~い作品もいいものだ。
写真は伏見稲荷大社の狐土鈴。

それとエピソードをひとつ。
幕見に並んでいたら私の後ろに遠方から観にいらした私よりも年長のご夫婦が一組。手には松竹のウェブサイトでみどころなどをプリントアウトしたものをお持ちで最後尾の札を掲げた係員にいろいろ聞いていた。当日券で観ることができると思ってきたらしいが8月の日曜日だし到底無理。立ち見になりそうと言われて溜息をついていた。お話をおききすると岩手からお盆だから東京はすいていると思ってダンナさんが行きたい美術館と奥さんが行きたい歌舞伎座をハシゴするおつもりで来て最終の「はやて」で帰るのだという。次回以降の参考にと事前のチケットの取り方などの説明も思わずしてしまう。さあ幕見のチケットを買って4階までダッシュした私。なんとか席を確保。それもあと2席はとれそう。パッパッと帽子などを置いて振り返ると案の定おふたりはあきらめて立ち見モードだった。お声をかけて並んで観たのだが大喜びしていただいた。こんなに遠方からきていただいて立ちっぱなしではお気の毒だと即断して正解だった。始まるまでに秋田に旅行に行った時に康楽館でお芝居を観た時のお話もチラっと伺った。古くて小さくて風情のある劇場で団体が帰ってしまった後で残った8人のお客さんのためにお芝居をちゃんとしてくれて嬉しかったということだった。
いざ始まったら最初の方、ダンナさんはお船をこいでいたが途中で起きてちゃんと笑っていた。奥さんの方はかなりリアクションしながら観ていてちゃんと楽しんでいただいたようだった。歌舞伎もそんなに観たことがないようだったけれど、この演目で観ていただいて正解だったと思う。いい思い出を持って岩手に帰っていただけたと思う。

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