自民党の総裁選挙が始まった。麻生太郎と福田康夫が立候補した。どうしてこんことになったのか、二人とも肝心なことを言わない。安倍ボンが、耐え切れなくなって、あるいは思った通りにならないので、信じられないタイミングで政権を放り出したことの理由も釈明もない。
しかしこれが自民党なのである。過去、何度も政権がとんでもない方向に進むと、何の検証もなく、全く反省もなく、トップをすげ替えるのである。その典型が、三木武夫を担ぎ出した、ポスト田中角栄の処理内閣である。今回も似たようなものである。一見質の異なったような、福田の選択になるのである。
国民はいつしか、トップの人事が変わったことでなんとなく、自民党が変わったような気分になって、支持を回復することになるのである。ところが、この利権政党はいずれいたたまれなくなって、もとへと戻ることを繰り返してきた。
主義主張とは無関係に、政治力学がこの政党をアメーバーの如く復活させる。実質日本の首相を務める人物を決める選挙が、国会開催中に2週間も中断して、自民党だけで行われるのである。これが日本の民主主義なのであろうか。最初から決まっているような選挙に、海外メディアはほとんど関心を持っていない。
麻生の方は福田に「政策論争」などを挑んでいるようだが、そんもの中身のあるものが実現できるわけない。顔なじみの連中だけで、人物を選ぶのである。彼らの中で、気が合うか合わないか、あるいは身の保全になるかどうかのレベルで総裁が選ばれるのである。
それにしても、今度の二人とも父か祖父が首相を務めたオボッチャマである。またどっかで、嫌気がさして政権を投げ出さなければ良いが。