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昭和ひとケタ樺太生まれ

70代の「じゃこしか(麝香鹿)爺さん」が日々の雑感や思い出話をマイペースで綴ります。

番いのヒヨドリ

2014-03-05 16:14:33 | 日々の雑記
 
 記憶に無いほどの雪が少ない今冬、その所為かヒヨドリは余り姿を
見せません。昼間は直ぐに間に合うように、カメラは何時も手許に置いて
おります。しかしこのところは何時も空振りです。
 そんな或る日のこと、二羽が突然現れたのです。先ず二羽が仲良く枝に並んで止まりました。
 やがて一羽が餌箱に近づいてリンゴを啄ばみ始め、別のが辺りを警戒するよう近くの枝に留まっていましたが、やがて別の餌箱に飛び移って啄ばみ始めたのです。
 やがて暫くすると、突然二羽が一気に飛び立ち、枝から枝へと飛び回りました。何事かと窺うと、別の木の枝に一羽のヒヨドリが止まっていました。
 そして間もなく三羽による空中戦が始まりました。番いの方は前後から攻撃を始めると、一羽の方は直ぐに諦めて飛び去ってしまいました。
 番いは暫くの間辺りを警戒しているようでしたが、またそれぞれの餌箱に飛び移って啄ばみ始めました。
 しかし時折り交互に飛び立って近く枝にとまって、相手を見守るようにしてから、また餌箱に戻って啄ばみ始めるのです。
 その番いの仲の良さや、またお互い思い遣る行為が、まさに手にとるように伝わって来ました。その微笑ましさには、多いに満足させられました。

揃って周りを警戒する番い

片方が餌を啄ばんで居る時別のが見張りする

それぞれ交代で見張る



ヒヨドリとツグミ鉢合わせ

2014-03-01 16:18:32 | 日々の雑記
  山の方は風雪でかなり荒れているとのことでしたが、海寄りの市街地は珍しく晴れた日で、そしてとても暖かい昼下がりでした。
 裏庭の辺りで鳥が飛び交う気配がしたので、レースのカーテンを開けて見ると、二羽のヒヨドリがエリモシャクナゲの枝で、お互い牽制しながら睨み合っていたのです。
 初め二羽のヒヨドリが争っているのかと思っていたのでしたが、良く見ると
大きさこそ似通っておりましたから、良く見ると少しばかり体に違いがあり、更に毛色が違っていたのです。
 それはツグミだったのです、先日吹雪の中約一年ぶりに姿を見せたのでしたが、珍しいことに再び姿を見せて、常連のヒヨドリト餌の奪い合いをしていたのでした。
  暫くの間飛び交って睨み合いを続けておりましたが、からだが少し小さめのヒヨドリが諦めて飛び去ってしまいました。
 
やはりこれは、今度の猛吹雪で野山では、餌が獲り辛くなってなったので、市街地に下りて来たのでしょう。













雪の日のツグミ

2014-02-20 16:47:38 | 日々の雑記
  遅くなりましたが、この度の未曾有の暴風雪で、今なお多大な被害を受けられた多くの皆様方に、心からお見舞い申し上げます。

  先日週末に本州を襲って多大な被害をもたらした暴風雪は、東北そして道東地区にも到達、僅か数センチ程だったそれまでの積雪を、たった一夜で一気に30センチ近くにまでして去りました。
 昨日まで鳥たちが群がっていた餌箱は、すっかり雪に覆われてしまい全く見えません。
 それにしても吹雪の中で、あの番いのヒヨドリや新顔のツグミたちは、何処で如何しているのかと、少し心配でもありました。
 何気なく窓の外に目を向けた時でした。鳥が飛んでいるのを見たので、窓に近づき良く見ると、それはいつものヒヨドリで無くてツグミだったのです。
 ツグミは今までに余り見掛けない鳥なので、鳥影はてっきりヒヨドリかと思ったのでしたが、まさかせいぜい年に一度くらいしか姿を見せないツグミだったとは、しかもこの猛吹雪の中を飛んで来たとは、本当に驚きました。
 ツグミはその後も行ったり来たりを繰り返しておりましたが、一向に治まらぬ吹雪に耐えかねたのか、何時の間にか飛んで行って仕舞いました。
 二つの餌箱が共の雪で覆われて仕舞っているのには、きっと気が付かなかったのでしょう。何だか可哀想でなりませんでした。













湯たんぽの袋

2014-01-19 15:47:12 | 日々の雑記
         亡妻が残して逝きし湯たんぽを
          夜ごと抱きて温もり偲ぶ

    
    今年の冬湯たんぽを使い始めたのは、暮れも二十日過ぎた
   頃の朝の気温が、マイナス10度近くまで下がった日からでした。
    今使っている湯たんぽは、亡妻がもう10年ほど前から使って
   居る物です。
    そして現在私が、以前亡妻がしていたのを見よう見まねで、
   湯を沸かして使っている訳です。
 
    それが昨夜のことでした、外側の花柄模様の袋のチャックが
   壊れてしまったのです。
    この袋は亡妻の手作りで、5年くらい使って来た物です。
   亡妻は和洋裁が得意でしたから、家で使うこうした物は、
   大抵亡妻の手作りでした。
    特に洋裁は得意で、子どもたちや孫たちの着る物などは、
   殆ど亡妻の手作りでした。
    また友人たちからスカートなども作っておりました。
    それに和裁もほどほどに得意で、家族の浴衣や丹前(寝具)など
   も、亡妻の手で作られた物でした。
 
    なおこうした亡妻の手で作られた物は、出来るだけ手許に永く
   残して置きたいと思いましたので、安全ピンを用いてみました。
    若しこの先安全ピンが駄目になったら風呂敷でも活用して、
   手元に置いて長く使ってゆきたいと願っております。

       写真の上の二枚は昨年の暮れに、下のは今年になってから
      撮ったものです。
       今のところは珍しく雪は殆ど有りませんので、その分
      凍れは異常で、前夜はマイナス17度近くにもなりました。
       亡妻が残して呉れた湯たんぽを夜ごと重宝しております。








今年もどうぞ宜しく・・・

2014-01-03 16:41:57 | 日々の雑記
   ブロガーの皆様・・・
    明けましておめでとうございます。どうぞ宜しく・・・!

   今日の午後恒例の初詣をして参りました。
   家から神社までは、一キロに満たない近さなので、娘からは
  車でなくて歩いて行くようにと言われましたが、路上には未だ
  雪も多少ながら残っており、それが昼間の暖気でとても滑り易い
  状態でしたから、車で行って来ました。

   参拝者は夫婦連れや家族連れが殆どの中、独り者は私だけでした。
   亡妻と一緒だった頃の初詣がしきりに想い出され、その辛さは
  昨年にも益して大きなものでした。

   それでも気を取り直していつもの様に、身体安全と交通安全の
  お守りに破魔矢を手にして家に戻りました。

   大晦日の夜中まで雪が無かったので、本当に久しぶりに雪の無い
  新年が迎えられると、楽しみにして床に就いたのでしたが・・・!





平成25年度大晦日

2013-12-31 21:37:21 | 日々の雑記
 先ほど孫たち家族が帰って行きました。妻の居ない三度目の
平成25年の年越しは無事に終えました。
 亡妻が居た頃には、亡妻の手作り料理が色々と並びましたが、
それに比べてかなり見劣りはしましたが、長女なりに用意した
料理に、孫たちはとても喜んで呉れ先ほど帰りました。 

 静かになった部屋の真ん中で独り、先ほどまで喜ぶ孫たちと
過ごした一時を、いろいろと思い返しております。
    今日は早くから、晴れていたけれど10メートルを超す強風が
   吹いている中を、孫の喜びそうな料理をヨーカドーやイオンなど
買い回った苦労は、その満足感で消え去っておりました。

    時が経ち後片付けが済んだ娘は二階の自室へ戻り、居間には
私一人となりました。
 そしてまた今年一年を振り返りました。やはり今年一番の思いは、
無事に亡妻の三回忌を済ませたことです。
 しかし三回忌を無事に済ませたからと言って、気の安らぎに
なりません。むしろ亡妻への益々増した気が致します。
 来年はどんな年になるのか、我が事ながら不安です。
 
 ブロガーの皆様、今年は本当に
有難うございました。どうぞ良いお年を・・・!
 
 珍しい事に今年の大晦日は、全く雪は有りません。
 この分なら雪の無い新年が迎えられそうです。




 

鶴居街道

2013-10-26 15:52:51 | 日々の雑記
 先日急な所用があって、隣村の鶴居村へ行って来ました。
 この鶴居村は釧路湿原公園に隣接するところで、天然記念物としてのタンチョウの給餌場が二箇所もあります。
 五年ほど前までは、タンチョウが餌を求めて里に集まる頃を見計らって、まだ元気だった妻と毎年欠かさずに訪れていた想い出の多い処です。
 
 この度拠所ない所要で鶴居村へ行って来たのですが、車を走らせながらも途中とちゅうでは、昔一緒だった亡妻が想い出されて、とても辛かったです。
 それでも釧路から片道40キロ程の道のりを、往きも帰り何事も無く、無事に所用を済ませて家に帰り着くことが出来ました。





丹頂の給餌場入り口

餌を探すタンチョウの番い

収穫後の畑で餌を啄むタンチョウの群れ



三回忌

2013-10-21 16:33:40 | 日々の雑記
 
         日が経てば 楽になれると 思いしが 
           日に日につのる 亡妻への想い

         春秋は 移ろい行けど 妻の亡き
           後の寂しさ 消ゆること無し


 先日亡妻の三回忌法要を執り行いました。一年前の一周忌には道内各地から、主に私のきょうだい達も来ましたが、今回は娘や孫たちの身内と地元釧路の親戚筋のみで行いました。
 妻が逝ってからもう丸二年が経ちましたが、情けないことに亡妻への想いはおさまることは無く、むしろ高まって行く思いです。
 昼間は同居している娘と一緒ですから、寂しさは余り感じないのですが、晩飯を済ませて娘が二階の自室に去った後が大変です。
 階下に一人残った時、特に寝室で独りになった時の寂しさと辛さは、恥ずかしながら言葉になりません。
 寝床での思いは何時も同じで、なんで俺を置いて一人で逝ったんだから始まって、色々なことに広がって行きます。
 しかし、若し私が先に逝ったならば、足が悪い上に病いがちの亡妻はおそらく大変な思いをするだろう、更にその上、今私が味わっているこの堪らない寂しさや辛さを味わうであろう。そんなことは断じて許されないことだ。
 やはり亡妻を先立たせて良かったのかも知れないと、夜毎に繰り返して思うこの頃の私なのです。
そして私なりに出した結論は、老夫婦が逝く時は一緒が、一番良いのだと・・・。
 とんだ泣き言を色々と並び立てて、本当に申し訳ありません。

 この度、亡妻の三回忌を無事に済ませることが出来ましたので、これまでの様に買物だけに留まらず、努めて外出する様に心掛けて、とかく身内が心配する引き篭りを避けようと思います。

 下の写真は今年の花撮り歩きで撮って来た物ですが、これまで載せる機会が無いままに時季が過ぎてしまいました。
 棄てるには忍びないので、亡妻への供花として載せることにしました。








十五夜

2013-09-20 16:46:23 | 日々の雑記
 
   先ず初めに・・・
   この度の18号台風や竜巻などの被害に遭われました
   多くの皆様方に、心からお見舞い申しあげます。


 これまで台風との関わりは少なかった釧路地域でしたが、
今回の18号台風の威力には驚かされました。
 停電も短時間でしたが、晩飯時に二度も合ったほどで、真冬の暴風雪時ならば
未だしも、今回の台風のもの凄さを実感しました。
 釧路の市街地での被害はたいした事は無かったのですが、隣の釧路町などでは、
浸水や土砂崩れに加えて長時間の断水があって、自衛隊が救援活動を
行ったほどでした。
 
 さて十五夜ですが、そんな事で月見などは無理だろうと半ば諦めておりましたが、
翌日からはまさに台風一過の日本晴れ、それまでの約十日間ほどは霧や小雨の
連続で、買物や洗濯物の処理に苦労したのが嘘のようでした。
 ですから半ば諦めていた今年の十五夜さんは殆ど諦めていたのでしたが、
翌日からはまさに台風一過の日本晴れでしたから、昨夜の十五夜の満月を
堪能させて頂きました。
















赤くなったサビタの花びら

2013-09-11 20:02:37 | 日々の雑記
 
 先日初めて気付いたのですが、家のサビタの白い花びらが、全体に薄いピンク色に変わっていたのでした。
 初めは紅葉したのかと思いましたが、美しく桃色に染まっているのは花びらだけで、その葉は全て活き活きと緑のままですから、紅葉では無いと思ったのです。しかしその訳は分かりません。
 
 昔上司の家から分けて貰ってからかれこれ40年ほどにもなりますが、毎日のように朝夕眺めて来た家のサビタがピンクに変わるなんてことには、これまで知らず、又全く気付きませんでした。

 或いはこれまでにもそんな変化は有ったのかも知れませんが、今はともかく以前は、とかく家の庭には無頓着だったので、まったく気付かなかったのでしょう。
 しかし亡妻は知っていて、私にも教えて呉れて居たのでしょうが、とかく家の事には無頓着な私の事、気にも留めて居なかったのでしょう。
 その上妻の健在中は、とにかく花撮り歩きに精を出して、毎日のように出歩いていたので、まったく覚えて居ないのでしょう。
 それが今では、亡妻と一緒に出歩いた河畔公園とか、住宅街の中の自転車道路や湿原道路などは、今は未だ一人では行けませんから、買物に出掛ける以外は殆ど家に閉じこもっているのです。
 それは恥ずかしいことですが、一緒に歩いた亡妻が想い出され、辛くなってしまうからです。

 今日もまた桃色に彩られたサビタを眺めながら、在りし日の亡妻を想い出しているのです。