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修行僧が行く

OCNブログから引っ越してきました。日々の彷徨の記録を綴ります。

宮島の山歩き~駒ヶ林(509m)・焼山(490m)

2019-01-06 08:19:03 | 山歩き

 厳島神社で参拝のほか舞楽まで楽しんだこともあって、神社を出たのはもう午後2時を過ぎていました。この時間から山歩きのスタートを切るのはいささか無謀気味でしたが、明るいうちに下山出来るところまで行こうと先ずは多宝塔コースを採って駒ヶ林へと向かいました。〔1月2日(水)〕

↓ 多宝塔です。厳島神社の出口に最も近い登山口のある多宝塔コースで駒ヶ林を目指しました(午後2時11分)。

↓ 多宝塔近くの登山口がロープで閉じられており、仕方なく近くの踏み跡を辿って駒ヶ林を望める尾根上に出ました。

↓ 多宝塔コース途中の展望所から連絡船などが盛んに行き交う大野瀬戸が眺望出来ました。

↓ コース上に朝日観音の祠が祀られています。祠の中には観音ならぬ弘法大師の像が祀られています。

↓ 中に幾つかの石像が祀られている大岩の室もこのコースも見所のひとつです。

↓ 多宝塔から1時間15分で駒ヶ林(509m)に到達しました(午後3時26分着)。

↓ 駒ヶ林から望む弥山(535m)。頂上の展望台は多くの人たちで賑わっていました。

↓ 駒ヶ林山頂から見た広島市街地方面の眺望です。

 ↓ 駒ヶ林山頂付近から見た直ぐ隣にある焼山(やけたやま)の山頂部です。弥山に行く時間がないことから、駒ヶ林から尾根伝いに焼山に行くことにしました。

 ↓ 焼山山頂部直下の岩の上から見た駒ヶ林の岩場です。尾根の下には宮島の街と広島湾、広島市街地の眺望が広がっています。

 ↓ 焼山の山頂部からの大野瀬戸、広島市街地方面の大眺望です!

 ↓ 焼山の山頂(午後3時59分到着)からの南方角の眺望です。黑いシルエットとなった岩船岳(466.6m)の先の大竹、岩国方面に陽が沈もうとしています。

 ↓ 焼山から望むと手前に駒ヶ林(509m)が、その右手に弥山(535m)が並んで見えます。

↓ 宮島の山並みの向こう側には能美島、小黒神島、大黒神島の美しい眺望が開けています。

 ↓ 焼山から下って仁王門まで大元コースの登山道を採り、仁王門から大聖院コースで下山の途に就きました。

 ↓ 大聖院コースの途中にある白糸川1号砂防堰堤です。

 ↓ 明るいうちに大聖院の門前まで下ることが出来ました(午後5時05分に下山)。

 ↓ 明りの灯った町家通りを採って宮島桟橋へと急ぎました。

 ↓ 夕刻の宮島桟橋にはまだ多くの観光客の姿がありました。(午後5時26分到着)

 ↓ 歩いた峰々もシルエットになった中を連絡船に乗って宮島を離れました。


厳島神社で舞楽を鑑賞

2019-01-05 08:47:49 | 散歩道

 厳島神社で初詣の参拝を無事終えて登山に向かう計画でしたが、神社の舞台の周辺では午後1時から始まる舞楽の準備が進んでいました。時計を見ると40分程待つ必要があるものの、舞台の周りに観衆の姿はまだあまりなく絶好の位置を確保出来るようだったのでこちらを優先することにしました。舞楽とは舞を伴う雅楽のことで、インドで発祥し、中国、朝鮮半島を経由して奈良時代に日本に伝来したものと考えられているようです。厳島神社では四季折々の行事に際して舞楽が上奏されており、この日は二日祭の中で萬歳楽と延喜楽の2曲が上奏されることとなっていました。〔1月2日(水)〕

↓ 萬歳楽(まんざいらく)の舞です。四人舞で襲装束(かさねしょうぞく)は、袍(ほう)に片方の腕を通さない片肩袒(かたかたぬぎ)で着用し、鳥甲(とりかぶと)を被っています。
回り

↓ 萬歳楽は左舞(中国や中央アジアなどに主な起源をもつ舞楽)の一つで、楽隊は舞台左手の楽屋に陣取り、舞人も同じ楽屋から登場してきます。

↓ 四人舞で、先ず一人目の舞人が登壇しました。順次2~4人目の舞人が登壇します。

↓ 四人の舞人が揃いました。

↓ 舞人をアップで。襲装束や鳥甲の様子がよく分かるかと思います。

↓ 四人がよく揃った舞だと、隣で動画を撮影されていた方に教えて頂きました。

↓ 四人の舞は極めて優雅で、こうした舞は「平舞(ひらまい)」と呼ばれ、1~2人の舞人が闊達に動き回る「走舞い(はしりまい)」と対比されるようです。

↓ なかなかに重厚な装束と鳥甲を身に着けての舞です。

↓ 舞人の後姿にも興味が湧きました。

 ↓ 続いて延喜楽(えんぎらく)が始まりました。延喜楽は右舞(朝鮮や満州方面などに主な起源をもつ舞楽)のひとつで、舞台右手の楽屋に楽隊は陣取り、舞人もそこから登場します。

 ↓ 四人舞の最初の1人が登壇しました。襲装束は緑色で、萬歳楽と同じく鳥甲を被り、襲装束(かさねしょうぞく)に、袍(ほう)に片方の袖に腕を通さない片肩袒(かたかたぬぎ)で着用しています。

 ↓ 大きな舞で登壇のご挨拶といったところでしょうか!

 ↓ 四人の舞人が揃いました!

↓ こちらもなかなかに重厚な襲装束に鳥甲です。

 ↓ 延喜楽は左舞の萬歳楽の答舞(とうぶ)として、慶祝に用いられることが多いとのこと。この日もそのベストカップリングであったようです。

 ↓ 延喜楽も優雅な舞の「平舞」の一つです。

 ↓ 延喜楽のクライマックスのようです。陽光の下、見事な舞が続きました。

 ↓ いよいよ終演です。20分弱の萬歳楽、15分程の延喜楽、その間に中休みが入って約1時間の舞台した。 


宮島・厳島神社に初詣

2019-01-04 07:41:31 | 風物詩

 今年も宮島の厳島神社に初詣に出掛けました。曇り勝ちとの天気予報でしたが、日中を通して気持ち良く晴れてくれたのは幸運でした。参拝を終えれば宮島の山歩きもしたいという欲張りな初詣の一日でした。〔1月2日(水)〕

↓ 波静かな大野の瀬戸を連絡船で宮島へと渡ります。所要時間は僅か10分という至近距離です。

↓ 静謐で空気も澄んで、正月を寿ぐには打って付けの天気に、宮島の島影はいつになく綺麗にみえました。

 ↓ JRの連絡船は厳島神社の大鳥居の沖を通ってくれます。先ずは海上から厳島神社に参拝です!

 ↓ 厳島神社の沖を通過すると、今度は塔の岡にある千畳敷と五重塔が船上から望めました。

 ↓ 宮島桟橋には例年通りに新年を寿ぐ飾付けがなされていました。

 ↓ 厳島神社への参道には数多の参拝者の列が続いていました。

 ↓ 宮島の鹿に興味深々!(参道にて)

↓ 大鳥居近くまで潮が引いていました。

 ↓ 参拝者で溢れる厳島神社入口。

 ↓ 神社に入っても回廊には参拝者の列が続いていました。進むのを待ちながら塔の岡を見上げました。

 ↓ じっと辛抱の参拝者の列です。

 ↓ 参拝を終えて海にせり出した舞台に出ました。舞台から見た本殿の正面です。

 ↓ 神社前面の海は引き潮で大鳥居近くまで人が行ける状態でした。

 ↓ 40分程待てば舞楽が始まるとのことに、山に行きたい気持ちを押えて暫し待つこととしました。

 ↓ 参拝と舞楽鑑賞を無事終えて回廊を巡って出口へと向かいました。

 ↓ 出口に向かう回廊はゆったりとしていました。

 ↓ 出口近くの丘の上から望んだ厳島神社と塔の岡の景観です。


元日の基町公園から中央公園を歩く

2019-01-03 07:53:41 | 散歩道

 初詣客で賑わう広島護国神社を後にしてから、広島城のある基町公園からその隣の広々とした中央公園を散策しました。元日らしい静謐で長閑な雰囲気を満喫出来たウォーキングとなりました。〔1月1日(月)〕

↓ 広島城の堀を巡る遊覧船の浮かぶ西堀から見上げた広島城天守閣です。

 ↓ 鴨が悠然と浮かぶ西堀から見た冬の柔らかい陽光に照らされた広島城です。

 ↓ 広島城南側の基町公園に設えられた圓鍔勝三(1905~2003)作の「花の精」と広島城のコラボレーションです。

 ↓ 北堀側から見た広島城天守閣と西堀の眺望です。広々とした感じが魅力です!

 ↓ 広島城の堀の北西端から見た広島城天守閣です。左にアーバンビューグランドタワー、右にNTTクレド基町ビルの高層ビルを従えさせています。

 ↓ 冬枯れの歩道。基町高層アパート沿いの国道54号線歩道です。

 ↓ 中央公園の「広高の森」。かつて市内にあった広島高等学校関係者の句碑や歌碑が建立されています。

 ↓ 桑原巨守(くわばらひろもり)(1927~1993年)作の「風と花」。中央公園内の噴水に設置されています。

 ↓ 凧あげ! 正月とは言え、あまり見なくなったシーンです。

 ↓ ボール遊びや凧揚げなどを楽しむ市民の姿がある広々として中央公園です。

 ↓ 中央公園の一画に造成された中国庭園「渝華園」の東屋「流香榭」(りゅうこうしゃ)です。同園は広島市と四川省重慶市との友好都市提携5周年を記念して1991年に造成されました。


広島護国神社は初詣客の長蛇の列

2019-01-02 07:18:49 | 散歩道

 2019年元日の午後、広島護国神社に初詣に出掛けました。護国神社は広島城址の一画にありますが、広島城二ノ丸表御門前からもう参拝客の長い列が出来ていました。 いつになったら拝殿前に着けるか分からないので潔く参拝することを断念し、神社内の様子をカメラに納めることに方針転換をして列を無視して神域へと進みました。〔1月1日(火)〕

↓ 広島城二ノ丸表御門前から護国神社への初詣客の列が出来ており、観光客の姿も多く付近は混雑していました。

↓ 境内に進む通路にはずっと参拝客の長蛇の列が続いていました。

↓ 広島護国神社の鳥居前に着きました。参拝客の長い列は鳥居の左右両サイドから続いていました。

↓ 鳥居前から拝殿前を覗いてみると、多くの参拝客で大混雑していました。

 ↓ 手水場も我先にと柄杓を取る人たちで混雑していました。

 ↓ 拝殿前では係員が長蛇の列の交通整理をしていました。列を小刻みに区切って、拝殿前に上がる人数を調整していました。

 ↓ 混雑する拝殿前の様子です。落ち着いて参拝出来る状態ではなさそうでした。

 ↓ 拝殿の右サイドから見た拝殿前の混雑した様子です。

 ↓ 混雑する護国神社から緊急避難気味に隣にある広島城址を訪ねました。ここには寒いながらも、インバウンドの人たちの姿が多くありました。

 ↓ 堀端から広島城天守閣を見あげました。今年は浅野家初代広島藩主浅野長晟(あさのながあきら)が広島城に入城してちょうど400年の節目となることから、年内に多くの記念行事が行われる模様です。

 ↓ いつもは閑散としている日清戦争当時の広島大本営跡にもこの日は昼食を摂るなどで憩う多くの人達の姿がありました。

 ↓ 広島城址の東側入口から護国神社に向かう通路にも初詣客の長蛇の列が出来ていました。

 ↓ RCC(中国放送)前の護国神社東側入口の鳥居のはるか手前から参拝者の列が出来ているようでした。