私は、あなたが赤をどのように見ているかを知らないし、
あなたは私がそれをどのように見ているか知らないでしょう。
しかし、この意識の分離はコミュニケーションの失敗の後にだけ認められるのであり、
そして我々の最初の運動は、我々の間にある
ある分割されないものの存在を信じることにあるのです。
──メルロ=ポンティ『知覚の優位性とその哲学的帰結』加藤和雄訳
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虎よ さようなら──
一度はそう言わなければならなかった
もうこのマップは使えない
描かれたどのルートをたどっても
どこへも行き着くことはできない
ふたりは別々の場所に生きている
だからそうするたしかな理由がある
マップに描かれたルートを外れ
敷き詰められたマップを燃やす
外れることをよしとして
燃やしたはてに気づく
虎が虎として 俺が俺として
生きているそれぞれの「地」がある
名づけようのない ひとりひとり、隔絶しながら
数えきれないマップが立ち上がる固有の「地」がある
そして、その広さ、深さ、歩みを測ることはできなくとも
どこかでつながっているという信が俺たちを出会わせる
同じ空の色を見ている、そう信じたとき
たしかに信じるに足る、疑いようのない理由があった
そしていまそれは、別の疑えなさに変異している
描かれたマップの外に
使われたルートが消えた場所に
いつか、絶対にないとはいえない
新しいルートが走ることがあるかもしれない
かつての虎ではない虎として
かつての俺ではない俺として
いつか再び出会うことがあるとすれば
もしそのことを願う心があるなら
古いマップは静かに燃やしておかなければならない