ASAKA通信

ノンジャンル。2006年6月6日スタート。

「存在と非在──心が連結する物語」20221221

2022-12-21 | 参照

 

 

現実とロマネスク
二つの地平を同時に生きる両生類、ヒト


──中井久夫『治療文化論』66・67

彼女は、私の机の上の二つの鉢植えの草の葉むらにこもる妖精たちを語ってくれた。
それは私が「邪悪」な妖精のいるほうの鉢を遠ざけたくなる力があった。
「ほら、見えるでしょ、ここに」と、私にも見えることを確信して語ったが、
無理強いには答えを求めてこなかった。
たしかに空想の手がかりを与える徴候的なものはあった。
空想といったが、この場では観念と知覚とは肌を接するほど近い。
そのうちに話は次第に妖精から離れて彼女の孤独そのものに移り、
やがて現実へつながっていった。おわりよければすべてよし、である。

彼女は自分を独自と思っていながったが、老練な教授が高いスコアをつけた、
詩人ライナー・マリア・リルケのユング的解釈についての
「ユニークな卒論」を読めば、あるいは「創造の病」に近いものと知れるかもしれない。

私は、この治療の持つ危うさ、あるいは治療関係の内包する危険性を
決して忘れないように心がけていた。
私は「フェアリー・エンカウンター」(妖精との遭遇)という現象が、
西洋において非常に危険なものとされていることを知っていた。
それは森のはずれで「逢(お)う魔が刻(とき)」に起こり、
しばしば生命や精神の危難を予告するものであった。
しかしまた、友好的な妖精もあり、悪い妖精と戦ってくれる。
夕方彼女を訪れる妖精たちはどうもおおむね友好的らしかった。
妖精話を聞いているうちに私は、彼女の孤独がひどく身に沁みて身体が冷え冷えしてきた。
しかし、不快では決してなかった。
恐怖ではなく、彼女の「夜の世界」の冷えがくるぶしまでは私を浸したのであろう。
私は、しかし、バリントのことばを護符のように唱えた。
「治療者は、舟を浮かべる水、鳥を支える空、いろいろなものを支える大地、
要するに「四大」(Vier Elemente)になれ」ということばである。

※「Vier Elemente」:四大元素、火・水・風・土

 

 

 

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