京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

京の鯖寿司

2012年03月19日 05時48分27秒 | 


京都市内には、海がない。
最近は、人工で海水を作れるらしいけど。
あれは、きっと鮮魚を生きたまま保存するための施設やと思う。
ある人が「あの会社がそんなもうからへんことしやはる筈がない」というたはった。
確かに採算が悪そう。半分以上京都市が面倒みるのかな・・・。ならわかるけど。
巨大な回る寿司でも企画してはるかもね。材料はあるし。
京都という国際的に目立つ都市で内陸で運営できる水族観運営システムを見せて、中国や中東あたりに売り込んでいるのかな・・・。ならわかる。
今日の主題から逸れてしもた、すんません。
本題に戻ります。



最近でこそ流通が発達してきたから、日本全国から新鮮な魚貝が運ばれてくる。
それ以前は、魚といえば福井県小浜市から塩をした鯖を人間が鯖街道(さばかいどう)を通って京都に運んでいた。
その時間でちょうど鯖に塩がまわって、美味しくなったそうです。
運ぶ人が「京は遠ても十八里(72km)」と唄いながら寝ずに歩き通したと言われている。
京都は、ハモ料理が7月食べられるのですが、ハモは生命力が強く、生きて運べたらしい。亡くなっても痛みにくい魚だそうです。
後は、干したボウダラやニシン程度だったかな。
後は、琵琶湖で捕れるブラックバスやブルーギルじゃなくて、鮒や鯉、鰻、野田じゃなかった泥鰌、蜆なんかだった。
泥鰌や蜆は、行商の人が売りに来ていたな。



その貴重な塩鯖を昔は、お祭りの時、鯖寿司にしていた。
京都では、5月や秋のお祭の時、ギフトとして鯖寿司とお赤飯を親戚や近所に贈答として配っていました。
小さい時、私は、配る役目でした。
お小遣いがもらえるのが楽しみだったな。


↑鯖寿司小鯛雀寿司盛合せ


↑お吸い物

今日の写真の「いづう」は、天明元年(1781年)創業なんだそうです。
他府県人からするとビックリするほど、高価な鯖寿司です。
お店は祇園にあり、近所のお茶屋さんからの手前で食べられます。
そういえば隣だったかな・・・のお茶屋さんに行ったことがあります。
もちろんご招待ですが。
お茶屋さんは、自分のところでお料理はつくりません。
周囲の和洋中のお店から出前をとってくれます。
なかなかよくできたシステムですよね。
しかもキャッシュでもクレジットでもない。
信用貸しです。だから一見さんはお断りなんです。
最近は、崩れてきつつあると思うけど。





この鯖寿司小鯛雀寿司盛合せとお吸い物との価格で回る寿司なら3、4人ぐらい食べられる。
もちろん値段を比べる意味はないですが、どちらをとりますか?


「いづう」地図


↑これは「盛り塩」です。上賀茂神社と違いまっせ。

※付録
京都の「ばらずし」は、ちらし寿司ではない。
上記の魚事情のために生の魚を使わないのが普通。
魚は、ちりめんじゃこ。このちりめんじゃこが関東方面では通じなかった。
「なにそれ?シラス干しのこと?」と関東弁で言われるのが妙にハラタツノリー。(笑)
京都のばらずしは、ちりめんじゃこ、椎茸、干瓢、金糸玉子、紅ショウガ、季節なら竹の子や木の芽で作った。お高野やくずれた湯葉なんかも入る時がありました。
家庭で当たり前に食べていたな。
残ったら次の日は、蒸して食べた。いわゆる「蒸し寿司」やね。
だから、テレビでよく出てくるいっぱい刺身がのったちらし寿司には違和感を覚えるのは私だけかな。

Twitter→@kyo_otoko
コメント (6)
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