万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

自国民ファーストこそ民主主義に適っているのでは

2024年03月25日 12時03分46秒 | 日本政治
 トランプ前大統領が、‘アメリカン・ファースト’のスローガンを掲げて2016年の大統領選挙戦に打って出たとき、リベラル派を筆頭に批判の嵐が吹き荒れることとなりました。リベラル派の博愛精神からしますと、利己的で差別的、と言うことであったのでしょう。もっとも、同大統領が当選したことにより、同スローガンは各国の選挙戦で模倣され、流行り言葉ともなりました。その一方で、先日も、‘政治は日本人だけのものではない’とする旨の発言が日本国の政治家の口から飛び出し、物議を醸しています。かつて鳩山由起夫元首相も. 「日本列島は日本人だけのものではない」と述べて衝撃を与えましたが、国家とは、一体、誰のものなのでしょうか。

 仮に持ち主がいれば、その人、あるいは、その人たちが‘ファースト’であっても、何らの不思議はありません。むしろ、当然のことと言えましょう。この当たり前の視点から国家の所有について見てみますと、今日の民主主義国家では、国家の所有者は、集団としての国民と言うことになります。それでは、日本国はどうでしょうか。

 日本国憲法の前文は、「日本国民は・・・」で始まり、「・・・正当に選挙された国会における代表を通じて行動し、・・・ここに主権が国民に『存することを宣言し、この憲法を確定する」とあります。古今東西を問わず、世襲君主制が一般的であった時代には君主が主権者でしたが、この前文は、日本国民が主権者であると謳っています。すなわち、上記の問いについては、日本国民が、日本国の所有者であると定めていると言えましょう(なお、主権という言葉には多面性があり、統治権のみならず、国家としての法人格をも意味しますので、国家の所有主体となる・・・)。現代という時代では、民主主義体制の国家であれば、何れの国であっても、主権は国民にあるのです(国民主権)。

 主権者が国民である以上、国家の統治機能は、それに属する国民自身によって、国民のために統治機能が提供されることとなります。「人民の、人民による、人民のための政治」というアブラハム・リンカーンのゲティスバーグ演説(1863年)を引くまでもなく、民主主義の本質的な意義とは、国民自身による自治であることは、自明の理と言えましょう。この点に鑑みますと、‘日本は日本人だけのものではない’という言い方は、民主主義を否定しているに等しくなります。また、日本国憲法第九九条では、憲法尊重擁護義務を国会議員にも課していますので、鳩山元首相等の政治家の発言は、同義務に反する憲法違反ともなりかねないのです。

 しかも、憲法には、国民の権利のみならず、義務をも定めています。権利と義務との関係は、通常、当事者を相互に拘束する契約関係として理解されます。政治思想では、中世以来、しばしば社会契約説が唱えられ、近代に至っても、ホッブス、ロック、ルソーといった著名な思想家達が同説に基づいて国家構成理論を展開していますが、歴史的事実を伴わないとする批判を受けつつも、憲法が明記する統治諸機関と国民との関係を見る限り、社会契約説は、国家と国民との本質的な関係を、民主主義を支える普遍的な理論として描き出したと言えましょう。そして、憲法が社会契約説においても説明される‘契約’であるならば、国民は、法的な義務や責任を負う契約の当事者の立場となるのです。この点、改めて‘自国民ファースト’が唱えられる現状は、如何に民主主義の本質が忘却されてきたかを如実に表しているとも言えましょう。

 そして、この問題は、以上の考察を踏まえて、‘日本国が日本国民のものでないとすれば、一体、誰のものなのか’という問いに置き換えてみますと、より明確に理解されるかもしれません。日本国民以外の人のものでもあるならば、日本国民は、主権を他国の人や外部勢力に侵食、あるいは、奪われていることになりますし、何らの公的義務も責任も負わない人々、つまり、‘契約’を結んでいない人々に対して権利だけを認めることとにもなるからです。リベラルな立場からの博愛主義は、実のところ、外国や外部者による主権侵害や内政干渉を容認してしまうリスクが認められるのです。このように考えますと、国家と国民との関係については、感情論よりも、より論理的に説明した方が、余程、多くの人々が納得するのではないかと思うのです。

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