万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

イスラエルはトリレンマを解きたかった?-ガザ地区制圧の目的

2023年10月25日 10時09分35秒 | 国際政治
 本日、ウェブ・ニュースにおいて今般のイスラエル・ハマス戦争に関連する二つの興味深い記事を発見いたしました。その一つは、「ユダヤ人団体が全米で抗議デモ、即時停戦とパレスチナ人の公正訴え」であり(CNN)、もう一つは、「イスラエルという国家が抱える「最大の矛盾」が悲劇を招いた ユダヤ人国家と民主主義国家は両立できるのか」といういささか長いタイトルの付いた記事です(東洋経済オンライン)。この二つの記事を照らし合わせますと、ネタニヤフ首相率いるイスラエル政府の目的が見えてくるように思えます。

 前者の記事において注目すべきは、ユダヤ人でありながらイスラエル政府を批判し、即時停戦を求めている団体のメンバーの言葉です。同団体の一つである「イフナットナウ」の政治局長エバ・ボルグワルト氏は、「ネタニヤフ首相やガラント国防相が『闇の子どもたち』『人間のような動物』といった言葉でパレスチナ人を形容するのを聞くと、骨身に染みるように感じる」とした上で、「その言葉が行き着く先を私たちはよく知っている。彼らが明らかに意図しているジェノサイド(集団殺害)を阻止するために、私たちはここにいる」と述べています。つまり、同氏は、‘パレスチナ人を集団殺害する’というネタニヤフ政権の意図を明らかにしているのです。

 おそらく、今般のイスラエル・ハマス戦争の意味するところがパレスチナ人に対するジェノサイドであることは、イスラエル内外のユダヤ人の多くが共有している認識なのでしょう。それでは、何故、ネタニヤフ政権は、ジェノサイドという、かくも非人道的な手段に訴えようとしているのでしょうか。その回答は、後者の記事の中において示唆されています。

 後者の記事の内容には、ダニエル・ソカッチ著の『イスラエル』(NHK出版)において紹介された初代イスラエル首相ダヴィド・ベン=グリオン氏が指摘したトリレンマに関する記述が含まれています。イスラエルが抱えるトリレンマとは、簡潔に表現すれば(1)ユダヤ人民族国家、(2)民主主義国家、(3)大ユダヤ主義(ヨルダン川西岸地区並びにガザ地区等を含むカナンの地全域の併合・・・)の三者の間の解きがたいトリレンマです。これら全てを実現することはできず、どれかは諦めなければならないのです。

 同記事によれば、ネタニヤフ首相に象徴される極右勢力が(3)の大ユダヤ主を実現するためにヨルダン川西岸地区やガザ地区を併合しようとすれば、人口構成が大きく変化し、(1)のユダヤ人単一民族国家ではなくなります。さらに、パレスチナ系イスラエル国民が人口のおよそ3分の1を占める状態にあって民主主義国家であろうとすれば、パレスチナ系国民の政治参加を認めざるを得なくなります。この結果、将来的にはイスラエルのパレスチナ化、あるいは、アラブ・イスラム化も予測されましょう(人口増加率はパレスチナの方が高いのでは・・・)。イスラエルがユダヤ国家であろうとすれば、(2)の民主主義を放棄し、南アフリカのアパルトヘイト的な政策を採らざるを得なくなるのです(パレスチナ系イスラエル国民には参政権を付与しない、あるいは、大幅に制限する・・・)。

 イスラエルの初代首相が指摘したぐらいですから、ネタニヤフ首相も当然にこのトリレンマについては熟知しているはずです。そして、ここで、トリレンマの解決策として、パレスチナ人に対する‘民族浄化’という悪魔の囁きが聞こえたのかもしれません。大ユダヤ主義者が思い描く大イスラエル国家の領域内からパレスチナ人がいなくなれば、同トリレンマを解くことができるからです。

 空爆という手段はそもそも無差別的な殺戮を意味しますし(指導者のみをピンポイントにターゲットとしているわけではない・・・)、イスラエル・ハマス戦争の宣戦布告とおよそ同時期にイスラエルが北部ガザ住民に南部への避難を呼びかけたのも、パレスチナ人パージ作戦の一環であったのかもしれません。最終的には南部に移動したパレスチナ避難民を隣国のエジプトに追い出す計画であったのかもしれませんが、イスラエル軍は避難地であるはずの南部をも空爆していますので、パレスチナ人を敢えて南部に集めて集団殺害しようとした疑いも拭えないのです。

 『旧約聖書』には、神から授けられた十戒を破り、残忍な手段や謀略をもって自らの国家を建設したため、結局は、神の怒りを買って国家滅亡の憂き目にあったユダヤ人の歴史が記述されています。パレスチナに留まらず、‘世界大での大ユダヤ主義’を追求しようとする時(全世界はユダヤ人の支配地であり、‘邪魔者’はもっともらしい口実を設けて全てパージする・・・)、同書はユダヤ人に対する重大な警告としての意味を帯びてくるようにも思えます。たとえ神ではなくとも、大多数の人類の怒りを買うのですから。

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