万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

民営化には民意を問うべき-東京メトロ株売却問題

2024年08月26日 09時13分05秒 | 日本政治

 民営化という言葉には、どこか‘民のため’というイメージがあります。非効率で旧態依然としていて無駄も多く、見えないところで政治家の利権も疑われる公営よりも、費用対効果を重視する民間の事業とした方が、国民の利便性向上にも利益にも資するというイメージです。しかしながら、現実は、この期待を裏切る事例が後を絶ちません。およそらく、公共交通事業やエネルギー供給といった公共性の高い事業を民間に任せてしまうと私的独占が生じてしまい、国民が不利益を被ってきた歴史をすっかり忘れてしまっているのでしょう。

 歴史的経験からしましても、官民の間の線引きについては、不特定多数の人々が使用する施設やプラットフォームを要する公共性の高い事業は公営に、そして消費者が自ら自由に選択し得る製品やサービス事業は民間に、という棲み分けが望ましいということになりましょう。しかしながら、80年代後半以降に歴史の表舞台に躍り出た新自由主義がこの区別を曖昧にし、‘民営化こそ正義’という流れを造ってしましました。本来、公営であるべき領域をも浸食する行き過ぎた民営化なのですが、日本国政府は、同方針を凡そ38年間も頑なに堅持しており、未だに軌道修正、あるいは、官民境界線の適性化の兆しが見えません。むしろ、ブレーキではなくアクセルを踏んでいるかのようなのです。

 それでは、何故、日本国政府は、民営化に向けて38年間もアクセルを踏み続けているのでしょうか。主たる理由は、日本国の政治家が海外の資本家やグローバリストへの優先的な利益誘導を自らの‘仕事’としてしまったことにあるのですが、これを可能としているのが、‘民営化隠し’とも表現すべき政治サイドの隠密行動であるように思えます。つまり、国政レベルであれ、地方自治体レベルであれ、選挙に際しての政策論争の争点から、巧妙に民営化問題を外してしまっているのです。

 この点、今から16年前の2007年の郵政民営化に際しては、当時の小泉純一郎首相は、‘郵政民営化解散’に訴えたため、一先ずは、国民の合意を得る形で実施されています。郵政事業の場合には、郵便や金融など民間事業者と競合するサービス業が含まれていましたので、一定の国民からの理解を得ることができたのでしょう(しかも、国民は、民営化の結果についてはまだ知るよしもない・・・)。しかしながら、その他の民営化事業を見ますと、国民に是非を問うことなく、政治サイドの決定によって一方的に民営化作業が進められています。東京メトロの株式売却につきましても、唐突に10月上場の方針が発表されており、先日行なわれた東京都知事選にあっても、何れの候補者も、東京メトロの民営化に関する自らの見解を明らかにしていませんし、また、それを選挙の争点として論じようとはしなかったのです。

 公費で建設された都営地下鉄は、いわば、国民並びに都民が権利を有する公有財産でもあります。政治サイドによる一方的な決定による民営化は、所有者の合意なくして公有財産を勝手に売り払うに等しくなります。いわば、政治家による国有財産の私物化でもありますので、政治倫理のみならず、権利に関する法的要件に照らしましても、民営化に際しましては、権利者である国民や都民の合意は不可欠なのではないでしょうか。

 もっとも、公費で建設した不可欠施設が公有財産であるとしますと、所有と運営を切り離し、運営事業体のみを民営化し、施設に関する所有権は、国と都に残すとする選択肢もないわけではありません。この場合、運営事業体は、国や都に使用料を支払うことになり、両者ともに一定の収入は確保できます。ただし、公共性の高い事業を民営化する必要性は低いことに加え、同ケースでは、莫大な建設費やメンテナンス費等は所有者である国や都から支出されることになります。同方法でも、やはり民間事業体の株式保有者が最大の利得者となりましょう。

 以上に述べた諸点から、選挙に際しては、少なくとも‘○○事業を民営化します’とする公約を掲げる、あるいは、‘○○事業の民営化に支持を’と訴えて争点化すべきです。国民や都民の合意なくしての当選後の同事業の民営化は、権力の濫用、あるいは、不法行為に当たるとも考えられるのですから(行政訴訟の対象に・・・)。なお、地方自治体レベルであれば、民営化の是非を問う手段として住民投票を実施することができます。

 こうした政治サイドにおける‘民営化隠し’は、今般、注目を集めています自民党総裁選挙にあっても顕著に見られます。どの候補者も、東京メトロの株式売却問題について触れようとはしないからです。公営事業の民営化は、国民や都民の共有財産の処分問題ですので、自民党総裁選が、事実上、日本国の首相を決める選挙である以上、全ての立候補者は、東京メトロの民営化についての賛否の立場を表明すべきではないでしょうか。そして、国民も都民も(総裁選の場合はもちろん党員も・・・)、自らの権利に関する最も重要な政治課題の一つとして、全立候補者に対して民営化の是非を問いただすべきではないかと思うのです。民営化は特定の民間人のための利益誘導策であってはなりませんし、官民間の適切な線引きが実現されなければならないのですから。

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