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「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室  小児科医 小坂和輝のblog

感染を制御しつつ、子ども達の学び・育ちの環境づくりをして行きましょう!病児保育も鋭意実施中。子ども達に健康への気づきを。

大学時代の親友田中君が紹介してくれた坂本龍一氏の言葉 「その時できることをやる」ということについて

2015-05-07 23:00:00 | 仲間・先生
 大学時代の親友田中君が紹介してくれた坂本龍一氏の言葉。

***************************

自分の気力や体力とか運とか、
人生には波がある。
色んな事が偶然にうまく重なって、
何かに打ち込めることができるなら、
それを精一杯やればいい。


何かができるという事も
何かができないという事も
めぐりあわせなのだから、
その時できることをやるのが、
前へ進むことなのでしょう。

坂本 龍一(1952年 ~ )
日本のミュージシャン、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、ピアニスト、キーボーディスト。
<成功する人の考え方> http://ekusia.com/

***************************

 その後、これまた大学の親友定廣君が返信し、田中君がそれに受け答えしていた。


********二人のやりとり*******************

定廣君: ○○すべきを強く持ちすぎるとき、なんとなく薪割りで芯を外したときのような感覚があるような気がします。めぐりあわせに自然体、なんとなくしっくりくる言葉ですね。ありがとうございます。

田中君: 定廣さん、「薪割りで芯を外したときのような感覚」とはすごい表現だね。坪にはまりました! ○○すべきを強く持ちすぎず、しなやかが一番だよね。

**********************************


 自分も、めぐりあわせの下、今のことができています。

 精一杯やるのみです。

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よかった~、高校時代の古文の多紀治子先生(96)、お元気なお姿、新聞記事に登場「和中魂」

2015-03-22 23:00:00 | 仲間・先生

すごい。お会いしたい。

多紀先生(現在、96。逆算すると、当時は60ぐらいだったのかな。)の古文は、わかりやすくて、描かれている主人公たちの情景が時代を超えて頭に浮かんできました。

多紀先生のおかげで、古文が好きになりました。

どうか、ご健康に留意され、もっともっと長生きをされて下さい。

尾崎君、自分もうれしくなった記事、みつけてくれて、どうもありがとう。
ちなみに、なにを隠そう、多紀先生に、授業中、一番おこられていたのは、尾崎君(現在、整形外科医)。


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親友の4周忌

2015-03-14 23:00:00 | 仲間・先生

 4年前、先に人生のゴールをした予備校時代の友。
 こんなに早く親友をなくすとは… 

  

 その友の4周忌で、あの頃のメンバーが集った。
 
 久々に、墓前でさわやかな笑顔の彼に会いました。優しく笑いかけてくれました。




 法科大学院入学の時、偶然、その友を身近に知る同級生がおられ、驚いた。その法科大学院も今春修了できる。
 彼に負けないように、彼の分も含め、人生を充実して送りたい。
http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/b7ec75fd138e1c6020236018cce17990

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梓澤和幸弁護士の胸に残った言葉

2015-03-08 23:00:00 | 仲間・先生
 3月6日金曜日、築地市場移転問題裁判の原告団団長 梓澤和幸弁護士とお会いし、お昼をご一緒いたしました。

 一番心に残っている梓澤先生のその時の言葉、

 「社会全体が大きな不幸に向かってばく進するのに、身をさらして力をもって現実にそれに立ちはだかる主体が見えない現在。」

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近藤先生の『行政訴訟実務論』と『情報学』

2015-02-11 11:02:39 | 仲間・先生

 昨日は、近藤先生を囲み『行政訴訟実務論』の打ち上げでした。
 
 早坂先生、早川先生の両学者先生、大藤元裁判官先生、そして、実務でバリバリとなさっている近藤先生という非常に厚い講師陣により行政法学を学べたことを、非常に感謝しています。

 昨日は、近藤先生が、この中央区を守られたお話も出てきました。知りませんでした!

 『情報学』と合わせて、非常に厳しく、かつ、優しい講座でした。
 学んでおしまいではなく、ご講義いただきましたこと、必ず、実社会で生かせていく所存です。

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中・高校時代の悪友、写真家中筋純の写真展『流転チェルノブイリ』本日~早稲田奉仕園内

2014-04-25 16:06:38 | 仲間・先生

 中・高校時代の悪友、写真家 中筋純の写真展

 早稲田の杜の一画にて、本日4/25金~始まる(4/30水まで)。

 ちなみに、彼は、早大とは関係ないと思う。確か、外大中国語学科。








会場は、早稲田奉仕園内のスコット ホール ギャラリー。


 是非、足をお運びください。
 パンフは、クリニック 3Fエレベーターボタン近くの配布物の台に置いています。
 

 チェルノブイリ原発事故のその後がわかります。

 土曜日は、いろいろイベントがあるそうです。


 彼には、中央区でも一度、語っていただきました。→http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/2c4f6276fc89ccea794921d40d9811f6
                                  http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/4835525e265c9c6ef896b00417159ebb
 また、講演会お願いしています。講演料は「もんじゃ」食べ放題。











 

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謎の地球外生命体か(笑) 

2014-01-23 19:33:36 | 仲間・先生

 私も出たことがない銀幕のデビューを果たしているペットです。名前は、「マロン」。

 あまりにもこっけいなポーズだったので、ご紹介します。

photo.JPG を表示しています

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ありがとう、広島カープ背番号「1」前田智徳選手「孤高の天才打者」

2013-10-03 23:00:00 | 仲間・先生
 今日だけは、野球ネタをどうかお許し頂きたい。
 
 最近、あんまりカープの応援はいっておりませんが、前田智徳選手のファンのひとりでした。

 怪我が多く、残念ながら、天才の能力が十分に発揮されませんでしたが、代打として、打ってほしいときに打ったし、少なくとも、見せ場で登場して、見せてくれたことで、その打席がダメでも、その試合の応援に行った甲斐があったと満足したものです。

 これだけの才能があれば、他球団からの声かけがあっただろうし、カープの場合、せっかく大バッターになっても、その後他球団に引き抜かれていき、残念な思いをしたこと多々ありました。
 大バッター達がそのまま残っていれば、カープは常に優勝争いでいられたはずです。
 そんな中、前田選手は、カープ一筋であったことも、彼に惚れるところです。

 
 前田選手との思い出は、学生時代、広島球場(移転前)で、ちょうどセンターを守っていて、ぼろ負けの試合になっていた際、こちらも全然面白くなくて、「前田、ホームラン打って。」と何回もセンター外野席からやけっぱちで叫んだら、彼は、私の声が届いたのか、守備にいながら、グラブを振ってくれました。
 そして、ちょうど、次の打席で、希望通りソロホームランを打ってくれました。
 もちろん、良いように解釈してのことですが、自分にとっては、ちゃんと約束を果たしてくれたことを今でも、覚えています。

 本日10月3日、引退セレモニー。

 怪我をおしての選手活動は、毎日毎日苦痛との戦いだったと思います。
 グランドでの前田選手を応援できなくなり、とても寂しいのですが、本当にお疲れ様でした。
 
 野球を楽しませていただきました。
 本当に、ありがとうございました。



**********************
http://www.sanspo.com/baseball/news/20131003/car13100319400002-n1.html
広島・前田智、引退セレモニー「故障だらけの野球人生だった」


 (セ・リーグ、広島3-5中日、最終戦、広島13勝11敗、3日、マツダ)

 プロ野球広島一筋にプレーした前田智徳外野手(42)が3日、広島市のマツダスタジアムで引退試合として行われた中日戦の八回に代打で出場し、投ゴロだった。九回には右翼で5年ぶりの守備に就いた。

 9月27日に24年目の今季限りでの現役引退を表明した。この日は両親、英美夫人ら家族が来場し、今季最多の3万2217人の観衆が詰めかけた中、一時代を築いた「孤高の天才打者」が攻守で沸かせた。

 試合後のセレモニーでは「故障だらけの野球人生だった。この広島で、カープでいちずに野球ができたことを誇りに思う。これから強いカープとなり、未来が明るいことを願って引退する」とあいさつした。涙を浮かべたエースの前田健太投手や熊本工高の後輩の中日・荒木雅博内野手らに花束を贈られ、チームメートには胴上げされた。

 試合は広島が3-5で敗れた。

 前田智外野手は1990年に熊本工高からドラフト4位で入団し、走攻守三拍子そろった選手として91年にはリーグ優勝に貢献した。95年の右アキレスけん断裂を乗り越え、2007年に通算2千安打を達成。通算成績は2188試合に出場し、2119安打で打率3割2厘、295本塁打、1112打点。(共同)
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東京女子医科大学循環器小児科時代 共に働いた医師の訃報

2012-08-28 23:00:00 | 仲間・先生
 MLで、突然、東京女子医科大学循環器小児科時代に、共に働いた医師が作朝亡くなられたことを知りました。
 その後、その医師のおひとがらがわかる内容がMLを埋めていました。

 急きょ、診療終了後、小平市のお通夜の開場へ駆けつけました。
 すでに通夜は終わっていましたが、ご焼香させていただきました。

 とても優秀な先生で、かつ、優しい先生でした。

 闘病の末でのことと。

 ご冥福を心からお祈り申し上げます。
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論語 五十而知天命

2012-08-02 12:13:25 | 仲間・先生
 論語の以下の章。

 ふりかえることの多い章のひとつ。

 五十に果たして天命を悟ることができるかどうかが、今の自分(現在45歳)の最大の課題のひとつ。

http://www2.odn.ne.jp/~nihongodeasobo/jugemu/rongo.htm

子曰、
吾十有五而志于学、
三十而立、
四十而不惑、
五十而知天命、
六十而耳順、
七十而従心所欲、不踰矩。
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第146回芥川賞受賞作品 『共喰い』田中愼弥氏を読んで

2012-07-05 23:00:00 | 仲間・先生

 昭和63年の7月、17歳の誕生日を迎えた主人公の篠垣遠馬。ちょうど、その頃を思い返せば、私は、大学生であった。描かれている時代が重なり親近感を覚える。

 遠馬の住んでいる場所は、幅が10mほどの川があり、下水道の整備が完全でないため汚水がそのまま川へ流れ込み、川からにおいが来る。その川のにおいを嗅ぐと帰ってきたという気になる。嬉しいのでも苦しいのでもない、川を川だと改めて思うことも、橋を橋だと思うこともないのと同じ、いつもの感覚を抱いて生きてきた。17歳の誕生日に、いつもの感じだな、と思ったのははじめてという経験をする。

 遠馬が経験したその夏は、とても大きな出来事であった。

 セックスの時に女性をなぐる父親、その習性から逃げるように離婚した母親、その母親が、嵐の日に氾濫しかかった川べりで父親を刺し殺す。

 きっかけは、遠馬の恋人会田千種を、社の中で強姦したことを聞きつけたことであった。父親の暴挙は、再婚した妻が、出て行ったことを知ったことが原因していた。

 田中慎弥氏は、『共喰い』の中で、17歳という若者に遠馬は父を失い、母は拘置所に入り、恋人は父親に乱暴されるという未成年にしては過酷な三つの悲劇を同時に経験させたのである。私は、三つのことを感じる。

 まずは、遠馬という若者の自我の弱さである。

 もし、遠馬が夏祭りのその日、嵐であったけど、千種と再開の約束をしたその約束通り、待ち合わせの社に行っていれば、すべての悲劇が起こらなかったのではないかとたいへん歯がゆい思いをもつ。

 大事な恋人のことを思うのであれば、若者らしく積極的に会い、セックスの時に生じたわだかまり、すなわち、父から遺伝したセックスの最中の乱暴な振る舞いを解消する努力をし、二人の時間を積極的に作る努力をしてほしかった。

 千種のほうから切り出してくれた夏祭りの約束を、嵐ごときの理由で反故にするのは、本当に千種を大切なひとと本心では思っていないのではないかと思いたくなる。

 ことが終わってしまった後ではあるが、社で千種と再会し、悲劇の夜を母親の家で一緒に過ごした二人は、父の死とともに生まれ変わった人生を送ることを祈る。
 

 二つ目は、女性の強さである。

 セックスのときに暴力を振るう男とそれでも一緒に生活し子を身ごもった父の再婚の相手琴子は、結局は、決意し、父のもとを去る。母は、父と別れ、右腕の手首の先がないという障害を持ちながら魚屋を営む。父の非常な行いを許さずに嵐の日、刺し殺す。父がこれ以上悲劇を生むことを、身をもって制したのであろう。逮捕されたとき、鳥居を潜らずによけて通った。
 父の振る舞いは一種のドメスティックバイオレンスであった。女性は、弱者に立たされるが、自分たちでその難局を切り抜けていった。

 どうしようもない人は、どうしようもない人のままであり、自分のその後の人生をかけてまで、無くす努力をすべきであったのか、冷静にみれば、判断が分かれるところではある。強姦という罪を犯したものとして、司法に裁いてもらいさえすればよくて、なにも、自らの手をかけてまで、すべきことであったのかどうかは、不明である。母はそれを選択した。その選択を、遠馬は、拘置所での母の生理用品の心配をする暇があるのであったら、十分に認識をし直し、父のような暴力を振るうひとにならぬように心してほしい。
 

 最後の三つ目は、子ども達が宿す希望である。

 物語の中で、唯一、明るく立派な人間像として描かれていたのは、子どもたちである。

 子どもたちは、大人から祭りの踊りの指導を受ける。小学生の子ども達は年の離れた高校生の遠馬を知っており、親しいやりとりがなされている。

 すなわち、子どもたちが、遠馬と千種の出会いの場をセットする。千種の不幸を、遠馬に知らせる。母親が逮捕されたときの遠馬も知らない状況をきちんと遠馬に伝える。

 自分が子どもの頃は、近所の中学生、高校生と遊ぶことはあった。昭和63年にそのような地域がある想定で描かれている。

 地域の中で、子どもが育てられることは、ひとつの理想である。親、先生という縦の関係性だけでなく、年の離れた兄、姉との斜めの関係性から、いろいろなことを子ども達は学ぶのである。模範とはならなかったが、遠馬と千種の男女の恋もそのひとつであった。

 残念ながら、今は、斜めの関係性ができる地域は日本に存在するのであろうか。

 果たして、この地域に行政が、介入できることは、下水工事であった。都市化が進み、川の臭いが消え、そして、残念ながら、子ども達と大人が親密な交流を持つことができる地域が消えていくのであろう。


 以上、三点、女性像、若者像そして地域の中の子どもたちについて感じた。
 どんな時代になったとしても強く生きる女性の姿はある。その一方、遠馬を通して描かれた若者像は、一抹の不安を抱くのであるが、大切なひとを守る思いだけでも自我を強く持って生きていってほしい。そして、物語で描かれた地域の中で子ども達の育つ場は再生しなくてはならないと思う。

 

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3度目の大学入学式

2012-04-06 23:00:00 | 仲間・先生

 三度目の大学の入学式を迎えました。

 一度目は、広島大学理学部物性学科、二年通い、医師をめざすために退学。

 二度目は、広島大学医学部医学科。

 その後、医学博士号は、東京女子医科大学で取得しましたが、医師として勤務しながらの取得でした。

 そして、この度の法科大学院入学。

 すでに、4月2日から授業は始まっています。

 三年間、夜間の法科大学院に通います。
 石の上にも三年とは言いますが、三年間、法律という学問に浸ることになります。

 様々な偶然と出会いが重なり、このような道を進むこととなりました。
 
 メルクマールとなるようなことがらを列挙すれば、

 広島大学医学部生時代に夏に聖路加国際病院を見学し同病院での研修の希望を抱く
 ↓
 聖路加国際病院 研修医試験を経て採用される
 ↓
 中央区民(最初は明石町在住)になって聖路加病院勤務
 ↓
 中央区民として、地元の小児医療の問題を実感
 ↓
 中央区で病児保育室併設小児科医院を開業
 ↓
 築地市場移転問題も含め様々な街の問題、子育て支援の問題を実感
 ↓
 中央区議会議員になる
 ↓
 築地市場移転問題は政治の根本問題から生じていることを実感
 また、
 区議としての活動から、
「まちが健康でなければ、そこで暮らすひとは健康になれない」
「法はひとを守るために
存在する」
「政治が科学的真理をゆがめては
ならない」
 これらの問いを、
人生の命題として持つ
 ↓
 築地市場移転問題に共感下さる梓澤和幸弁護士との出会い
 ↓
 東日本大震災で梓澤和幸弁護士と福島の被災地入り
 ↓
 築地市場を守る裁判で、事務局運営を通じて、多くの弁護士の先生方と接するに中で、ますます、法への関心が高まる
 ↓
 法科大学院 合格 

 

 以前も書きましたが、あくまで、小児科医師として、この貴重な機会を最大限いかして行きたいと思っています。
 子ども達が心も体も健やかに育つ環境を作るために、法律も最大限生かせないかという視点です。 

 大学という場から離れて、戻ってみると、その様変わりに驚いています。
 ITが学習支援に入ってきており、たいへん助かります。
 授業の前に、そのレジュメが、インターネットの大学サイトから入手することができ、授業の準備をレジュメに沿って行うことができるのです。
 
 幸いにも得ることができた貴重な機会、この機会を享受することを可能ならしめてくださっている家族や周囲の皆様に感謝し、励みます。 


法律の知識を生かし、小児医療、発達障害、非行・少年犯罪、虐待関連の分野の改善充実を図って行くこと。
法律の知識を生かし、子育て支援をはじめ自治体の施策の充実を図って行くこと。
弱者、人権を守る側に立つこと。
これらができる法曹を小児科医師として目指す所存です。

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一年前、人生のゴールを先にした親友。その彼を思い出すことになった一日。

2012-03-31 23:00:00 | 仲間・先生

 東日本大震災の前、昨年の二月、親友を亡くしました。
 ものすごく進行の早いがんでした。

 彼の生き様をお聞きし、そのことは、その後の私の人生の選択に影響を与えています。
 「人生は、短い。やるべきときに、やらねば。」ということもそのひとつ。

 法科大学院の入学ガイダンス、同大学院のアドバイザー制度において、アドバイザー面談後、アドバイザーの先生を同じにもつかたに、亡くした親友と勤め先が同じであったため、大企業だから聞いても普通は知らないと思いながら、でも、だめもとで、知っているか聞いてみました。
 大企業は、やはり大企業で、いままで、そんな問いをして、ヒットしたためしなし。
 だから、聞くのは、はばかれるけど、でも聞いてみました。

 知っているレベルではなく、なんと、ずっと上の大先輩で、大事にしてもらったとのことでした。
 仕事では、優しくしてもらっていたが、「お好み焼きの焼き方には、うるさかった。」と笑っておっしゃっていました。

 そして、偉大な先輩で、社内でもだれからも慕われていたことを語り、急に思い出さされた状況もあり、そのかたは、少しだけ涙組まれました。

 私も、その一日、彼のことを思い出し、過ごしました。
 彼は、優しさを形にしたようなやつだった・・・しかし、自分には厳しいやつ。

 人生のゴールを、先にした彼の生き方に負けないようにと、いままでも、思い出してきたところだが、きっと法科大学院では、そのかたにお会いするたびに思い出すことになるだろう。

 自分にとっての法科大学院。もうひとつの意味が付け加えられました。

 

 

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中学生時代、カメラを持ってコウノトリを追いかけた悪友中筋純、チェルノブイリ写真展 新宿経王寺

2012-03-12 19:27:05 | 仲間・先生

 和歌山にコウノトリが飛んできたということで、新聞にも取り上げられ、話題になったことがありました。

 中学生時代、二人で、カメラを持ってそのコウノトリを追いかけた悪友。

 ひとりは、ほんもののカメラマンになっていました。一方は、芸術のセンス…

 チェルノブイリを追いかけて出版や写真展をやっています。中筋純氏。

 以前、中央区でも話してもらったこともありました。
 「チェルノブイリ 冬」
 震災のはるか前のことであり、それが現実に起こるとは夢にも思っていなかったときです。

 
 今回は、「チェルノブイリ 春」の写真をいれた写真展。

 題して『チェルノブイリ曼荼羅 中筋純写真展』

 期間:3月10日(土)~3月20日(祝)

 場所:新宿 経王寺(新宿区原町1-14)
     大江戸線 牛込柳町駅 東口すぐ1分


 ぜひ、お出かけください。
 中筋氏が在廊するのは、3/10、11、16、17、18、20の12-19時

 気さくで、楽しくて、筋の入った人間です。
 いかれた方は、本人にもお声がけを忘れずに。楽しい時間が過ごせます!












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今年の初カレー「体に優しい、豆と気まぐれ野菜いり、トマト煮風骨付CHICKENカリー」

2012-01-09 23:00:00 | 仲間・先生

 今年の初カレーです。

 冬の本格スパイシーカレー

 ルーを使用せず、スパイスで味付け!クミンとガラムマサラ

 「体に優しい、豆と気まぐれ野菜いり、トマト煮風骨付CHICKENカリー」

 
 <手順>

 もとのレシピは、こちらを参照させていただきました。
 http://cookpad.com/recipe/259990


 
*ウインナーを骨付きチキンに変更

*ナンプラーは醤油で済ませました。

 

材料 ( 4人分 )

ウィンナー
お好みで
トマト水煮缶
1缶
大豆水煮缶
1缶
カレー粉
大さじ1
クミンシード(粉末)
小さじ1
ガーリックパウダー(にんにくのチューブ)
大さじ1
玉ねぎみじんぎり
1個分
しょうがのすりおろし
大さじ1
オリーブオイル
大さじ1
ブイヨン
1個
カイエンヌペッパー(レッドペーッパー、韓国産粉唐辛子)
小さじ1(お好みで)
300cc
とろけるチーズ
80グラム(お好みで)
ナンプラー(しょう油でもOK)
小さじ2
ガラムマサラ
適宜


 

 

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