波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

波紋       第61回

2009-01-26 10:11:56 | Weblog
もう夜、12時近い時間だろうと思っていたが、とても深夜を思わせる雰囲気ではない。その場所だけが別世界であり、異常であった。小姐は勝手知ったる場所と見えて、どんどん中へ入っていく。松山も手を引っ張られて入っていく。独特な匂いが強くなり、台の上に肉が載せられていた。鶏肉のぶつ切りである。指をさして、そのいくつかをビニールの袋へぽんぽんと入れられる。無造作にそれを手の持つと、今度は野菜である。日本では見かけないような大きな葉っぱのものや、少し匂いの強いものなどを選ぶ、松山は小銭でその買い物の支払いをさせられていた。
一通りのものが揃うと、市場を出て車を拾う。そして行き先を告げている。松山はどこへ連れて行かれるのか、また不安になってきた。何しろ、言葉は通じないし、場所も分らない。20分も走ったろうか。車が止まった。
倉庫のような、階段を上がっていく。其処が彼女の家だった。アパートらしき扉を空けると、急に賑やかになる。両親と兄弟たちがせまい部屋で騒いでいる。
部屋へ案内されて、その一角に座る。そのまま唖然としてぼんやり座っていると、テーブルが出され、大きななべを持った彼女が現れた。どっとみんなが集まってくる。これがこの家族の夕食らしい。やっと様子が分ってきた。
彼女は一家の生計を担って、働いているのだ。夜の仕事も立派な仕事なのだ。
お腹をすかして待っている家族のために、おいしい食事を持って帰ってきたのだ。「そうか、そうだったのか。」松山はその様子を見て、台湾の家庭の一断面を見た思いだった。勿論日本でもないことはないと思うが、一層現実的だし、生々しかった。
家族が揃って、食事をしている姿をほっとして見ていると、皿に盛られた食事を持ってきて、食べろと言う。とても食欲は無かった。手を振って断ると、おいしいお茶があるといって、ウーロン茶を入れてきた。
それから、暫くすると、彼女はホテルへ一緒に帰ると言い出した。松山は慌てた。「分った。気持ちはありがたいけど、もう遅い。私はひとりで帰るから、君はここで寝なさい。」そういうと、今度は素直に頷いた。松山は車の手配をしてもらい、行き先を指示してもらい、帰ることが出来た。
うとうととしているうちに夜が明けた。慌てて起きる。えらいさんを迎えに行かねばならない。コーヒーを一杯飲むと、ばたばたとホテルへ出向く。
「おはようございます。お迎えに参りました。」「やあ、ごくろうさん。今日もお天気は良さそうだね。よろしく頼むよ。」ご機嫌である。良かった。松山はホッとした。喜んでもらえればまあまあだ、そう思っていると、「松山君、君、今朝は顔色が悪いよ。昨夜元気出しすぎたんじゃないのか。」そういうと、けらけら笑いながらホテルを出た。