充分知る事ができる時でもあった。「奥田氏は私を信用してくれた。そして大金を融通してくれることさえ約束してくれたのだ。」その事実だけが収穫だった。しかしその信頼を裏切る結果となってしまった。
当然その責任は取らざるを得ない。奥田氏にそのことを伝えるために行かなければならないが、その足は重かった。
「先日は本当にわがままな当方の要求を聞いていただきありがとうございました。お蔭様で当社は助かるのですが、実は当方で
何とか資金を都合することができるようになりました。ご心配いただきながらお断りすることになり申し訳ないのですが、今回のお話はなかったこととさせてください。」「そうかい。まあ、都合がついたのならそれでよかったと思うけど、当社も大きなメリットになるので、今回の話は双方に良い話だと思っていたのだが、まあ、これからもよろしく」と鷹揚であった。
「私としては今回のことで専務には大変ご迷惑をかけました。そんなわけで今の会社を退社するつもりです。ですが、専務とはこれからもお付き合い願いたいので、よろしくお願いします。社長さんにもよろしくお詫びして置いてください。」それだけ言う事で精一杯だった。逃げるように会社を出ると、電車へ乗ると、どこへも寄る元気はなく、まっすぐ「ラナイ」へ向かった。
そこだけが慰められるところだからだった。
「今日は又半端な時間ですね。」店長が宏の姿を見てすぐやってきた。「今度私と一緒に店を見てくれる助手を頼みましたから紹介しますよ」と言いながら一人の女性を手招きした。いつもお運びをしている若い子と違い、落ち着いた雰囲気の女性だった。「久子と申します。よろしくお願いします。」と挨拶をする。「宏君とはここでは長くてね。友達だからよろしくね。」と
店長も気を使ってくれる。宏はいつものように無愛想に「勝手に来て勝手に飲んで帰るだけの客ですから、適当によろしく」と
愛想もなかった。しかし久子の宏の見る眼は違っていた。
二人の出会いはこうして何の共通点も接点もないようであったが、いつの間にか二人はつながる運命におかれていたようであり、半年後には結婚していたのである。