波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

「年末を迎えて」

2019-11-25 09:48:15 | Weblog
11月も終わりが近づくとやはり少し雰囲気が違ってくる気がしている。朝晩の気温も20度を切り、何となく冬を迎える趣であり、寝具もいつの間にか冬用の布団、少し暖かめの毛布と冬支度になっている。教会ではクリスマスコーラスの練習が始まり、大掃除をしてクリスマスを迎える準備が始まる。日中の部屋は暖房の温度がないと淋しく感じて切ることができない。そんな日々を過ごすようになって毎年この時期に受け取るのは年賀状の不義理の挨拶状だ。普段交流のない友人、知人、遠い親戚などからの死亡を兼ねた挨拶状を受け取るのもこの時期である。
どうしてるかなと時々思い出していながらご無沙汰していると、いつの間にかなくなって久しいことを知らされて「もう会えないのか?」と嘗ての生前を思い起こして懐かしむのもこの時期である。そして生前の交わりを懐かしみながら昔の思い出の数々をたどるのもこの時期といえるかもしれない。すべては自然である。また身近の家族の者にも年を取り病気であったり、入院であったり、手術であったり、様々な出来事がおきている。そんな日々の中で今年も暮れようとしているのだが、年末を控えてそろそろ今年を振り返ってみる時期でもある。
今年もいろいろな出来事や思い出ができた気がする。二度と帰らない日々を懐かしみながら反省を込めて次回は振り返ってみたい。それにしても今年もありがたいことに体調は順調に保つことができて今日まで元気であることは何にも代えてありがたく感謝である。
考えてみると特別なことをしたわけではないが、むしろそのことがよかったのかもしれないが、日々祈りの中で守られてきたことをうれしく思っている。そしてまた今まで気づかなかったことを幾つか啓示のように知らされて新しい生き方を示されていることに驚かされている。
人間は不思議なもので、心の持ち方や覚悟、習慣を変えることや、考え方の違いで生活も心も願いも変えることができることを知らだされている。
この思いを大事にしたいと願っている。

「一日の過ごし方を考える」

2019-11-18 10:59:36 | Weblog
大まかに24時間を考えるとその半分の12時間は睡眠を含めた休養時間となる。高齢になるとこの休養時間が増える傾向にあるので、残りは10時間ないことになる。その日の予定の用務(病院、外出、その他)があればその日の自分の時間はほとんどないということになる。何度も言うが高齢になると行動が鈍くなり、一つのことを済ませて次の行動に移るのに時間がかかり、そのたびにインターバルが必要になるからだ。
扨てそんな毎日においてどのように一日を大切に、有意義に過ごすか、これはこの世にある限りやはり大事な問題として続くことになる。
私の場合はその余暇の時間を大まかに「頭安めの時間」と「教養の時間」とに分けて取るようにしている。前の時間は主に「テレビに充てられることになるが後半は読書の時間になることが多い。このようにして二度と戻らない大切な時間を過ごすようにしている。
テレビは主に外国の町や地方の生活を紹介するもの、そしてイギリスを舞台にした刑事もののドラマが多い。昔見ていたお笑いや歌番組他のものは全く興味がなくなった。中でも「小さな村イタリヤ」と題する番組は大好きでこの時間はイタリヤの農村の実態感を見ながら心を癒されると同時に自らを映し出して共鳴することが多い。素朴で家族を愛する様子が身近に感じられてほほえましい。もう一つは囲碁対局戦の観戦である。
2時間だが、この時間は頭を休めると同時に私自身も対局者になって考えることができる。(ボケ防止)この二つがメインだが英会話を楽しみながらのドラマも欠かせない。読書は年々目が疲れるようになって文字を負うことが苦痛になりつつある。かつては一冊の本をあっという間に読んだものだったが、最近は一冊の本を読むのに一ケ月架るのは悲しいほどだ。
ざっとこんな毎日であるが、そのほかに生活の時間も必要になる。(掃除、洗濯、食事)そんな毎日ではあるが、日々生かされている思いが強くなり、若いころのように無駄に時間を過ごすことはなくなりつつある。
しかし、エンドポイントは近くなりつつあるのだからやはり大切にしなければならない。

「ベトナム料理」

2019-11-11 11:20:28 | Weblog
私にとってはただ一人の孫息子が先日パソコンの調整に来てくれた。大学生になり、少し成長した雰囲気を持つようになっていたので、話しかけるとやはり子供の時からはずっと違った返事があり、その成長ぶりがほほえましかった。そんな話の中で、彼が「ベトナム料理が食べたい」と唐突に言った。寄りにもよってベトナム料理とはなぜだろうと不思議に思ったが、その奇妙な申し出にひかれて二人で食べに行くことにした。
北千住のスーパーのレストラン街になぜか一軒だけある店を見つけて入ってみる。メニューには色々出ていたが、無難なホーといわれる米粉のうどんを中心にしたものを食べてみた。想像以上にあっさりとした味付けで香辛料も強くなく(日本風にアレンジしているのか)食べやすく遣われている具材が肉であったり野菜であったりで異なるが、食べやすくできていた。付け合わせに食べたエビの辛し和えもおいしくこれなら違和感がなく食べれるとホッとして食事を終わった。お茶をしながら少し大人になった孫と会話を楽しみたいと思っていたが、あまり理屈っぽい話も嫌がれるだろうと思い、できるだけ話しやすい話題と思い、彼の得意なパソコンについて教えてもらうことにした。
さすがに詳しくてスマホを使ってその使用法を教えてもらったのだが、一度に覚えられるわけもなく、時間をつぶした。本来は将来の計画とか、バイトのこととか、聞きたいこと、教えたいことがあったが、あまり押し付けた話はいけないと自粛して別れた。
まずは嫌われないように人間関敬の信頼を作ることだと言い聞かせながら帰途に就いた。ラインで「また誘ってください」とあったので、年内にまたタイ料理でも食べに行こうと思っている。

「令和時代を迎えて」

2019-11-04 11:04:53 | Weblog
昭和生まれの私には平成か令和へと時代が移ってもなんともピンとくるものを感じない。両親の時代を含めると明治、大正と120年以上を数えることになる。父や母、そして兄と共に過ごしてきた時間に生きてきた自分がこうして令和という新しい時代を迎えて、まだ何ともなじめない雰囲気であるが、これから令和を体で感じることになるのだろう。そんなことを考えながら新聞を読んでいたら、昭和、平成時代には年間出生率が200万人を超えていたが、令和を迎えるこの時期には100万人を割って90万人程度に減っているのだそうである。
これは今後のことを考えると、少し寂しい気がするが、この現象は結婚率の減少にあることが分かった。50歳までに結婚しない生涯未婚率が20%程度もある。ではなぜ結婚しないのかというと日本の生活が豊かで安定しているので、何もしないでも生きていける、仕事もいろいろと豊かにある、お互いに助け合わなくても自由に生きていける。そして労働力は外国から移住してくる人たちに頼ることもできる。
つまり新しい日本の人口構成になりつつあるということらしい。まして平均寿命も年々伸びて100歳を超える人が7万人を超えるという世界でもトップに近い寿命の長さである。今から50年前では考えられない大きな変化である。
来年はこの「令和」を記念としてオリンピックが華々しく行われるとあって、いま日本の存在は世界でもトップの注目を浴びているし、関心も高い。こんな時代に生かされている自分もその一人として本当にありがたいと喜びたいと同時にこの時代に課されている意義を大切にして
日々精進していきたいと願っている。