大正の初めにできたこの会社は「べんがら」と呼ばれる珍しい顔料を生産していた。しかし時代の変化とともに新製品の開発にも力を入れていたのだが、その為に大資本の導入を行っていた。上場会社の資本参加である。この事件が起きた時、当然本社役員は緊急に決議を要していた。そして会社の存続を保障にして大会社へ資本を売却することを決意した。独立した地場産業から大会社の一関係会社へと大きな歴史の一ページが始まったのである。東京事務所はこれらの動きを知らされず大会社から新社長が着任するとの知らせだけで、その知らせを受けて本社へ出社することになった。その日のことは忘れもしない。ある春の少し熱い天気の良い午後であった。タクシーを降りて本社の事務所へ向かう途中会社の畑で麦わら帽子をかぶり首にタオルを巻き長靴姿で鍬をふるっている、小柄な人に出会った。「ベンガラさんの事務所はここを上がっていけばいいのですかね」「そうですよ。この上ですよ」と坂道で話した。久しぶりに本社の人たちに挨拶をしながら懐かしい本社の2階へと上がる。そこには役員をはじめ総会に会う株主をそろっていた。そして席に着き正面を見て「あっ」と驚きの声を上げそうになった。正面の中央には先ほどの麦わら帽子のおじさんが座っているではないか。大都会の大会社のエリートともあればスマートなお洒落な都会人と想像していたが、その想像を全く覆す田舎のお百姓さんを思わせる風貌である。しかしよく見ているとその眼光は鋭くその態度は全くのスキのない凛とした姿勢で小さい身体でその場を圧倒する威圧感があった。この人との出会いこそが私のある運命を左右した「ボリビアに生きた男」との出会いであった。