かるさんのgooブログ <北国たより>

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広島・原爆忌 

2007-08-06 23:54:00 | インポート
 
62年前の昭和20年8月6日、広島に原子爆弾が投下され、幾万の人たちが一瞬のうちに命を落としました。その後の永い年月の間にも、多くの人々がこれが為に命を縮め、悲惨さを引き継いでいます。
広島の三日後に、長崎にも原爆が落とされ、広島と同じような悲惨さを味わいました。

いま世界は混沌の時代を迎え、核兵器は拡散の方向へと歩む様子が顕著です。大国の核爆弾保有個数だけでも、地球を何万回でも滅亡させることが出来るとのことです。
さらに北朝鮮を始め、イラン辺りも核兵器の保有を誇示しつつあります。

国家の威信と一国の安寧を保全するための対抗手段・・・と言うのが彼らの言い分です。
戦争を引き起こすことの愚かさ、それによるいかなる兵器の使用をも認めるものではありませんが、とりわけ「核兵器」の製造と使用を許すことはできません。

昨今のこの国は「隣の某国」に対抗するためとか、一流の国家を標榜するからには・・・とかの妄想から「核保有」を容認するような風潮が一段と強まって来ています。

どんな理由があろうとも、人類で初めて「核爆弾の被害」を被ったこの国は、核兵器を持ってはなりませんし、他国がこれを使用することに加担してはなりません。

核の平和利用と言われる「原子力発電」でさえ、先日の地震被害で「そのもろさと危険さが」が証明されました。
それからしても、人類を塗炭の苦しみに落とす目的の「核爆弾」には、この国の人々総てが忌避の意思を鮮明にしなければなりません。

本日の式典での広島市長の声明は、ややもすれば危うい思考を持ちつつあるこの国の為政者を目の前にして、強い警告を発しています。

いま、そうでも言わなければ、62年前に「無念の意思すら表現出来ず」死んで行った広島、長崎の被害者を心から追悼することにはならないのだろう・・・と思う「原爆忌」の夜です。


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