かるさんのgooブログ <北国たより>

身近な話題を画像といっしょに・・・

平家は滅亡したか?・・・那須ノ与一の弓弦

2009-08-31 14:49:00 | インポート
痺れを切らすほど待たされた「衆議院選挙」が昨日実施されました。
予想通り、結果は民主党の圧勝で終わりました。

「かの党」の大物議員が、次々と落選して行くさまは、先回の雑記に記した「壇ノ浦源平の戦い」での名だたる武将の打ち死にの再現を見るような気がしました。

ですが、この戦のように「平氏の滅亡」と言うところまでは行かず、とりあえず「壊滅的打撃(報道の文字)」で済んだ、と言ったところでしょうか。

積年の安住から来る「驕り」と、重ね重ねの失政を省みず、他党の揚げ足だけを言う「かの党」に国民は飽き飽きしていたのでしょう。

その国民の思いはあたかも「屋島の戦い」で、源氏の武将「那須与一」がキリキリと弓を引き絞り、矢をヒョウっと射て扇を射落とした名シーンに譬えられるのかも知れません。

国民の「たまりに溜まった不満」が、与一の「しぼりに絞った」弓弦(ゆんづる)に擬せられてしまうところです。

言われるところの、単なる「風が吹いた・・・」という次元を超えて、「かの党」はこの根本のところに気がつかない限り、本当の滅亡の二文字を味わうことになるでしょう。

まったくの私的感情論ですが、これで「かの党」の親玉の「嫌な顔としゃべり」から開放されるかと思うと、目の前がいくらか明るくなるかと・・・

それだけでもこのたびの選挙結果の意義があったと、ひとり微笑んでいるところです。

最果ての宗谷岬に立つ「間宮林蔵」の銅像
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「平家物語」と「平成の物語」・・・比喩として  

2009-08-26 21:03:00 | インポート
《祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響あり、沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)をあらはす。
奢(おご)れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし、猛き者(たけきもの)も遂には亡びぬ。偏(ひとへ)に風の前の塵(ちり)におなじ。・・・・・》

平家物語の最終章「壇ノ浦の戦い」での平家一族の滅亡は、800有余年を経た現代でも読む者の涙を誘います。

1156年の保元の乱で平清盛が頭角を現してから、1185年の平家滅亡までの約30年間は、いわゆる「平家であらずんば人であらず」言われるほど驕りに驕り高ぶりました。(宋貿易などの経済的貢献など見るべきものもありましたが)

清盛亡き後、けっきょく「木曽義仲」に都を追われ、播磨の国一ノ谷や讃岐屋島で「源義経」に破れ、長門壇ノ浦まで逃れて行きました。
平家得意の舟戦で、乾坤一擲の戦いを挑みましたが利非ず、幼帝もろとも一族は海の藻屑と消えました。

冒頭に書きました「平家物語」の書き出しは、後世に残した名文と言ってよいかと思います。
それは平家の悲劇に心寄せることもさることながら、人の生きざまや社会のありようへの警告として受け取るべきかな?と思ったりします。

この源平の闘争を、今の政治現象に置き換えて見るのも興味あるところです。

* 4年前の郵政選挙で大勝・・・平治、保元の乱で平家の独走始まる

* 2年前の参院選で敗北・・・駿河の国富士川の戦いで平家大敗北

* 2代にわたる首相の投げ出し・・・越中倶利伽羅峠で木曽義仲に大敗北、天皇を奉じして西海へ逃れる

* 主要都市市長選連続敗北・・・一ノ谷、屋島の戦いで源義経に大敗北

* 4日後の衆院選挙は???・・・壇ノ浦の戦いのごとく、平家一族の滅亡 があるのかどうか?

平家よりも長い年月政権を握った現世の「かの党」、驕りと澱みにまみれるのは自然の成り行きかもしれません。

ですが、庶民の生活をないがしろにし、己の栄耀栄華のみにうつつを抜かす権力者は、けっきょくのところ「哀れな末路」を辿らざるを得ないことは、歴史が証明しています。

平氏を倒し、初めて武家政治を行った「源氏政権」も、骨肉相争そって短命に終わりました。

目下優勢を伝えられる「どこかの党」も、仮に政権を獲ったにしても「かの党」からのエゲツ無い攻撃と内部抗争から、短命に終わるような予感もします。

それにしても亜米利加に見られる「二大政党制」による政権交代が、この国でもしっかりと根付くようにと、心から願わずには居れません。

戦い<北竜町のモニュメントから>
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自然への畏怖を忘れて・・・

2009-08-02 12:09:00 | インポート

先日久しぶりに映画を観てきました。話題作と言われていた「剣岳・点の記」です。

期待が大きすぎたからか、物語への感動は少ないものでした。ですがほとんどのシーンが山岳ロケということもあり、映し出された「山岳風景」に堪能し、スタッフの苦労が偲ばれました。

映画の中で「美しい自然は、厳しい自然があってこそ・・・」(意訳)というセリフがありました。

7月16日に起きた「大雪山系トムラウシ遭難」事故も、半月もすると忘れられようとしています(昨今、あまりにも自然災害などの事件が多すぎる所為もあります)

事故直後、たくさんの検証記事や報道がなされました。
ひとことで言えば「中高年に人気のツアー登山の安易さ」が原因・・・と位置づけています。

商業主義を優先する旅行業者、費用を払うだけで安全が確保できると安易に考える登山者です。

天候が良ければ「美しい自然を堪能できる」なんでも無い登山行ですが、高い山々の天候はそんなに甘いものではありません。

物語ではありますが、映画の中の主人公とガイド役の「深い経験に裏打ちされた<自然に対する畏れと慎重さ>」に学ばねばなりません。

そこにある山々は当面無くなりはしません。また出直せばよろしいのです。
たった一日のスケジュールを遅らせることを厭ったがために、尊い命を失うことになりました。

登山をする人々が、常に「自然への畏怖の心」を持ち合わせていたならば、こうした悲劇は起こらなかったのでは?・・・

と、「剣岳・点の記」を観てそんなことを思った一日でした。


<蕎麦はまだ花でもてなす山路かな> 芭蕉
道北の蕎麦畑風景
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