きょう14日の昼前、188日もの長い宇宙ステーション滞在を終えて、若田光一さんが無事帰還しました。
今回は4回目の宇宙ステーション滞在だそうで、通算滞在日数は348日間にもなるとのこと。
6人のクルーをまとめ、ミッションを的確に成し遂げる船長の役目は大変だったことでしょう。
大きなミスも無かったようで、日本人初の「宇宙ステーション船長」として永く称えられることでしょう。
他方、隣国のフェリー「セウオル号」の船長は、多くの乗船客を置き去りにし、他の船員と乗船客を装って、いち早く脱出救助されました。
そのようすの一部始終が映像化されて全世界に流れ、大きな非難を浴びています。
当該国の大統領はすかさず、「(彼の行いは)殺人にひとしい」とまで言わしめています(これもちょっと異常な発言ですが)
かの船長が一方的に避難されることに異を唱える言論もあります。
けっきょくあの事故は、当日の乗組員の所為でなく、日常「セウオル号」は正常な状態に維持されておらず、起こるべくして起こった難船沈没だったと・・・・
とは言え、かの国遭難者遺族や社会は、なにかあると一方的に騒ぐ国民性からして、かの船長を決して見逃すこと言うことは考えられません。
人類の「宇宙への夢」に貢献した船長と、永久に「悪のレッテル」を貼られ続ける船長が、いまニュースの世界で交錯しています。
航海の毎に、「子どもたちを頼む」と、母に言って出て行ったそうです・・・。
大きな台風に遭遇したりもあったようですが、最後は「陸」で迎えることができた人生でした。
大変な時期に、よくぞ「職責」をまっとうし、お家で生涯を終えられたとは、まさしく幸運をお持ちだったのでしょう・・・・そうでしたか。
機銃攻撃とかも受けたと聞いたことが・・・。
なんだか「父」のことを、なつかしく思い出させていただいて嬉しいです。ありがとうございました。
わたしも幼いながら「艦載機」の機銃を受け、隣家のおばさんに建物の中に引きこんでもらい、間一髪助かった経験があるんです。
幼いながら、戦争の悲惨さをかすかに経験した最後の年代なんです。
ですから、きょうのどこかの首相の「憲法解釈変更」・・・・良いのかな?って、危うさを覚えるのです。
」
あの国もまだまだなんですねぇ・・
あれほど「経済力向上」に酔いしれ、「先進国の一員になった」と喧伝し、隣国を貶すことに躍起となっていたかの国・・・・一転その落胆ぶりの激しさは、どうにも理解できません。
多くの犠牲者に哀悼の意を表しながらも、もう少し日ごろの「国として、人としての謙虚さ」があっても良いのでは・・と、その落差の激しさに驚きながら思うのです。