―――ワールドカップ試合で思うこと―――
世界中を夢中にさせる、サッカーの「ワールドカップ2014」が始まりました。
開催国ブラジルVSクロアチアからはじまって、きょう15日は「サムライJAPAN」VS「コートジボアール」戦です。
数日前からTVも新聞も「侍ジャパン」の報道一色と言っても良いくらい時間や紙面が割かれています。
何人ものサッカーOBがあちらこちらに出演し「侍ジャパン」の戦力、戦法、さらには選手の経歴や生い立ちの果てまでを教えてくれます。
当然のことながら初戦の勝ち負け、スコアまでも予想し報道しています。
で、その予想者のほぼ全員が「侍ジャパンの勝利」を言います。
スター選手の「ドログバ」が怪我で尋常の状態でないことを(好条件)として勝利の要因に挙げたりしています。
もちろん自国のフラッグを背負ったチームを応援することは当たり前のことで、日ごろJ1やJ2などの試合にはあまり興味を示さない自分でも、オリンピックとワールドカップのときは日の丸チームを懸命に応援します。
「侍ジャパン」もひと昔前と違って、個人的には世界の有名チームに加わって
好結果を出していますし、ジャパン全体のレベルも確かに上がってはいます。
ですが、このところの人々の「侍ジャパン」への評価、持て囃しぶりはいかがなものかと思われるほどものがあります。
この6月現在の「FIFA世界ランキング表」によれば「侍ジャパン」は46位、相手の「コートジ・・・」は23位となっていて、そのランク差はWスコアほどもあります。
このランク差は現実を良く表していますし、よほどの「僥倖」でも無いかぎり勝ち目は見えません。
「コートジ・・・」との戦いを「良くて引き分け、普通なら負け」と予想し発表する勇気ある評論家、フアンがほとんど居ないこの世の空気を危惧します。
たしかにそう発言すると「袋叩き」に遭ってしまいかねます。 ――袋叩きに遭うことを覚悟して言えば「侍ジャパン」の一次リーグ突破はかなり困難と見るのですが?――
現実を確かに直視し、合理的にものを見る努力を忘れ、苦難に陥った好例が身近にあるのです。
日本がほぼ110年前の「日露戦争」に勝ったと驕り(本当はかろうじて引き分けに持ち込んだ)、その後の大正、昭和前期時代を牛耳ってきた軍部がそれです。
世界各国の実力を直視せず、合理的精神を失った国の結末がどうなったか、今も未だ、近隣諸国から少なからず嫌がらせを受けているのです。
ただの「サッカー試合」に大袈裟な事例を持ち出していますが、この国の人々が陥り易い『夜郎自大』にはならず、何ごとも冷静に現実を直視し、合理的な判断をしなければならないものと・・・・きょうの「侍ジャパン」の敗戦を残念に思いながら強く感じた雨の一日でした。
23回目の「YOSAKOIソーラン祭り」が、この4日~8日のあいだで催されました。
最終日に雨が降ったものの、ほぼ恵まれた天候のもとで無事終わりました。
主催者側もいろいろくふうを凝らして、出場チームの確保、なによりも観客の来場増を願っているのですが、観客数は昨年を下回ったようです。
各チームの熱演も、空回りなのかもしれません。
一部のチームの映像をデジブックにしてみました。
デジブック 『よさこいそーらん ①』
6月4日から始まった23回目の「YOSAKOIソーラン祭り」が8日のファイナルステージで終了しました。
全国的に名が知られ、各地で小規模の「YOSAKOIまつり」が行われたりしていますが、本拠地ではその運営方法に批判があったり、マンネリ化で観客が減ったりと、苦労が絶えないような「YOSAKOIソーラン祭り」です。
スタートは異例の暑さに悩まされ、最終日は雨にたたられた今年の祭りでした。
今年の大賞には「夢想連えさし」が3年ぶり3度目の受賞となりました。
「YOSAKOIソーラン」は踊りというより、エアロビクスじゃないか?と思っていて、あまりなじみに思わないのですが、会場で踊りパレードを観覧すると、踊り手の熱意と一生懸命さが伝わってきて、いっしょに手拍子をして、熱い拍手を送っている自分がいます。
チームが過ごした「涙と汗、苦労の連続」の一年間を思う時、よくぞここまでと・・・好き嫌いは別にして、熱いものがこみあげてくるのです。
それぞれのチームは、きょうからまた来年に向けての準備が始まるのでしょう。
来年も元気に参加して欲しいと思ったりするのです。
あるチームのようすを「デジブック」にしてみました。
この4日、STAP細胞の存在を発表した小保方氏が、問題の論文の主と副の2本とも取り下げることに同意したと報じられています。
論文の不確かさ、為にする「捏造」とまで非難されながら、一貫して「STAP細胞はある」と主張し、頑張ってきた氏も、とうとう白旗を掲げた格好になりました。
「世界的な発見」に喜び、小保方氏の「一途な研究心」と「強固な意志」に好意を持ちながら、秘かに応援していた者にとって、なんとも割りきれない幕切れとなりました。
報道されているような「デタラメ論文」だとして、氏がなぜそうまでして名声を得たかったのか?・・・・・どうにも理解できません。
こんかいの2論文取り下げは、氏としては不承不承のような雰囲気が聞こえてきます。
論文が問題視され、理研に「捏造」とまで酷評され、組織の一員として罰せられるかも、となった時にこの雑記に以下のようなことを書いたような覚えがありますが・・
けっきょく「両者の取引」が成立し 「罰を軽く、傷つかない程度にするから・・・・」と手打ちをしたのか?・・・などと勘ぐったりするのです。
それにしても、全世界の人々からその誕生を「祝福、待ち望まれたSTAP細胞」は、陽の目も見ずに、
≪胎児として秘かに堕胎≫の憂き目に遭うことになり果てたのです・・・・・合掌