かるさんのgooブログ <北国たより>

身近な話題を画像といっしょに・・・

初雪、ですが・・・

2003-08-30 21:22:00 | インポート
酷暑と、強雨と冷気が行ったり来たりした本州方面のこの夏の気候のようでした。

ここ北海道も10年ぶりの冷夏で、稲作は悲観的な「凶作」との判定がくだされました。
北海道の作物と言えば「じゃがいも、たまねぎ、小麦」などが知られていますが、「お米」の収量も全国的に見て上位にランクされます。

《優勝目前の、阪神タイガースブランドで売り出されているお米「星の夢」は北海道が懸命に売出し中の銘柄米です》

そのお米の作柄が「凶作」ともなれば、農家の打撃ははかりしれません。自然のなせるわざとは言え、これから迎える北海道の真冬の外気と同じように、内懐も寒々としたものになりそうです。

と書いていますこの日、北海道の屋根と言われる「大雪山連峰」に初雪が観測されました。
「北海道の七月・八月だけは雪が降らない」と言い伝えられてきました。
そんな言い伝えが通用しそうもない今年の異常気候は、人々の心の中までを寒くさせるようです。
暗い話しではあります。

高校野球に思うこと

2003-08-24 02:00:00 | インポート
この7日から始まった、夏の全国的なイベント「第85回 全国高校野球大会」も23日、茨城県代表「常総学院」の優勝で幕を閉じました。
優勝旗はなんとか「箱根の坂」を越えたものの、悲願の「白河の関」を通り過ぎることはできませんでした。

”高校野球”
これを観戦するときだけは、限りなく郷土愛を発揮し、ナショナリスト(?)になるのは私だけではないはずです。
勝者の歓喜と敗者の悔し涙が、観るものの心をゆさぶり、思わず自分も涙することがしばしばです。

そんな高校野球もTV放映され始めてのある時期から、どうも変だな? と思われる光景が一つ、二つあります。
素晴らしい決勝戦が行われたその日に、水を差すような話しになりますが、以下のことはあくまでも個人的な感想です。

=選手宣誓のことです=
選手を代表して、力強く決意を表すのは当然としても、その表現に違和感を覚えます。どうしてあんなような「ぶつ切り、ワンパターン」の言い回しになるのでしょう?

【われわれェェ/~・せんしゅゥゥ/~・いちどーわァァ-/^・このォォ/~・あおぞらのォォ/~・したでェェ/~・・・・】

というぐあいです。
文言については、担当チームの選手達が意見を出し合って、大会に臨む自分達の想いを率直に表現しようと心くだいているようです。すばらしい内容には感動を覚えます。
おぼえますが、なんとしてもその表現(発音)方法は、心にしっくりと染み込みません。
同じ時期「インターハイ」が開催されています。他の競技での選手宣誓はいかがなものなのでしょうか?残念ながら聞いたことがないので比較できません。

開会式から二日後の9日、「長崎被爆記念式典」がありました。セレモニーの内容がガラッと違いますが、それにしましても児童お二人が発表する「誓いの言葉」の力強く、穏やかで、心に染み入る表現であることか・・・と感心して聞き入ったものでした。


=入場行進のことです=
団体の力強い行進は、自らの「士気を鼓舞」し観るものにも「勇気を与え」てくれます。連帯と統率の無い行進は感動を呼びません。
しかしそれとて、行き過ぎますと茶番になります。甲子園での選手の入場行進に、不自然さ、わざとらしさを見るのは、ひねくれた見方になりますでしょうか?

だいたい団体行進というのは「普通の歩行姿勢を秩序よく保つ」ことだと思うのです。
力強く手を振り足を上げると言っても、あれほど不自然に上へ上げるのもちょっと珍しいのでは?と観ております。しかも拳を握って手の甲を上向きにします。
あんな姿勢の歩行を高校生の日常生活で、一度だって使うことがあるのでしょうか?
お目にかかれるのは甲子園での「開会式と閉会式」のときだけです。
ひと昔まえに流行った「キヨンシー」や、全世界を恐怖に陥れた(ている)「ヒットラーや○○鮮の閲兵式」を思い起こさずには居れません。
オリンピックや国体での入場式も「高校野球」のようではありません。実にやわらかな雰囲気の中にも、それぞれの決意は充分に伝わってきます。

「高校野球」を仕切っておられる「高野連」のお偉さま方に、その辺のことを一度伺ってみたい・・・などと思ったりするのですが。

終戦記念日

2003-08-15 20:24:00 | インポート
終戦の日よりも「敗戦の日」と言ったほうが私にはピッタリきます。

茫茫58年も前のことです。
あの日は「暑かった」と記憶しています。その日から2~3日後、肩身を狭くして過ごした「疎開先」をあとにして家に戻ってきました。

誰も居ない家並み、干からびた「どぶ」に、B29から撒かれた「日本は負け、戦争は終わった」というような内容の赤いビラが何枚も散らばっていた・・・ことを、いまでも鮮やかに思い起こします。

その後の家族の生活は「食を確保する」ことだけが毎日の主題でした。

あふれる食べものを「捨てつづける」今の世の中、58年前の苦労話しにもカビが生えて、ふりむく人は、誰一人として居りません。

台風のつめ跡

2003-08-12 21:37:00 | インポート
7日から始まった、台風10号の列島縦断情報を固唾を呑んで観ておりました。
8日、9日と本州の各地にもたらされた被害に胸を痛め、列島から早く遠ざかってくれることを祈りました。

ところが、最後の最後9日の夜半、北海道の「日高、十勝地方」に猛烈な雨を降らせ、甚大な被害を残して去って行きました。
連日TVで流されています通り、北海道での犠牲者は本州全域のそれ以上のものとなりました。

この度の被災地は広大な面積でしたが、牧場などが多い地域で人があまり住んで居なかったことが幸いしました。
日高地方は「軽種馬産地」で知られるところです。それでもっても競走馬の需要が衰退し、四苦八苦しているこの地区のことです。復興にはかなりの時間がかかりそうです。
被災地のみなさんに一日も早く「笑顔」が戻りますよう願わずには居れません。

今日は「旧盆の日」。このたびの台風の犠牲者となられた方々のご冥福を、あらためてお祈り申上げます。




どこかが おかしい??・・・ある新聞記事から ②

2003-08-09 00:03:00 | インポート
小学校に何がしかの係わりを持っています。子供達がお世話になっている頃は、仕事優先で「PTA」の一員として、さほどお役に立てなかった罪滅ぼしをこの年齢でやっている、と言うのが本当のところです。

学校の「管理部分」の様子を知るに及んで、民間企業で過ごしてきた私には、ほとんどのことが驚きの連続でした。
一言でいえば学校側の「原価意識」の希薄さです。
教育の分野で「費用対効果」を持ち出すのはそもそも間違い・・・とおっしゃる人が多いようです。
確かに、子供達への「教育」という部分ではその通りかもしれません。
ですが、ここで強調したいのは「学校の運営、管理部分のすべては、国民一人々の税金でまかなわれている」という点です。

たいへん失礼な言い方になりますが、学校現場の多くのみなさんは、この辺りの意識が希薄です。

例えば、先述の記事にある「光熱」一つを例に挙げても、生徒が帰った後でも、教室や廊下の電灯は点いています。もちろんまだ明るい放課後の時間です。
暖房については、自動コントロールされていますが、それでも無駄な使い方しているように見えます。

「無駄を省く、節約する」という行いは、社会生活をする上での最も基本的な姿勢で、「美徳」と言われてきました。
しかし、いつの頃からか「大量消費が美徳」に変わり「無駄を助長」する雰囲気の社会に変貌してきました。。
そういう時代に育った現役の先生達に「省エネ、節約」と言ってもピンとこないのかもしれません。
これからの社会を背負って行く子供達に、一番先に教えてもらいたい重要なことが「教える側の意識に無い・・・}という問題があるのです。
結果として「報償制度による節約」の呼びかけとなる訳です。

しかし、そんなことは報償があろうが無かろうが、当たり前のこととして、たんたんと実施するべきことなのです。
「節約した半分をあなたに・・・」というのも「あぁ~ それなら協力しましょう・・・」という側も含めて、なんとも奇妙で、やりきれないものを私は感じてしまいます。

「報奨制度を設けたからこそ、節約できたじゃないか・・」と肯定的なご意見もあるでしょう。そんな意見にも頷きたくなります。「結果が出ればそれで良い」とも思いますが、どうも釈然としないのです。

まだまだ言いたいことが沢山あるような気がします。これ以上はくどくなりますので、今日はこの辺でやめることにします。