書名:2045年問題~コンピュータが人類を超える日~
著者:松田卓也
発行:廣済堂(廣済堂新書)
目次:1章 コンピュータが人間を超える日――技術的特異点とは何か
2章 スーパー・コンピュータの実力――処理速度の進化
3章 インターフェイスの最先端――人体と直結する技術
4章 人工知能開発の最前線――意識をもつコンピュータは誕生するか
5章 コンピュータと人類の未来──技術的特異点後の世界
6章 コンピュータが仕事を奪う――大失業時代の予兆
7章 人工知能開発の真意――コンピュータは人類を救えるか
人間の棋士とコンピューターが対戦する「将棋電王戦FINAL」を前にして、「電王戦FINALへの道・小手試し」が行われたが、結果は75勝対1敗で圧倒的なコンピューターの勝利に終わった。チェスにおいては、人間とコンピューターとの対決は、1996年にIBMのコンピュータであるディープ・ブルーが人間と対戦し、1つのゲームとしては、初めて世界チャンピオンに輝いた。現在では、チェスの王者はコンピューターであるということは常識化している。それに比べ将棋は、これまで、なかなか人間を破ることは難しかったが、2013年の「電脳戦」において、コンピューターが3勝1敗1引き分けで勝利を収めた。以後、コンピューター将棋は、さらに力を付け、現在では人間の棋士が勝てることが難しい状況となり、将棋の世界でも王者はコンピューターということが常識になりつつあるようだ。このことは、チェスや将棋の対局の話であり、実生活とは直接関係ないと考えていると、とんでもないことになりそうなのだ。つまり、人間がコンピューターに太刀打ちできない時代が、もうすぐそこまで忍び寄っているというのだ。「2045年問題~コンピュータが人類を超える日~」(松田卓也著/廣済堂)は、そんな時代が訪れるということへの警鐘の書である。2045年問題とは、「2045年にコンピューターが人類全体の能力をはるかに超え、それ以降の歴史の進歩を予測できなくなる」という説のことである。
コンピューターが人類を超える日のことは、「特異点」という表現が使われており、米国では既に、シリコンバレーの中心にあるNASAのエームス・リサーチセンターに「特異点大学」という研究機関が設立され、入学志願者が殺到しているという。ちょっと信じられない話ではある。この書は、アメリカの人工知能研究者・未来学者であり、特異点大学の設立者のひとりでもあるレイ・カーツワイルが主張する特異点、すなわち「2045年問題」を誰もが理解できるように平易に解説してある書籍である。なぜ今から30年後の2045年なのかということの根拠は、コンピューター・テクノロジーの進歩は指数関数的に進むということが挙げられる。例えば、1年で倍増する指数関数的な進歩の場合、1年後は2倍であるが、2年後は4倍、3年後は8倍という上昇曲線を描き、10年後にはほぼ1000倍、20年後には100万倍、30年後には10億倍に達する。今のコンピューターでも、プロのチェスや将棋の棋士を打ち負かし始めたことを思えば、30年後に10億倍に達するコンピューターの能力は、いかばかりか、想像するだに恐ろしくなってしまう。現在年輩の方は、逃げ切れることはできるが、現在、幼児か若者の世代は、現役の時代に「特異点」を迎えてしまう。
それでも、「コンピューターは人間を超えるわけはない」という考えを持つ人もいるかもしれない。でも、こういう考え方は、かなずしも根拠がある考えとは言えないのだ。コンピューターに高度なパターン認識を持たせれば、人間を凌駕する天才的コンピューターをつくりだせるはず、という考えのもとに既にプロジェクトが進行している。アメリカでは、IBMが中心となり、「シナプス」プリジェクトが既に進行している。同プロジェクトには、米国防省の国防高等研究計画庁が予算を出し、IBM以外にいくつかの大学も参加しており、事実上の国家プロジェクトと言ってよい。このプロジェクトは、4つのフェイズからなり、すでに0と1のフェイズが完了しているという。最終のフェイズ4になるとどうなるのか。1億のニューロンを持つチップをつくり、人間と同じレベルの100億のニューロンを持つ人工知能をつくり出すのだという。そしてこの人工知能をロボットに搭載することも考えているらしい。ヨーロッパでも同様なプロジェクトが進行している。スイス連邦工科大学の脳精神研究所のヘンリー・マークラムが率いる「ブルー・ブレイン・プロジェクト」がそれ。このプロジェクトは、新皮質カラムをコンピューターでシミュレートするが狙いで、現在、EUから予算が付き、ヨーロッパ全体のプロジェクトになっている。
オーストラリア出身の人工知能研究者のヒューゴ・デ・ガリスは、次のような恐ろしい将来予測を述べている。「仮に人類が危機にさらされるとしても、神となる人工知能をつくろうという人々を『宇宙主義者』、それに反対する、人間が大事だという人々を『地球主義者』と呼ぶ。そして、21世紀後半、両者の間で大戦争が起きる」と予想する。この戦争は「人工知性戦争」と名付けられ、数十億人が死ぬことになるかもしれないという。何とも奇想天外な話だが、欧米では大きな議論となっているというから、これも驚きだ。まあ、戦争まではいかなくても、近い将来、今人間が行っている仕事の多くがコンピューターに奪われることは、大方予測できる。さらに、人間並みの知能を持った人工知能ソフトが自分の力で意思決定をし始めたら、これは人類が制御不能の事態に陥る可能性が強い。この場合、よく電源をカットすればよい、という意見があるが、将来、半永久稼働の小型の原子力電池のようなものができたら、かなり手ごわくなる。人工知能ソフトが自分で新たな人工知能ソフトをつくったらどうなるのだろう。人類にとっては“新しい神”の出現となるのかもしれない。人類はこの神の前では全くの無力でただひれ伏すしかないのだろうか。こう考えて行くと、知らす知らずのうちに、技術の世界とSFの世界の境界線が霞んで行く。この書は、そんな未知の世界のことを考える際には、まことに恰好な書籍である。(勝 未来)