“科学技術書・理工学書”読書室―SBR―  科学技術研究者  勝 未来

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■科学技術書・理工学書ブックレビュー■「世界でもっとも美しい10の科学実験」(R・P・クリース著/日経BP社)

2013-04-16 10:45:35 |    科学技術全般

書名:世界でもっとも美しい10の科学実験

著者:ロバート・P・クリース

訳者:青木 薫

発行所:日経BP社

発行日:2006年9月19日1版1刷発行

目次:序文  移り変わる刹那
    第1章 世界を測る エラトステネスによる地球の外周の長さの測定
    第2章 球を落とす 斜塔の伝説
    第3章 アルファ実験 ガリレオと斜面
    第4章 決定実験 ニュートンによるプリズムを使った太陽光の分解
    第5章 地球の重さを量る キャヴェンディッシュの切り詰めた実験
    第6章 光という波 ヤングの明快なアナロジー
    第7章 地球の自転を見る フーコーの崇高な振り子
    第8章 電子を見る ミリカンの油滴実験
    第9章 わかりはじめることの美しさ ラザフォードによる原子核の発見
    第10章 唯一の謎 一個の電子の量子干渉
    終章  それでも科学は美しくありうるか?

 この書、「世界でもっとも美しい10の科学実験」の書名を見たら誰でも、典型的な科学技術書と感じると思うが、実は著者のロバート・P・クリースは、米ニューヨークのStony Brook大学の哲学科の教授である。つまり、純粋の科学者が書いた技術書ではなく、哲学サイドから科学の成果をいろいろな角度から観察し、世界を驚かせた10の実験を今一度見直して、科学史における新たな位置づけを試みたのが、この書籍なのである。哲学において科学哲学という、科学の成果を哲学的な見地で考察する専門分野がある。特に、最近では、量子論の最先端の研究においては、科学哲学者が参画し、研究することすら行われているのだ。

 この書で取り上げられた実験は、エラトステネスの「地球の外周の長さの測定」、ガリレオの「落下の実験」と「斜面の実験」、ニュートンの「プリズムを使った太陽光の分解」、キャベンディッシュの「地球の密度の測定」、ヤングの「光の干渉パターンの実験」、フーコーの「振り子の実験」、ミリカンの「油滴実験」、ラザフォードの「原子核の発見」、それにヨーンソンおよび外村彰の「電子の量子干渉実験」の10の実験である。これらの実験の多くは、理科系の学生なら、学校の授業で一度は教わったことのあるものなので、そう驚くことはないのであるが、この書によって、それらの実験の背景が初めて浮かび上がり、読みながら「そうか、この実験にはこんな背景が隠されていたのだ」と再認識させられる。

 学校の教科書は、数式の羅列であり、多くの学生はもうそれだけでうんざりしてしまう。その結果、それらの実験の本質を見逃しがちになる。その点、この書には、一切数式は出てこないので、数式に弱い読者にはこの上ない科学技術の実験の解説書となっている。しかも、ただそれだけではなく、これらの実験がどのような思考の上に立って行われたのかが、実験者の目線に立ち、目の前に立ちはだかる困難をどのようにして克服していったのかが、時系列的に解説されており、読者は、あたかも実験者本人になった気分で、読み進むことができる。ガリレオとかニュートンの業績は広く知られているが、例えば、キャヴェンディッシュやミリカンについてはあまり知られていない。1個の電子が帯びる電荷の値を実験で明らかにしてノーベル賞を受賞したミリカンの実験が行われたシカゴ大学に出向いた筆者は、ミリカンの名を誰も知らない現実に直面し、唖然とする。

 つまり、「世界に偉大な業績を残しても、その業績が忘れ去られることだってあるのだ。だから私は、有名人だけの実験を追いかけることはしない」とでも著者のロバート・P・クリース氏が語っているようでもある。ところでこの書には、2人の日本人が登場する。一人は、物理学者の長岡半太郎(1865年―1950年)であり、もう一人は、電子顕微鏡の第一人者で、ノーベル賞に最も近い日本人の一人と言われた外村彰(1942年―2012年)である。長岡半太郎は、原子の内部構造の「太陽系モデル」の提案者して、ラザフォードの「原子核の発見」の章の一部で紹介されている。一方、外村彰は、ドイツの物理学者のヨーンソンと併せてではあるが、「電子の量子干渉実験」の章で詳しく紹介されている。ガリレオやニュートンと並び、この書「世界でもっとも美しい10の科学実験」の中の一つの章として、日本人が採り上げられていることを知っている日本人は、果たして何人いるのだろうか。(勝 未来)

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