日本裁判官ネットワークブログ
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1 あれは今から約15年前のことであったと思う。私は鳥取県米子市にある裁判所の裁判官として勤務していた。家族とともに妻が裁判官として勤務していた松江の裁判所の宿舎に住み,東方約30キロの米子市までマイカー通勤していた。米子市には名峰伯耆大山があり,私はすっかり大山が気に入った。そしていつの頃からか,金曜日の夕方の勤務終了後,西方にある宿舎には向かわず,東方約10キロの大山に向かって車を走らせるようになった。そして間もなく大山の地理を裏道も含めて熟知するようになったのである。そして暫くして妻と2人の子供に,大山に小さな山小屋を取得したいと申し出た。しかし即座に反対され,私の計画はあっさりと葬られたのである。
2 その後私の郷里である岡山市に自宅を建てて,ローンを返済し終えたころ,私の胸に老後を大山で過ごしたいという熱い思いが再びくすぶるようになった。そして私は密かにその資金の捻出のための工夫をするようになったのである。私は5年前から仕事の関係で妻と別居しており,犬と猫とで単身お留守番生活を送っている。基本的に自炊をしており,本やテレビの料理番組で研究したため,料理の腕も随分上達したが,結構食材などを買っている。
3 私はいろいろと工夫して資金捻出のよい方法を思いついた。それは釣り銭は一切使わず,全て預金するという秘策である。買い物は全てお札でする。そうすると必然的に無駄遣いが減る。そしてお釣りの硬貨は使わず,テニスボールの空き缶に溜めておき,それを預金するための特別の通帳を作った。名付けて「大山山荘計画預金」という。この方法で月2万円から3万円が預金できるようになり,既に2年が経過したからそこそこの預金ができていることになる。そして山内一豊の妻の如く,この預金には一切手をつけないことになっている。
 私は毎月20日に事務員に頼んで預金して貰っているが,事務員から通帳を返却され預金額を確認するときにはこの上ない喜びを感じている。まるで何かの小説のように,毎夜蝋燭(ろうそく)の灯りの中で,壺から一両小判を取り出して,「1枚,2枚」と数えて「ヒッヒッ」と1人で怪しく笑いながら悦にいっている「因業(いんごう)おやじ」のような気分である。この預金通帳は妻にも子供にも秘密となっている。
4 しかし頑張って3年で約100万円を溜めたとしても,1000万円を溜めるには30年が必要となる。しかも1000万円では足りないだろう。これでは到底間に合わない。私個人の全資産を投入することにすればできないわけではないが,遊び半分で実現するところに意義がある。余り本気になると,また家族の反対に直面しそうである。一体どうしたものか。
5 私は「因業おやじ」方式で,とにかくできるだけ早く「大山山荘計画預金」通帳に500万円を溜めることに決め,そのために新たな工夫をした。「節酒預金」なる方法を考案したのである。飲酒量を減らすという健康上の工夫も兼ねて,飲酒しない日には飲酒したつもりで1日1000円を預金に加えるというものである。まさしく一石二鳥というべきであろう。
6 それでもまだ遅すぎるだろう。奇策として貯めた預金を全て投じて宝くじを買うという方法もあるが,おそらく失敗し後悔することになるだろう。最後で最大の秘策は妻に半額出資を説得することであろうか。
 かつて婚約に際して,私は必死の思いで妻を口説いたことがある。そして我ながら驚く程の才能を発揮した。今回もその手がある。それはどんな手か。
 大山の山小屋の2階のバルコニーに2脚の藤椅子を並べて,妻とゆらゆらと揺れる椅子に並んで腰かけて,沈み行く真っ赤な夕日を眺めながら,2人で芋焼酎の梅お湯割りを飲むというものである。時には満天の星空を,できれば天の川を眺めながら,出会った頃のように溢れる思いをとめどなくお喋りするのである。これは妻に対して「再びの恋をする」ということであろう。人生の終盤にこのような幸せな時間を夫婦で共有するという提案なのであるから,さすがに妻もこれを拒否することなど到底できないのではあるまいか。そして次の世代が必要としなければ,売ってしまえばよいのであるから,資産としての意味もある。借金を残すことさえなければ問題はない。
7 時には多くの友人を集めて,境港の堤防でうんざりするほど小鯵を釣ってきて,唐揚げにしてビールパーティをする。大山登山をしたり,近くのテニスコートでテニスをしたり,大山の秋を散策するのである。また大山山荘を書斎にして本を書くというのはどうだろうか。これらは人生の黄金期が60歳から80歳であるという説を完全に証明することになるのではないだろうか。
 そういえば,「大山山荘計画はどうなっているか。まだ招待状が来ないが。」などという催促もたびたび受けており,「もう少し待ってくれ。」などと,まるで実現間近であるかのごとき詐欺師のような返事をしている。
8 70歳を目標に一定額の資金を作り,これだけ貯まったと妻に計画を打ち明ける。そして妻にも同額の出資を頭を下げて頼むのである。それでもダメと言うなら「貸してくれ」と頼むのはどうだろう。そして不足分は銀行から借りるか,方法はいくらでもあるだろう。小さな山小屋でよいのだから,不足額もそんなに多くはないのではあるまいか。大山山荘が米子の裁判所の競売に付されないかを調査する方法もある。
 大山山荘計画は私の「秘策」の成否にかかることになるが,実現が遅いと楽しむ期間が短くなり過ぎるから,早めの見切り発車が必要となるだろう。週末ないし老後を大山で過ごすという私の夢が夢のままに終わる公算も大きいが,とにかく秘策を実行してみることだろう。それにしても頑張ってきた人生のご褒美に大山山荘をというのはいささか贅沢ということになろうか。(ムサシ)


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