産経連載「君たちのために」第33回(07年11月14日大阪版夕刊)
弁護士 井垣康弘
母親の普通の愛情
「どうしたら子どもを非行に走らせないことができますか」という質問を受けたら、私は「ごく普通に愛情をそそいで育てたら、子どもは非行に走りません」と断言するが、納得してもらえず困っていた。
だが、最近出版された田村裕著『ホームレス中学生』に登場するお母さんの子育てを「普通に愛情をそそぐこと」の具体例として説明すると、全員が即座に「分かった!」と顔が輝く。本当に助かる。
田村少年は、中学2年生の夏、一家が突然「解散」して公園でホームレス生活をせざるを得なくなった。公園の草やダンボールまで食べたが、飢え死に寸前の状態で、コンビニのパン売り場の前に行き、よだれを垂らした。盗むか盗まないか迷いに迷った。
そのとき、小学校5年生のときに死んだお母さんの顔が浮かんだ。お母さんが見ていたらどんな顔をするか、それを考えると、どうしても盗む気になれなかった。腹の虫が負けて公園に帰ると幸い、パンの耳を鳩にあげているおじさんに出合い、それを分けてもらって食べ、命がつながった。
田村少年は、「あの日、もしパンを盗んでいたら僕の人生がどうなっていたかを考えると、ぞっとする。お母さんが見ていてくれた。お母さんが止めてくれた。お母さんが守ってくれた」と喜ぶ。
ところが、このお母さんが、
ごく普通のお母さんなのである。田村少年の頭を何度も巡るお母さんとの温かい思い出が30ほど書かれている(幼児期に万引きをして叩かれたことも入っている)が、主なものを要約させてもらう。この親子関係が田村少年の万引きを阻止したのである。
◇外で遊ぶのが好きで、いつも服や靴下をドロドロにして帰ったが、お母さんは「もう、こんなに汚して」と口では言いながら、うれしそうな表情を浮かべていた。そして真っ白に洗濯してくれた。
◇(よく忘れ物をするのに)僕が大好きだった牛乳だけは一度も買い忘れがなかった。
◇お風呂で、頭のてっぺんから足のつま先までしっかり洗ってくれた。湯船に一緒に浸かると、僕の肩に手でお湯をすくってチャプチャプ掛けてくれた。すごく好きで、とても気持ち良かった。至福の時間だった。毎日お母さんと一緒に風呂に入った。
◇幼稚園のころからお母さんがスーパーのレジで働き出した。毎日迎えに行った。晩ご飯の買い物をしてお母さんと手をつないで一緒に歩いた。安心感に満ちた楽しい帰り道だった。
◇湯豆腐は苦手で、「熱くて食べられへん」とダダをこねると、豆腐をフーフーして食べさせてくれた。それだけで不思議と豆腐を美味しく感じた。お母さんの不思議な愛の調味料(だった)。
◇こたつで寝ると、布団まで抱っこしていってくれるので、
何度もこたつで寝たふりをして抱っこしてもらった。
◇小学校5年生のとき、お母さんは病院でがんで亡くなったが、最後まで家族に心配を掛けまいと笑顔だった。
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