日本裁判官ネットワークブログ
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一連の衆院選「一票の格差」違憲訴訟で、広島高裁の本庁と岡山支部が選挙無効判決にまで踏み切り、大きく報道された。号外が出る判決は久しぶりだろう。
ちなみに広島弁では、いけない(いかん)を「いけん」というようだ。

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1 この2週間程度の時間をかけて,「わがトレーニング計画表」を作り変えた。トレーニングを実行し易いように項目を並べ変えて,実践した結果を記入し易くするとともに,いくつかの項目を追加した。いよいよこの計画表に操られる「不老ロボット」としての色あいが強まっており,実践の意欲も格段に強化された。
2 私はふと思いついて,昭和59年に1枚物の「トレニング計画表」を作成した。当時は,毎日体重を測定した結果や,ラジオ体操,散歩,ジョギング,テニスの練習や遊び試合,ラケットの素振りなどを記入したものであった。そして少しずつトレーニング項目は増えて行き,トレーニングの他に,健康法,読書,英会話,音楽,食べたい食事その他,私の日常生活を意義あるものとするための努力項目を,思いつくままに増やして行ったため,今では計画表が10枚を超えるに至っている。今や「わがトレーニング計画表」をチェックしながら毎日を過ごすのでなければ,心身の充実を維持するのが困難となっており,「わがトレーニング計画表」に完全に操られるロボットと化している。この間,何度も計画表を改訂したが,項目はどんどん増えて,どこにどの項目があるのか探すのが容易でなくなり,努力の結果をすぐに記入できにくくなっていたのである。
3 このたび大改訂を加えた。毎日必ず実行する項目,1日置きでよい項目,週1,月2,月1などと大雑把に分類した。また必須項目と努力項目にも分類した。あることを実践した努力は瞬時に記載可能となった。
 また月初めに,鉛筆で予定の○印を記入しておくことも多い。
4 この計画表を改訂してから,何だか意欲が高まったような気がする。一覧表に○印を記入して行くので漏れがない。○印が増えると何だか嬉しい。朝起きてから夜寝るまでに絶対なすべきことは大体1枚に纏めた。
5 いくつか例示すると,朝起床すると直ちに洗面所で歯をすすぐ。1口10回を3回。1晩で数億個に増えている歯周病菌を流してしまうのである。高血圧や原因不明の流産の防止になるそうである。体重と血圧を測定する。軽い体操と,腰の回転,ダンベル体操をする。爪揉み体操は免疫力が強化され,ガン防止に役立つのだそうである。本当か知らん。ゴーヤジュースを飲む。お陰で医師も驚く理想的血糖値である。トマト野菜ジュース,スポーツドリンクなどを少量飲み,冷凍ブルーベリー入りヨーグルトを食べる。ツボ揉みをし,ビタミン剤を呑む。それ以外の項目も甚だ多い。一気に行なわず,1日の内に散りばめる。
6 健康のためのトレーニング以外の遊び項目も多彩である。片道30分以上のマイカー出張が案外多い。その際好きな小椋佳のCDを聴くことになっている。それも記載する。帰途は途中から居眠り運転防止のために,マイカーはカラオケボックスに早変わりすることが多い。全て記載される。毎月月末の金曜の夕食はお気に入りのラーメン屋で,ビール付き大盛りラーメンを食べ,帰途本屋に立ち寄り,本の衝動買いをすることになっている。このたびの改訂で,「妻の肩揉み」と「歯茎の指マッサージ」を追加した。
7 この月末には大学の寮の大卒47年の同期会で上京するが,古希を過ぎても髪がなお自然なままに黒くてふさふさしているのは,私の健康法の成果であることはほぼ間違いないと思っているが,髪のことは何も言わずに,ニコニコと笑って黙っていることにしておこう。(ムサシ)



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 裁判所は人事の季節である。既に転勤予定の裁判官には次の任地が内示され、そろそろ裁判所内の一定範囲で公になり、次の任地についての情報収集等がなされる一方、転勤前にフルスロットルで仕事を片付けておられるころである。

 そういう一般的な意味とは別に、今年は裁判所にとって大きな「人事の節目の年」となりそうだ。今年正月現在で高裁長官であった8人の方のうち6人が今年中に65歳の定年を迎えられるからである。今月一足早くに、大阪高裁の佐々木茂美長官が定年を迎えられ、札幌高裁の山崎恒長官が定年を待たずに依願退官されたが、この後も4人の方(※)が続々定年を迎え、しかも定年日は10月、11月に集中しており、そのあたりで玉突き的に大きな人事異動がありそうだ。

各高裁長官と65歳定年を迎える誕生日を列記すると以下の通り

 東京高裁長官  ※吉戒修一  2013/07/07

 大阪高裁長官   永井敏雄  2014/07/13

 名古屋高裁長官  山崎敏充  2014/08/31

 広島高裁長官   西岡清一郎 2014/09/28

 福岡高裁長官  ※中山隆夫  2013/10/11

 仙台高裁長官  ※一宮なほみ 2013/11/22

 札幌高裁長官   大橋寛明  2014/11/09

 高松高裁長官  ※出田孝一  2013/11/29

更に、これに裁判官出身の最高裁判事の70歳定年の日を重ねると興味深い。

 竹崎博允  2014/07/07

 白木 勇  2015/02/14

 金築誠志  2015/03/31

 千葉勝美  2016/08/24

 大谷剛彦  2017/03/09

 寺田逸郎  2018/01/08

 つまり、裁判官出身の最高裁判事のうちで最も70歳の定年が近いのは竹崎長官であり、彼が定年を迎える来年7月7日まで高裁長官の座にいないと、最高裁判事の椅子にはたどり着けないのだ。したがって、※の4人の方には残念ながら最高裁判事の目はなく、残りの4人プラス※の後継者で1つの椅子を争う構図となるのだが、4人とも次の白木さんの定年前に65歳になるのでラストチャンスでもあるのだ。そして、着任間もない2人とまだ見ぬ後継者は事実上除外され、おそらく山崎敏充長官と永井長官のマッチレースとなるだろう。吉戒長官の定年後の東京高裁長官にどちらが座られるかが着目点である。

 裁判官も定年が近くなると、こういうことを否応なく考えるのである。そして自分に番が回ってくるという自覚と自信がある人は、その立場になった時のことを考えて日々行動しておられる。それが裁判所の組織としての強みとは言えるだろう。(くまちん)



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1 先日仕事で,ある法廷に出た。順番待ちで傍聴席にいたが,自分の番となり,所定の席に移動した。順番は最後であったので傍聴人はいなくなった。ふと見ると相手方代理人弁護士が,超スローのヨチヨチ歩きで自分の席に向かっている。どうしたのかなと見ていると,裁判官も心配そうに,「どうされましたか。」と尋ねた。その弁護士は,「先ほどギックリ腰になってしまい,歩くのが困難です。すみません。」と答えた。
2 その弁護士は,椅子に腰掛けることもできない様子で,裁判官の了承のもとに立ったまま手続きは淡々と終了した。次回期日と次回までの宿題が決まった後で,私にお節介病が発症した。法廷の中で,「ギックリ腰のよい方法を教えてあげましょうか。」というと,「よい方法があるんですか。」との対応であった。
3 私はある体操を教えようとしたのであるが,きっと裁判官も知りたいのではあるまいか,傍聴人もいないので,裁判官と立会書記官にも教える意味で,法廷で実践してみようかと一瞬迷ったのであるが,傍聴人がいないとはいえ,神聖な法廷での体操はいかがなものかと思い直して,廊下に出て教えることした。
4 私はギックリ腰の痛みがほぼ治まった状態になってから,次のような運動をするように勧めたのである。
 後に手を組んで,腰を左右に50回ずつ回転させるという,甚だ簡単な運動をするのである。テレビのニュースなどを見ながら行なうことにしておくと継続し易い。
5 私は以前重症のギックリ腰で寝込んだことがある。朝の洗顔時に突如強烈な痛みに襲われ,移動が困難となった。やっとその日の勤務を終えて病院で治療を受けた。整形外科医から,痛みが治まるのを待って,腰の回転運動をするように指導されたのである。翌日は休日だったので,一日寝ていたと思う。
6 その後毎朝,テレビのニュースなどを見ながら,腰の回転運動をすることにした。当初は50回ずつ行なっていたが,50回を継続するのは大変なので,暫くしてから30回ずつに減らした。
7 それから34年が経過した。今も私は毎朝腰の回転運動を続けている。この間一度もギックリ腰にはなっていない。腰に軽い痛みがあり,危ないと感じるときは回数を増やすことにしている。そして既に30人近くの人にこの方法を教えてきた。何よりも手軽で費用がかからないので好評である。
8 地道なことなので,これを継続することは案外困難なことかも知れないが,人知れず粘り強く続けることで,腰痛から解放されることになるので,結構意味があるような気がしている。(ムサシ)
 



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1 健康論について今後も書き続けるかについては,まだ結論が出ておらず,深い迷いの中にあるが,結論は留保したまま,また書いている。おそらく私はお節介病の重症患者なのであろう。
2 最近春らしくなってきて,花粉症の季節になったようである。私は最近もう片手に余る位の人から花粉症に悩んでいると聞かされて,お節介かと思いつつも,また健康配達人を演じている。
3 3年ほど前にも,花粉症のことをこのブログに書いた筈であるが,私も花粉症の重症患者となってから既に30年が経過した。忘れもしない昭和57年の2月末のある朝,千葉市に住んでいたときに花粉症が発症した。朝の洗顔時に突然,猛烈な瞼の痒みに襲われたのである。早速病院に駆け付けて診察を受け,「花粉症」と診断された。
4 飲み薬を処方され,症状は軽減したものの効き目は完全ではなく,憂鬱な状態が継続した。毎年2月20日過ぎから4月20日過ぎまでの2か月間,毎年キッチリと苦しんできたのである。堂々たる(優秀な?)花粉症患者といえるだろう。それが平成12年までの19年間続いた。そして不思議なことに,ある時以降花粉症で苦しむことは全くなくなったのである。ある医院で処方された飲み薬が劇的に効いたのである。最近は機会あるごとにその話をして,多くの友人達に感謝されている。
5 私はテニスを趣味としており,時にテニス会にも参加する。今から10数年前の秋にテニス大会で転んで膝を痛めた。治療を受けるほどではなかったので放置していたところ,半年ほど経過しても痛みが取れず,ただごとではないと心配した。そこでテニス仲間の紹介で,ある医院を訪れ,膝にシップ薬を張ることで,1か月もせぬ内に軽快し完治した。
6 偶然その医院の壁に,「当医院は花粉症の治療を行なっています」という張り紙がしてあった。2月中旬のことであったと思う。そこで私は重症の花粉症患者であることを告げて治療をお願いした。血液検査を受け,次会通院の際に飲み薬を渡された。この薬が劇的に効いたのである。それから10年余りが経過した。その間何種類か薬は変化したように思う。そして私はその後花粉症に苦しむことは全くなくなった。
7 おそらく花粉症の研究が進歩したのであろう。私は,もう誰もが花粉症の苦しみから解放されていると思っていたが,病院で治療を受けているのに,今なお花粉症に苦しんでいる友人や知人が多いことを知り,驚いている。原因はよく分からないが,薬により効果も異なるであろうし,同じ薬が人により効き目が違うということもあろうか。
8 私は花粉症に苦しんでいる友人などに,その薬の名前や医院名を教えることが多いが,この欄に薬品名を書いてよいものかどうか,判断しかねている。私が飲んでいる薬は,眠くもならないし,全く異常は生じない。先日花粉症の薬を飲むと眠くて困るという人がいたので,薬品名を教えたあげたが,掛かり付けの医師に聞いてみると言っておられた。今日,同じビルのエレベーターの中で,乗り合わせた若い弁護士に,「いよいよ春ですね。」と言ったら,「花粉症に苦しんでいます。」と彼が答えたので,早速お節介をやいたことから,今日のこのブログを記載することになった。
9 花粉症で苦しんでいる人は,掛かり付けの医師に,このような話を聞いたとして,ねばり強く質問してみるのがよいと思う。(ムサシ) 



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何日か前の新聞で「公事宿(くじやど)」の記事を目にした。2年前のNHK大河ドラマ「龍馬伝」でも登場した寺田屋お登勢の資料が発見されたというニュースの中でである(http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2500S_V20C13A2CC0000/)。

幕末ファンには、寺田屋お登勢の名前を知らぬ人はいないであろうが、坂本竜馬が襲撃された寺田屋事件の舞台として知られる京都・伏見の宿「寺田屋」のおかみである。その生家は、滋賀県大津で「公事宿」を営んでいたらしい。明治以後の代言人制度や弁護士制度とは歴史が異なるが、「公事宿」は、江戸時代の司法制度にとって実は重要で、弁護士や司法書士的な役割も担っていたと考えられる(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E4%BA%8B%E5%AE%BF)。

「龍馬伝」で登場した寺田屋お登勢も格好良かったが、生家が「公事宿」であったとの記事を見て、司法関係者としてはますます興味が沸くことになった。この「公事宿」に限らず、明治以前の司法制度も調べると、実はなかなか興味深いものがある。

 

 



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